魔王

悠久ノ風 第6話

第6話 魔王



「――虚神」

国敵を滅ぼす伝説の神理者。
その名前が鎮守の杜に響いた。

「あぁっ…………」
くノ一達からかすれ声が漏れる。
魔物からダメージを受け、息も絶え絶えに喘ぐ彼女達。しかし、その名をききのがす事はできない決して出来ない。
虚神。その言葉が何を意味するのか彼女達は知っていた。国敵討滅――この風守神社が奉じた真。
しかし…………
(でも……彼は違う……)
漆黒が恐るべき力で魔物を討った今も、彼女達の漆黒への恐怖は増すばかりであった。
途切れそうになる意識の中彼女達の思った。総身に覚える恐怖の感情。

破砕した魔物の死骸。

むせかえるような血の匂い、助けられた彼女達。
しかし彼女達の胸に広げるのは恐怖だった。
魔物が散らばる。
巨大な禍は滅裂している。杜に散らばる血と肉と骨。
吐き気をもよおす戦場の光景。
一切の幻想が入り込む余地のない戦場にソレは立っていた。

“――国敵討滅”

只一つの神理を紡いで。
魔物を全滅させた漆黒は微動だにしない。

“――俺の国民に手を出すな”

「ッツ……」
ケグネスは言葉を絶句する。
言動が狂ってる。なんだその言葉はお前はいったいなんなのだ。
何のつもりだ貴様は何様だ
狂ってる。

「貴様は……」
魔気をたぎらせケグネスは漆黒を見据えた。この男はその言葉通りの結果を残した事実を認めざるを得ない。目の前に広がる光景、滅びた魔物の死骸、死骸、死骸。
先程の驚異的な戦闘結果
魔物の全滅。それも4割損耗ではない、全て死んだ全きの全滅。
――俺の国民に手を出すな

その狂った言葉通り漆黒は魔物を滅ぼし、彼女達を守った
。狂った言動を現実にした事実。
あの強度の魔物を短時間で倒すなど、リュシオンのインペリアルクロス並の神理者だ。

だが神理者にあるべき「個我」が漆黒からまるで見えてこない。

魔の秘奥を知るケグネスでさえ、敵手の法外な力の源泉を解する事はできない。
そして――

“――お前達の狙いは何だ”
「…………」
“――日本をどうするつもりだ”
「…………」

“――お前達魔族が動き出した。止まらないのも理解した。答えろ、お前達の目的を”

「知っているでしょうあなたは……この国の誰よりも」

 

「……ずっとです……」

天を仰ぎ見るケグネスの瞳は何も映しだしてはいない。

「ずっとですよ……この日本だけが残っている。リュシオンも、ガルディゲンもユリウス暦に存在したはずの彼の国々の存在を淘汰し…………歴を成したの……」

「日本も……本来あの戦いで滅ぶはずでしたぁ……」

「……!?」
ケグネスのその台詞に早綾は
葉月達はその台詞に恐怖を覚える。
(日本が滅ぶはずだった……どういう……意味なの……それに……
あの戦いって……?)
ケグネスの言葉は早綾には理解できない。しかし致命的な何かを含んでいるような
気がした。

「……全く以て……全く以て忌々しいですよ…………神風」

ケグネスの瞳が漆黒を見据えた。

「日本は数百年生き延びたのです。この国だけ生き延びるというのがおかしかったのです。選民意識はいけなぁい。どうせ日本は詰んでいますよ。
ならばせめて有効に使わせて頂くだけですぅ」
ケグネスの語りは徐々に熱を帯びていた。

「そして私達は――」

源たる魔族の目的など変。
「――神暦を始めるのです」

それは魔族の宿願だった。
そしてリュシオンにとっても。

沈黙が場を支配する。そして――
――理解した”

漆黒は静かに応えた。わかったのは当たり前の事。
ガルディゲンもリュシオンも、根源は同じ。
昔から変わらない。
こいつらは日本を食い尽くすという事実。

つまる所、国敵。
自分達の望みを叶えるため、この日本を生け贄に捧げる。己の都合のみで。
何度も思い知った事実を再認識する。
魔族は変わらず自分と同様、屑という事実。

――それもまた良し。相手が欲望のままこの国を喰らうなら、
俺は俺の欲望のまま俺の国民を守るだけ。

故に――
“――奴に伝えろ”
漆黒は言葉を紡ぐ。
漆黒の声はノイズのように歪んでいる。しかし言葉は明敏に伝わる異質な声だった。

“漆黒”の紅光がケグネスを見据える。

「なにぃ……」
不定形の声にケグナスはいぶかしむ。
しかしケグネスが真に衝撃を受けたのは次の言葉だった。

“――魔王ニ”

「!!!!!??????………………!?!?!?!?」
“漆黒”の言葉にケグネスの表情が歪んだ。

“――俺の国民に手を出すな、とな――”

ガルディゲンの真神。魔王。
ガルディゲンの魔族にとってそれは禁忌だった。
“漆黒”からの宣戦布告に他ならない。

「………………」
長い沈黙が支配する。ケグネスはゆっくりと口を開いた。

「……それはぁ……無理なご相談です……」
声が震えていた。魔王の存在を引き合いに出された。
魔族であるケグネスにとってその意味は余りに大きい。
彼はその意味がなによりもわかっていた。
故に次の言葉を発するには時間がかかった。

「……もし手を出したら……どうするというのですか?」

その先を聞いてはいけない、そう思いつつもケグネスはその問いを
投げかけずにはいられない。そして――

“――滅ぼす”

漆黒が静かに応えた。
「――…………」

今度こそケグネスは絶句した。

そして理解した。
――狂ってる。

「…………」

時が止まったような静寂が流れる。

そしてその沈黙を破ったのは――

――
空震。
震撼する奈落の空。
歪んだ天から大音が鳴り響いたのだ。

「なっ……」
くノ一達が奈落の空を仰ぎみる。
空が震える。
天が歪む。

ケグネスの背後にある空からどす黒い赤光が顕現していた。

「あの空の光……?……」
「いったいなんなの……ですか……」
葉月達くノ一は空にある存在が何なのか理解できなかった。それは人間が地球を認識できない事に似ている。
巨大すぎるものを人は知覚できない。故に倒れている少女達は
天空の歪みから発せられる力の正体が理解できなかった。
天の波濤の巨大さ。力の規模は個に向けるものではありえない。まるでこの日本という国そのものを食らい尽くす規模だった。

…………”

“漆黒”もまた、奈落の空を見あげている。黒風の唸りは勢いを増す。

「ケヒッ……」
異常な沈黙を破ったのは掠れるようなケグネスの嗤いだった。
「クヒックヒヒヒヒヒヒ」
ケグネスが嗤う。嗤い続ける。

「ヒヒャハハハハハハ」
止まらない。駄目だ、自分の感情をどう処理していいかわからない。

「戦う!?あの方と!?」
纏う空気が明らかに変わっている
ガルディゲンの真神を出せ――確認するために言葉にするだけでおかしくなりそうだ。
「倒すと!? あの存在を」
笑いが込み上げてくる。
「ヒヒヒャヒャハハハハ!?」
止まらない。その言葉をだけでケグネスは笑い続ける。
ケグネスの
その様子にくノ一達が気うし恐怖で決壊しそうだった。ケグネスが狂ったように笑う。

「あっ!?」
葉月は天を見る。

「オォ……オオォォォ……」
ケグネスは歓喜に身を震わせている。

深海に蠢く異形のように空が震える。同時にケグネスの周囲に毒々しい光を帯びていく。不吉の気配に肌がざわめく。空から不可視のエネルギーが流れてくるようだ。
震天から何かが流れ込んでいるかのようだった。
ケグネスに流れ込む数多の力、そして情報。血識と呼ばれる流体を受け
ケグネスはある事を確信していた。

「クヒヒ……主よ……わかりましたよ……理解しましたぁ……」
血走った瞳は忘我の様相で天を見据えている。そしてマグマの様に煮えたぎった瞳を漆黒へ向けた。
「あなたぁ……人間以下ですね……」
ケグネスの言葉は漆黒へ向けた。

「これが……こんなものが敵だと!? このような状態で!?……死にそうなのに!?戦うというのですかぁーーーーー」

「この国の死は決まっているというのにクヒヒ…………」
発狂したように笑う。

――ブン
音を立てて空の色が反転するように色をとりもどす。
役目を終えたように奈落の空は消え失せる。

「クヒヒヒヒヒヒヒヒ……面白い、面白いですねぇぇぇーーーーー
敗北した惨めな神罪人如きがあの方に逆らえるとでも…………
狂っておられる狂っておられますよクヒヒヒヒヒヒャヒャハハハハ」

――膨れ上がっていく。徐々に。

「許せませんよ――絶対に」

――増していく。確実に。
変質した怒りと共にケグネスの魔力が上がっていく。

「人間以下の存在がぁ――」
――変じていく、ゆっくりと。

ケグネスの姿は本性を現しつつあった。
ケグネスの言動はある種不可解極まりない。
この“漆黒”の恐ろしい力はケグネスが肌身にしみてわかっているはずだ。

「違うのですよ……あの方は……」

魔物を倒した“漆黒”の強さはリュシオンのインペリアルクロスにも匹敵するかもしれない。

「戦えるとか、そういうものではないのですよぅ……」
だが違うのだ。真神は――ガルディゲンの神は。それは彼らの主の力の規模の法外さを示している。
彼らの長を挑む。ガルディゲンに挑むという事が。
戦うとか、勝つとかそういうものではない。
人間が天災に挑むようなものだ。
人間が地震や災害に挑んで勝つという事に等しい。

――愚かしい

ケグネスの魔力が膨れあがっていく。ケグネスの怒りと比例するように。
肉体が変色し膨張。
どうしようもないほどに魔性が姿を表していく。
天が光る。ケグネスは死んだ魔物の肉を取り込み始めた。
ゴリゴリと異音を立てケグネスの腕が新生していく。
ケグネスの周りに迸る魔光は暴走寸前の炉のように激しく光る。
そして――
「クオオオオオオオォォオ!!!」
激震する空間。広がる毒物じみた魔の波頭。
ケグネスが真の姿を顕現する。
「じゃあ――始めましょうかぁぁ」

瞬間、空気がはぜた。津波のように押し寄せる負の奔流が大気を犯し肌を灼く。
「ああぁぁぁーーー」
くノ一達もその魔気にあてられた。
数多の命を貪り食ってきた魔性の本性が牙をむく。

“――滅びろ国敵

“漆黒”が戦闘体勢をとる。
天井知らずに膨れあがる魔族の凶気を前に、“漆黒”は殺意は鋭さを増していく。魔族は恐るべき規模の国敵となった。

――絶ノ風――”

瞬間唸る黒風。
魔の奔流を黒風は凪ぎ払う。

“漆黒”は不道の様相で国敵を見据える。

“――殺す滅ぼす消してやる。
“――絶対に逃がさない。

もはや“漆黒”も魔族も正気とは思えない。
無道と外道の衝突。
狂と凶の殺し合い。
空間の危険度は天井知らずに上がっていく。

ケグネスは紛れもない確信をもっている。この“漆黒”は狂っている。
魔物を薙ぎ払った風、絶大な力。しかし――
「絶対に勝てませんよ……あなたは……」
ケグネスは魔力の波をみなぎらせ――
「ガルディゲンにもリュシオンにも……私にもねぇぇぇぇぇ」

爆発するようにケグネスの周囲が穢されていく。
魔力に犯され地から妖気が噴出する。

“――知るか”

“漆黒”はあくまで己の理を貫く。

“――お前は俺の国民を傷つけた。
“――全てはソレだ”
“――では殺すしかナイだろう”
“――死ねよ国敵砕け散れ”

“――神風無道”

手段は問わない。無道を以て国敵を滅ぼす。“漆黒”が――駆けた。

津波のような勢いで突進するケグネスへ黒影が疾走。
毒々しい魔の波が襲いくるケグネス様子は悪夢めいている。

“――黒風よ”

“漆黒”が神理の一撃を撃ち放った。
嵐が大木を薙ぎ倒すような衝撃がケグネスを破壊した。
「ぎがあぁぁぁ」
奇声をあげケグネスの魔光が明滅。
風の一撃はケグネスの胴体が穿たれたが、しかし――

「ギヒィヒフヒヒィッ!?」
魔光が煌めき肉が蠢動。
傷口が再生を開始される。魔物の死肉を取り込み新たに肉を作る。

「ジアアァァ」
魔性の速度でケグネスが接近。
ケグネスから降り下ろされる瘴気をまといし猛撃。
――ブンッ
“漆黒”が回避。魔族の一撃は大地に落とされ、地が砕け散った。当たった土が腐る様に変色していく。人間を犯し地まで犯す魔族の力のおぞましさを物語っている。
“漆黒”はその一撃に恐れず飛び込み交わしていく
「ケヒヒィ!凄まじい回避ですねぇ……」
ケグネスが毒のしたたる様なえみを浮かべる
「ですがぁ……」

交わした魔撃は吐瀉物を撒き散らすとが如く、瘴気の波をとび散らせた。
広がる瘴気は拡散するだけで周囲の人間をうちのめしていく。

「ああぁぁぁう……」
「くああぁぁぁ……」
倒れている女達の意識が削れていく。既に瀕死の状態のくノ一達にとって瘴気のなみがもたらすダメージは痛烈なものだった。
「彼女達はそうもいかないようですねぇ」
苦しげに悶絶するくノ一をケグネスが嘲笑う。
その時――

<風>――切り裂くは
紡がれる“漆黒”の神理。
電光石火、超高速で編み上げられた黒風が大気を震撼させ瘴気を凪ぐ。
「ナニィ」
余りにも逸脱した法定速度。二撃目を繰り出そうとしていたケグネスを風が刈る。
黒風は瘴気を塗りつぶすように吹きすさんだ。
“漆黒”が黒風の中に溶け消えるように姿を消し――

“――絶ノ風――”

「キヒイイィィ、いったいどこにぃ!?」

ケグネスが一瞬“漆黒”の姿を見失う。
次の瞬間――

反撃の理を紡ぎ“漆黒”がケグネスに接近。

“――風柩”

“漆黒”が神理を解放。黒の大気がうねりケグネスを柩のように風に閉じ込めた。

瞬間膨張し巻き上がるタイフーン。風がケグネスを穿ちぬいた。

「ギギギギ」
ケグネスが血を流しながらも法を紡ぐ。くノ一達や森に撒き散らしていた瘴気を自身へ一点集束。防御の壁をなし、血にまみれながらも風圏を抜ける。

「ジネエエェェェ!!」
狂乱のケグネスの腕が明滅。。
血しおをまきちらしながらも魔性の速度で一撃を振り下ろす。

重戦車の様な重い一撃が“漆黒”をうち据えた。

“漆黒”の体が揺らぐ。
同時に“漆黒”が殴り返す。
猛撃に怯まず繰り出さされたカウンター。
音速を超える疾風の一撃にケグネスの体が歪んだ。
死闘の余波は大木を揺るがし、杜全体を震撼させる。
だが止まらない。
大砲の如く重撃と音速の迅さの神撃が疾る。
二つの魔影が駆け抜け交差。
何度も何度も攻撃が交わされていく

“漆黒”が神理を紡いだ。

“――蒼魔討”
紡がれる神言、風が唸る。瞬間四方八方に広がる黒風の刃が空間を圧倒。
黒風の波がケグネスを穿ち貫く。
「あぁぁぁぁ」
ケグネスが絶叫を上げる。叫びと共に迸る魔力が軋みをあげる。穿たれた肉が再生。

「ディグ・フレア!!」

ケグネスが魔光を煌めかせ魔法を発動。
魔族の瘴気をまといし猛撃が迸る。
蛆のように湧き上がる毒波濤はかするだけで甚大なダメージを受けるだろう。

“漆黒”が交わした魔撃に波が後方の木に当り拡散する。

瘴気は広まるだけで周囲の人間をうちのめしていく。

「ああぁぁぁう……」
「くああぁぁぁ……」
女達の意識が削れていく。既に甚大なダメージを受け気失寸前のくノ一達はこれは激烈な毒だろう。
呻き声を上げながらくノ一達が意識を手放していく。

最悪なのが避ければエネルギーは拡散し、瀕死で転がるくノ一達に止めを指しかねない。悪辣な手腕だった。
事実、“漆黒”がケグネスの攻撃を受けていなければ広がる濃くなる瘴気でくノ一達は死に絶えていただろう。

「ケヒヒ、避ければ避けるほど彼女達はまた一歩死に近づきますよぉ」

ケグネスの悪辣さ。強さは確かなものだった。

――
“漆黒”は思う。
これほどの力が日本国民に向けたらどうなるか。
ナンニンシヌ?
血が流れ人が死んで死んで死んで死んで――

“――許サン”

瞬間黒風が凪いだ。魔撃を繰り出すケグネスへ一直線に駆ける。

「キヒィッ」
そのスピードにケグネスが驚愕を漏らす。
“――絶影”
漆黒が神理の一撃を放つ。
骨を断たせ魂を食らう神撃。
「ガアアアアアアアアッツ」
突風さながらに発生した黒風がケグネスを穿った。

“――許せん殺す滅ぼしツクス”
“――不快だぞ魔族”
“――お前達の様なクズが、オレと同じゴミが日本国民を玩弄し弄び傷つける
という事実などあってはならない”

獣じみた殺気と共に放たれる黒の神撃がケグネスを撃っていく。

「ギィァ!?」
“漆黒”がケグネスに拳をうちこんだ。
空間が軋むような風撃。

“――オオオォォ”
打つ打つ打つ。“漆黒”が何度も拳をうちこむ。
「ガアアァァァァ!?」
穿つ穿つ穿つ。嵐のような乱打がケグネスを抉っていく。
「きだ――まぁぁぁあぁ!!」
魔性と化したケグネスの巨体が削れえぐれた。

“――許さん。俺の国民に手を出したお前を

“漆黒”から伝わるのは烈しい怒り。
怒りを具現化させたような激しく拳を魔族に打ち込む。
一撃は神撃の重さ一動は神速の早さ。
怒りを具現化するように“漆黒”は風の乱打で魔族をうちすえる。
「AAAARAAAAHAHAHA」
血を流し肉を破砕させながらも魔族は黙ってはいない。

「なんなのだぁぁ!なんなのだ貴様はぁぁ!?この国を守る!?なんだそれは!! 外道者の
分際で!外道者の分際でぇぇぇーーー!! 弁えろよクソがああぁぁぁーーー!!
必死の形相で“漆黒”の攻撃を受け止め、ケグネスは吠えた。
「訳がわからないぞぉぉぉーーー!!私達魔族の方がまだ人間らしいィィィィ!!」

雄叫びに励起し、魔光が明滅そして――

魔の死肉で構成された魔腕が旋回。“漆黒”を思いっきり横殴りにした。
ベキベキと音をたてて吹き飛ぶ。

雄叫びを上げケグネスが追撃――しかし――

“――<虚>放て――”

“漆黒”は反撃の理を紡いでいた。
手を前面にかざし力が理力が集束。
そして――
<葬討しろ――>
放たれる黒波濤。
黒風が追撃したケグネスに殺到。
「チィィィィィィ」
ケグネスは加速しながらも、ほぼ真横に体を傾け回避行動。
進撃しながら飛来する神撃をかわした動きは正に魔性の業。
しかし駆け抜ける黒風は掠めただけでケグネスの感覚を狂わせる。
だが回避した事で一瞬隙が生じた。

次の瞬間――

“――シネ”
励起する風の神理。
幾重に束ねられた風の刃がケグネスを抉った。
「ぎひぃぃぃ」
ケグネスが飛翔――だが遅い。“漆黒”が追撃の一撃を打ち込む
「ぐがあぁぁぁぁーーーーーー」
ダメージを受けながらもケグネスが反撃。
集束された魔力の波濤が“漆黒”を横殴りにした。
“漆黒”の体が魔族の攻撃に揺らぐ。

「クタバレアァァ!!」
ケグネスが天へ突き出すように腕を振り上げる。

雄叫びと共に振り下ろした豪の一撃が“漆黒”に迫り――

“――絶ノ風――”
鳴ったのは風の音。紡がれたのは理の声。
万物を挽きつぶすようなケグネスの一撃を“漆黒”は真っ向からそれを受け止めた。
黒い腕から神理が迸る。
ジリジリと硬質の肉が裂け砕ける音。
受け止めた先から魔物の腕が断裂していく。

「――キヒィッ!?」

その現象に驚愕したケグネスに隙が生まれた。
その隙を“漆黒”は逃がさない。

“――オオオオオォォォ
言葉が理力となり拳が風を帯びる。
“漆黒”の魔拳が神速で撃ち放たれた。
――ドゴォ
鎮守を揺るがす神撃の炸裂音
「ギヒァァアァァァァ!?」
ケグネスの腹腔にはしる衝撃。
戦車の砲弾めいた一撃がケグネスにめり込み、魔族は苦悶をもらした。

“――これはお前が嘲笑ってきた国民の分

“漆黒”が追撃。
――ドゴォ
前のめりにおちたケグネスのアゴへ“漆黒”が拳を打ち込んだ。
「ギギイィィアァ!」
ケグネスが膝をつく。

もう一撃。黒の神撃をケグネスの顔面に打ち込む。

“――これはお前が傷つけた国民の分だ”

「ギヒアアァァァ!!!」
抉るような打撃音。
ケグネスがダメージに絶叫する。今までに味わった事がない異質な痛みに
ケグネスの感情がのたうちまわる――しかし

「ナ゛メルナアァァァァ」
半狂乱になったケグネスの魔力が暴走。赤滅する
ケグネスから魔光が膨れあがり――
――ゴォウ

広がる衝撃。
膨大な魔力が解放された。
爆発。重爆撃めいた轟音が鳴り、魔光が明滅。
膨大な衝撃が発生し双方が吹き飛ぶ。
双方の距離が――開いた。

「私は好きに傷つけ好きに犯すぅぅぅ誰にも邪魔はさせん。貴様のような狂人にぃぃーーーこの真直な心を邪魔させんぞぉぉぉ」
己の理を吠えケグネスの理力が集まっていく。

「くあああぁぁぁぁ」
「うぐっ……かはっ……こほっ……」
ケグネスの負の波濤が瀕死の重傷を負ったくノ一達を打ち据える。
全方位に魔をぶちまけ放射するケグネス。
少しでも決着が遅れれば全員死ぬだろう。

魔光の明滅に照らされた杜の中、
“漆黒”とケグネスは双方を見た。

時間がない。
ケグネスの魔力は暴走状態にある。
このままではこの場が吹き飛ぶ。
そうなれば瀕死のくノ一達など一瞬で死に絶えるだろう。

己の国民が――死ぬ

“――国敵討滅

神理を紡ぐ。
肉切られ骨断たれても敵を滅ぼす。
遂に“漆黒”が詠唱を開始。宿願を詠じていく。
瞬詠や歪詠のような詠唱ではない。どの詠法にも当てはまらない無義の詠。
世界が真の姿を表すように真素が明滅する。

大気が変質する。“漆黒”の周囲から神理が湧出していく。

紡がれる虚ろの法定式。

「風来たる
国敵滅す
漆黒の
心の真
神ノ風也

風よ凪げ
悪も良し
善も良し
私を是とし
欲を是とする
骨断たせて魂滅せ。

全て国敵を討つ事に集約せん。

来たれ滅風 日ノ本犯す国敵を
塵も残さず滅尽させよ――神風無道」

 

励起する神理。
明滅する真素(リアリス)
ありとあらゆるエネルギーが変換集束し風が嵐の力を帯びていく。
その在り方は神風無道。善悪問わず手段も問わず。
国敵を滅ぼすためだけに存在する彼のシン。
“――理法定立――”
詠唱が紡がれ。
“――十全明証――”
神理が完成する。
迸る黒の嵐が“漆黒”に集束。
ここに滅びが創造された。

“――虚無神理――”

瞬間、世界が反転する。
大気が爆発的な力を帯び黒嵐が拳に一収束。

――勝負はここで決する。

「虚神ィィィィィ!!」
全身全霊、ケグネスが全てを捨てて突貫してきた。
今までのどれよりも速く激しい。
魔の主の絶対的な力を信じ信奉している。
進むだけで木々が変色し薙ぎ倒される。

――
漆黒が駆ける。
一心一意。全ては国敵を討つために。
進撃の災禍を前に、陰は無言で疾走する。

「イヤッハアアカカカ!!」
ケグネスの膨大な魔力が膨れ上がった繰り出される渾身の魔撃。
全てを蹂躙するような猛撃がうち放たれた。
ケグネスが繰り出した一撃は空気を震撼させ“漆黒”に迫る。
――神風無道
国敵滅ぼす手段は問わず。

“漆黒”の体が更に前へ。
瞬間の世界。全てがスローモーションのように再生される。
ケグネスが魔撃を放った。抉れる“漆黒”のシルエット――止まらない
バキバキと音をたて魔撃を受ける――止まらない。

"オオオォォォォ"
魔撃を受けなお、“漆黒”が前進。
一瞬刹那を駆け抜ける。骨を断たせて魂を滅する進撃は止まらない。
目の前にはケグネスが、攻撃をだしつくし死相を浮かべた魔族がいた。

「!キダマはイッタい!?」

“――国敵討滅――”
紡がれる討滅の神理。

湧き上がる黒の風塵乱舞が拳に集束する。
自分が傷つく事など微塵も念頭においていない。
そして遂に――
放たれる捨身断命の神撃――

”――滅びろ”

誓言と共に――滅びの風が咆哮した。

「グガアアァァァァ!!」
撃ち抜かれる数多の黒風。
響く断末の咆哮。
唸り狂う“漆黒”の風がケグネスを撃ちぬく。

神撃がケグネスの総身を滅裂していく。
「ヒィギィィィ! 」
ここに決着はつく。
血にまみれ半分となったケグネスが宙空に舞い上がった
「グヒィィィィ! キダマキダマキダアァァァ!!」

断末の絶叫が迸る。
血濡れた瞳と口で“漆黒”を糾弾している。

「虚神!虚神!!虚神ィィィィィ!!!貴様は貴様はぁぁぁ!!
この国のぉぉ!?……この国のぉぉぉぉ――■■!!!??」

苦悶にまみれもはや肉片になりながらもケグネスの断末は“漆黒”を糾弾する。それは一つの真実だった

“――いいや”

しかし返ったのは否定。
そして彼は宣言する。



“――只の日本人だ

風が唸る。
言葉と共に吹き荒れし漆黒の風がケグネスの全てを滅ぼした。

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