希望の風

悠久ノ風 第2話

第2話 希望の風

風を感じる。
太陽の光、流れる水の音。
草薙悠弥が目覚めたのはそこだった。

「……」
天照らす太陽を見上げる。
何のために行くのか、何のために戦うのか。
草薙悠弥はそれを失った。大義も理由もかつてあった心も失われた。
彼にあるのは無だった。

「――それもまた良し」

風のように囚われない。
何も持っていないという事は、好きに動けるという事だ。
捨て身でやるのが彼の本分。
失うものがないからこそできる事もあるだろう。
彼は決意を新たにする。それは彼の行動目的であり行動目標。

敗北した。
貶められた
それでも変わらない草薙悠弥の悠久の真。
――この日本を守る

自分のシンはここにある。
だから

「……始めるか」
草薙悠弥は立ち上がる。
太陽が照らされ、涼風が凪ぐ。
歩み出す。この日本に来る真の戦争に赴くため。

それが、只一人となっても戦う彼の―――虚神の神理だから



では戦争を始めよう。

一人の政治家がいた。

「――斬る」
一人の侍がいた。


 

 

「虚髪様……」

そして風守には多数の守護者達。
日本を守り、日本人に尽くす女達がいた。

 


そして――

「――――」

蹂躙し犯す破壊の余波があった。

戦争が――くる。

「風、ふいているな」

天照らす太陽が地を照らしていた。
日の光は陰を色濃く映し出す。
その陰から出るように、一人の男が歩いていく。

悠弥

「いい風だ」

東京――風守神社。
ここに一人の人間が流れ着いてた。
黒髪に黒目。典型的な日本人。
髪は特に染めたりもしていない事が見て取れる。
ジーパンに無地の黒いTシャツ。服装におしゃれの気は皆無といっていいだろう。
自分の外見というものに特にこだわりがないのが見てとれた。
無個性な服装。どこにでもいるありふれた日本人。

だが確かな存在感があった。
強いていうなら違和感。
陽の光で構成された影のような違和感があった。

ゆっくりと男は神社を歩いていく。
やがて静かな参道に入る。
広がる緑。
そこは鎮守の杜という木々生い茂る自然豊かな場所だった。
陽光を受け照り輝く新緑の風景、風光明媚な光景が広がる。
天からと降り注ぐ陽光を受け豊かな緑が輝いている。

そして――

風守神社の道

浮かぶ真素。
空気に浮かぶ光の欠片が舞うように浮いては消える。
真素と呼ばれる理力の塊だ。リアリスとも呼ばれている。
理法の力は自然と共にある。大気中の理力は普段は見えないのが常だが、時と場所によってはこうやって目に見える事もある。
それは「場」が高い理力を有している事の証明でもあった。

今彼が歩く鎮守の杜は理力が充溢している場所だった。故にこういった真素を目にする事もある。

これだけ純度の高い真素は国内外でも希だ。
通常なら神格の地として指定され、栄えるものだろう。

リュシオンの聖地、ガルディゲンの魔光の地など理力が充溢する地は多くの者を惹きつけ栄えていくのが常だ。
だが、この神社はそういう気配とは無縁だった。



まるで忘れさられた地


まるで忘れ去られた地。
静かで、存在自体が希薄なように見える。
空気に溶ける風のように。
寂れてはいる、だが荒廃はしていない。
清廉な空気、地には透き通る水が流れている。至る所にある水脈があった。
癒しの場所。神社は長き道程を経た旅人の疲れを癒す様な優しさがあった。

――風守神社。
真暦の世は理法の世。
特にこの神社は「風」と「水」の理が強い。
碧生い茂る神社を流れる透水。神社は自然の美しさと幻想的な雰囲気が合わさった様相だ。
ここは日本でも屈指の霊場。だがこの神社の本質はそこではない。

風守神社、ここにまつる神には曰くがある。
この神社が祀るのは――虚神。
伝説の神理者。

神理者とは世の理に干渉する能力を持った、人域超越の力を持つ者。
己の理を以て自然の法に干渉する力を持つ。
世界の法を己の理に書き換える事で、身体能力の飛躍的な上昇、炎や水をはじめとした六大属性を操り
世界法則を超越した事象を生みだす事ができる。
神理者の力は、世界の真理を解き明かす鍵といわれている。
神理者の力は現在F~A級に大別されており、理力の強さにより階級が異なる。
高位の神理者は桁違いの戦闘能力を有しており、大戦では、戦局を左右する程の強力な神理者も存在した。
世界に溢れる魔物と戦うには神理者の力は必要不可欠なものだ。
そしてガルディゲンとリュシオン、二大国の台頭によって緊張が高まる世界情勢において重要なファクターとなっている。
虚神は神理者の中でも特段の力を有していた。

そして、虚神には二つの評価がある。



ーーー曰く英雄

13世紀、元軍から日本を守った英雄。元軍の侵攻によって壊滅寸前だった日本を守った者。
当時異端として扱われた神理者達を率い、恐ろしい力を持った元の魔人と渡り合い、風の神理――神風によって
日本を守った救国の英雄という評価。


ーーー曰く罪人

破世の虚神―――久世零生。
最大にして最悪の戦い―――リュシオンとの大戦において、日本帝国十三帝将として戦った男。
凄絶といえるほどの戦果を上げながら、手段を選ばない戦いから、死後神罪人として罰せられた男

人域超越の力を持つ神理者は数百年生きる人間も存在する。
大きく時代が異なる二つの戦いを駆けた虚神もその一人だったといわれている。
帝国時代における日本の神罪人。
敵を滅ぼすための手段を選ばず多くの非道を尽くしたとされている。リュシオンの神理者と最も多く戦った人間でもあった。

元との戦いでの虚神は英雄。当時最強といわれた元の軍団を相手に神理者を率い立ち向かった存在。
リュシオンとの戦いにおいては神罪人。凄絶な戦果をあげながら、最後には全てを失い、死後も罪人として裁かれた。
虚神は英雄と神罪人、両面が存在する。戦前は英雄そのものだったという。
だが戦前と異なり近代では、神罪人という評価が主流だ。

故に虚神を祀る風守神社は、日本がリュシオンとの戦いに負けた後の歴史の中で公的非公的問わずあらゆる意味で弾圧を受けていた。
虚神をまつる風守社が日本有数の霊場でありながら多くの人間からは遠ざけられていた原因である。

「……」

草薙は歩き続ける。
清冽な空気が神社全体を覆っている。

神社に人はいない。
神社は嵐の前の様な静けさに包まれている。
だがこの神社が今日特別な日である事を彼は知っていた。

――風祭、昔日本を襲った元軍を倒し、国を守った虚神を祀る祭りである。英雄であった頃の名残でもあった。
誰もいない。誰も彼を評価しない。全てを失った神理者へのまつりだ。

(この国の守護者……か)
誰ともなく呟く。
それは風守に刻まれた命題だった。

リュシオンとの大戦から66年。今の日本がおかれている状況は非常に危ういものだった。
魔大陸の覇者、ガルディゲンの暴走。そしてガルディゲンによる領海侵犯と挑発。それは限度をとうに超えている。

そしてもう一つの大国リュシオンから日に日に高まる圧力。
神災の発生、日々大規模化する虐殺事件。
日本を覆う社会情勢は日に日に悪化し、日本人を襲う不安は日をおうごとに増大する。
だからーー

「――虚神様……蒼生をお助けください」
祈りの声が聞こえる。

「あなたの国が悠久でありますように
あなたの民が平和でありますように」

それは悠久の平和への祈り。



「誓いましょう。あなたが愛した日本を愛する事を。
誓いましょう。あなたが守った日本によりそう事を。
何年も何千年もあなたを想う気持ちは変わらない
蒼生に悠久の平和を―――あなたの魂に安らぎを」

少女の透明な声が紡ぎ出す祈り歌。言葉には相手を大切に想う癒しの心が込められている。
蒼生安寧歌と呼ばれる歌だ。 相手を想う癒しの歌。
その歌を紡いでいるのは少女だった。

顔の造形自体は幼い。しかし、その表情は聖母のような包容力を感じさせる。
アンバランスな魅力、しかし無条件の安心があった。
彼女の歌声からは包み込むような優しさがある。
心は伝わる。だとすれば彼女が発する優しさの感情が相手に安心を抱かせるのだろう。


「悠弥様……」

透明な声が自分の名を呼ぶ。
その声には歴史が宿っていた。
そして――
「おかえりなさい」

万感の想いを込め彼女は言った。

「……」
草薙は言葉は返さない、返せない。
その理由は彼女もわかっているだろう。
もう彼が彼女にかける言葉はもう何も無い。

「<命>・・・」
l紡いだ名は異邦の言葉のような違和感があった。

「……」
草薙は心に自制を課す。
目の前には自分を心から想う少女の姿があった。 
彼女の気持ち、それは男女の情や色恋の類とは無縁。
母が子に注ぐ愛のようでいて、弟を心配するような姉のような、そして……兄を心配する妹のような無条件の慈しみだった。
だが――

「――失せろ」
草薙が返したのは拒絶。
心に何も兆さない。<命>に対して友誼も愛も想う者が何もない。
(それでいい)
そうでないと自分は彼女を――しかない。

「……死んでいるな」
草薙の冷たい声が響く
関係性、感情、心。彼女に対する全ての想い。
とうに死んだ関係だという事を自覚する。

「……申し訳ありません・・・」
<命>の謝罪の響きはどこまでも深い。何年もその言葉を想ってきたように。
「許されるはずもありません。望むならなんでもいたします。悠弥様にもこの国の方達にも償うべき事があります……」
「……償う方法があると思っているのか?」
「……ありません。私が悠弥様に許される事は無いでしょう……ですが……私にできる事はあります……」
覚悟を決めた顔で命は草薙を見る
「…………」
それが何か草薙は聞かなかった。わかりきった事だからだ。
命をもって、償う。

「……私に裁きをお与えください」
<命>は確かな決意に満ちた言葉を草薙に伝えた。
「……そのために来たのか?」
草薙の冷淡な声。何の感情も宿っていない。
その冷たさを彼女は正面から受け止める。

「はい……私はここに立っています……ここで悠弥様から罰を受けるために」

裁きを受ける、その意味を彼女は理解していた。
よぎる沈黙。二人の間を風が吹き抜ける。

「私を――ください」
風に消えるような儚い願いを彼女は口にした。
時が止まったかのような沈黙が流れ――

「……あぁ」

短く応え、草薙悠弥は彼女の前に立つ。

「……お前の望む通りにしてやるよ」
草薙の視線は<命>の心臓へ。

「……ありがとうございます……悠弥様」
彼女の覚悟はとうに決まっていた。
ゆっくりと彼女は目を閉じる。
草薙の手が力を帯びる。
命の心臓へと手が伸びる。

――そして








「――勇者の話をしよう」

伝説が語られていた。荘厳な雰囲気の祭殿。そこで一人の巫女が子供達に本を読み聞かせている。

白磁の肌に白い髪。老人めいた落ち着き、だがその瞳の奥にはどこか悪戯めいた光があった。

「昔昔ある所に――」

彼女は語る。
導入は陳腐を通り越してもはや骨董品レベルの定型句。
自覚はしているが、天代巫礼はそれが好きだった。
子供の傍には老人の姿もあった。老人達の双眸にゆれる懐古の想い。。
老人達も子供の頃にこの話を聞いていたのだ――巫礼の語りで。
望郷の念に似た想いが老人達の双眸に揺れている。

天代巫礼はページをめくっていた。
皆一様に天代の次の話を、ページを待っている。
「一人の人間がいた」

遙か昔を回顧するように、彼女は語る。
「――その者は弱い存在じゃった」
ページをめくりゆっくりと聞かせていく。
子供達の声を交えながら、話は進んでいった。後ろにはやや厳しい顔をした老人達が控え、黙って話を聞いている。
子供が多く集まっている割には、はやしたての声は少ない。
それは騒ぐべき時でない時に騒ぐべきでないという掟。
掟に反すると、体罰反対という世のナウい風潮とは無縁の古式ゆかしい教育方針をもつ老人達から躾けがとんでくるというものもあるだろう。だが、語り手への
尊敬の想いと、なにより話への期待がこの空気を形成させていた。
いつの時代も勇者の話は心をつかむ。

「――その弱き者は強大な敵に立ち向かった」
巫女は語る。

「当時、『元』と呼ばれる国があった。彼の国の力は強大だった。次々と周辺諸国へ
侵攻していった。その圧倒的な力は世界の勢力図を塗り替え一大帝国を築き上げた」
特に子供向けに砕いた言葉は使わず史実をそのまま伝えていく。
老人に配慮した、というよりもより史実そのままを伝えるため、記された伝承を読み上げていく。

「そしてその元は一つの国に目をつけた」
そこで天代は一呼吸おく。
「この日本へと」

静かに読み上げていく。
息を飲む音が聞こえる。ページはめくられていく。誰もはやし立てる者はいない、子供も老人も食い入るように天代の話を聞いている。子供がいるので、通常ならもう少し雑音が入るだろうが、そういったものとは無縁だ。
彼らが躾けられているのもあるが、主な要因は読み手にあるだろう。天代に対して彼らが本能に近い深さに尊敬の念を抱いているかのようだった。
なにより、ここでこの話を聞けるのはこれで最後になるかもしれないという事も起因していた。
今日は彼らが――疎開する日でもあったから。

「当時日本を治めて追った北条率いる、鎌倉幕府。精強無比の武士政権が率いる北条軍も、元には叶わなかった。地は踏み荒らされ民は殺された。圧倒的力を持つ元軍を前に日本は滅亡の危機にあった」
遙か真暦の昔の記録。
「じゃが一人の人間が立ち上がった、この国を守るために」
戦った古強者達へ想いを天代は語る。
「英雄と呼ばれ……そして後に神罪人と呼ばれた者」
一息おく。重い事実を反駁するように
ゆっくりと時が流れていく。
この時をかみしめるように
(そうじゃ、無駄な時などない)

時は命だ。それは自分とて例外ではない。
歴史をかみしめるように天代は話を続ける。

時を経ても色あせない。
彼女の胸にずっとある勇者の姿。

それは国を護る勇者。
蒼生を守護する英雄。
この日本を守るために生き、国民を守るために死ぬ。
「彼は……勇者……」
かみしめるように天代巫礼は語る。

「勇者……本当に彼は――真の勇者じゃったよ」







「えっ!?」

草薙悠弥は乳を揉んでいた。



揉んでいたのだ。



乳を……揉んでいたのだ。
それはとても大事な事。
思わず三回繰り返してしまうほどに。

彼女の心臓に伸ばされた手は――彼女の乳を揉んでいたのだ。
変態? 違うさ、健全さ。

「祭りじゃ!!」

草薙は叫ぶ。一心不乱に魂をこめて!!

「おっぱいまつりじゃ!!」

おっぱい、それは生命の象徴。
草薙は凄まじい勢いで手を突っ込んだ。

「ふぁぁっ!」
命の声が漏れる。
そして、むんずと凄まじい勢いで乳を揉む。
それは至高の感覚。この世のものとはおもえないほど柔らかい。
そして大きい。
彼女という生命を確かめるように――揉む。
ズブズブと、大きな乳の中に手が沈んでいく。

「えっ……えっ!?」
命が上目遣いにこちらをみやる。
何が起こったのかわからないという顔。

ラッキースケベ、という言葉がある。
幸運に恵まれ、偶然ラッキーでスケベなイベントに出会える事――物語のお約束。

それは物語の主人公という綺羅星に与えられた神からのギフトといえるだろう。

そんなラッキースケベの道を彼は尊んでいる。
だって故意ではないのだから。
だってわざとじゃないんだもん。
後から殴られようが蹴られようが、仕方のない事なのだ。
それを含めて周りから許されるのだ。
そんなラッキースケベの運命を彼は尊崇している。

だが自分にそんな上等なものはない。
自分は物語の主人公ではないのだ。

故に彼は手を伸ばす。
掴むのだ――光を。
掴みとるのだ――運命を。
揉みしだくのだ――おっぱいを。

彼は己の道をアタックスケベと名付ける。
幸運型助平ではなく、攻撃型助平。
それは春の深緑の如くほのかの香る犯罪の匂ひ。

――それもまた良し。

草薙悠弥は迷わない。自らの意志で踏み出した結果ならば迷う道理も後悔する理由もありえない。
侮蔑も非難も軽蔑も、全てを踏みしめ彼は――揉む、




「ッン!?」

大きな乳が揺れる。この世のものとは思えないほど柔らかい。そして大きい。
いきなり乳を揉む。何を考えているのか。と思われるだろう。
そう、何も考えていないのだ。
つまり無心。無の境地で乳を揉んでいる。
それは本能。

「おっぱい祭りじゃ!!」

自らの意志で――揉む。
息を吐く。気合いが乗る。
一瞬意識がとびそうな衝動に駆られる。
メロンのように大きく柔らかい乳肉をぎゅうとわしづかむ。

その体勢こそ乳を揉むという行為の普遍的形式といっていいだろう。
正面から乳を揉む。
その始まりの行為には全てがある。
悠久に渡る人類史の営みの中、幾たびもそれは行われてきた
男女の営みは言うに及ばず、時には百合の如き女性同士でさえそれは行われていたのだ。
そして、今草薙悠弥が成しているのは普遍的形式。

それは乳揉みという行為の王道にして正道。
「あっ!?……ぁのっ」
命の声が漏れる。
草薙は祭の顔で揉んでいる。
(やはり凄まじい……なんて柔らかさ……でかさ!!)
草薙は感嘆する。
とんでもなく柔らかい。そして大きい。

容赦ないモミっぷり。少し力を入れるだけで、乳を掴んだ指がズブズブと沈み込むように彼女の胸に中に挿入されていく。

「ゆ、悠弥様!?」
制止とも、驚きともつかぬ<命>の声が頭に響く。

(!?いいのか!?)
ふとよぎったのは彼の良心。
(こげな真っ昼間からおっぱいばもみしだいて……ええのんか!?)
草薙は己に問う。それは心にある良心と常識。
人が社会という枠組みで生きていく上で必要不可欠な要素。

さて、常識で考えてみよう。こんな事をしては駄目なのではないか?
こんな大人になりたいと思うだろうか?
人生の先達として、見せるべき立派な姿というべきものがきっとあ――

「うるせぇ! 国家権力がなんぼのもんじゃい!!」

その辺りで彼の倫理は撲殺された。どの角度を切り取っても最低の発言。
なんというか、彼はあまり社会に馴染めない人間だった。
彼は乳に手をあてた己の手に一層強い力を込めた。

「悠弥ッ様っ……」
命の声が危うさを帯びる。その時――

「以上! 終わり!!」

瞬間、草薙は<命>の乳から手を離した

「なっ……」

意外な言葉に命は言葉を失う。

「今日の所はこれでいい」
賢者のような顔をして、草薙はそう言った。

「えっ……あ……終わり……なのですか」

状況が状況だけに聞きようによっては誤解を受けそうな言葉だ。無論彼女の意図してる所はそうではない。
「終わりだな」

草薙はあっさりと言う。完全に賢者モードだった。

「そんな……ありえません……この位で私が許されるわけが」
<命>は困惑している、草薙が何をいっているか理解できないというふうだった。

「罰だな。とりあえず今回の所はこれでいい。」
「……悠弥様……なぜ私を……」
逡巡した後、<命>は畏れるように口を開く。
「なぜ私を……こ――」

「――黙れ」
冷徹な草薙の声が<命>の言葉を遮る。
「ッツ!」
草薙の様相に<命>は何も返せなかった。
「その先を言うな、不愉快だ」

草薙には先ほどの狼藉の雰囲気は欠片もない。
しかし彼女が開いた言葉は全くトーンが違うものだった。

「ですが……この位で……私が許されるわけが…………」

「今回は、といった。お前にはまだやれることがあるだろう」
「……」
「落ち込む事も許さない。喜びをもって生きるのが人間だ」
「人間……」
「囚われるな。過去に、俺に。お前は笑っていた方が日本人の幸につながるだろう」
草薙の目は真っ直ぐ命を見ている。

「悠弥様……なぜあなたは……そんなにも…………」
<命>は草薙の行動に驚かされた。しかし、草薙の心意がどこにあるか彼女にはわかってしまっていた。

「ド屑なのかってか? 当たり前の事をいうなよ」

草薙の言葉に彼女はフルフルと首をふる。
やはりこんなものでごまかされてはくれない

「申し訳ありません・・・」
「――――」
草薙は一瞬言葉を返せなかった。その言葉の内容に、ではない。
命の言葉には、取り返しのつかない深い後悔の響きが刻まれていた。

(……無理、か)
何度も繰り返した諦観をもって草薙は彼女を見据える。
彼女が悠弥への罪の意識が深いというのは勘違いだ。彼女が悠弥への罪の意識を抱いているのではない。
罪の意識という概念に、彼女という肉体がまとわりついているのだ。

「別に気にする事はないぞ……謝罪もいらん。お前の存在などどうでもいい」
その草薙の声には何の感情も宿っていない。
それはさきほどの狼藉よりも何倍も冷たく醜悪な態度という事を自覚していた。

「はい……存じております。私が許されない事も」
<命>の態度は一徹している。
それは草薙への謝罪の心だ。
「……さっきので多少溜飲も下がった。今日くらいは多めに見る」
当然、嘘だ。
先ほどの様なものでごまかされるようなものではない。それは彼女自身がなによりわかっているだろう。

「……悠弥様が望むならなんでもいたします。悠弥様にもこの国の方達にも私の残りの命は捧げましょう…ですから……」
謝罪の響きはどこまでも深い。何年もその言葉を想ってきたのだ。
少女は瞑目し言葉を紡ぐ。
「……ですから……悠弥様はもう……」

「――征くべきと決めた」
草薙は淡々と言葉を吐く。

「……ッ」
<命>は彼を止める言葉をそれ以上続ける事ができなかった。

「俺は俺の理に生きる」
草薙は語る。彼女に語りかける、というよりも自分自身に言い聞かせるように。
「それしかできないんでな」
道は定めた、なら後は迷いなく進むだけだ。
「お前は関係ない…」
お前は――くない

「俺の戦争だよ」
静かにいった。誉れも誇りも何もない。
ただ一つの意志だった。

「消えろ……」
ここは――になるからお前には――欲しいから。

なにかしらの言葉が頭を通り過ぎた。彼女に対する思いは死んでいて目の前にいるという事実すら耐え難い。
だが、それに見合わない言葉が心からあふれ出た気がした。

「暗いな…」
草薙は空を見上げた。照り輝く夏の,陽射し。

「太陽が…暗い」

天照らす太陽。そこに一瞬三つの暗影がよぎるのを幻視した。
これからこの日本に何が起こるか彼は解悟していた。
「……もう、決められたのですね」

「心は自由だ。
囚われるな。
過去に、人間に。
今この時を生きろ」

それは心を風にする言葉。
心は自由であり何者にも囚われる必要はない。それは国敵討滅の神理とはある種真逆だろう。
だがその思想は人間が幸せに生きる上で重要な事だと草薙は考えている。
いつか誰かにもいった言葉。それを草薙は<命>に送った。彼女の心が少しでも
風になるように。
「……本当に優しいのですね………あなたは私達の心を風にしてくれる」
「人間、楽に生きられればそれにこした事はない。風のように囚われず生きるだけだ」
草薙悠弥が赴こうとしているのは自分で信じた道だ。後悔はない。だから彼女は気にする事はない。
何があろうと誰にいわれようと関係ない。自分が信じた道を征く。

「……悠弥様はこの日本を守る勇者です……」

命の瞳に至誠の色が宿る。

「信じています……虚神様」

自分の存在全てで訴えかけるような目だった。
彼女もわかっているのだろう。

――このままでは日本は滅ぶ。

その結末は避けられない。
リュシオン、そしてガルディゲン。
今の日本に対抗できる力はないだろう。

かつて世界に冠した十三帝将はバラバラ。
確実に失われていく国力。ガルディゲンやリュシオンの戦力に
備えがあろうはずがない。

今の草薙悠弥の力など塵にも満たないだろう。そんなことは当たり前だしわかってる。
日本を守なの傲慢でおこがましい――だがどうでもいい。
自分の意志は自分で決めるしかない。
他は全て関係ないのだ。己は己でしかないのだから。
空気を読まない。愚か者であり敗残者だ。
草薙悠弥はそれでいい。

今の日本人は日本に希望を抱いていない。
詰んでいるとさえ思っているのかもしれない。

当たり前だ。今の状況なら誰でもそう思う俺もそう思う。
諦め萎縮し弱気になっている。
それが現状だ。

「それもまた良し」

自分に人を否定できるほど大層なものではない。それが必ずしも不幸せかというとそうではない。
他人は他人で好きにやるといい。その分自分は好きにやらせてもらおう。
だからこそ――

「――この日本を守る」
それが草薙悠弥の決意だった。傲慢で愚かしい目標。
俺がそうしたいからそうする。只それだけだ。

腕が熱を帯びる。神理の光が熾火のように光った。


「悠弥様……」
そして彼女も何が起こるか知っているのだろう。だからこそ彼女はここにいるのだ。
<命>は草薙を止めたかった。勝てない負ける止められない。
だが自分の在り様が罪の想いがそれを押しとどめている。

なにより、彼の決意を止める事はできないと彼女は知っていた。
「悠弥様、あなたに……」
これから起こる事は止められない…
「あなたに――」
だからこそ彼女は祈りの言葉を口にする。




「――あなたに希望の風がありますように」

 



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