鎮守の杜

悠久ノ風 第3話

第3話 鎮守の杜

 

心は自由だ。
囚われるな。
過去に、人間に。
今この時を生きろ
――久世 零生  帝全の戦にて


風守神社、鎮守の杜。

下忍くノ一達

「これは……」

「想像以上……でござる……」

下忍くノ一達

「この鎮守の杜がここまで犯されるなんて……」

風守の守護者である彼女達はそこにいた。
眼前の現実に風守の守護者達は言葉を失っていた。

下忍くノ一達

「……これは……」

神域が破壊されている。
禍々しい破壊痕に女達の表情が曇った。

風守神社を守護する結界。
その結界の力は魔族の侵攻を留める全体の結界にも
影響がある。

その風守の守護結界を構成する基点が壊されている。
圧倒的な破壊の跡がそこにあった。

「注意してください……まだ……いるかもしれません」

「匂いがしますわ……あの獰悪な魔族の匂いが」

高貴な少女が警告する。

「上位魔族の可能性があります……」

守護の巫女の一人が注意喚起。

下忍くノ一達が応えるように、周囲を警戒する。

女達は一様に緊張していた。
一瞬の判断の遅れが死に繋がる。

「やはり……ガルディゲンか」

「ガルディゲン……」

――ガルディゲン

その言葉に女達の肉体がこわばる。

その言葉は世界にとって脅威の象徴の一つ。
特に風守にとっては恐怖の対象だった。

「アゲハめも……この魔物は……大陸のものと判断いたします」

彼女達くノ一は情報を扱う者達でもある。
ガルディゲンが日本に戦争をしかけてくるという情報は掴んでいる。
昔からガルディゲンの魔族と対立している風守神社。

だがガルディゲンの圧倒的脅威に対して、対抗できる力は、今の風守に存在しない。

「うっ……これは……」

くノ一達が怯えを交えた声を漏らした。

禍々しい爪痕。
粉々に破壊された結界痕
それが意味する所は――

「魔物……ですね」

――それもかなりの、と続ける。

魔物。世界法則から逸脱した生物。
理法は理力によって形となり超常の法則として力をふるう。
そして理法生物とは理力によって生物として形作られ、超常の生物として力をふるう。
無害なものも存在するが人に仇なす者が大多数だ。

別名、理法生物とも呼ばれるが、明確に人間社会に害を及ぼすものは魔物と呼ばれる傾向が強い。

そして近年魔物の襲撃頻度は高まっている、特にこの風守では魔物の出現が頻発していた。
それも動物から派生したようなものだけでなく、高純度の危険な魔物も含まれている。

「迷宮の魔物も地上に出始めていると聞きますが……それとも異なりますね」

近年の魔物の活性化は尋常なものではない。
それはある国の動きに比例している事も彼女達は良く知っていた。

「ガルディゲンの……魔物……」

ガルディゲン。魔族が支配する魔大国。
ガルディゲンの魔物は肉を喰らい骨を砕き、魂を犯す恐怖の象徴。
それが彼女達の目前に迫っている。
魔物はそれぞれの国家、地域に特徴がある。
特にガルディゲンの魔物は魔の力が強い。
魔物の凶暴性、残虐性は高いのだ。

「まずいニャ……どうも桁がかなり違うみたいニャ」

楽観的な気性のネーニャの声も真剣みをおびている。

「そう、でござるね」

早綾もまた、事の深刻さを理解していた。

「くる……」

早綾が呟いた。

「――ガルディゲンの戦争」

言葉が響く。

――戦争がくる。

沈黙が彼女達を支配する。
それは彼女達、風守の守護者にとって重い事実だった。

それは彼女達にとって絶対的な死を意味していたからだ。

絶望的なまでに強大な魔大国。
それがガルディゲン。

今の彼女達に対抗する術は――ない。

その事実を理解してている。
早綾も葉月も、巫女も、アゲハも、下忍くノ一達もそれを
痛いほど知っている。

沈黙が流れる。
しかし――

「だが私達は……風守だ」

葉月は呟いた。

「ここは……守らないといけない」

それは只の事実であり、決意でもあった。

「……その通りです葉月さん。風守の守護結界は
日本を守る結界にも影響しています」

アゲハも葉月の言葉に同意する。

「創世神器も……守らなければなりません」

下忍達からも声があがった。

恐怖はある。しかしそれ以上に

「だったら私達は……やるしかないんじゃないか」

決意があった。そして――

「私達は……日本を守る虚神を奉じいるんだから……」

信仰があった。
虚神。
日本を守る神への信仰である。

「ここの結界が壊されているという事は、風守深部にある封印を脅かす可能性もあります……それは私め達にとって……ある意味死よりも恐ろしい事です」

守護の巫女が葉月に同意する。

「……魔族がくるのなら……迎え撃つだけですわ」

声を震わせながらも、気勢をあげる高貴な少女。

「……そうですね。アゲハめも異論はありません」

「私め達も同様です」
「我ら風守の下忍くノ一」
「既に覚悟は出来ています」

下忍くノ一も、葉月達に同意した。

「にゃはははは、ネーニャも異存はないにゃ~~」

ネーニャが明るい笑い声をあげる。


「ネーニャはネーニャを助けてくれたここには感謝してるにゃ!
最後までつきあうにゃよ!!」

獣人であるネーニャだが、自分を保護してくれたここには感謝があった。

「私め達は一人ではありません」

「和の心をもってなす。皆でこの危難をのりきりましょう」

風守の守護者達の心に灯火が宿る。

「風の導きを、でござるよ」

早綾の言葉が響いた。

――風の導きを。
早綾の言葉に風守の守護者達は頷いた。

「風の使命を果たしましょう」

風の使命。
それは日本を守る使命でもあった。
古きいい伝えであり、風守神社の存在理由。
だからこそ、彼女達は恐怖を押し殺して動きだした。

「結界の修復を、できる限り早く」

彼女達は地に張られた結界を検分していく。
明らかな結界の乱れ。

風守全体に張ってある守護の理が崩れている。
それは防衛状態にある彼女達にとって、死活の問題だった。

そして――

「行きますわよ……」

「えぇ……」

「あぁ、みんなで力を合わせて――」

葉月がそう言いかけた時だった――

「えっ……」

視界の端が歪んだ気がした。

体が疼くような違和感。

「あれっ、は!?」

アゲハは咄嗟に空を見上げる。
空に一瞬何かが映った気がした。

「どうしましたか、葉月さん」
「今、空が……」
次の言葉を紡ぐ事を葉月が躊躇する。唇が微かに震えている事を葉月は自覚した。
「空が…震えた気がして……!?」
「「空が……震える……」

「まさか、空震……」

その言葉にくノ一達が唖然とする。
空震と呼ばれる現象。
真暦における災厄の凶兆。

「そんなはずは…… うっ!?」

「うあぁ……!!」
くノ一達が地に膝をつき、うめく。

瞬間、くノ一達の体を駆け巡る毒々しい暴威。
衝撃が彼女達を襲った。

「くっ……かはっ……!?」
周りのくノ一達も次々と膝をつく。
体中を駆け巡る痛み。

「うっ……」

血液が逆流するような感覚。
「うあぁ……」
呻き声が漏れる。

締め付けられるような圧迫感。

恐るべき、凶の波動が彼女達が地に膝をつく。

アゲハと葉月、下忍達は思わず呻く。

「げっ!? げぇっ!?」
「ぐえぇっ!?」

体が潰れるような感覚。何人かの下忍が呻き声をあげ血混じりの吐瀉物をまき散らした。このままだと全員が失神する。
「まず……い」

「きゃああああぁぁっ」
「あうううううぅっ!?」
「ひあああああっ」

巫女が、くノ一が、風守の守護者達が痛みに
叫んだ。

強大なものが自分達を圧している。
その力は絶大。

あまりの圧力に声も出せない。

葉月も、早綾も、アゲハも、風守の守護者達もそれは同じだった。
強大な存在が発する圧力に抵抗する事ができなかった。
だがその時――

――ゼザアアアァァァ

――空が歪んだ。

「あ゛れ……は」

(……黒い風)

漆黒の波動が、天空を駆けたのを
風守の守護者達は見た。

漆黒の波動が空を駆ける。
正体は不明。
(いったい……)
だが風守の守護者達は一つの確信があった。
あの漆黒の波動じみたものは今自分達を苛んでいるものとは
別種のものだという事はわかる。
漆黒の波動。それは人間の本能的な恐怖を想起させた。総身に怖気がはしる。
しかし――

(黒い……風)
葉月は一瞬だが空に黒い風をみた気がした。
瞬間。

――轟

轟音と共に、空が震える。

「なっ……」
「うっ!!」
「なにがっ!?」

風が空を覆っていた魔性を根絶させた。

葉月達を圧していた魔の力が中断される。
それだけは理解できた。

「体勢を立て直してください」

魔の圧力攻撃は中断された。一瞬空に見えた黒いなにか、それを見ただけで総身に
怖気がはしった。
終わった、そう思った。しかしもたされた結果は真逆で事態は不明不可解。
いったいなにが? わからない。しかし考える暇もなく

「何かが……来ますっ!?」

混沌とした状況の中で、彼女達は叫んだ。
今自分達は死地に立っているという確信だ。

「うっ――」

――ドクンと、心臓が締め付けられるような感覚。
それは純粋でおぞましいほどの――殺気。

「迎撃体勢をぉぉぉ!」

興奮状態。半狂乱でくノ一達は叫ぶ。
そうさせたのは、恐怖と防衛本能、そして毒々しい殺気だった
彼女達は死を感知した。

「まさか魔物が!?」

「はいっ……近くにいます!?」

「くぁっ……なめた真似をしてくれますわねっ!?」

風守を守護する者達が立ち上がる。
その時――

――ズン

「っ!!?」

総身を抉るような圧力を感じた。

――凄絶な魔の気配。

アゲハ

風守の守護者達が臨戦態勢に入る。
短刀には理光の煌めき。


他の下忍達も続くように得物を引き抜いた。

「……」

「……」

「……」

くノ一達は集中して魔物の気配を思索する。

凍るように静まる空気。しかしそれが――

――

おぞましい凶念を帯びる。

下忍くノ一

「みんな攻撃に――」
葉月が叫びかけたその時―――

「えっ――」

極彩色のナニカガキタ。
――ズチュリと不快な音が響き

「ごぼっ……あ゛!!…」
一人のくノ一が抉られ。

「あ゛あ゛ああぁぁぁぁぁぁぁーーーーー」
下忍くノ一の絶叫が神域に鳴り響く。ソレは容赦なく、一人のくノ一を引き裂いた。

「なっ――!」
襲来した暴力。
近くにいたくノ一が言葉を失うが――

「はぐぅっ……」
肉を抉る耳障りな異音
近くのくノ一も脇腹が貫かれていた。

魔の攻撃。
伸びた魔物の魔腕がくノ一を一瞬に戦闘不能に陥れた。

「ぐうぅぅ……」
「んああぁぁっ……」

うめき声のようなものをあげ二人の下忍くノ一の全身から力が抜ける。

「みんなぁぁ!!」
悲痛な早綾の叫びが木霊する。あまりにも残酷な一瞬の出来事だった。

「くっ……」
葉月とアゲハが硬直する。
訓練を積んだ彼女達でも殆ど攻撃が知覚できなかった。
しかし確かに感じる凶の気配――

「あそこからだ!!」
葉月が叫ぶ。
攻撃を逃れたくノ一達は仲間達は敵手の姿を認めた。
魔腕の方角に蠢く存在。
「ひっ……」

最年少の早綾から恐怖の声が漏れた。

くノ一達の視線の先には異形の魔物。


「GGGGGGGGG」

惨劇の幕が上がろうとしていた。

 

 

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