執行者戦

悠久ノ風 第14話

第14話 執行者戦


「――俺の国民に手を出すな」


日本人達を守るように、草薙悠弥が立っていた
彼から強さは感じない。
風のように無機質だ。
だが、その存在が執行者であるサジンを吹き飛ばしたのだ。

「貴様……何だ」

怒りを込めて、サジンは草薙に問う。
その問いに対して草薙は――

「――只の日本人だ」

淡々とそう答えた。
――英雄の存在感は無く
――勇者の雄々しさとも無縁

何でもない男。
まるで空気のよう。
だが、この何でもない男がサジンを止めたのは事実だった。
「ッツ!!」
サジンの動きが止まる。
サジンがすぐにこの乱入者を殺さなかったのは長年の戦いに裏打ちされた勘によるものだった。
(こいつは……何だ……)
サジンの総身を襲う、寒気。
それは底なしの黒沼に身を投げ出すような感覚に近かった。

「っつおめぇ……」

言葉を失ったのは剛蔵だった。
言葉に出来ない。だがその草薙の姿は剛蔵の心の奥にあるものを強く震わせていた。
剛蔵は何かをいおうとしているのか、口を震わせている。

「草薙……」

葉月は草薙を見上げた。
そして早綾は
(えっ……)
早綾が感じたのは蜃気楼めいたノイズ。
一瞬草薙悠弥だと気づけなかった。そして――
(私……震えてる)
早綾は体が震えているのを感じた。

「うっ……」
葉月の頭に鎮守の森での光景がフラッシュバックする。
草薙の姿と、魔族達を倒したあの漆黒の陰を葉月は幻視してしまった。
(違う……あれは草薙悠弥だ)
迷妄を振り払うように葉月はしっかりと草薙を見た。
蜃気楼のように彼から受ける感情は一定しない。

「貴様……」
本能的な恐怖からサジンはアナライザーを起動していた。
草薙に照準を合わせると理力数値が弾き出される。
滞りなく駆動するアナライザーは常の慣例に従い数値をサジンに提示する。
そしてその数値は――
「……Fランク、だと……」
つまりは無能力者。
非戦闘員だ。神理者はおろか理法使いですらない。

「……チィッ!?……無能か」

サジンは胸中で舌打ちした。
安堵と怒りがサジンに沸き上がる。何を恐れていたのか馬鹿らしい。
Fランクであるこの男からは何の力も感じられない。
その苛立ちは草薙に向けられ侮蔑を込めた眼差しをぶつける。

「Fランクが何の用だ、さっさと去ね。この家畜共と同じ目にあいたくなければな」
「…………」

しかし、草薙はその言葉を柳に風と受け流す。
サジンの言葉など届いていないようだ。
「ふざけるなよ、無能力者の底辺が……貴様のようなクズを消すなど造作もないのだぞ」

「世の評価などどうでもいい……俺は――」
「なに?」
サジンの言葉を風の様に受け流し、彼は淡々と言う。
まるで他者からの評価など自分にとっては塵風ほどでもないというように。
それは地位と評価を尊ぶサジンの美観に反していた。

「馬鹿だったな……」

故に執行に迷いはない。下そうとしていた力をこの身の程知らずにもこの場にきた馬鹿者に誅罰を下すだけ。

そう思いサジンは腕を振りかざした時、草薙が――動いた。

「――俺の理で生きるだけだ」

刹那風が疾った。

「――」
響いたのは風がうねる音。ただそれだけ

「がはっ!?」

次の瞬間、嵐を一点に集束させた衝撃がサジンの総身を吹き飛ばす

突風を受けたようにサジンは吹き飛ぶ。

「っがぁっ!?」

完全な不意うち。場は荒れ騒然となった。
(なんだ!? なにがおこった……)
理解がおいつかない。弾き出されたアナライザーは依然として草薙がFランクの存在であると告げている。
(ではいまのは、何だというのだ……)

法兵達も何が起こったかまるで解せない。
法兵達が草薙を倒そうと動こうとした瞬間

「待て!!」

衝動的にサジンは法兵達を静止していた。
アレはまずいと、サジンの本能がそう告げている。

法兵達は戸惑いながらもサジンの指示に従い動きを止める。
法兵達にも内心恐怖の様なものがあった。
自分達の中でも一際強い理力を持つサジンを一瞬で吹き飛ばしたと異様な事実の前に、法兵達の心は穏やかではない。

「あれは……」
葉月もアゲハもくノ一達もこの光景を信じられずにいた。

「大丈夫か……」
風のような声。特定の誰かにかけた言葉ではない。
しかし、剛蔵や早綾、そして葉月や巫女達この場にいる日本人達へ向けられた言葉だった。そしてそれにはタマノやエリミナなど獣人やエルフも含まれているように思えた。

「あ……う、うん」

少女はおずおずし手を伸ばし草薙の手を掴む。
暖かい手、というわけではなかった。草薙の手は冷たい。
だが優しく握り返してくれる、草薙の手からは相手を気遣う心を感じた。

風のように軽く。
空気のように当たり前。
特に気負った様子はない。

「おっ…おめぇっ」
血走った目で老人は草薙を見上げている。
青年が助けたのは少女であり、そしてこの老人であった。
何の価値もないといわれた、老いた男。しかし草薙の目には全くそうは映らない。

老人の声は震えていた。
一心不乱に草薙の姿を見ている。
驚愕と憧憬、信じられないという感情が浮かんでいる。

「――よぉ」

草薙は見知った友のように声をかけた。。
草薙が老人に向けたものは早綾や葉月に向けたものとは異なる。
女性は守るべきもの。
老人は守るべきもの。
そういった日本の美観を彼は良しと考えてる。

そして剛蔵に込められた情はそれとは違うものがあった――真を示した人間に敬意を払う響きがあった。

「頑張ったじゃねぇか」

微笑む草薙の姿に、剛蔵は目を見開いた。
「お、おめぇまさか……」

剛蔵が震える。
それは死んだ友に出会った嬉しさのようでもあり、
信仰していた神が目の前に現れた衝撃のようでもあった。

「剛蔵さんっ、動かれてはいけません」

傷を癒すため、駆け寄ってきた巫女達の言葉も、自身の傷も剛蔵の頭に入っていない。

ただ法兵を打ち倒し、風守を守った草薙悠弥を一心に見ていた。

「――いい気概だな」

草薙は剛蔵を見る。傷だらけの体。剛蔵がどれだけ体を張って戦ってきたか十分理解できた。
風のような声で、草薙は剛蔵に語りかける。

 

「お前は防人だよ、剛蔵」
その目には万感の想いが込められていた。

微笑み草薙は仲間を称えた。

「っつ……」

剛蔵は動けなかった。
その言葉に剛蔵は我を忘れたかのようになった。
草薙の言葉は、老人の胸にあった重い何かを風の様に霧散させていた。

老いようが、子供だろうが意志を示した。
理不尽に対抗する意志。それは尊敬に値する。

老人の意志の輝きを草薙は確かに感じたのだから。
ゆえに草薙は剛蔵を心から認めた。
「……」
それは剛蔵にとって紛れもなく嬉しい事だったのだ。

「かかっ」

声にならない笑いがもれる。
彼から意識を奪いつつある戦いの傷、それも気にならない位に
「かかかかかかかかかっつ!!」

剛蔵の大笑が響き渡る。その顔は涼やかな風にあたったような爽気に満ちていた
「そいつぁ……ありがてぇ、な」
その言葉を吐くと、とっくに限界にきていた剛蔵の全身から力が抜けた。
草薙は崩れ落ちそうになった剛蔵の体をしっかりと支えた。
「おい、そこのお嬢ちゃん」
「はっはい!?……」

「剛蔵の事、たのむわ」
風守の人間はその歴程から回復の法を得手とする。適性の有無はあるだろうが、この人数なら問題ないだろう。

「貴様ぁ……」

怒りを滲ませサジンが立ち上がる。
「貴様……何をしたかわかっているのか!」
禍々しい気炎を立ちのぼらせサジンは立ち上がった。

「馬鹿がぁ! そんな何の価値もないじじぃを助けて……貴様は今人生を棒にふったぞぉ!」

「…………」

「何の価値があるというだ! えぇっ!? 失うものすらない老いた男だ!在りし日を懐かしむだけのむさくるしい、おいぼれなどなぜ助ける価値があるのだぁ!
女相手に盛っておればまだ可愛げもあったものをぉ、なんなのだ貴様はぁ!」

サジンの罵倒は呵責無いが、ある意味で正しかった。なぜこの男は真っ先
この何の価値もない老いた男を助けたのか。おかしいだろう、生物としての在り方に
反しているだろうと。こんな滅びかけの神社の為に、この男が自分達を敵に回したとい
事実が、サジンには理解ができなかった。

「だからどうした」
草薙は不快だった。なぜならサジンは女を優先して助ける様な男を「盛った」と貶めた。
女を助ける事は日本にとっても大事な事だ。そして日本の男達はそうして来た
その行動を成した者達をサジンは貶めたのだ。草薙が剛蔵の様な男の老人を優先したからといって、女を助けるという行為をも貶めたサジンの言葉は怒りに値した。

「老人だろうが若い女だろうが……日本人だ」
それは草薙にとっての真実。
老いた男だろうが、幼き少女だろうが
草薙悠弥にとっては守るべき国民だという事だった。

「てめぇ……」

怒気をは発したのはバルモワだった。

「狂ってやがんのかぁぁ!!」
下忍達を血祭りに上げたバルモワの豪腕が草薙に迫る。

「……俺の真理は一つだけだ」
空気がこわばるように風が逆まく。
「――俺の国民に手を出すな」
草薙から膨れあがる殺気。一瞬、風が激った。

――ああ鬱陶しい。

なぜこいつらを当たり前の事を理解できないのだろう。
何もわかりにくい事をいってない。
日本人に手を出した。
故に、倒す

草薙が動く。一息に、拳域に入り拳を――放つ。

「ぐがっつ!!あああぁぁ!」
一撃がバルモワの顔面を撃ち抜く。

凄絶な打撃音と共にバルモワが吹き飛んだ。
「――それだけだ」

「ッツ……」

草薙の攻撃にサジンは一歩後ずさった。
(見えなかった……だと……)
世の理の代弁者であるサジンの敵意をぶつけようが、草薙悠弥には一切の迷いも揺らぎもない。

彼の言動。彼の行動。全てがサジンは理解できない。
彼は理解の外にあった。
ただ理解できた事は一つ。

「排除しろ!」
あれは異物であり、排除すべき対象だという事だ。
命を受け、法兵達が動き出す。

「国敵討滅――」

風ノ声が響く。

――瞬間、風が吹いた。

放たれる暴風の拳。
拳の一撃が法兵の顔面を砕く。
法兵の総身を衝撃が駆け抜けた。
法兵は何も起こったか理解できない。コンマ刻みで滅裂していく意識に浮かぶ言葉は一つだけだった。
(か、ぜ!?)
それを最後に、法兵の心は絶たれた。
嵐を凝縮した様な烈しい一撃。
疾風の速度で放たれた拳は法兵の意識を砕いた。

――風撃

形をもたない無形の拳。
真直ぐでありながら、定形をもたない歪みの拳が敵を討つ。
「かかれぇ!!」
サジンの檄と共に二人目の大男が殺到。手には大型の槌。鉄の大質量に膨大な理力を漲らせ接近する。

「くおおああああぁぁぁっ!!」
振り下ろされる豪腕繰り出される一撃。
しかし草薙の姿が法兵達の前から消えた。

「消え――」

法兵の目の前から草薙の姿が消える。
「ぐがあァッ」

驚愕に染まった大男の意識が絶たれた。
肉体の芯に突き刺さる暴風の拳撃。

三人目の法兵が大男の陰から襲い来る。持っているのは槍のような法具。しかし
草薙が反応――迅い。
法兵が一歩動くと既に三歩動いているかのようだった。

前に出るためのその勢いと反動を利用して彼は更に前に出た。
電光石火。男が槍を繰り出すが草薙が回避。
草薙の容赦のない拳打が法兵の意識を刈り取る。

四人目――

「法理よ!!」

理法を練る。二人目三人目の交戦の間に法定式は完成している。。
炎が殺到した。科学を超え超常を凌駕する理の法。それが炎を法則ごと形どる。

草薙が地を蹴る。

零距離からの加速。
「――ハァっ」
気息と共に回避行動。

加速する体。
縮められる彼我の距離。
(――)
交差し、轟々と通り抜ける法撃。

――ブン

かすめた法撃が肌をやきチリチリと音をたてる。
理法の衝撃からは殺意の気迫が嫌がおうにも伝わってくる。
――構わず前進

「があぁぁ」

疾風迅雷――嵐の様な拳打が、四人めの法兵の意識を刈り取った。

草薙を法撃でねらい打つために控えていた法兵は狙いを狂わされた。
体格で勝る法兵で追い込み誘導し、そこで一斉に法撃を叩き込むというもくろみは初動から修正を余儀なくされる。

「ハァァァ!!」
これは同じ戦法で殺到する格闘法兵の動きの動揺を誘発。

法兵達の放った法撃は悉く空を切る。
同時に草薙は加速を実行。
法兵は減速、草薙は加速。スピードの差が加速的に開いていく。
草薙によって法兵達は壊乱状態になった。
人型の嵐。衝撃と共に法兵が飛ぶ。
電光石火、振り抜かれた弾丸の様な一撃は二人目の法兵のみけんを撃ち抜く。
突風が幾重にも吹き抜けるような衝撃に法兵は泡をふいて倒れた。
瞬く間に、格闘法兵二人が地に沈んだ。

「っつ!!」

風守の巫女達を抑えていた者達も草薙に目を向ける。

目の前の敵手はFランクの弱者のはずだ。
しかし、疾風の如く法兵達を打ち倒した男は、自分達を脅かす存在として
認識したのだ。

「陣を 轢殺せよ!!」
憤激に歪んだ声でサジンが指示をとばした。
檄声に呼応するように法兵は一斉に陣をしく
同時に空間に波紋が走り強力な法定式が練り上げられていく。

「なっ」

葉月は驚愕した。

沸き上がる大理力。
法兵達の陣から湧き出る理力が膨れあがり、大きなうねりとなっていた。

掛け値なしの本気。葉月や風守の巫女達は脅威を感じ取った。
集束する理力波濤。
力が集まっていく。

殲滅型の理法陣。。
合体理法のような一点突破式ではなく、四方八方に散る事で、退避路を塞ぎ集中砲火をもって殲滅する鏖殺の陣形。
点ではなく面の攻撃。決して個人に対して使う規模の法定式ではない。

もしこのまま続けて法兵が倒されていたら人数を要するこの陣には綻びが出ていただろう。
悠弥が法兵達と戦った間にも、サジンは戦術を構築していた。
果断で的確な判断。
サジンの用兵手腕も並ではない。

(潰してやる)
サジンはそう判断した。この未知の男が化物であろうと、勇者であろうと構わないし関係ない。

例え上位神理者であろうとこの数の理法を防ぐ事はできない。

草薙は一層速度を上げる。
「防げぇぇぇぇ!!」
響くサジンの大音声。
嵐の様な法撃が放たれた。
四方八方から撃ち放たれる法撃。
瞬間、草薙から激しく風が逆巻き――

「――風よ」
草薙が奥義を発動する。

瞬間風のように――消失した。
「ッなにッ」
法兵が驚愕する。
消える消える。草薙の姿がぶれて揺らめきかき消える。
「どこだどこ――にぃっ!」

草薙が疾走。うなる渾身の法撃は空を切った。

草薙の体がかき消えたのを視認――認識――生じる空白その瞬間
「ひっ」
陣の中心で理法を紡いでいた男が言葉を失った。

草薙は止まらない。疾走の勢いのまま繰り出した一撃が理法兵を打ち倒す。
理法兵はたじろいだ。
草薙には回避の所作を一向にみせようとしない、己の身を振り返る事なく敵を撃滅する意志に理法兵は恐怖を覚えた。
知らない知らない理解不能
この様な戦い方は彼らは知らない。
正面から引くことなく法撃をくぐり抜け、陣の中心に向かって疾走する
黒い影。

風が走った、それが意識を失う彼の最後の感覚だった。
轟音を立て頭蓋に拳が叩き込まれる。凄絶な打撃音が響き陣の中心にいた男が宙を舞った。
「なに……」
「馬鹿な!!?」
法兵達は驚愕する。

――最大の戦力で
――最適の戦道を往き
――最速で戦陣の中心部を撃滅する――古来から戦術の基本はここに集約される。基本にして枢要、だが成すのは決して容易い事ではない。それを草薙は成した。

(まるで……一人の軍隊……)
風守の守護者達が息を飲む。
戦いを知る者達だからこそ理解できる。
理不尽なまでのワンマンアーミー。

攻勢にでるよう司令塔に言葉を投げかけ挑発し隙をさらし、行動を誘発させた。
電光石火という言葉も生ぬるいほどの速度で陣の司令塔を撃破。
その事象がもたらす結果は自明の理。

「!?っ」
法兵達から漏れる驚駭の気息。それは、陣の中枢が崩れる音でもあった。

草薙の迅速な一撃により撃破された陣の中心は理法兵の判断に一瞬の焦りを生み出した。
Fランク相手に相手に多数でかかり、一瞬にして中枢を撃破されたという悪夢めいた現実が思考を摩耗させる。
「――おせぇよ」
草薙はその隙を逃がさない。相手の動揺を反動とするが如く加速。草薙と法兵。その速度差は拡大の一途。

戦闘における士気が根本から違った。
「――遅い」

そして、その隙を草薙は見逃さない。間隙をぬい駆け抜ける風のように接近。
草薙の拳が法兵の芯を捉え、法兵が地に膝をつく。
崩壊した戦線、倒れていく法兵達。
嵐に薙ぎ倒される倒木のように次々と法兵達が地に沈む。

「……貴様」
サジンは目の前の戦いに呆然とする。信じがたい光景がサジンの前に広がっていた。

(なんだ……この男は……)

この男が常識で吐かれない存在である事をサジンは理解しつつあった。
サジンの目元の機器は依然として草薙がFランク、無能力者である事を告げている。
機器の故障でなければ、特異者か。

風守のくノ一達同様、生け捕りにして研究、実験対象として見る価値は
あるだろう。
だが――

「殺すべきだな――」
即断した。
サジンの本能が訴えている。
コレは危険な存在だ、と。

「残りはお前らだ……」
草薙の声と共にドサリと、最後の法兵が倒れ伏す。
残りはサジンと、そして隊長格のシグー達三人の執行者だった。

「日本人を傷つけたんだ……覚悟はできてるだろうな」

「ほぅ……」
「グァハハ!! 覚悟ときたかぁ!?」
「キケケケ!! 本当に日本人ってやつぁ無謀な奴らばかりだなぁ」

草薙の言葉に、シグー達の殺気が充満する。恐るべき力を持った者。パワー、テクニック、スピードに特化した三人の執行者。その男達が動いた
瞬間、空気が変質した。

「っつ!!」
倒れながらも戦況を見守る少女達は息を飲む。
執行者達が動いた瞬間、それだけで殺されそうな鬼気が戦場に充満する。

「……シグー、バルモワ、テグムゾォォォ」

「「「はっ!!」」」
サジンの怒りに、シグー、バルモワ、テグムゾが応えた。
執行者の三人。
サジンが有する最強の手駒。
執行者の階位を持つ強者達が鬼気を漲らせて立ち上がった。

「うっ!?……」
「あいつら!?……」
「同時に……」

エリミナ、葉月、タマノが戦慄する。
この男達と戦った彼女達は彼らの恐ろしさを身に染みて理解している。
執行者――リュシオンの武力の象徴の階位を有する者達。
一人で万人を圧倒する力を持つ強力な神理者だ。
それが同時にかかってくるなど悪夢に等しい。

「国敵討滅――」

草薙の言葉と共に、一陣の風がふく。

「――!!」

一瞬吹いた風に葉月達くノ一や巫女達は言葉を失う。
その風を、虚神を信仰する彼女達の本能は知っている気がした。
日本人を守る風だ、と――。

そして――

「全員でかかれぇ! 肉片一つ残すなあぁぁぁ!!」

戦陣が開かれる。
サジン・オールギスの大喝と共に、シグー達が動き出した。

「フンッ」
「グァハハ」
「ギハハ」

三つの凶影が瞬く間に草薙に接近。

「風守の守護者をやったのはお前らか」

「だとしたらどうするのだ、Fランクゥゥゥ!!」

力が技が速度が。草薙に襲い掛かってくる。

バルモワが豪腕を旋回させる。
かすっただけで、大木がへし折れた。
大木が草薙に向かって倒れてくる。

草薙が大木から体を交わした瞬間、

「ひぃはあぁぁ!!」
倒壊する大木の死角からテグムゾが現れる。

テグムゾが心臓めがけて暗器を放った。
草薙は飛来する暗器をたたき落とした。
そこから更にシグーの鎌が頭上からけさぎりに襲い掛かる。

草薙はシグーの攻撃を回避した。

回避した先に、
眼前にバルモワがいた。
「オオオオオォォォ」
「ぐあっ!?」

草薙が行ったのはあごに対しての頭突き。
舞うような優美さとも無駄のない達人の動きとも無縁。荒々しい野の獣の如く
戦術だった。

バルモワ相手に異質な戦法だが、まさかの打ち所攻撃と衝撃にバルモワは後退する。

「ろくでなしの馬鹿野郎どもが」

距離をとり、草薙は毒づいた。
何が規世。
何が人類平等だ。
笑わせるなよ国敵が。

お前達は日本人に、俺の国民に手を出した。
ならば倒す。
絶対に――
「許さん」

草薙が構える。迫り来る三人の執行者に向けて、真っ向勝負の気概を見せる。

「身の程知らずがぁぁぁ!!」
地響きを打ち鳴らし、バルモワの突撃が草薙を襲う。
天井知らずに上昇するバルモワの理力に地が震撼。
恐るべし圧力が草薙に迫る。

「逃げてください!!」
エリミナが叫ぶ。

バルモアと対峙したエリミナだからこそバルモワの恐ろしさは知っている。
とてもではないが、戦える相手ではないのだ。

しかし、そのバルモワを相手に草薙は――
「国敵が――」
自分の国民を傷つけられた怒りを以て正面から攻撃を撃ちはなっていた。
およそ正気の沙汰ではない。しかし――

――ゴオォォ

破砕音。骨が砕ける音、
砕けたのは草薙ではない。
「ぐオオぉぉぉ………」

砕けていた。バルモワの――腕が。

「馬鹿ッ……なぁぁぁ!?」

草薙がバルモワの腕を潰していたのだ。
一点攻撃。バルモワの攻撃が面であるなら、草薙が放った攻撃は「点」だった。
攻撃の衝撃を一点のみに集中させ、バルモワの腕を砕いていた。

そして、草薙が次のモーションに入る。
「なめるなよぉ日本人ィィン」
バルモワは野獣の如き咆吼をあげ片腕を振り下ろした。
草薙はその一撃を減速する事無く回避。
そして、右の一撃を撃ち放った。

「ぐおおおお」
疾風の一撃がバルモワをうった。
バルモワの巨体が吹き飛んだ。

 

「てんめえぇぇぇ!」
テグムゾが飛翔し迫り飛ぶ。
のっぺりした顔が、出来の悪い悪夢のように迫りくる。   

テグムゾがすかさず暗器を投擲した。
草薙が暗器をたたき落とす。しかし
(馬鹿がぁ……)
テグムゾが最小の暗器を投擲する。
多くの攻撃の中に最小の暗器を仕込んでいた。
到底見破る事はできないだろう。しかし――
「なぁにぃ!?」
草薙がその隠れ暗器を受け止めた。手に持っていた石のような物体で。
テグムゾの隠れ暗器のをさばききった。
「!!?」

テグムゾは自身の暗器を草薙が見切った事に驚。
その一瞬の間隙に草薙が接近。
「なにっ!?」
テグムゾが、一息に間合いに入った草薙に更なる驚駭が襲った。
一瞬の隙に草薙が一気に間合いをつめたのだ。
だがテグムゾの技量はさすがだった。体勢を崩しながらもテグムゾが心臓めがけて草薙
攻撃を打ち込む。だが草薙が半身を反らして回避。そして
その勢いのまま、草薙が横に大きく回転した。
「なぁにぃ!!」
テグムゾの驚愕が耳をうつ。
回避と攻撃を両立した草薙の動き、それはテグムゾを正確に捉えていた。
遠心力をフルに利用した肘打ちがテグムゾの側頭部に突き刺さり、テグムゾが
吹き飛んだ。

「貴様アァァァ」
シグーが迫る。

強力な神理者と戦ったのか激しい戦いの跡がシグーには刻まれていた。
シグーが鎌を取り出す。そして――
「……裁く」
幾つもの光条が煌めく。
シグーの鎌が数多の残像となり、縦横無尽に草薙に襲い来る
幾重にもつらなる光条、高速の連撃が空気を引き裂き大木を切断する。

草薙が走る。
シグーが走る。
閃光のような速さでシグーが接近。
草薙が腕を引く。
一撃を撃つべく力を溜める。
バルモワとテグムゾを倒した時とは違う異質な挙動。

しかしシグーは顔を歪めた。

「失せろ下等民族ぅぅ!!」
攻撃をしかけたのはシグーだった。

「サイレムの偽翼よ!!」
シグーが詠唱と共に理力を纏い加速。
大気を引き裂くような速度で、シグーが至近する。恐るべし速度を纏った一撃を放った。

――ビュオン

シグーの鎌が吹き抜ける。
空気を引き裂き迫る凶刃でを、
草薙は紙一重で交わしきった。
バルモワのようなカウンターで倒す事はできない。草薙は更に一歩を踏み出す。

高速の世界で草薙はためらいなく踏み込んだ。

草薙が右腕に力を込める。
そして一気に振り抜いた。

突風のような拳がシグーに放たれる。
「!!」
目の覚めるような拳速にシグーの総身が警告を発する。
全神経を投入し、シグー回避行動。ギリギリの
「!!がっ」
掠めた衝撃にシグーの体がぐらつく。
(馬鹿な、かわしきれなかっただと)
次の瞬間、シグーに更なる衝撃が襲う。
「――風撃」
草薙の風の攻撃がシグーを捉えた。

「ぐあああぁぁ!!」
シグーが草薙の攻撃を受け、吹っ飛んだ。

草薙と執行者達の距離が空く。

「うそっ……」

風守の守護者達は
くノ一達はその光景を信じられずにいた。
三人の攻撃を受けてなお、草薙は立っていたという事実に。

「貴様ああぁぁぁ……」
「グェハハッ……やってくれるじゃねぇか……」
「キケッ! もう冗談じゃすまされねぇぞぉ……」

シグー。
バルモワ。
テグムゾ。
三人の執行者達が立ち上がる。
さすがというべきか、法兵達を倒した草薙の攻撃を受けても
立ち上がっていた。
その目に遊びの色はない。
掛け値無しの本気の色が執行者達に宿っていた。

バルモワはゴキリと首をならし
テグムゾは外れた関節を戻し、
シグーは理力を集中させた。

三人の攻撃と真っ向から渡り合った。草薙の力にバルモワ、シグー、テグムゾから理力があふれ出る。

執行者達から放たれる息が詰まるような殺気。
執行者三人の実力を知っている、葉月や玉乃、エリミナ達は静かに息を飲んだ。
(なんで……私達……逃げてって言えないの)
「逃げて」と声をあげたかった。だが声が出せない。
エリミナ達は震えながらも草薙から目が離せなかった。
バルモワ達は強い。本気になればたちどころに殺されてしまうだろう。
もはや遊びも手加減もない三人が襲い掛かってくる。それは絶望以外のなにものでもない。ないはずなのに
なのに――

(でも……もしかして)

――もしかして倒してしまうのではないか
頭によぎった恐ろしい予感。
そう、恐ろしいのだ。
あの風は「日本人を守るためなら」どんな手段を使っても、なんだってやってのけるような鬼気を感じる。
それは人間ではない。理そのものだ。
少女達は草薙を見る。風を纏ったその姿は神の風に見えた。

草薙が構える。

シグーの周りから血煙が立ち上る。
バルモワから鬼気が立ち昇る。
テグムゾが自身の暗器を総て取り出す。。

神域に殺気が満ちる。

草薙と執行者達が対峙する。

次で――決まる。

「――国敵討滅」

草薙が理を紡ぐ。
日本人を傷つけたその愚かな行い、地獄で後悔するがいい。

「ガアアァァッァ!!」

バルモワがはしった。
地を砕き天を震わせる咆吼。言葉と共にバルモワが
鬼気迫る疾走は重戦車をも凌駕する重圧だ。
「くたっばれぇぇぇ」
バルモワが渾身の一撃を放つ。

しかし草薙がその一撃に怯むことなく。
「――撃ち放て」
魂身の一撃を撃ち放つ。
風を切る撃音をたて、草薙の高速の一撃とバルモワの重厚なる一撃が交差する。
次の瞬間――

「ぐがああぁっ!! 」
絶倒の一撃が、バルモワを撃ち砕いた。
草薙悠弥がクロスカウンターをバルモワに打ち込んだのだ。
「……ッ」
同時に、草薙もバルモワの攻撃を受けていた。
それは捨身のクロスカウンター。
草薙のクロスカウンターはダメージを何倍にもして返す技巧だ。

事実、草薙自身も相当のダメージを受けている。
草薙のクロスカウンターはカウンター技としては失格だろう。
自身のダメージを受ける事を前提にした技である。
速さを是とした草薙が、パワータイプのバルワから攻撃を受けてでも、己の攻撃を叩き込む。合理を投げ捨てた捨て身の攻撃、およそ正気の沙汰ではない。

だが――

「おおおぉぉぉ!!」
非合理を以て合理をつかみとる。
獅子吼と共に草薙の拳がバルモワを完全に撃ち砕いた。

鬼神じみた威力がバルモワの人体の真芯を撃ち抜いたのだ。

「ぐが……がああああぉぁぁっ!!?」
断末の絶叫をあげるバルモワ。
メキメキと砕ける人体の感覚が拳ごしに伝わる。
魂身の一撃がバルモワを討伐せしめる。
地響きを立て、バルモワの巨体が倒れた。

「うそっ」

葉月とエリミナはその光景に言葉を失った。
バルモワを倒した草薙悠弥の姿がエリミナ達の目に焼き付く。

理解ができないおいつかない。
だが『有り得ない事が起こっている』その事だけは理解できた。

「――」
草薙のギラギラと輝く野獣じみた瞳がバルモワを見下ろしている。
それは竜を討伐した勇者のようでもあった。
だがバルモワのような者を相手に、クロスカウンターによる特攻を
行うなど正気ではない。しかしその狂った戦い方が勝利をもたらしたのは事実だった。
そして――
「!!?」
その有り得ない結果にテグムゾの動きが一瞬止まった。
(――何が――おこった)
バルモワが倒れた。有り得ない。執行者たるバルモワが。
Fランクの人間にやられるなどあってはいけない。
精強なバルモワを、一撃の元に打ち倒されるとは、古強の者テグムゾの経験を以てしても完全な埒外だった。

それが次のテグムゾの攻撃を遅らせた。

――ブウォン

嵐をまとい草薙が疾走。
電光石火の速度でテグムゾに迫る。

埒外の事態がテグムゾの反応を遅らせる。意識の空隙に杭を打ちこむように、草薙がテグムゾの急所に高速の一撃を放った。

「ぐおおおぉ」
一撃にテグムゾが揺らいだ。
しかし、とっさに身をよじり急所は外していた。
すかさず体勢を立て直し、テグムゾが暗器を投擲。

「てんめえぇぇぇ!」
テグムゾが飛翔し迫り飛ぶ。
のっぺりした顔が、出来の悪い悪夢のように迫りくる。   

バルモワを吹き飛ばした草薙に、テグムゾは烈しい怒りを抱いていた。

「通し通しぃぃ!! お見通しだぁぁぁ!!」
多くのくノ一を倒した乱打をテグムゾは放つ。

目に、金的に、首に、心臓。乱打の中に本命である急所への攻撃を仕掛けてくる。
冴え渡る、テグムゾの技巧。
草薙の急所や弱点をしらみぶしに攻撃しにかかる。

シグーが草薙を四方八方から攻撃し、テグムゾが草薙の
攻撃の支点を潰しにかかる。

「――」
草薙が動いた。静から動へ。テグムゾを打ち倒すべく前に出る。

瞬間の思考。
テグムゾに倒されたくノ一達を想う。
思考が刃の様に先鋭化していく。草薙は倒すべき敵手へ拳を構えた。

許さん殺す鬱陶しいのだ。
草薙の神経が研ぎ澄まされる。
――ブンッ

疾走。草薙がテグムゾに一撃を放った。

「それもお見通――」
だが同時に、テグムゾが草薙の筋肉の支点めがけて撃ちはなっていた。
交差する一撃。そして――
「しぃぃぃぃぃ!!」
響いたのはテグムゾの驚愕と苦悶。
テグムゾの肩が砕かれていた。草薙の攻撃がテグムゾを撃ち抜いていた。
テグムゾの支点潰しが潰された。
テグムゾの肩が砕け、腕がへし折れる。草薙の腕がテグムゾの一撃の支点に
突き刺さっていた。
急所を打たれたテグムゾの動きが止まる。。

「なっにいいぃぃ!?」
嵐のような拳の衝撃に
テグムゾがふきとんだ。

(凄い……)
風守の守護者達はその光景に言葉を失う。

草薙は特攻の如く手段を以てバルモワを倒し、テグムゾを吹き飛ばした。
三対一という圧倒的不利の状況を、草薙は捨身の攻撃を以て打開したのだ。

自身の身を顧みず、手段を選ばず国敵を倒す草薙の姿。
その姿は大戦で数多の日本の敵を滅ぼした伝説の存在『久世零生』を思い出させる。

(……無茶しすぎたか……)

草薙は自身のダメージを自覚する。
絶大な威力を有するクロスカウンターによりバルモワを打ち倒した草薙だが
代償に受けたダメージは大きい。

だが覚悟していたダメージだ。
覚悟があれば耐えられる。
ボクシングでも格闘技でも予期せぬダメージに人間は弱いが、想定したダメージなら
ある程度は耐えられる。

逆にバルモワは真っ向から打ち込んでくることを想定しなかった。自身の力の自身故、強者故に。

覚悟の差が草薙とバルモワの戦いを分け、テグムゾの意表を衝く事を可能とした。

「あのバルモワを……」
「倒した……」
草薙がバルモワを倒した。その結果に葉月とエリミナは体の芯を撃ち抜かれた様な
衝撃を受けた。
目の前の結果が信じられない。
それはバルモワとテグムゾにやられたくノ一達も同様である。
そして、草薙が彼女達を倒したバルモワに対して明確な怒りを以て倒した事も理解できた。
草薙は完全に昏倒したバルモワ、そして吹き飛んだテグムゾを一瞥する。そして、草薙は地面から何かを拾い上げた。
――その時だった。

「旅人はん!! テグムゾはまだ、終わってませんえ!!」

タマノの叫びが草薙の耳に入ってくる。
後方から膨れあがる歪んだ気配。

「キ――ケアェェェ!!」
怪鳥の如く奇声をあげ、テグムゾが再動。
奇襲をかけようとしていた。
爬虫類じみた俊敏さで動く。

同時に草薙は手元にあったものを――投擲した。

「キケッ!?」
高速でナイフが飛来する。
それは最初に交差した時に奪っていた暗器だった。
「ちぃあぁぁ!?」

怒りの声をあげテグムゾがそれをたたき落とした。しかし奇襲に専心していたテグムゾ
気づかなかった。
ナイフの下に隠れていたなにかをくるんだでこぼこの玉が明滅していた事を。

――ボン
玉が爆発する。
爆発と共に散弾のように毒針の欠片が散華する。
「ギガッ!? アアァァァ!!」
テグムゾがズタズタに切り裂いていく。
四方八方に爆散する欠片。それはテグムゾの極小の暗器だった。

最初の交錯の時に受け止めたものをくるんで爆破させただけのもの。
だがそれはテグムゾの隠れ暗器が粉々に砕かれダイヤモンドダストのようにテグムゾに向けて飛散した。

「てめぇ……卑怯なあぁぁぁ…………」
ゴフっと、テグムゾが血を吐いた。
暗器がテグムゾの全身に突き刺さっていた。

自身を上回る上回る卑怯な手法にテグムゾは驚愕ともに膝をおった。

「この……泥棒野郎がぁぁ!!」

テグムゾが怨嗟の声を絞り出す。

「あいにく俺が得意なのは給料泥棒なんでね。ほらよ、これは返すぜ」

草薙はテグムゾの暗器を返すように投げつけた。それが止めだった。
暗器が右胸を激しくうち、テグムゾが血を吐きちらす。

「ぐぉばっ!?」

衝撃にテグムゾが血泡を吹いて倒れた。
復活の兆しはなくグロバシオの技巧者はここに倒れた。

「……なんて……強さなんどすえ」

タマノは息を飲んだ。
テグムゾの強さを知るタマノは目の前でテグムゾを倒した草薙を信じられない心地で
見た。

「貴様ぁぁぁ」

シグーが鎌をかざした。
同時に体から沸き上がる凶の気配。

血煙のような霧がただよい、むせかえるような血匂が充満する。

「シャアアァァァ!!」

殺気の塊となったシグーが動く。
バルモワとテグムゾを倒した草薙にシグーは全力を以て相対する。
シグーが――動いた。

「死ね!!下等民族ゥゥゥ!!」」

総身に鬼気をみなぎらせシグーが襲いかかる。

「――五倍速!!」
空気を引き裂く音。
更にシグーの速度があがった。

(分身……いや……違う。これは)
残像だ。シグーが右に左に。幾つもの姿がぶれては消える。
消えているのではない、移動しているのだ。

常軌を逸した速度でシグーの連続攻撃が展開する。

草薙は集中する。一身に。敵の動きに全神経を傾け、敵を倒すために
殺気を研ぎ澄ませる。
(倒す――)
決心と共に草薙の知覚が加速。一秒が千秒に引き延ばされたような感覚を以て、彼はシグーを見極めた。
シグーの高速の一撃を草薙はハッキリと知覚した。故に――
「――」
避けられる。
草薙はシグーの高速攻撃を回避した
「なにっ!!」
加速する知覚の中で、草薙は敵手が驚愕に歪むのを認識する。
(馬鹿な馬鹿なぁぁありえんありえん)

「――七倍速ゥ!
更にシグーの速度が上昇。
限界に近い速度は、シグー自身にも危険な負荷がかかる。

草薙に高速の攻撃を繰り出す。
草薙の肩を、背中を、心臓を
シグーの攻撃が掠めていく。
捕らえる事のできない速さで、次々と鎌の凶刃が草薙をかすめていく。

(なんて……速さなの)
くノ一達は本気を出したシグーの速度に驚愕する。
常人には見えない速度の域に到達するシグー。

草薙の首に鎌を振り上げた。
殺す、ここで絶対に。
己が絶対の自信を持つ速度を以て、
シグーは全霊で疾る。

「八倍――そ」

限界まで達したシグーの速度。

しかし、そのシグーが完全に虚をつかれた。
「なにっ!?」
最高速の一撃がかわされた。その信じがたい事態を認識した瞬間
シグーの後ろに出現する蒼の気配。
(馬鹿な!! 私の速度を上回る、だと――そんな事が、そんな事が)
「あるものかぁぁぁーーーーーー!!!!」
シグーが狂気じみた速度で旋回。後方の気配へ超高速の一撃を放った。

渾身の一撃。
確かな手応えがシグーの体にはしる。
しかし――

――ガキィイイィン

「!!」

瞬間、シグーの総身が震撼する。
シグーの腕が跳ね上がり、シグーの鎌が天に舞い上がって砕け散った。
「うそっ!!」
「馬鹿な!!」

葉月達が言葉を失う。
高速の攻防を制したのは草薙悠弥。
草薙はシグーを速度を以て打倒したのだ。

高速の攻防は葉月達ですらその全容を把握できない。
只一つだけはっきりと理解できる事があった。
シグーの速度を越えた草薙の風の拳がシグーの鎌をうち飛ばしていたという事実だ。

「――!!」
シグーが絶句する
無防備になったシグーの前には――草薙悠弥の姿。そして
「――十倍速だ」
草薙が一撃を振りかざす。
「はっぁっ――」
シグーが息を吐く。それは諦念の吐息。
瞬間。シグーは敗北を確信してしまった。

「くさ、なぎいぃぃ!!!」
シグーが絶叫する。
己の矜持たる『速度』が凌駕された。それもこのような異端の下等民族に。矜持を砕かれシグーが怒りとも絶望ともとれぬ叫びを発した。
そして――
「――風無」
言葉を発したのは草薙悠弥。
刹那の間隙に草薙が右手を引き――。
「」――風空」
撃ち放たれる風。
疾風の拳がシグーを撃った。

「ガアァァァッ!!」
風を一点集束した神撃がシグーを襲う。
回避するのが不可能な広範囲攻撃はシグーの点と点、面と面を
覆い尽くす。
――ゼザアァァ

神撃がシグーの総身を撃滅した。
「ガアアアァァl」
砲撃の如くスピードで叩き飛ばされたシグーの総身が地面に叩きつけられた。

「馬鹿……なっ……」
ガクガクと震えシグーは地に倒れ伏した。
その光景をラムは信じられない面持ちで見ていた。

「嘘でしょ……」
ラムが浮かべたのは驚愕。
三人隊長であるシグーの実力をラムは知っている。

グロバティア規世隊は決して名ばかりのものではない。

バルモワ、シグー、テグムゾの三人の執行者の階位を持つ者達。
それぞれがボスクラスといっていい強さをもっている。
「執行者達が……」

エリミナやタマノ、そしてラムが戦った執行者達を
草薙悠弥という男は倒した。倒してしまった。
その時――

「神よ――裁きを与えたまえ」

爆炎が巻き上がった。

爆炎が地をあぶる。

総身に怒りを滾らせた一人の男。
グロバシオ規世隊長サジン・オールギス。

だがそも
「――国敵討滅」

この男の草薙の芯は変わらない。
再び、草薙は理を口にした。

誰が相手でもどんな評価を受けてもされても、草薙悠弥の本質は変わらない。
「国敵討滅――」

理と共に、草薙はサジン・オールギスと相対する。

対決が始まろうとしていた。