風ノ者(下)

悠久ノ風 第13話

第13話 風ノ者(下)

 

 

 

「おおおおぉぉぉーーーー!!」

列泊の気合いと共に剛蔵が一撃を繰り出す。
うなる法撃。
破砕する理力光。
剛蔵はサジンへ猛攻をしかけていた。

風守の守護者達の攻撃がシグー達に止められた時、サジンが発動した
神理の衝撃でそれぞれは散り散りとなっていた。

剛蔵達が戦っているのは、風守の失われし剣の神域。

ラムはシグー
エリミナ達はバルモワ――
玉乃達はテグムゾ――

風守の人間は各々の場所で強敵達と戦っていた。
そして剛蔵は隊長であるこのサジン・オールギスと相対している。
剛蔵に他の者達の詳細な戦況は把握できない。
だからこそ剛蔵は目の前の男、グロバシオ規世隊の長であるサジンを倒す事に専心していた。

「防理よ――」
サジンが理の盾を展開。そこへ剛蔵はゴウッと猛烈な槍撃を打ち込んだ。

――ガツゥン

剛蔵の槍とサジンの防理の盾が衝突。
轟々たる衝撃に森が震える。

「現風守最強の一角の噂はふかしではないようだな」

サジンは剛蔵を確かな敵手と見定めた。
そしてサジンが紅の法定式を展開する。
サジンの周りに現出する紅の理法。
社の空気を嬲るように暴性を含んだ荒々しい理力の波濤が広がる。
その力の主であるサジンは源三に向かって歪んだ笑みを浮かべた。

「神化の可能性をもちながら、朽ちていく事を選んだ神理者。その生き方には一人の人間として尊敬を抱かんでもない」

「朽ちる事を選んだんじゃねぇ、次の世代に渡す事を選んだってのよぉ!?」
檄をとばした剛蔵が深く腰をしずめ――

「カアァッ!」

地を蹴り疾走。恐るべき速度で一気にサジンに接近する。
気合いの檄を乗せた剛蔵の法撃が真っ向からサジンの法の盾と衝突した。

――ゴオォォン
激しき衝突の余波が一帯を激しくゆさぶる。
その激しい力の余波は剛蔵、サジン両方の体を圧した。
「はああぁぁl!!」

剛蔵が前進する。理力の防護壁を作りサジンの爆炎を弾いていた。

「シャアアアッ!?」
次の瞬間、剛蔵がとった挙動は激しい攻めの一手だった。
衝撃を受け止めた剛蔵に対して、衝撃に体勢をわずかに揺らがせたサジン。
その差に剛蔵は活路を見いだした。

「かぁっ!」

サジンへ至近する
剛蔵の一撃が一層の理力を帯びた。、

波動を伝え、理法を形成した一撃がサジンへ放たれる。

「――」

同時に、サジンの理法が発動。

先ほどは違う系統の理法。
爆発系統の理法が至近距離で爆散する。

「ちぃ!? えげつねぇの使いやがる」
サジンの爆熱波は防御の上からでも、剛蔵の頑健な体躯にダメージを与える。

内心剛蔵は、サジンの技量に舌を巻いた。
爆発系の理法は基本的に遠距離の攻撃が本領だ。

近距離で指向性を持った爆発の力を使うのは困難を極める。
少しでも制御を間違えば相手ばかりか自分もダメージを受けてしまうのだ。
ましてや実戦で重撃を交わしながらの技量たるや並のものではない。
だがサジンはそれを制御していた。

「はっ……じじぃにはきつかったか?」

「なめるんじゃねぇ、その程度腐るほど経験済みよぅ!?」

老兵が一喝する。放たれる巌のような理の波動。
剛蔵がサジンの法撃を打ち砕いた。

リュシオンとの戦いで爆炎系統の理法の戦いを経験していなければやられていただろう。サジンの攻撃を、剛蔵は捌ききった。

それはこの剛蔵がこの齢にして、兵士としての気概を鮮烈なまでに
有している事の証左であった。

「カアアァッ!」

気合いの檄に乗せた剛蔵の理法が真っ向からサジンの法と衝突。
衝突の余波が一帯を激しくゆさぶる。

その激しい力の余波は剛蔵、サジン両方の体を圧した。
「ちぃっ」
衝撃にわずかにサジンが後退した。
しかし、剛蔵がとった行動は逆であった。
「はああぁぁl!!」
気勢をあげ剛蔵が前進する。理力を振り絞り防護壁を展開。
サジンの恐るべき爆炎を弾きサジンへ一撃を見舞うべく駆ける。

「シャアアア」

剛蔵がとったのは激しい攻めの一手。

衝撃を受け止め前進した剛蔵に対して、衝撃にわずかに後退したサジン。
その差に剛蔵は活路を見いだした。

剛蔵は歴戦の勇士である。
リュシオンとの戦いで爆炎の神理者との戦いを経験していなければやられていただろう。一流の爆炎使いでもあるサジンの攻撃を剛蔵は捌ききった。

それはこの剛蔵が老齢にして、兵士としての気概を鮮烈なまでに
有している事の証左であった。

「絶対に譲らねぇ、この風守の誇りをぉぉ!!」

「終わるさ――十三帝将久世零生の残したものは今日終わる」
サジン・オールギスの神理が戦場に満ちる。

膨れ上がるサジンの極大の理力は並の者なら絶望を覚えざるをえないほど
強大なものだ。

「じゃかあぁしいい!!ここで――とってやらぁ!!」

しかし剛蔵は修羅場を潜ってきた古強者。サジンと真っ向から渡り合う気概だ。
先鋭化される思考。
気合一献。
雄叫びと共に老兵の理力が練り上げられる。

剛蔵とサジンによる重撃が何度もぶつかり合った。
衝撃に空が弾け、地が震撼する。
それは超常と超常のぶつかりあいだった。
戦いが続いていく。
そして、法撃の撃ち合いの数が、もはや数えるのも困難な数に達した時だった。
(衰えぬな……)
サジンは剛蔵に内心感嘆した。
老齢にしてこの実力を有しているのは脅威としかいいようがない。
昔、剛蔵が所属していた久世零生の軍は、人域超越の力を持つ者が
数多くいた。その中で死線をくぐり抜けたこの剛蔵の実力は老いてもなお
脅威足り得るものだった。

疲労は見える。消耗もしている。
だが剛蔵の戦気が衰える気配は見られない。
並外れた忍耐と精神力。
この剛蔵の強さは、それに裏打ちされている。

(―― 一気に勝負をつける)

決意と共に、サジンが理力を込める。

「おおおぉぉぁあぁぁ!!」

雄叫びと共に、剛蔵が踏み込み力を溜めた。

剛蔵も勝負を長引かせる気はない。
他の場所で戦っている仲間がやられているかもしれないのだ。
守護者達は万全の状態の者は少なく、シグー達は危険な力を有している。
自分がこの男を倒さなければならない、その心が老兵を奮い立たせていた。

「くらいやがれぇぇぇ!!」
一撃一殺にかけるように剛蔵が激しい重撃を繰り出す。

「防理よっ!?」

サジンが防御理法を展開した手を掲げた。超高速でエネルギーが圧縮。
剛蔵の法具の槍とサジンの盾。強い理力の激突は超高密度の衝撃波を生み出した。

拮抗する力と力。
サジンと剛蔵が激しく押し合う。

「ぐおおぉぉっ!!」

「おらあぁぁぉぉぉぉ!!」

サジンが吠え、剛蔵が猛る。

「おらあぁぁぁ!」

均衡を破ったのは剛蔵の意地の一撃だった。

剛蔵の膨れあがった理法は、サジンの不可視の盾に皸を入れる。

――ガキイイィィィン

盾が決壊、そして爆発。
吹き荒れる衝撃に弾かれ、双方の距離が空いた。

「くらッ――えあぁぁぁぁ!!」
獣のように猛りし剛蔵が勝利をつかむべく力を溜める。

「本当に凄まじい実力だな剛蔵。衰えてなおその力、感嘆に値する」
「わしは、久世大将と一緒に戦った……だからこの地を守りぬいてやるって決めてんのよぉ」

「だがそれも終わる――十三帝将久世零生の残したものは今日で終わるのだ」
サジンが手を掲げる。

「絶対に終わらせねぇ、この風守の誇りを!!」
剛蔵は自身の砕けんばかりに力を込める。

対峙する両者。
ここが勝負の趨勢を決めると確信していた。

「――死に絶えろ。醜悪な日本の廃神共よ」
満ちる溢れる力が膨張する。

集束するサジンの膨大な神理。その圧倒的な神気が戦場に満ちていく。

サジンが理法を形成。
源三が力を溜める。

そして――

「法理――イリュガノス」
サジンの神理が発動した。

同時に剛蔵が地を蹴り砕き突進する。
「おおッ!!ぉおおぉーーー」

サジンの必殺の発動は剛蔵も承知の上だった。剛蔵も狙うは一撃一倒。
ため込んだ理力を爆発させ、サジンに突っ込んだ。

瞬間、空間が爆砕する。
爆炎は剛蔵を飲み込んだ。

「がああぁぁぁぁ!!」

瞬間、轟音と共に顕現する暴威の爆炎が渦をなし剛蔵を襲った。
爆発系統の攻撃理法の秘奥。
その暴威が剛蔵に牙を剥いたのだ。

「ぐおおおぉぉぉ!!」

巻き上がる爆炎は老兵を包み込む。
その爆炎は全てを飲み込み燃やして爆発させる。
空間が震動し、衝撃波が全てを飲み込んだ。

(これで……終わりだ)
爆炎に消えた剛蔵をみて、サジンは歪んだ笑みを浮かべた。

しかしその時だったーー

「うおおおぉぉぉ!!」
さながら暴鬼の様な轟轟たる理力が吹き荒れた。
鬼の形相を浮かべた剛蔵が雄叫びをあげ一気呵成にサジンの爆炎を突破した。
「なにっ!?」
烈々たる剛蔵の気迫にサジンが驚愕する。

剛蔵は法撃に倒れる事なく、反撃の一撃を繰り出した。
剛蔵を支えるのは激しき戦争の経験。
サジンが放った理法は通常ならとっくに死に果てるほどの猛撃だ。
だが剛蔵は耐えている。剛蔵の体が覚えてる。
激しい大戦の記憶が、その体に刻まれた神理の力が。
生き残った経験があるからこそ、

「倒れるわけにはいかねぇのよぉぉぉぉ!!」
全身を苛むダメージをねじ伏せ剛蔵が総身に渇を入れた。
踏み出す。力を振り絞る。
老兵は猛撃に耐え抜き、サジンに迫る。
「だりゃあああぁぁ!!」

渾身の気力をもってサジンに迫る。
満身創痍、しかし老兵の動きは研がれていた。
今度こそ届く届かせる、その気迫と経験を以て成された剛蔵の戦技は入神の域に達していた。

「おおぉぉあぁぁぁ!!」
雄叫びと共に、サジンへ向けて一気呵成に槍を振り上げた。
勝利への願いを込めた渾身の一撃。
その一撃がサジンに伸びていく。

――しかし

「だから――」
必殺の槍がサジンの喉元に迫る――その時、サジンの口が半月に歪んだ。
まるで勝利を確信するように。

「――だから貴様らは愚かだといっている」

サジンの歪んだ瞳が剛蔵を見据える。
「!?」
膨れあがる悪意に剛蔵の背に氷塊の感覚が駆けめぐった。

「ぐぅっ!」

剛蔵の刃がサジンに届く直前、剛蔵の動きが止まった

「がぁぁぁッ!!」

次の瞬間、響いた苦悶の声はサジンではなく剛蔵が発したものだった。

(見えなかっ、た……だと!?)
剛蔵の体に突き刺さったのはサジンの腕。
サジンの動きも、サジンの攻撃が桁違いに上昇した。
剛蔵が知覚できたのは、何かが爆発した音だけだった。

「なぁ……貴様ら日本人はなぜこうも愚かなのだ?」
剛蔵を倒したサジンが剛蔵に問う。
狂気じみた喜悦が浮かんだ顔で、サジンは老人を嘲笑った。
「努力すれば戦力差も覆せる? 希望をつかめる?……ははっ……はははははは!!いい加減にしておけよ島国の猿共。その愚かさ故に貴様らは我らリュシオンに敗したというのに」
「ぐあ……かはっ」
反撃しようとするも剛蔵は動く事ができない。
(助けにいかねぇと……仲間達を……助けに……)
だが体が動かない。サジンから受けたダメージはそれほどまでに甚大だった。
痛みと無力感が剛蔵の心を侵食していく。
「そうだ、その顔だ、その顔が見たかった!
希望を見いだし、その希望がうち砕かれる瞬間を」
サジンが狂笑する。
剛蔵は勝利に手を届くと思っていた。
だがその希望はうち砕かれた。
このサジン・オールギスが真の実力を出した事で。
(コイツの力は……まさか……)
剛蔵はサジンの力の正体を類推する。
類い希なる爆炎理法の制御力。そして爆発的なスピード。
人体構造上ありえないほどの瞬発力。
それを実現する神理の業。だが信じられない。
実力と才能、そしてリスクを許容しないと出せない力だ。

そしてそれを成した男は剛蔵を嘲笑していた。

「勝てると思ったか!?届くと信じたか?
幻想だよ劣等種。
そんな可能性はありはしないのだ。
あの時の戦争も。
この時の戦いも。
最初から貴様らに勝ち目などなかったのだよ」

両手を掲げる、狂ったように笑い嘲る

「クハハハハハ!!醜悪醜悪ゥゥゥゥ!!」

「てめっ……えっ……」
頭が割れそうな激痛。
だが剛蔵は今一度立ち上がる。
(動け、動きやがれ俺の体ぁ……あいつをぉ倒せねぇと……この風守はぁ)

剛蔵は総身に力を込めた。
痛みもダメージも押し殺しサジンを倒さんと
地を蹴った。

「うおおおぉおおぉぉ!!」
剛蔵がはしる。渾身の一撃をサジンに振り下ろしたその時――

――ジュウウウ

後方からの攻撃が源三の全身をうちのめした。

「ぐあっああぁぁぁぁぁ!!!」

放たれた数多の法撃。
苛烈な攻撃理法の数々が剛蔵の総身に降り注いだのだ。

「ぐがあああぁぁ!?」

衝撃。
激痛。
出血。

体中の力が大量の血液と共に消失していく。
並外れた精神力と忍耐を持つ剛蔵をもってしてもそのダメージは限界を超えていた。
剛蔵の膝が地についた。

「いぃ~勝負だったぁ。忌々しいが一級の実力だと認めざるをえない……さすがだと、そう言っておこう剛蔵」

剛蔵を見下ろすサジン。その声には敬意と嘲りが同居している。
剛蔵を襲ったのは後方からの強烈な法撃だった。

(体が……動かねぇっ!? ちきしょうダメージがでかすぎる……)
気を失いそうなダメージを押し殺し剛蔵がふりむく。
そこには攻撃の射手が赤熱した腕を掲げていた。
剛蔵の耐久力はサジンの必殺の攻撃を耐え抜いた時点で限界に達していた。
だがそこで重ねられた後方からの攻撃は剛蔵を戦闘不能にするには十分すぎるほどのものだった。

「てめぇ……らぁ……!?」

源三が目を剥いた。
血走った目に映るのははシグー、バルモワ、テグムゾの姿。
グロバシオ規世隊の執行者三人の攻撃が剛蔵を襲ったのだ。

「ぐっ……がっ!?……やって……くれやっ……がっ」

剛蔵の総身を激痛という激痛がおおいつくす。
肉体的な痛み、そして……精神的な激痛だ。
バルモワ、シグー、テグムゾ。
この三人はラムやタマノ、エリミナ達と戦っていたはずだ。
しかしそれがこうしてここにいるという事実。
それは彼女達、風守の守護者達が敗北したという事実を示していた。

「キケケ、こいつらも中々やるようだったがよぉ……」
「グァハハ、脅威は早い内につんどくってなぁ……」

ドサリと、無造作に倒れる音がする。
葉月、タマノ、アゲハ、エリミナ、そして下忍達が地に倒れていた

「すま、ない……」
「も、申し訳ありません……剛蔵、さん」

苦しそうに葉月達が顔をあげる。
息はあるようだが、彼女達が相当のダメージを受けている事は見てとれた。

葉月、タマノ、アゲハ、そして下忍達がドサリと地に落とされ、倒れ伏す。

「うぐっ……」
「けほっ……けほっ……」
「くあぁ……」

けほっと少女達の口から、血混じりの吐瀉物が吐かれた。

「こいつらには役目があるんだ、まだ殺しちゃぁいないさ」

元々怪我を負い、万全ではなかったとはいえ、葉月やアゲハは実戦経験のあるくノ一である。

それをいなすように倒すのは並の理法使いでは不可能だ。
エリミナ、タマノは風守の中でも特殊な力を有している。

バルモワ、シグー、テグムゾ。

サジンだけでなく、この三人がかなりの使い手である事を意味していた。

そして……
サジンはうずくまる剛蔵の頭髪をつかみ乱暴に引き上げる。

「――神剣を渡せ」

サジンの言葉は弾劾するかのような激しい響きを帯びていた。
創世神器という言い方ではなく、より核心に迫った神剣という言葉からもサジンの本気が伺えた。

「……てめぇらなんぞに……渡せるか」

「渡せば……倒れてる者達の命は助けてやってもいいんだがなぁ」

「……てめぇら……」
剛蔵は目をむいた。
彼女達に息があるのも。慈悲で殺さなかったわけではない。徹底して少女達を使い潰す気なのだ。

「剛蔵ぉ、貴様も戦争を生き残った身だ。この世相から感じるものがないわけがないだろう」

そこでサジンはは一拍おき、言葉を継いだ。

「――もうすぐこの日本は終わる」

「ッツ」

サジンの言葉は剛蔵の心を深く抉った。

「後生大事にあんなものをもっていても仕方ないと、そう思わんか?」

「てめぇら…」

「必要なんだよ。あの化物共に対抗するために神剣がな。
この捨てられた地でくすぶっているクズ鉄を有効活用してやろうと」

サジンの力が膨れあがった。そして――

「そう――いっているのだぁ!!」

剛蔵にもう一撃が叩き込まれる。

「ぐああぁぁっ」

強く顔面を打たれた老兵は顔ごと地に突っ伏した。

しかし、サジンは容赦なく地に伏した剛蔵の頭をつかみ通告する。

「あれは貴様ら敗北者には過ぎた代物だ……だから神器を――」

そこでサジンの言葉が止まる。
サジンの頬に唾が吐きかけられる。

血にまみれた血化粧のような顔で、血を吐きながらもなお老兵がニカァっと笑った。

「へっ笑わせるない……てめぇら如きがあれを扱うなんざ……数世紀早えぇ…んだよぉ……」

「……そうか」

老兵を冷たく返すサジンの目には何の感情も宿ってはいなかった。

そしてサジンの目に殺気の光を灯った瞬間

「ぐがあぁ!?」

響く剛蔵の絶叫。
痛烈な一撃が剛蔵の顔面をひしゃげさせる。

ゴキリという不快な破砕音を立て、剛蔵が吹き飛ぶ。

「剛蔵はんっ!?」

「くっ!?老人になんて事を!?」
老人が痛めつけられ血を吐き散らす。
その凄惨な光景に葉月とタマノに怒りがはしる。
痛みを押し殺し立ち上がろうとするが
「グァハハハ 嬢ちゃん、無理はいけねぇぜぇ!!」
少女達は蛮行を静止しようとするも、バルモワ達に顔を叩きつけられる。

「うぐっ!!」
「くあぁっ……」
タマノとエリミナが痛みに呻く。

「てめぇ……らぁぁ……女にまで」

源三は自身の痛みを忘れたかのように、少女達を痛めつけるバルモワ達に怒りの声をあげた。しかしそれに構う事無く、巨漢の男は嘲るように少女達を踏みつけ続けた。
「あぐっ……かはっ!?」
苦悶の声が少女達から漏れた。

「やめろぉ! やめやがれぇ!?」

「くくくっ……くはははははっ!? 笑えるなぁ傑作だぞ。なぁおいどんな気分だ!?
日本人の味方がこの神社らしいが、その日本に弾圧され、見捨てられた気持ちは。
本当に貴様らは道化者だよ。
いや、それは貴様らが奉ずる虚神と同じだったかぁ!!」

サジンの顔が嘲りに歪んだ。

「国に尽くし、国に捨てられた虚神とのなぁ!!」
激しい蹴りが剛蔵の腹にめり込んだ。

「ぐっ……うっ……」
老兵から血が混じった吐瀉物が散らされる。

「も、もうやめてぇぇ!」

巫女の少女が叫び、兵達に向かって走り出す。

「!」
葉月の制止の声も、震えながらも早綾は剛蔵にかけよる。
葉月が追いかけようとするが、法兵に抑えられる

(まずい……)

明らかに法兵は今、早綾を見逃した。
葉月達を抑え、牽制している法兵は止めようと思えば即座に止められたはずだ。
嘲笑しながら見送った法兵達に葉月の胸に嫌なものがこみあげてくる。

「あなた達、なんでこんな事まで……」
「ふんっ愚かしい事だ」
早綾の切実な訴えをサジンは嘲笑を返すだけだった。

「早綾くるんじゃねぇっ」
剛蔵は血にまみれた凄絶な形相で、剛蔵は早綾を止めようとするが、早綾は悲痛な声で訴えた。

「私達が信じるものって……そんなにいけない事なの」

少女の必死な哀訴。しかしそれを聞いても規世隊の長は冷笑を返す。
「信じるものには貴賤があるのさ。貴様ら卑しい教えが曲がりなりにも許容
されていた方がおかしいのだ。世界の基準に照らし合わせて規制する必要がある」

「私達の神様の教えは……違う……何を信じてもいいって、何が好きになっても……何を嫌いなってもいいって……自分の理を……信じろって」

「それらは規制する必要があるのさ……これからの世界には害悪だ」

「それをあなた達に決められる事じゃない!!」

「だからこんな勘違いしたじじぃがいるんだよ!!」

「ぐがっ……」
サジンは剛蔵の頭を踏みつけたる。

「私…達は……感謝を捧げたい。彼らの想いに答えたいだけだ」
絶望が蔓延した中、葉月が声をあげた。
「なにぃ?」

「日本の未来を守るために命を賭して戦った人達。
その「未来」の中には私も含まれていた……
だから私はその人達にありがとう、っていいたい」
葉月は息も絶え絶えに答える。

「……だって……彼らが守ってきた未来には
私も含まれているんだから」

「葉月……さん……」

アゲハが葉月に声をかけた瞬間。
無言でサジンが腕をかかげた。
そして――

――ドンッ!!
サジンから放たれた
理法弾が葉月に放たれた。

「ぐはっ……くあぁっ…………」
衝撃と痛みに、葉月がうずくまる。

腹腔に込み上げる痛みに気が狂いそうだった。

「身の程を弁えろ。躾のなってない家畜が」

サジンは強引に葉月を引き倒した。

「けほっ……けほっ……」

ゴミを扱うような荒々しい処置に葉月が咳き込む。
だがそんな少女達を冷淡に見下ろしサジンは――
「――犯すか……」

まるでゴミを捨てるかのようにそういった。

「ッツ……」
犯すというサジンの言葉。
その言葉に少女達の体がこわばる。

しかし本当の衝撃は次の瞬間にやってきた。

「――民族浄化を知っているか?」
「なっ!?」

犯す、民族浄化。
それらの意味する事。
「あなた……達は……」
アゲハは言葉が出てこなかった。
サジン達への恐怖に顔がひきつり、アゲハの息が止まる。

酷薄な瞳が少女達を見下ろしていた。

「今が戦争中という貴様らの認識は正しい」

サジンが歩き出す。
そして何人か体躯のいい法兵が葉月達に近づいてくる。

「平和ボケした日本人は気づいてないがな。貴様らは家畜なりに現実が分かっていたようだ……やれっ」
「やめっ!? やめて」
サジンが語る中、法兵達が少女達を抑えつけれていく。

「戦争中、ガルディゲンがよくやってきたことだ。国の血を
塗り変える……どういう事かわかるか?」

「あっ……」
葉月や早綾、少女達の声が恐怖に凍る。
理解できない、したくない。
彼女の様な陰に生きるものでもそれはおぞましい事だった。

「……あなた達は……どこまで人の道に背いているのです」

非道の宣言にアゲハ達は恐怖と怒りを押し殺し、サジンに問いかけた。

「人道とは人間に適用されるものだ。
貴様ら神罪人を崇める家畜とは無縁のもの。
保護を訴えるのなら動物愛護団体にでも言うのだな」

「なっ……」

余りにも余りの言いざまにアゲハは絶句する。
だがこれが彼らの思想だった。

「むしろ感謝してしかるべきだろうよ家畜が。貴様らのような思想をもった者の血脈は変えてやった方がいい」

「きゃあぁっ!?」
「あぁっ……」
叫び声が上がる。
ビリビリと法兵達が倒れた下忍の服をむきはじめた。

「貴様ら風守の家畜は、時代遅れの愛国心をもった底辺の日本人と交わり子孫を残すだろう。そしてその子孫もまた貴様らのような愚かな思想を垂れ流す。平和を乱す負の連鎖だ。そんなものは平和のために宜しくない……あぁ宜しくないともさぁ!!」

一枚、更に少女の服を引き剥がす。

「ひっ……」
法兵達のその野太い手は早綾の様な子供にも容赦なく伸ばされた。

「キケケ、よく育ってやがるなガキのくせしてよぉ」

「仕事がらって奴か。食い物も任務のために発育にいいもん食ってやがるってか。本当に邪悪な神社だぁぜ」

「歴史の負の連鎖は断たなければいけない。その負の連鎖を我らが変えてやろうというのだ」

「喜べエルフ、獣人。貴様らも人間扱いだ」

「なっ!?」
「くっ!?」

テグムゾがエリミナと玉乃の法装に手をかける。

「犯してやるぜ雌」
荒々しくも下卑た言葉に、エルフ達の血の気が引く。

「あなた達は……」

アゲハはサジン達に戦慄する。
魔物に対する恐怖とは性質が決定的に違う。人間の怖さがそこにあった。
魔物に殺されかけた時の恐怖とは異なる。
魔物とは別質の人間の恐怖に少女達の体が恐怖に震える。

「きさまらは外の者でありながら虚神の眷属としてここにいる」

「やめて、やめてください」
エリミナの消え入るような声も法兵達には届かない。

「お前達……」
余りにも暴虐なサジン達の振る舞いに、葉月達の心に絶望が広がる。
魔女狩りが、聖職者の欲求を吐き出されたという側面はあった。だが現在の彼らの行いはリュシオンの強大化と比例してその暴性を増していた。
欲望と本能のままに動く魔物とは違う恐怖。
侵略者、征服者。大義の名の下に人を踏みにじる。
古き時代から神の正義の名の下に他国を蹂躙した侵略者としての側面。

闇を是としたガルディゲン達魔族とは異なる。
傲慢と欺瞞に塗り固められた人間の怖さが、彼らグロバシオにはあった。

「我らの子孫を残せば、貴様らもその愚かな思想を保とうとは思わんだろう。
これは浄化だ。慈悲深い対応に感謝するんだな」

法兵達がおもむろに葉月の法装に手をかけていく。
ダメージに震える体を強く押さえられ、抵抗もできない。
服を破がされるように、肌が顕わになっていく。

「うっ……あっ」
葉月は悔しさの余り涙が出た。

自分達の信じてたものが理不尽に蹂躙される。
無力感と絶望に心が折れていく。

「おめぇらぁっ!?……ここまで腐ってるたぁ!? どうか!?どうかしちまってるってもんじゃないか!?」

剛蔵は痛みに耐え力を振り絞り、サジンに向かって吠えた。
剛蔵の激情をあびてもサジンの瞳は揺らぎを見せない。

「どうかしている、か。その通りだなぁ」

意外にもサジンから返ってきた答えは肯定だった

「狂ってんだよ、この世界は……それが世界の真実だ。そして真実は世界に晒される」

「!!」

「近いうちに、世界はぶっ壊れるんだ。この神社が消えた所で問題はない。この日本は……それどころではなくなるからな」

「てめぇらまさか……これから起こる事を……」

「答える義理はない……破壊に対するためにも……あの化け物共に対抗するためにも
必要なのさ……貴様らの神剣がなぁ!?」

「ぐがっ……」

剛蔵の折れたあばらにけりが突き刺さる。

「その前に時代遅れのガラクタは掃除し、浄化する必要がある」
サジンの冷淡な目が鋭角に細められる。

「それが――我が神の命令だ」

剛蔵に止めをさすべくサジンが手を振りかざす。

「あっ……」

既に状況は絶望的。

響く苦悶の声。
暴走した彼らを止める術はない。
その絶望の中――
(神、様……)

彼女達に浮かんだものがあった。
心に浮かんだ祈りの言葉。

「――神――虚――様――」

それは彼女の心に刻まれたもの、
教えてもらった忘れもしない

そうだ。
それは苦難にある全ての日本人を助けるもの。

「祈りの……言葉――」
日本人を助ける救いの言葉――それは――

――虚神

そこで彼女の思考は断絶された
劇的な事があったわけではない。

――風が過ぎた、只それだけ

「――えっ……」

「――あっ……」

「――なっ……」

そこにいた全員が息を飲む。

蟻の這い出る隙もない法兵達の布陣。
エルフも獣人の少女も声が出ない。

葉月達を抑えていた法兵達も何が起こったかわからない。

ただ――風が疾った。

「――国敵討滅」

瞬間、蒼の一撃が薙ぐ。
神速の嵐が絶望の戦場を吹き飛ばした。

「ガアァァァァ!!」
撃ち放たれが一撃がサジンを撃つ。
嵐を一身に受けた衝撃に、サジンの総身が吹き飛んだ。

「なっ!!?」
「サッ!?」
「サジン様!?……」

壁に叩きつけられたサジンの姿。シグー達に衝撃にはしる。
その異常事態にシグー達百戦錬磨の法兵も動けない。
そして――

「――蒼生守護」

風のようにそれは在った。
剣のようにも十字架のようにも見える、神器の紋章の下に、彼はいた。

「ッ!?……嘘だろ……おいっ!?……」

老兵の総身に衝撃が駆け抜ける。
表れた黒髪黒目の日本人。

その姿が日本の伝説の存在と、この男が重なって見えたのだ。

帝国十三帝将――十三位 久世零生に

それは神の風。

法兵達の包囲など無いかのように彼はサジンの前に立っている。
しかも今ここに至るまで誰もそれに気づく事ができなかった。

強いて言うならそれは空気。
希薄な男だった。無い男といっていいかもしれない。

風の様に突然に。それがこの場に立っていた。

あまりにも力を感じない。

まるで何も無いかのように。
ただ風だけがあった。

 

日本人を守る風の存在を。
――蒼生守護の伝説を

人々の心に恐怖が絶える事はない。
無論、不安に打ち勝つ方法も、恐怖を克服する方法もないわけではない。
しかし、心に恐怖や不安は次々と沸いてきて、恐怖は繰り返されていく。
自分なりに恐怖や不安と向き合っても時間が経てば同じ不安がくるというのはどんな日本人でも経験があるだろう。

特にこの神社の者達は大戦後に強い弾圧を受けてきており、数多くの脅威にさらされてきた。
絶え間ない恐怖と不安。心の疲弊。そんな彼女達の不安を風のように霧散させてくれるモノがあった。
其れは日本人の明確な恐怖も、形のない不安も鬱々しい心を吹き飛ばす風の伝説。
そして国敵を討滅する神。

――虚神
日本の国難において日本を守るために戦った蒼生守護の神理者。
風の神理を以て恐るべし力を持った魔族、元軍と戦った日本人。

「神風」と呼ばれた虚神の風は数々の国敵を討滅し日本を守った。

彼女達は迫害を受けながらも祈りを忘れなかった。
遠い昔、日本を絶望から救った虚神が、日本人である自分達を助けてくれると。
どんなに怖い事があっても、どんな絶望が襲ってきても――

――神風が

昔、日本を救った神の風がきっと日本の民を守るだろうと。

「――俺の国民に手を出すな」

草薙悠弥がそこにいた。

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