第4話 血風
「あ、あれ……は……」
早綾から恐怖の声が漏れる。
くノ一達の視線の先には異形の魔物の姿があった。
「GGGGGGGGG」
「あれは……禍」
禍と呼ばれるガルディゲンの魔物。
人間の放つ事ができる気とは明らかに異なる邪悪な気配。
大陸から派生した魔物で非常に凶暴性が高い。
それだけならまだしもその禍には通常の禍ですら見られないような毒々しい斑点が禍には刻まれていた。
「あ゛……おっ……!?」
「はぁ……ぐ……うぁっ…………」
魔物にやられたくノの一二人はピクピクと痙攣を繰り返す。急所を外れているが、苦しみ方が異質だった。
絶望が蛆のように這い寄ってくる。
――この国を守るとか。日本人を幸せにするとか。
彼女達が理想を語った口からは虫がつぶれたような呻き声をあげ、血泡が混じった吐瀉物をはきちらしている。
「GIGIGIGIGIGIG」
魔物は笑うような威嚇声をあげ女達を、見下ろしている。
それは人間が持つ尊厳や気高さまで蹂躙しているようで。
「あ、あぁ……」
早綾は言葉を失う。理解してしまった。
それはごく当たり前の現実。
理想を語ろうが決意を固めようが関係なく人は死ぬ。
(そんなのって――ないッ!?)
早綾は激情と共に駆け出した。頭にあるのは仲間の救命。恐怖と混乱が
体中を吹き荒れているが、頭の中は救命の衝動に突き動かされていた。
しかし、早綾が瀕死のくノ一にはしる。
「行きますわよ」
霧香が魔物にむかってはしる
この中では戦闘能力においてはトップクラスの力を有する彼女だ。
電光石火の剣撃が魔物に向かって放たれた。
しかし――
「あぁっ!?」
瞬間、霧香の体が折れ曲がった。
暗黒の、衝撃が、
――はしった
「きゃああああっーーーー」
「ううぅーーーっ!?」
あらわれた魔の衝撃に霧香と下忍くノ一達が
吹き飛んだ。
「ぐえええぇ……」
「あ、あごおぉ」
衝撃を受けた下忍くノ一二人は血をはき苦しみ悶える。
「くっ……なに、が……」
霧香は苦しげに悶え息を吐いた。
戦闘不能の下忍くノ一二人は失禁し、苦しみに悶えるしかできない。
「あれ、は……」
葉月は魔衝撃の方向をみた。
空間が歪みそこから――
「クヒヒヒヒ……」
――おぞましい音がなった。
耳に入るだけで理性を磨耗させるような異音じみた声。
――瞬間、空気が変わった。
中心から紅い点が地が枯れ、大気が犯される。
「くだ、さい……」
霧香がかすれた声を出す。
「逃げてくださいっ!!
早くうううぅぅっーーーーーー」
霧香は表情を歪ませて叫んだ。
――ドクン
守護者達の総身に怖気がはしった。
魔の波動の主。
魔が輪郭をとる。
魔の波動が波打つ。
「こいつは……」
「――まずい」
風守の守護者は感じた。
おぞましい。
恐ろしい。
圧倒的な力を。
「――クヒヒヒヒヒ」
空間に穿たれた闇の奥。
そこから這い出るように一人の男が表れた。
空間に魔気が充満する。
揺らめく魔気は蛆が蠢くような不快さだった。
男の姿は異質だった。
ギョロリと見開いた瞳。
おちくぼんだ目にはギラギラと毒々しい赤い光が宿っている。
肌の色はどす黒く生気が全く感じられない。
腐敗生物を彷彿させる生理的な恐怖。
体からはカタカタと蛆を彷彿させる
生理的嫌悪感が全身を這い回るような音が鳴っていた。
「なんだ……こいつは……」
特段の理由がない限り、男に対して生理的嫌悪感を抱くのは失敬にあたると風守のくノ一達は考えている。
だが、その彼女達でも目の前の男の存在は恐怖を抱かざるをえないものだった。
「――魔族」
魔の者が音声を発した。
不快なノイズ交じりの声だった。
「クヒヒヒひひッ……魔族ですよお嬢さん」
「魔族だと!?」
魔族。
古の時代から死をふるまった種族。
その力は強大極まる。
「まぁあなた達にとっては妖魔も魔族もあまり変わらなーいでしょうけどねぇ~~」
そして歴史上――風守神社にとって不倶戴天の敵でもあった。
「クヒヒッ、ケグネスと申します、以後お見知りおきをぉ。
まぁあなた達にとってはガルディゲンといえば分かりやすいでしょう~」
「ガルディゲン……」
ガルディゲン、そして魔族。
予想していた中でも最悪の答えだった。
魔大国ガルディゲンの魔族は能力、凶暴性共にトップクラスだ。
リュシオンのインペリアルクロスに匹敵する力を持つ魔族も存在する。
「なん、ですの……あいつの力は……」
霧香が震える。
ケグネスの力の一端に触れた彼女は理解してしまった。
魔物、魔族へ強い憎しみを持つ霧香でさえも
ケグネスの異質な雰囲気を――強大な力を感じていた。
「あれはまるで……」
霧香はカタカタと震える。
「……ガルディゲンは……本気なのか……」
震える声が葉月はケグネスに問うた。
「虚神はリュシオンもガルディゲンにも因縁があるぅ……それもとても強い、ねぇ?」この数十年あなた達は私達の脅威に晒されてきたでしょう?後生大事にアレを守ってねぇ……」
「くっ……」
ケグネスの指摘は正しい。
風守は魔物や魔族と対立関係にある。
事実、風守は多くの者を殺されてきた。
「さてぇ……では結論から申し上げましょうぅ~~」
「神器を渡してください」
「なっ……」
「この神罪人を崇めているみじめな雌に未来ない事くらいわかっているでしょう。あなた達が後生大事にもっている、神器。アレを渡してくれれば、助けてあげてもいいんですよぉ」
「お前……」
葉月は怒りに震えた。
鎮守の杜を滅茶苦茶にしておいて仲間を蹂躙してこの言いぐさ。
「クヒッ、私はフェミニストでねぇ~~女性をいたぶるのは好まないんですよぉ~~だから原形くらいは残して残してさしあげようと思ったのですがぁ~」
「何人かは妖魔化させて隷魔にする予定ですが……少々育ちすぎていますね……私は子供が好きなのです。ですが胸が大きな女性は嫌いなのですよぉ~~」
ケグネスから魔力が沸き上がる。沸き上がった魔力は地を犯していく。
「この風守の地からできる食物は栄養が多すぎるぅーーー。やはりこの地一帯は枯れさせた方がイィですねぇ~」
男のいっている事は理解を逸していた。
「ふざけるな!?……」
「先人達が守ってきた希望をあなた達に渡せるはずなどありません」
ハッキリとくノ一達は拒絶の意志を返した。キグネスからは危険な気配が発せられている、命の危機もあるだろう。だがそれでも彼女達は先人から受け継いだ想いを無駄にするという選択をとることは断じてできなかった。
「クヒヒッ」
その拒絶の意志を受けて尚、キグネスはまるでそれが望みだというように愉快げに嗤った。
「……クヒヒィまぁいいでしょう~どうせあなた達は全員隷魔化すればいいんですしねぇ~~」
「ッツ」
「あなた達を処理するのが私のお仕事なのでねぇ~~。では犯させて頂きましょうか――くノ一達の原形がなくなる程度にはねぇ~~」
ケグネスの目に苛烈な殺意が宿る。
諧謔は消え失せ混じりけなしの純粋な殺意。
「はあぁぁ!!」
葉月達が一斉に動いた。
ケグネスに向かって一直線にかける。対話は不可能。
「クヒヒッ いい気迫ですねぇ~~、怖い怖いぃぃ~~」
「GGGGGGGG」
禍の雄叫びが上がった。広がる凶の気配にくノ一達が怯んだ。
「クヒヒッ……コレにお任せましょう~~この禍は特別製でねぇ~通常の魔物とはレベルが違いますよぉ~」
「GGGGGGGGG」
魔物が蠢くように不気味な動作で体を沈めるた。
(まずい)
魔物の動作に、葉月達の体を本能的な恐怖が駆け抜けていた。
魔物は瀕死のくノ一達、そしてその救助に向かう早綾にその鬼気を向けていた。
「くっ」
瞬間、体は動いていた。
葉月が駆ける。葉月の体に理光の輝きが収束。理光が弾け、葉月は飛ぶように前方へ向かっていく。
魔物が魔影となり疾走。近づくにつれ明確になる魔物の巨体。
プレッシャーが強まっていく。
「やあぁぁーー」
葉月が早綾と魔物の間に割り込んだ。
振り降ろされた魔物の一撃を葉月の両腕が食い止める。
「ぐぅぅぅ」
衝撃が葉月を打ちのめす。
防御したにも関わらず体の芯に響く圧力。
腹腔からせりあがってくるような衝撃に葉月の意識が膝が折れそうになる。
理力を込めた武器で両腕で防いでも魔物の一撃はとてつもなく重くのしかかってきた。
「葉月ちゃん!!」
「早綾! 治癒を、彼女達の応急処置を頼む!!」
葉月は早綾に必死によびかけた。
(攻撃を私に集中させないと)
攻撃を自分に集中させれば仲間に止めを刺される事はないとした上での
葉月の判断。
瞬間の決断。この魔物相手に躊躇いや気失の類いは死に直結する。
眼前の魔物の凶気は並のものではない。
失われた風守の名誉を取り戻す為、彼女達は日本の守護や日本人に対する奉仕活動、色々な事をやってきた、魔物と戦ったのも一度や二度ではない。
だがそれでも感じる明確な恐怖。本能的な恐怖に体が震える、だが――
「仲間は……殺させない!!」
だが仲間がゴミのように殺されるのはもっと怖い。プレッシャーに押し潰れそうになる体をふみとどめた。
「やああぁぁぁ!!」
後ろから続いたアゲハが魔物にとびかかった。
下忍くノ一達も続いて魔物に殺到する。
大人数で四方を囲んでの多重攻撃。しかし――
「GAAAA」
魔物が高々と跳躍した。木々の枝枝をへし折り魔影が中空を駆け着地する。
「ッツ」
性質が悪いとアゲハは感じた、一気に囲んで物量で攻めるのが下忍衆の戦略だがこれでは攻めきれない。
(この魔物、私達の戦術を把握している!?)
下忍達の背に一瞬焦りがはしった。
「はあぁぁ」
しかしやるべき事は変わらない。
葉月とアゲハが同時に次の行動を開始する。
彼女達の掌から光が煌めく。
それは「理法」と呼ばれる超常の力。
古くから風守の巫女という
理光が彼女達を包む。
他の下忍達も理力を集中させていく。
葉月とアゲハが理力を集束する。
そして力が集まり――
「放て!」
「穿て!」
法撃を放った。
掌に煌めく理光の輝きが弾けた。
属性を介さない純粋な法撃。
瞬きの間に銃弾をゆうに上回るの威力を持つ光熱波が禍に殺到する。
それは真っ直ぐに魔物が向かっていった。
そして――法撃が魔物に炸裂した。
爆弾炸薬の類を上回る威力が魔物をうちすえる。
粉塵が上がり煙が周囲を包んだ。
「やったかっ……」
「これでッ」
葉月とアゲハが同時に喝采をあげる。
しかし――
「うっ……」
葉月とアゲハはうめく。
魔物は揺らがずそこにいた。
「――GGGGGGG」
煙から表れた魔物のうなり声が、葉月達の希望を打ち砕く。
「この魔物……」
「なんて防御力…」
アゲハと葉月は、魔物の力に息を飲んだ。
彼女達の理法は遠隔攻撃といえど通常の魔物なら十分にダメージを与える
事ができるはずだ。
理法によって差異はあるが、原則
遠距離理法は接近して打ちこむのに比べて大きく減衰される。しかし、手榴弾の数倍の威力を持つ理法を受けて完全な無傷とは、殲滅用モンスターのレベルにある。
「くっ……」
強力な力を有する魔と対峙する、くノ一達は一様に息を飲んだ。
◆
「しっかりして」
早綾は魔物の一撃を受けたくノ一にかけよった。
「はぁはぁっ」
早綾は倒れた二人のくノ一にかけよった。
「あご……あ゛」
くノ一達は苦痛に喘いでいる。
「っ――」
早綾は自身の血の気が引いていくのを感じた。
彼女達の傷の深さは自分の回復理法では癒せない。そうさとってしまう。
回復理法は万能ではない。
この深さを癒すとなると上級、A級の回復理法の使い手でないと無理だろう。優秀な回復理法の才をもつといわれる早綾でもこの状態を回復させるのは難しい。
これでは……
(苦痛を長引かせるだけかも)
よぎった考えに頭をふる。
(天代様でもできないかも……もしかしたら……)。
――『命』の神理を扱う巫女なら。
早綾の頭に浮かぶ伝承の存在。
それは昔の戦いに癒しの神理者として虚神とその仲間達の傷を癒した存在。
(でも……私がやらなきゃ)
神様は人を助けてくれない。神は自ら助ける者を助ける。だが助けてくれるとしたら自分にできる事を尽くした者だけだ。
早綾は命を救う事を諦めたくはない。
「それが風守の教えだって……信じてるから」
決意の言葉は理力となる。
早綾は渾身の力で回復理法を紡ぎだした。
◆
「囲んで! 囲んでください!!」
叫び声じみた声が上がる。
「折れないで!私め達は風守ですっ!」
アゲハと守護者の巫女が叫んだ。
四方八方に広がり、くノ一達は魔物を取り囲む。
魔物のプレッシャーに彼女達は攻めあぐねていた。
小刻みに動き、魔物からの照準をずらす。少しでも隙を見せれば魔物の餌食になると本能的に悟っているものの、魔物の放つプレッシャーに焦りが募る。
「はああぁぁぁ」
痺れをきらし、くノ一の一人が理法を紡ぐ。接近戦は危険と判断し遠距離攻撃。
「待ってっ!、遠距離攻撃はやめっ!」
――遠距離理法は危険だ、葉月が止めようとしたが間に合わない。
下忍達が踏みとどまり、遠距離理法を集束させる。
禍の体が揺らぎ、顔が嗜虐に歪んだ気がした。
放たれる下忍達の攻撃。
着弾するが……
葉月達の目に入ったものは――
「うあっ……うっ……」
禍の魔腕に腹を貫かれた仲間の姿だった。
遠距離攻撃中は動きが止まり、回避ができない。彼女達の遠距離理法では魔物にダメージが通らない事は先ほどの攻撃で証明済みだ。
こちらの遠距離攻撃が効かないと判断して魔物が動けば、こちらの遠距離攻撃は単なる的でしかない。
「くあっ……」
掠れるように喘ぎ、崩れ落ちた仲間をアゲハが駆け寄り支えた。
「うっ……」
唇を噛みしめ、アゲハは胸に広がる絶望を必死に抑える。
次々と仲間が倒れていく。
訓練の賜物か、急所は外れておりまだ息はある。
しかし彼女達のこれ以上のダメージは間違いなく死に繋がる。
(やはり……直接攻撃を打ち込むしかない)
「――――」
判断と同時に葉月達くノ一は魔物に向かっていく。
自分達に攻撃を集中させれば少なくとも瀕死の仲間達への止めの攻撃を遠ざける事はできる。
彼女達は肉弾戦向きの訓練を受けている。
高い理法制御能力がないかぎり、遠距離攻撃理法は近接に比べて落ちる。
この近距離からの法撃は直接理力を叩き込む事ができる、肉弾戦が強い理力をもたない彼女達が強力な魔物に致命打を与える最適解だった。そして彼女達の主な役割は肉弾戦だ
「やああぁ」
守護の巫女が肉弾戦をしかけるべく駆ける。
同時に力を練り、アゲハと葉月が理法を発動させる。
真素が収縮し、打ち出される理力の波濤。
「Gggg」
呻き声と共に魔物から強いプレッシャーが放たれる。
全身を駆け抜ける魔物の凶気。
彼女達の防衛本能が頭に警鐘をならす。
これは危険に過ぎる。
彼女達だって恐怖を感じないわけではない。
恐怖を必死で抑えても灼けるような不安感が波濤のように胸にせりあがってくる。しかし――
(この魔物を子供達の所へいかせるわけにはいかない!)
だからこそ、葉月達は恐怖を押し殺して前進する。
この魔物が放たれれば、何人もの日本人が殺される。
「はああぁぁぁっ!」
葉月達は自身に気勢を入れた。
声が触媒として、理力が集束され得物が力を帯びる。
拳銃をはじめとした通常兵器をはじく強度の魔物。
その鋼の肉体を破るには、理力を込めた武器が最も適している。
彼女達が得物である短刀はリーチこそ短いものの、その分理力伝導率の高さは折り紙付だ。
「いくわよ」
守護者の巫女が気勢をあげとびかかる。
続くように下忍くノ一がとびかかる。
「ふぅっ!? んっ」
「はっ!? やああああぁ」
躍動する肢体、飛び交う攻撃。
風守の守護者達が魔物に食い下がる。
魔物が動く。
その隙を狙っているものがいた。
「理よ」
葉月。
葉月の理法が発動する。
不可視の力場が空間を歪ませる。
禍々しき魔物が吹きとび、地に叩きつけられる。
「ほぉ~~」
虫のように戦況を観察していた、ケグネスが呟いた。
「クヒッやはり葉月さんの理法は他の下忍ザコの方々とは異なるようですねぇ~~」
「GGGGG!!」
うなりをあげ魔物が前進する。
二人のくノ一を血の海に沈めた魔物。地を蹴り潰すように駆ける。勢いで圧力だけで土が爆ぜるように舞い上がる。
――轟
速い。接近する凶貌。
しかし――
「はあああぁ」
気合いと共に霧香の刃が煌めいた。
霧香の一撃が魔物の凶腕と競り合う。
「これ以上、やらせませんわよ化け物ぉぉぉ!!」
吠えた。負傷し恐怖しながらも、自身を奮い立たせる。
「私達にお任せを!」
「やああぁぁ!!」
緑の下忍くノ一達が死角から一斉にとびかかった。
しがみゆくようの魔物の四肢を抑えこむ。
一人ではかなわぬなら集団で。
集団戦術が彼女達の持ち味だ。
退魔の歩き巫女として生きてきた彼女達の面目躍如。魔物の動きが封じられる。
「はああぁぁ!」
「やああああぁぁ!」
その間隙をつき葉月とアゲハが同時に攻撃を繰り出した。
理光が明滅し、理力がほとばしる。
――ザシュッ
葉月とアゲハの斬撃が魔物に深々と突き刺さった。
魔物が呻き声をあげた。
確かなダメージ。
遠距離理法では毛ほども傷を与えられなかった相手だが、
攻撃は確かに通じた。彼女達の得物は短い分、抜群に理法伝導力が高い魔物がよろめき倒れ伏す。
「なに!」
倒れ伏す魔物を見て、ケグネスが驚愕の声をもらした。
必死の連携で魔物を倒したくノ一達はここに活路を開いたのだ。
――勝機
「やあああああっ」
一気呵成に霧香がケグネスに
斬りかかる。
全身全霊、速度、精度共に会心の一撃が魔族を倒すべく放たれる。
「「やああぁぁぁぁーーーーーーー」」
更に二人の下忍くノ一がケグネスに向かっていく。
一気にたたみかけるように彼女達を武器を振りかざした。
魔物が倒れ開かれた活路。
ここでこの魔族を討つという意志を帯びる。
しかし――
「クヒッ……」
ケグネスの口が裂けるように歪んだ。
ケグネスの腕がぶれて揺らめいて――消える。
「はッ」
「えっ」
ケグネスの魔的な速度。くノ一達は全くそれを補足できない。そして――
「ヒヒャッハァ!!」
一人のくノ一の眼前にケグネスが恐るべし速度で表れた。
「ヒっ――」
くノ一の顔が驚愕に歪み――
「おごおおおぉぉぉ!」
ケグネスの魔腕が一人の下忍を打ち付けた。
ダメージを受けたくノ一が地に突っ伏し悶絶する。
「おごっあ゛あ゛」
頭から突っ伏し、ビクビクと肉体を上下に痙攣させる。
「クヒヒッ、おやおやみっともないですねぇ」
失禁し、苦しげに喘ぐくノ一を見下ろしている。
「馬鹿な……」
攻撃が全く知覚できなかった。魔物を撃破した葉月の鋭敏な感覚をもってしてもケグネスの攻撃をとらえる事ができなかったのだ。
「クヒッ、多数でかかれば私を倒せると思いましたか?あなた達も魔族の恐ろしさがよぉく知っているはずだぁ……だがそれでも戦わなくていけないやらざるをえない。クヒヒッ、いやはや全くしたっぱの方々は大変ですねぇ」
腐汁じみた声はねめつけるような言葉で葉月達の精神をなぶっていく
「――私の理力は先ほどの禍の2倍。かなり頑張らないと勝てませんよぉ」
「っつ」
半ば反射的に、葉月とアゲハの手が震える。
二倍。魔物の恐ろしさを知る彼女達にとって恐怖を感じざるをえない。
「ハアアアァァ!」
葉月とアゲハは同時に動いた。
ケグネスから充満し膨れ上がる魔力。
これを放置するだけで危険が増していく。
「やああぁぁぁ!!」
くノ一達が散開する。
魔物を倒した戦術だ。
機先を制するように、くノ一達がケグネスを四方から攻める。
「クヒィッ!」
ケグネスの姿が歪んで消えた
くノ一達が降り下ろした一撃は空を切る。
「消えた!?」
「ど、どこに!?」
狼狽したくノ一が当たりを見回した瞬間
「ここですよぉ――」
空間が歪み、一人のくノ一の前にケグネスが表れた
「はっ!?」
おぞましい殺気の出現にくノ一が気づいた瞬間。
「おぐぅ……!!」
くノ一の喉から苦悶の悲鳴が吐き出された
ケグネスの一撃がくノ一をとらえたのだ。
「うぅ……」
腹に一撃を受け、くノ一が地に突っ伏すようにたおれこむ。
しかし、ケグネスが一人の下忍を倒した時に一瞬隙が生まれる。その僅かな間隙を付き葉月とアゲハは理力を込めあげる。攻撃圏内に――入った。
「チィやあぁぁぁぁ!!」
恐怖を怒りで押しとどめ葉月とアゲハはケグネスに一撃をふりおろした。
――ザシュ
斬りつけた肉の感触。
手応えがあった。ケグネスの肉にずちゅりという嫌な音と共に赤黒い血が噴出する。
遠距離攻撃は通じなかったが、近接は確かに届き通じた。
しかし――
「なっ!?」
次の瞬間、目の前で起きた事象に葉月は戦慄する。
――グチュリ
肉が蠢く音がした。
――グチュリ
肉が蠢き魔族の肉が再生している。グチュグチュという音。
蛆虫を彷彿させる奇怪な生き物が蠢き再生していく。グロテスクな光景
抉られた肉が再生され、短刀が肉塊に埋もれるようにガッチリとつかまれる。
「ぅっ!?……」
ケグネスの異常な再生力を目の当たりにした葉月の身が凍るように停止した。
「醜ぅい……」
ニマァ、とケグネスの裂けた口が釣り上がった。
まるで喰いでのある獲物に遭遇したような――
「醜ぅい体だぁぁ」
ケグネスの魔腕が葉月に伸びる。
(まずい)
葉月の全身を駆け巡る本能的な恐怖。
それに突き動かされるように葉月は身を捻った。
胸を狙った魔腕を葉月はギリギリで交わそうとするが。
「うぅっ…………」
葉月の体から血が飛び散った。
握力、というレベルではない。尋常じゃない力でえぐられた。魔腕は葉月の脇腹をかすめえぐったのだ。えぐられた箇所から毒が流れ込み、激痛に目が眩む。
「くっ!」
(いけないっ)
――気をしっかりもて
再び迫る驚異を前に葉月は自身に活をいれる。これを相手に一瞬でも気を抜く事は許されない。
――轟ッ!
瞬間、魔腕がのびてくる。
恐ろしく早い。
緩慢に見えるケグネスの動作から繰り出される一撃は悪夢めいていた。
(くぅっ――!)
葉月は全神経を回避運動に注ぐ。
――轟
ケグネスの一撃が頬をかすめた。
(っうぅ!!)
明滅する視界。
頬をかすめただけで脳が揺さぶられ、一瞬意識が遠のいた。
「クヒヒィ!!」
ケグネスが二度目の攻撃を振りかざす。
(まずい)
かわしきれない。そう葉月が感じたとき
「アゲハ、舞います!」
そこにアゲハが割って入った。
ケグネスが葉月に攻撃を仕掛けてる隙にアゲハが攻撃体勢に入っていた。
練り込んだ理力アゲハの体を纏う。
アゲハが後方より再攻撃。直撃、ケグネスから血が吹き上がった。
「これでぇぇ!」
アゲハ恐怖を押し殺し理力をこもった短刀を幾重にもつきさす。しかし――
「クヒヒヒヒヒッヒヒャハハハハハハいたいいたい、いたいですねぇーーー!!」
ケグネスは痛むどころか、理性を削るような声をあげ続ける。赤黒い血からは虫が蠢くような異音がなった。
(こいつ……いったい!?)
アゲハはケグネスの底知れぬ異常さを感じていた。ダメージを与えているはずなのに、恐怖も苦悶の一切も魔物はもらすどころか、理性を削るような耳障りな哄笑をあげ続ける。
「うっ――」
アゲハの腕を、ケグネスの腕がつかむ。ジュクジュクという音。酸を流されたような腕痛みと流れ込む毒物じみた不快感。
この禍が、通常の魔物とは一線を画した存在である事が直に伝わってくる。
「クヒャア……不快な肉だぁぁ……」
ケグネスの目が血走る。狂気にひきよせられるように目が合ってしまう。
「ぁっ……」
思わず、アゲハから漏れる恐怖の声。
底冷えする様なケグネスの目。
底冷えする血走った瞳にアゲハは言葉を失う。
ケグネスの目、そこには――犯し殺すという原初めいた毒々しい欲求だけが煮えたぎっていた。慇懃無礼な仮面が腐り落とすように本性があらわになっていく。
「――ッ」
ケグネスの殺気に飲まれた一瞬、アゲハの動きが止まる。
「やああぁぁぁーーーーー」
仲間の危機に、下忍達が割り込むようにケグネスへ突進していく。
武器がマガに突きささった
「これでえっ!?」
遠距離からの攻撃は通じずとも、武器に理力を練り込んだ。
直接攻撃はやはり通じる。
くノ一の心に一縷の希望が灯った瞬間。
「クヒャア……甘いですヨおぉぉ」
「ぐうあああぁぁっ…」
ダメージをものともせずケグネスの魔椀がくノ一を強打するした。
希望から一転、腹部からせり上がる激痛に感覚が塗りつぶされる。
地面につっぷし、狂犬病に犯された犬のようにくノ一はのたうち回った。
「お、おのれええぇぇ!!」
もう一人のくノ一が殺到。。
振り上げた一撃がケグネスにダメージを与える。
「はごおぉぉぅっ!」
一撃にくノ一が悶絶する。
ケグネスの魔腕がくノ一の腹にめり込んでいた。
「あ゛ああぁぁぁ」
吐瀉物をまき散らし、悶絶する。
「ッツゥ――」
葉月とアゲハの心に渦巻く無念の気持ち。仲間達が倒れ苦痛に沈む光景に心がちぎれそうになる。
「はあああぁぁっ!!」
守護者の巫女が動いた。
下忍達を処理する過程でケグネスに生まれた僅かな隙。
それを無駄にしまいと守護者の巫女がケグネスに攻撃をしかける。
「祓いたまえ!!」
魔を祓う理光がケグネスを飲み込んだ。
「やったか」
直撃、守護者の巫女が希望を抱く。
しかし――
「キヒヒ……少しはましなようですがぁ……」
「!!」
光が霧散し魔族が姿を現す。
ケグネスは無傷だった。
(嘘……全くきいてないなんて)
その思考がはしった時、守護の巫女に激痛がはしった
「ふぐうぅっ!!」
ケグネスの闇から生えた触手が巫女の脇腹を貫いた。
「だがまだまだですよおぉ!!」
「……んっ!? あっ……」
喘ぐように息をもらし守護の巫女が倒れる。
だがこの時、ケグネスに生じた隙はさっきより大きい。
そして――
「くら――ええぇっ!」
葉月が駆ける。
葉月がため込んでいた理力を解放した。密着するように接近し熱衝撃波がケグネスを襲う。
他の下忍達に気をとられケグネスは隙をさらしていた。
身を捨てた突進で作った隙を葉月は最大限活かしたのだ。
「クヒッ!」
直接叩き込まれた理法にさしもの魔族もダメージを負ったのか、ケグネスがわずかに体を傾けた。
「やああぁぁ!」
アゲハがたたみかけるように攻撃を加える。
一撃、二撃、アゲハの攻撃がケグネスを切り裂いていく。
「くらっえぇぇーーー」
葉月は確かな手応えを感じていた。ケグネスは魔物の二倍の力。だが自分の全てを振り絞れば勝機はある。
「これで――」
「終りだぁl」
くノ一達がアゲハが、渾身の一撃をみまうべく力を集中したその瞬間――
「クヒャアァハァ!!」
ケグネスの魔腕が恐ろしい速度で繰り出された。
「あぐぅああぁっ!」
「ぐぅぅぅ」
葉月とアゲハの絶叫が響いた。
「こ…こほっ……」
ケグネスの攻撃がめり込んでいる。真実ケグネスの攻撃が全く知覚できなかった。
動きは先ほどまでとはレベルが違う。
「ぐぅあぁ……」
腹から灼けるような熱さと痛みが彼女を犯した。
ケグネスから伸びた触手がアゲハの腹を貫いていた。
その威力たるや先ほどの攻撃の比ではない。気が狂いそうな激痛が彼女達の全身を駆け抜ける。
「おごっ……かっ」
「くほっ……」
アゲハは遮二無二地面をのたうち回った。
腹が逆流する。
腹にズシンとしたものが衝撃が体中を駆け巡る。
言う事を聞かない四肢がピクピクと意思と関係なく痙攣しているのがわかる。
それを知覚するだけでも痛みがはしる。
「お゛……あ゛あ゛ぁぁぁーーーー」
吐瀉物が混じった血をアゲハ吐き散らかした。
熱い熱い体が熱い。狂いそうな激痛の衝動のままアゲハは地面に何度も頭をうちつけた。
「あう!うっ! ううっ!」
醜悪でみっともない。無様を晒している、だが死に至る戦いの場でそんな事を考えている余裕などない。誇りも尊厳もゴミ屑に変えていくのが戦いなのだから。
絶望と痛みに身をよじらせながらアゲハが顔をあげる。
「…………先ほど私の力は禍の2倍といいましたねぇ……」
ゾッとするほど静かなケグネスの声が響く。
「クヒヒあぁすいません。嘘をついていましたぁ~」
瞬間、魔力が膨れあがる。
「ッ!?
「なっ!?」
一瞬何がおこったか理解できなかった。
否、理解を拒否した。
「あっ……あっ……」
守護者の巫女は戦慄する。
身が凍る。
心が潰れる。
桁違いの魔力がケグネスから発せられている。
「あれ……なんだにゃっ……」
ネーニャは震えていた。
生物としての本能が警鐘をならしている。
――絶対に勝てないと。
「……うっ……」
高貴な雰囲気を纏った少女もあまりにも強大なケグネスの
魔力に絶望する。
風守を守護する者達は理解してしまう。
魔力を開放したケグネスの力は――桁が違うと。
「桁を間違えていましたよぉ!! はじめからあなた達に勝機など欠片もなかったのですよぉ!! クヒッ!? クヒヒッ、ヒヒャッ!! ヒャーーハハハハハ!!」
響く狂笑。蠢き吹き出す狂の力にアゲハは指先一つ動かせない。
初めからアゲハ達に勝機などなかったのだ。ずっとこの男は嗤っていた。一縷の希望を抱いて必死に抵抗するアゲハ達をなぶり無様を晒すのをこの魔族は嘲笑っていたのだ。
魔族から極彩色の毒霧が舞い上がっていく。
「あっ……ぅあっ…………」
心胆を奪う光景。
葉月は知らず恐怖の声をあげていた。
激痛と恐怖と不快感に狂いそうになる。
ガルディゲンの魔族。葉月達は自分が相対している存在の強大さを実感してしまった。
「あああぁぁぁっ!?」
「ゃああああぁぁっ!!」
風守の守護の巫女がケグネスにはしった。
同時に動いたのはネーニャ。
「――」
そしてもう一人。
高貴な雰囲気を纏った少女。
スピード、理力、技量。
この中で屈指の力を有する者達の三面攻撃。
タイミング、精度共に会心の出来。
死地にあって活を見いだした究竟の攻撃だった。
だが――
「――」
ケグネスから魔力が放出される。
どす黒い魂まで犯すような魔力波動。
波動が醜悪な触手のような形をなし、
迫る女達をさし貫いていく。
「ああ゛っ!?」
「にぎぁっ!?」
「んあ゛ぁっ!?」
貫かれた女達が地に倒れ伏す。
「か、はっ……」
瞬間の決着。
守護の巫女が血を吐く。
ケグネスの攻撃により、三人が一瞬で倒された。
「なっ!?
倒れ伏す、女達。
(レベルが違う……)
それだけだった。
黒の魔力波動が
「まだ殺してません。
死体の価値はこれから下がる。
供給過多になりますからね。
死体はこれからこの国で数多つくられる。
それにあなた達からはできれば生きたまま
墜とし搾り取る方がいい」
「こほっ……がはっ……」
体を貫かれた守護の巫女が血を吐く。
ネーニャはぐったりして動けず、高貴な雰囲気をまとった少女は、発狂しそうな
ほどの痛みと不快感に呻いていた。
「あぁ駄目ですよおぉ……女性がそんな喘き声をあげては」
「ぐぅっ!?」
ケグネスがゴミのように顔を踏みつけた。
「これからもっと……絶望してもらわないといけないのデスカラ」
ケグネスの目が落ちくぼみ、光った。
その瞳を覗いた守護の巫女は引きつった声をあげる。
ゾクッとケグネスの眼の奥にあるものをみた。
「ぁっ!?」
――死よりも恐ろしいめにあう。
総身に怖気がはしる。
そして――
「みん、な……」
「にげてええぇぇぇ!!早くううぅっ!?」
理性を振り絞り、女達は叫んだ。
「あぁ……」
――見えちゃいましたか。
「いけませんねぇ……」
「うぐっ、かはっ!?」
ケグネスが女達を蹂躙する。
黒い触手めいた黒の魔力が女達を絡め取った。
「ううぅっ!?」
「助けないと……」
「うぅっ……」
残ったくノ一が構えながらも呻く。
葉月もアゲハも動けず、ケグネスに飛びかかる事ができない。理解し感じてしまった圧倒的な実力差。下忍達は仲間を案じながらも一歩も動けずにいた。
「キヒィ……やはり醜ぅい…………」
ゾッとするようなケグネスの侮蔑の声。
くノ一達は腰を落としケグネスに備えた。実力差は歴然。
ケグネスの放つ凶気いつ襲ってくるかわからない相手の一挙手一投足を注視していた。
''
「やはりぃ――ザコはザコに相手してもらいましょうかぁ」
「えっ!?」
故に後ろから迫る驚異に気づけない。
くノ一達の疑問の声は次の瞬間かききえた。
―――轟
魔物の凪ぎ払った腕がくノ一達を無造作に凪ぎ払ったのだ。
「ぐげぇっ」
「あぐぅ……」
潰れたような声をだしてくノ一が吹き飛ぶ。
「!!」
アゲハと葉月はその光景に息を飲んだ。
「 fusyusyusyusyu」
もう一匹の禍が凶貌をさらしていた。
アゲハは呆然とその光景をみやる
「あっ……」
いや、一匹ではない。
(う…そぉっ……)
絶望のあまり言葉がでない。
「GGGGGGGG」
「HUSYUSYUSYUSYU」
「GIGIGIGIGI」
理解できない、したくない。
何体もの魔物が鎮守の奥より表れたのだ。
「あっあっ………」
アゲハの頭が理解を拒む。目の前に広がる禍達は紛れもない絶望の群れだった。
そして、ゆっくりと禍が立ち上がる。葉月とアゲハが最初に倒した禍だ。
ジュクジュクと、グロテスクな音と共
に、巨大な禍の傷が再生されていく。
空間には魔素が充満していく。
――轟々
振り抜かれた魔腕の数々。
魔物達が一気に攻撃をしかける。
くノ一達がそれをが悟った時はがもう遅い。
「ぐううぅぅ!!!」
「きゃああぁぁぁーーーー」
魔物達の打撃がくノ一達をを打ちのめしていく
ゴキリ、ゴキリと不快な何度もなり響く。
「ああぁぁぁっ!」
思いっきり体を打ち付け、倒れていく。
後発の魔物達の攻撃。さすがに一体一体は最初に現れた規格外の禍の攻撃には劣るものの、それでも通常の魔物よりはずっと強い。
こちらが多数で少数の魔物相手に戦ったのはもはや過去。
多勢となったのはもはやむこうの魔物側なのだ。
その事実が目の前で展開されていく。
「クヒッ……クヒヒヒ」
ケグネスの耳障りな笑いが深さを増した。魔族は人間の負の感情を食らう。
葉月やアゲハ、くノ一達の絶望を食らい増加しているかのようだった。
「ガルディゲンはあなた達を殺し尽くす事を決めました……これだけの戦力があれば造作もありませぇん。まぁあの天代巫礼だけは懸念点ですが、私がいれば問題ないでしゅう~~」
「何故……だ……何故今になって……」
「『――破滅の日』」
「ッツ」
「知っているでしょう『破滅の日』が近づいてます。つまりあの忌々しいリュシオンも動きます」
「なっ……」
「リュシオン軍部が動く。インペリアルクロスもね。それがどういう意味かわかりますよねぇ」
その言葉に葉月達は動けない。目の前のケグネスのようなガルディゲンの魔族。そして、リュシオンは彼女達にとって恐怖の象徴だった。
「どのみち数日もせずリュシオンがあなた達の神器を奪っていたでしょう。あの神族どもの恐ろしさはあなた達が誰よりも知っているでしょぅしねぇ~……どのみちあなた達も、そしてこの国に未来などなかったのよですよぉ」
「それにぃ……イグナシス様もこられますしねぇ」
その名前に葉月の顔がひきつった。
「イグナシス……だと……まさか……」
「そうですよぉ。『弄魂』のイグナシス。あなた達も知っているでしょう~」
弄魂のイグナシス。ガルディゲン四狂神の一人。
ガルディゲンとリュシオンは暗闘状態にある。四狂神はリュシオン最強の一つ「インペリアルクロス」との攻防にあたっている。
だがそのリュシオンとの戦いを中断してまで日本にくるとなると、かけねなしの本気という事だ。
四狂神の一人。
弄魂のイグナシスが本気で攻勢をかけてくる、それは神災クラスの惨事がおきる事を意味していた
ケグネスの言葉。
満身創痍のくノ一達にとってその言葉がもたらすのは絶望だった。
沈黙が空間に落ちる。しかし――
「私達は……信じている……」
しかし反抗の声が響いた。血を垂れ流し葉月が立ち上がる。
声も体も震えている。
ダメージの影響か足取りはおぼつかなず、明らかに体がいう事をきいていない。
だが葉月の瞳には確かな意志が宿っていた。
「虚神を……信じている……私達は……諦めない……」
「葉月ちゃん……」
早綾が葉月を見る。
痛みと恐怖に震えながら、葉月はケグネスを見返した。
「私達風守の虚神は、遥昔、10倍の兵力をもつ元軍と戦った……私達の虚神様は本当は弱かったんだ…………それでも自分の何倍もの強さをもつ敵と戦ったんだ」
それは伝説だった。弱き者が強き者を倒すという、風守に伝わる英雄譚。
葉月の足は震えていた。顔面は蒼白。
唇はわななき、歯がカチカチと音を立てている。死を前に葉月は恐怖していた。
「だから大丈夫だ早綾。私達は虚神を奉じてきたんだ」
葉月の目には涙が浮かんでいた。恐怖かそれとも別の感情か。
「勇気をだせばきっと――」
――ゴキン
瞬間、骨が砕ける音が葉月の言葉を断裂させた。ボロ雑巾のように葉月が吹き飛ぶ。
「葉月ちゃぁん!」
血を撒き散らし倒れる葉月の姿を見て早綾は叫んだ。
アゲハは恐怖で何もしゃべる事ができない。
冷えきった魔族の瞳が、殴り倒した葉月を見下ろしていた。
「――子供に悪影響ですよぉ!!」
葉月の顔面をケグネスは殴打した。
一撃で沈まないように爪でなく拳でいためつける。
「かはっ……」
葉月は弱々しく喘ぐようにケグネスを見上げる。
「勇気を持てば勝てる?戦力差も覆せる?そんな馬鹿な話子供が間に受けたらどうするんですかぁ?」
ケグネスが葉月の顔面を踏みつける。
「あっ……あぐぁ……」
葉月が苦しげに息を吐く。
ミシミシと軋みをあげている。
「クヒヒッほらぁ早綾ちゃぁん!? よく見ておきなさぁい。これが現実ですよぉ」
見せつけるようにケグネスは葉月をふむ足に力を入れる。
「死を覚悟し決意すれば絶望を打開できると?
幻想ですよぉ。そんな幻想にすがったからこそあなた達は惨めに負けたんですよぉ。早綾さんの様な子供が真に受けて道を間違えたらどう責任をとるのですかぁ? 」
そこでケグネスは周りをへいげいした。苦しげに喘ぎ血をはき、倒れているくノ一達を嘲笑うような視線を向ける。そして葉月に侮蔑を向けた。
「事実そんなたわけた教訓を聞かされ育った人間の末路が、そこにゴミみたいに転がっている者達ですねぇ」
ケグネスの言葉通り周りの光景は絶望的だった。
葉月は悔しさで一杯だった。唇に血が滲む。流れた涙すらケグネスの足に踏みつけられる。
「殺していいんですよねぇ、だって子供に悪影響なんですからぁ。グチャグチャにしていいんですよねぇ?。キヒヒヒだって子供に悪影響なんですからぁ!! 私間違った事いってますかぁ?――いってませんよねぇ!!」
――ゴキリ
鈍い音。
ケグネスは踏みつける足に力を入れた瞬間、葉月の骨が砕けた。
「あぐぅ……あぐっあ……」
ケグネスは葉月を蹂躙していく。手を足を、腹を腰を殴り付けている。
「ごほっ!? ごほっ!? ウッ……」
ゴホッと腹からせりあがる感覚。
痛い苦しい、冗談のように吐き気がとまらない。
「あ゛……あ゛あ……ああぁぁぁぁぁ……!!」
――ゴボっ
嗚咽をもらすようにと共に葉月は口から血をまき散らす。
血と一緒に体中から力が抜けていく。
力が抜けていく中、痛みだけが増していく。地獄のような感覚。
「はぁっ……あご」
口から出た吐き出さされる悪夢めいていた出血量。
だが体中を駆け巡る痛みと苦しみがこれが現実だと明確に告げていた。
目尻に涙がたまる。
理解を拒む事すら許されない圧倒的な質感をもって絶望が葉月にのしかかる。
「GGGGG……」
「うっ……」
迫りくる幾多の魔物。
葉月の姿を無様と笑うように魔物がゆっくりと見下ろす。
「葉月ちゃんッ! 葉月ちゃぁんッ!」
救命のため、仲間のくノ一達の応急処置にあたっていた早綾が叫ぶ。
理法のおかげか訓練の賜物か仲間はギリギリで死を食い止められている。しかし正直苦しみを長引かせているだけだろう。そして、早綾の理力はとっくに底をつきていた。
限界を超えた理法の酷使で心身共に限界にきている。
「FUSYUSYUSYU」
魔物は不快な笑い声のような音をだす
人間の決意や少女の努力など戦場では塵にも劣ると嘲っているかのようだった。
「クヒヒッ……」
ケグネスの笑みが深まる。
もはや完全に趨勢は決した。
少女達はあとはとさつ場に並べなれた家畜とかわりない。
この魔族達に嬲られ犯され屠殺される運命しかない。
「うぅ……しっかり!!……しっかりしてみんな……」
早綾はよろつく足で必死に葉月に駆け寄り、葉月に応急処置を施そうとする。
「……にげっ……ろ……早綾」
血が詰まってうまく言葉が出せない中、葉月は必死に訴える。
「そんな……そんな事できないよ! みんなで一緒に――」
一緒に逃げよう、そう続けようとした時、早綾の言葉が停止する。
心を犯すおぞましい鬼気。早綾はそこへ視線を向けてしまった。
「うっ……」
見上げた先には、返り血を浴びた魔物が早綾達を見下ろしている。
「あっ……」
突きつけられた生物的な本能、死の恐怖。
ガクガクと体が震える。
「――っつ」
早綾の股に暖かい液がつたった。
理性も何も食われそうだ。
早綾は失禁した事実にすら気づかない。
怖い怖い怖い怖い。
凄惨な光景。
弱々しく呻く者。痛みにのたうり回る者。
ぐったりとしたまま動かない者。
もはや彼女達に反撃の力は残っていない。
だが魔物は屠殺場の肉を処理するようにゆっくりと彼女達に近づいていく。
嫌だ嫌だ嫌だ。
高貴な雰囲気をまとう少女も絶望と共に魔族を見上げた。
心は折れていた。それほどまでにあのケグネスは強大だ。
(うぁ……ぁ)
意識を僅かに残した守護者の巫女も恐怖した。
任務を冷静にこなす彼女にさえも恐怖と絶望が心をおおう。
それほどまでに、ケグネスは凶悪だった。
「あっ!?……」
「うっ!?……」
「ひっ……」
下忍くノ一達も恐怖の声を漏らす。
彼女達が見上げた先には魔物の姿が目に入る。
裂けた口が自分を喰らおうとその深さを増した。
(――死ぬ)
少女達は死を感じる。
(神……様……)
原始に戻る思考。
心はソレに訴えかける。
――虚神様、どうかお助け下さい。
瞬間、歌が響いた。
「えっ」
彼女達の、心に通る風の声。
絶望に瀕した彼女達の心か、この鎮守の杜に響いたのかは判別できないほど自然に。
まるでこの国に最初から在ったかのように歌は響く
其れは風の伝説へ捧ぐ悠久の歌。
――あなたの国が悠久でありますように
――あなたの民が平和でありますように
――誓いましょう。あなたが愛した日本を愛する事を。
――誓いましょう。あなたが守った日本によりそう事を。
――何年も何千年もあなたを想う気持ちは変わらない
――蒼生に悠久の平和を―――あなたの魂に安らぎを
捧げる言葉、送る魂。
ソレはこの神社に伝わる祈り歌。
相手を慈しみ相手を想う癒しの想いが込められている。
そして、続き紡がれる祈り――蒼生守護の歌。
護りを祈る神。
其れは日本の神観とは異なる在り方。
其の矛盾を自覚しながらも祈らずにははいられない。
――この祈りを捧げましょう。
――どうかお守りを。
――どうか風の導きを
――どうか蒼生の守護を
――神風を
神風――その永き沈黙が破られ。
そして悠久が終りを告げる。
――虚神。
瞬刹――
――国敵討滅
瞬刹、風が駆けた。
(えっ――)
瞬間、世界が反転する。
漆黒の風が空間を切り裂く。
飛び散る血
砕かれる骨
両断される総身。
埋め尽くされる死死死死死。
「あっ――」
其処には確かな死があった――魔物の死が。
「GYYYAAAAAAAAAAAAA!」
総身を滅裂させ、魔物が断末の絶叫を上げる。
潰されバラバラになったのは少女ではない――魔物だ。
漆黒の風が魔物を殺戮したのだ。
「ナ!?ナニが」
ケグネスが言葉を続けようとした時――漆黒の風が吹いた。
「グギヒァァ!!」
漆黒の風がケグネスの腕を断った。
断面からは狂ったように血が吹き出す。
「ナニガァ…………ナ゛ニガオ゛キタアァァ!?」
ケグネスはわめき散らした
魂にまで食い込むような激痛。その激烈な苦痛がケグネスの感覚を灼いた。
今まで殺し弄んだ日本人の痛みを万倍に返されたかのように。
「なぜぇ、なぜ再生しない!?」
驚愕と共にケグネスは切断された自身の腕をみる。
「ヒィッ!!」
再生虫が死に絶えている。グロテスクな虫がぐちゅうちゅになって死んでいた。
(なんだ……なんだこれはぁ)
ケグネスに悪寒がはしる。
それは日本人に恐怖を与え続けてきたケグネスが始めて感じた心底からの恐怖。
それは己達を上回るおぞましいものがやってきたようで。
「――」
目に飛び込んできたのは黒と赤。
黒旗のようにはためく風と、中心に紅がある。
絶句するほどのおぞましい力の波動を少女達は感じていた。
それを見た瞬間、総身におぞけがはしった。
救いの主の存在。
救いの主の存在。
勇者ではない。
英雄ではない。
――神ではない。
其れは風。
国敵討滅の――風