滅びの風

悠久ノ風 第5話

第5話 滅びの風

007


“――国敵討滅”

誓言と共に“漆黒”の嵐が吹き荒れた。


「あっ……」



「えっ……」


「うぅっ……」
葉月達は薄れゆく意識の中、現れたソレを見た。
自分達を助け魔物を殺した影を――その姿は

(――漆黒……)

“漆黒”としか表しようがない人間型の黒。

姿は異邦の一言。黒のシルエットに幾重にも黒風が立ちのぼっている。
霞のようにぼやけているのは葉月達が重度のダメージで視界が霞んでいるだけではないだろう。
身体を渦巻く黒い風、そして核となる形はぼやけ霞んで判然としない。

立ちのぼる靄の様な黒風が彼の者の姿を覆い隠している。
驚愕の事態に、獰猛な魔物達も動きが一斉に停止した。
“漆黒”の風に薙ぎ倒された魔物は残らず断命しる。

異常なのは、これだけ異様な様相でありながら質量が全く感じられない。
眼前に存在しているのにそこにいないかのような違和感。
まるで空気に溶ける風。
正体不明の異邦の風体。
だがその存在が戦場を一変させた。
風により滅裂した魔物から飛び散る大量の赤黒い血液。
その生々しさはこれが紛れもない現実であると雄弁に告げている。
黒の風が吹き荒れ、魔物が飛び散っていく。
葉月達にとってソレは救いの悪夢だった。

魔族による少女達の屠殺場と化そうとしていた戦場はもうない。
飛び散る血は女達の血ではなく、魔物の赤黒い血。
その戦場に満ちるのは――

“――俺の国民に手を出すな”
日本人を傷つけさせないという絶対の意志。
この正体不明の“漆黒”から垣間見える唯一の思想だった。
漆黒が発した声はそれだけ。
だがその真理を体現するが如く、“漆黒”は日本人が倒れしこの絶望の戦場を蹂躙したのだ。
「ヒィギャアアアアーーーーーーーーーー」

響くケグネスの絶叫。
肘から先が両断された腕を抑え、はしる痛みに魔族は震える。
「なん、なのだぁぁ……」

葉月達がどんなに切りつけてもダメージを与える事が敵わなかったケグネスが激痛に苦悶していた。

「なんなのだ貴様はぁーーーーー!!」
ケグネスの怒号が“漆黒”を糾弾する。
肉体を圧迫するような凶の圧力。
ケグネスからは諧謔や余裕の類が消え失せていた。
(馬鹿なぁ……)
ケグネスは怒りに身を震わせる。
女達をなぶり潰して犯しつくすはずだった。だがなんだなんなのだこれはこの状況は。

「魔物どもぉぉーーーー」

ケグネスの怒号と共に魔物が動き出す。

「GGGGGGGG!!」

“漆黒”に向かって魔物達が駆ける。
渦巻く弩級の殺気と圧力。戦場に現れた“漆黒”を引き潰さんと魔物達が
進撃する。

その時“漆黒”が動いた――

 

“――国敵討滅”

“漆黒”が神理を紡ぐ。
空気が理の波濤を帯び大気中の真素(リアリス)が明滅。
力が波動が法則が――心を真とすべく理力を帯びる。

――神理創造

「!?あれはまさか……」
「神理…………」
薄れる意識の中、少女達の体に伝わる神理の波濤。
真素(リアリス)が光を帯び力が充溢していく。
神理は三つのシンによって構成されている。

<心>
<真>
<神>

己の心である<シン
己の真である<シン>
己の神である<シン>

自分の心を現実と繋げ、神の如き力を行使する。
大気の真素(リアリス)が呼応する。
神となる前段階。それが人間なのだ。
神となる前段階。それが人間なのだ。
神理学の言葉通りに、意志が空間を制する。

三つの「シン」を束ね世界法則を書き換える神理。
それは葉月やアゲハが使用していた「理法」の上位位階であり、上位異階の概念。

「神理者だとォ!?」
“漆黒”の神理者にケグネスは憎悪を向ける。

「GGGGGGGG!!」
「GAAAAAAA!!」

“漆黒”に向かって魔物が至近。
同時に“漆黒”の風が渦巻き――

<――滅びろ――>
紡がれる神理の言葉。瞬間、空間が爆ぜた。
黒の風がうねり荒ぶり集まっていく。
吹きすさぶ嵐が一点集束。
疾駆する黒烈風が魔物に撃ち放たれた。

「GYAAAAAA!!!」
「GAAAAAAA!!!」
響く魔の断末。
総身を滅裂させ魔物が絶命。
肉体が微塵に砕け散り大量の血が天に広がり地に広がる肉片をぶちまけた。
唸りをあげる黒の嵐が魔物を一斉討滅した。

「なっ――」

葉月は瞠目する。
無詠唱で発せられた神撃。
その圧倒的な威力に声も出ない。
強力な神理の行使には長い詠唱が必要なのが通常だ。
だが“漆黒”は一瞬の言葉――刹詠だけで神理を行使した。

そして“漆黒”の神理が殲滅レベルの魔物が紙くずのように滅裂したという事実。
アゲハもくノ一達も目の前の光景から目を離せない。
この強度の魔物を一網打尽にする神理――それを刹詠で使うなどA級神理者のレベルすら超えている。
神理はリュシオンのインペリアルクロス、十三帝将クラスの能力を有しているという事を意味している。

しかし、葉月達の胸には恐怖じみた違和感があった。

攻撃特化の神理者は、強靱な自己を持っているのだ殆どだ。
わかりやすい言い方をすれば確固たる自己があるのだ。
周りの雑音めいた声や意見に惑わされぬ「己で在る」という意志が介在している。
故に強い神理者から伝わる神理の波動は強く響くのだ。
しかし葉月達が感じたのは――

(……無い…………何も……)
見えないのだ。“漆黒”から伝わる心がなにもない。
生物的挙措を一切交えぬ神理の行使。
愛も友誼も何もない。
だがあの姿からは人間らしい意志が感じられない。
あるのは只一つ

“――国敵討滅”
国敵討滅その言葉だけ。
それ以外不要とでもいうように。

「きさまぁぁぁぁーーーーーーー」
慟哭のようなケグネスの声が響く。
魔族から発せられる激烈な凶の魔力。
この諧謔の魔族からはありえないほどの怒りに満ち満ちている。
“漆黒”に断たれた腕は依然として再生の兆しを見せない。
「キィヒィ殺す殺す殺す殺すぅぅぅぅ」
ケグネスから発せられる負の大音声に地が腐食し木々が変質していく。
空間が変質するような殺気を受けても“漆黒”は不動を保つ
死の風が吹き荒れる。
魔物が呪詛めいたうなり声をあげる。
“漆黒”と魔が対峙し空間に刺すような緊張が満ちていく。
もはや鉄火場というレベルではない。
殺し合いという次元でもない。
外道同士の共食いだ。

“――滅びろ”
“――関係ない。誰が何を言おうが知ったことではナイ”
“――オマエタチは俺の国民を傷つけタ”
“――知っているノダ。どうデモいい。お前たちは俺の国民を傷ツケタ”
“――お前は日本へ害しか及ぼサナイ”
“――殺す滅ぼす消してやる。肉片一つ残さナイ”

果たすのは一つだけ

“――国敵討滅”

それは新たな神理へ至る風。
唸る風が絶望の戦場を犯す。

「殺せぇぇ魔物どもぉぉーーーーー!!この狂理を殺し尽くせぇぇぇーーーー」

ケグネスの怒号が響き魔物が一斉に動いた。

“――知るかゴミ共うっとうシイノダ”
“――世界の敵だろうが関係ない”
“――この日本に害をなすものだ”
“――絶対に逃がさナイ”

死の颶風が動く。
此処に戦闘が開始される。

“――風よ ”

“漆黒”の嵐が吹き荒れ“漆黒”が動く

「GOOOOOOOOOOO!!」

雄叫びをあげ、地を蹴り砕き躍りかかる魔物達。
蛆が一斉にうごめくように大量の魔物が動きだす。
魔物が地に積みあがった同族の肉片を踏み砕き魔物が“漆黒”に迫る。
“漆黒”が構える。風が集まり――

“――シネ”
“漆黒”は魔物の中に躊躇なく飛び込んだ。唸りをあげ放たれる風の拳。
“漆黒”と魔物が真っ向から衝突。凄絶な打撃音が響き――

「GAAAAA」
響く魔物の断末魔、“漆黒”の拳打が正面から魔物を打ち砕いたのだ。
“漆黒”が一撃を振りぬき嵐雷が落ちたような轟音が響く。
拳に撃ち抜かれた魔物が砕け散った。
只の打撃ではありえない。
その威力たるや法撃レベルを逸脱している。
法撃のレベルを超えた神理の攻撃――神撃。

「GOOOOOO!!」

新たな魔物が憤怒をたぎらせ全体重をのせ突っ込んでくる。
その圧力たるや尋常のものではない。
巨体の質量に魔的な速度が加算された進撃は重戦車もかくやの衝撃力を有している。
その進撃に対して――“漆黒”は真正面から拳を打ち込んだ
普通の人間なら腕がへし折れ体中の骨が砕け散るだろう。
それがあるべき帰結。だが結果はあるべき帰結を無視したものだった。
「GUOOOOOOOOOOOOO!!」

瞬間、断末魔をあげる魔物の骨がひしゃげ砕けた。
ブチブチと引きちぎるように、魔物の右半身がたちきられていく。
――ガゴギィ
瞬間響いたのは骨が砕け肉が吹き飛ぶ破壊音。
砕けたのは“漆黒”の拳ではなく魔物の半身。神撃が超重量を打ち砕く。
物理法則生体力学ごと打ち砕く様な真性の暴力だ。
「っ……」
「なんて力……」
神撃が魔物を打ち砕く光景を見て葉月達は言葉を失う。
神撃は少女達を蹂躙した裁きを下すように魔物を絶命させた。

「GAAAAA」
絶命した魔物と交差するように後方より新たな魔物が殺到。
振りかぶった魔物が斧のような打撃を繰り出す。
大気を震わせ岩木を紙のように両断する一撃はまるで大斧。
“漆黒”は魔物に向かって恐るべき速度で前方へ――飛んだ。
“漆黒”の飛翔は大斧のような一撃を回避し
「GIGaッ――」
魔物の言葉が断たれる。
回避の飛翔は烈しい膝蹴りとなり魔物の顎をとらえた。
ガギャリ、という骨が砕かれる音とともに魔物の顔面が消失。
頑強な魔物の命をも刈り砕く激しい一撃だ。

回避と攻撃を両立させた挙措。
荒ぶる“漆黒”の戦いは正確無比とは程遠い。
風が唸る。怒り狂うように黒の風が逆巻きあらぶり魔物を殺す。
魔物に傷つけられた者達日本人の怒りを代弁するかのような激しい怒り。

“――集え風よ”

再び風が凪ぐ。
“漆黒”の速度が加速。
勢いのまま前方の魔物の頭部を引き掴み巨体を大木へ叩きつける。
メキゴキと大木が軋む音と、魔物の頑強な頭部が軋み砕ける音が響き

“――シネ”

次の瞬間轟音をあげ大木がへし折れる。
雷が落ちるような轟音が響き渡り、魔物の巨体が大木ごと砕け散る。
その様子たるやまさに鬼神の技。

“――虚黒”

ノイズめいた声と同時に“漆黒”が疾走。
魔群の只中へと駆け抜ける。

「GAAAAAAA」
飛び込んできた“漆黒”を迎えうつように魔物が大きく振りかぶり旋回。
旋風の如く横薙ぎが“漆黒”に襲い来る。

“――葬討しろ――”

“漆黒”が手をかざし集束する黒の神理光。
そして――

“――黒風”

発動する神理。
瞬間の詠唱、刹詠で“漆黒”は神理を紡いでいた。風が顕現。
疾る“漆黒”の風が殺到する魔物達を両断。
風は膨張し周囲の魔物を薙ぎ払う。

「GYAAAAAAAAA」
次々と魔物が倒れていく。
電光石火、縦横無尽に魔命を断つ“漆黒”の風が駆け抜ける。

「AAAAAAAAAA」
交差する魔物の怒りと断末の大音声。
容赦も迷いもなく“漆黒”は魔物を滅ぼしていく。

少女達を蹂躙した痛みを倍にして、“漆黒”は魔物を破壊していた。


「……強…すぎる」
葉月は茫然と陰を見る。
“漆黒”の動きは異質だった。
正道、邪道
理性と本能
常識に非常識
作法に無法
拘りが一切無い。正道邪道が入り交じった戦い。

矛盾した要素が自然に同居している。
戦理は正に無道。
国敵討滅――その目的の為に正と邪のこだわりなく実行する。
神風無道。
完成度やそういう枠組みから逸脱している。
葉月の胸に去来するのは昔から聞かされてきた古来の伝説。
古来日本が大陸からの侵攻された時代。
時の政権北条率いる武士達。
精強さを誇った鎌倉武士は、大陸の軍勢に対して大敗を喫した。
正道を尊じ礼儀を重んじた武士達は、邪道蛮行の大陸の敵に対応できなかったのだ。
その大陸の軍を打ち破った虚神だ。
虚神は正道邪道問わず。何ものにもとらわれない。
ありとあらゆる手段を使って大陸の軍を撃滅した。
正道を無視し、邪道を打倒する無道の戦理。

“――国敵討滅”
その言葉と共に、戦う“漆黒”の戦い方は彼女達が信奉する神を想わせた。

(あの“漆黒”は……いったい……)
葉月達は“漆黒”に身を震わせている
客観的に見ればこの“漆黒”は自分たちを助けた形になるだろう。
しかし、葉月達が胸に抱いた感情は感謝や恋慕などの甘い類では断じてない
(……なんで…………こんなに怖いんだ……)
――恐怖だった。
彼女達の総身をつたう怖気。
“漆黒”が真っ当な存在でないと彼女達の生物本能が警鐘を鳴らしている。

早綾も葉月もアゲハも、苦しげにうめく下忍達さえも目の前で起きている事から目が離せない。
黒風が吹き荒れ魔物を倒していく。
その光景は彼女達に根付いた思想を想起させた。
国敵を倒す黒き風――
「あ……」

葉月にはソレが走馬灯のように想えた。
しかしソレは現実だ。目を

“――黒風よ”

“漆黒”が動いた瞬間、黒風が吹きすさび次の魔物の総身が滅裂する。
一撃が魔物を滅ぼし一動が国民を守る。
圧倒的な“漆黒”の神理。くノ一達を苦しめた魔物が紙切れのように断たれていく。次の瞬間千切れとぶ肉片。
魔物の胴体から上が“漆黒”に刈り取られた。
言語を絶する凄絶な力。
美しさの欠片もない只の暴力。
だが圧倒的なまでに強い。

既に“漆黒”に倒された魔物の数は数十を超えていた。
大量の肉片がとびちり、木々には赤黒い血漿が点在している。
おぞましい力同士のぶつかりあいは
“漆黒”の風は烈しい破壊の跡を残している

「GAAAAAAAAAA」
魔物が木々をへし折り進撃。
全体重をのせた豪撃を振り下ろした。
一瞬で大木をへし折る豪力ははかするだけで
人体を滅壊する力を有している。
“漆黒”が風をまとい加速紙一重で回避。交差する形で前進。
踏み込んだ瞬間黒の風が沸き上がった。

――ゴゥッ
風が魔物の頭部を刈り取る。“漆黒”の神理残滓が明滅し溶け消える。

“漆黒”が返す刀で風を発動、周囲の魔物を薙ぎ倒す。
神撃は強力迅速でありながら攻撃にルールや法則が見えず。
戦闘本能の塊である魔物すらその攻撃は知覚できない。

――断

轟音と共に、魔物の側頭部が弾け飛んだ。“漆黒”の動きは
瞬きの間に嵐の収縮が起こったような緩と急。

再び急に入る。

疾ッ――
瞬く間に数多の拳打を繰り出す。
神理を纏った嵐打が魔物の一体を粉々にする。
疾ッ――
黒嵐のような拳がもう一体の上半身を吹き飛ばした。
“漆黒”の疾走が続く。
奈落のような黒の拳は臨界を迎え変換。神理の風となる。
――
「GYAAAAAAA!!」
縦一文字に黒風が魔物を断つ。
神理の風が魔物を薙ぎ払っていく。

一挙の速度は音速を超え
一撃の力は神速の域にあった。

“――絶ノ風――”
瞬間、嵐を一点集束したような絶の衝撃に禍の肉体を根こそぎ絶たれた。。
嵐に薙ぎ倒された大木さながらに魔物の肉体がメキメキと轟音を立て断裂し崩れ行く。

“漆黒”の力が魔物を圧倒していた。
戦いは方はまるで野の獣。
正確さとも流麗さとも無縁だ。
武道なら零点。
だが早い、然して強い

アゲハは息を呑む。
魔物のおぞましさは言語を絶するものだった。
しかしその魔物を倒す“漆黒”が恐ろしい存在である事は全身で感じていた。
まるで人間が本能的に持つ恐怖。死という概念が形をもったような不吉さ。

魔物を滅ぼした陰の存在は断じて救いの神の類ではない。
清廉さを持ち合わせていない。
無道と外道の殺し合いであり共食いだ。体は以前として恐怖に凍っている。
国敵たる魔物を殺し尽くす戦理は正に無道。
国敵討滅――その目的の為に正と邪のこだわりなく実行する。
神風無道。
完成度やそういう枠組みから逸脱している。
葉月の胸に去来するのは昔から聞かされてきた古来の伝説。
古来日本が大陸からの侵攻された時代。
時の政権北条率いる武士達。
精強さを誇った鎌倉武士は、大陸の軍勢に対して大敗を喫した。
正道を尊じ礼儀を重んじた武士達は、邪道蛮行の大陸の敵に対応できなかったのだ。
その大陸の軍を打ち破った虚神だ。
虚神は正道邪道問わず。何ものにもとらわれない。
ありとあらゆる手段を使って大陸の軍を撃滅した。
正道を無視し、邪道を打倒する無道の戦理。

“――国敵討滅”
その言葉と共に、戦う“漆黒”の戦い方は彼女達が信奉する神を想わせた。
(あれは……まるで……)

既に魔物の殆どが滅びていた。
木々には肉片がめりこみ、地には赤黒い血漿がへばりついている。
血で血を洗い、死を死で重ねていく凄絶な光景。

「GAAAAAAAAAAAA」
雄叫びと共に地が震撼する。
最後に残ったマガの咆哮が天を震わせる。
最初に現れくノ一たちの多くを倒した禍の親玉格。
その凶気たるや他の禍と比べても規格外。
サイズも発する魔力の波濤も全てが異なる
「ZYYYYYYYYYY」
動く災禍が雄叫びを上げ怒り狂い突進してきた。
物理化した殺気の塊は岩を破砕し木々を薙ぎ倒しながら激流の如く突進する。
激震する戦場で迫りくる災禍を目前に

“――風よ”

“漆黒”が動く。
命なき者のように静止した陰が手をかざした。

この瞬間、陰は言葉を紡いだ。
「!?」
「あれは」
余りの神理の波動にくノ一達は息を飲む。
瞬刹、嵐が生まれ形を為した。

“――<虚>討滅せよ――”
紡がれる討滅の理。刹詠ではない。
異形の詠法。だが迸る神理波動は発動する神理力が真正、強靱なもの
だと告げている。
湧き上がる黒の風塵乱舞が拳に集束する。

“――滅びの風――”

神理を宿す誓言。
誓いと共に――滅びの風が咆哮した。
吹きすさぶ黒風。
漆黒の風が渦巻く。
交差一閃――
“漆黒”の神撃が魔物の総身を撃滅する。
「GAAAAAA」
魔物が滅裂し血をぶちまけて倒れ伏した。

マガの半身が血をまき散らしながら超高速で飛来、ケグネスの横を駆け抜ける。
ぶちゃりと肉が潰れる音と共にケグネスの顔に赤黒い血がついた。

「バカなァ……」

ケグネスのつぶやきが静寂に響く。
残らず滅び死に絶えた。
全ての魔物は“漆黒”の風に薙ぎ倒されたのだ。

ケグネス以外の魔物を
対峙しているのは、“漆黒”とケグネスの両者。

「貴様は………」
ケグネスは絶句する。
ケグネスという魔性の存在から見ても“漆黒”の神理は逸脱していた。
ありえない事象をなすのが神理者。だがこの“漆黒”はあまりにも規格外だった

大量にいた魔物は、全て漆黒によって滅ぼされた。
逆巻く風はいまだ衰えを知らない。その様子たるや正に――

「滅びの……風……」
魔族は恐怖に震える。
魔族たる自分が恐怖に足をすくませるなど
ありえない――しかし

「……貴様は……まさか……」

ケグネスが漆黒を見る。

漆黒は倒れている者達を背にケグネスを見据えた。

「あっ」
少女は風の主を見上げる。
魔物に倒された彼女達の前に漆黒が立つ。
――この日本の敵を殺すために立っている。

国敵討滅――その言葉だけで其の存在が理解できた。
目の前の存在は自分達を守る者ではない。
これは日本の敵を殺すための存在なのだ。

「黒い……風」

絶大な力で魔物を倒した神理の黒風は渦巻き集っている。

「国敵討滅の……神理……」

彼女達は思い出す。
日本の敵を滅ぼす風の存在を。

「貴様は…まさか…」

ケグネスは驚愕に震える。
ガルディゲンにとっての不倶戴天の敵を考えずにはいられなかった。
真暦の古より日本を守ってきた存在。

「滅びの風――久世零生……」
少女の呟きが風に消える。

蒼と黒。
蒼黒であり相克の在り方の一つ。
滅びの風。
国敵を滅ぼす伝説の神理者。





「――虚神」