第16話 戦いの後
放たれた風
一点集束された極大の嵐が流星の如く国敵に飛来していく。
蒼の風が炎を突き破る。
蒼光が奔る。
蒼風が奔る。
嵐を凝縮した如くの神理が全てを打ち破った。
「なにっ」
炎が霧散する。
嵐は炎を一直線に貫いた。
蒼風となり、炎は塵となり霧散した。
「ばかなっ!」
炎の理法が破られた。
迫る蒼の嵐。
絶対的な力が吹き荒れる。
蒼の狂風は真紅の爆炎に衝突。
蒼光が吠え猛り、炎を一直線に切り裂く
サジンの渾身の神理が破られた。その衝撃に彼は完全に動けない。
「ッア゛ア゛……」
幾重にも張られたシールドが砕け散る。
「馬鹿な馬鹿な馬鹿な」
迫る蒼風。
蒼風がサジン・オールギスを撃破した。
「馬鹿なああああぁぁーーーーーー」
総身を駆け抜ける蒼の衝撃。
サジンの力が滅されの総身から力が消失する。
凄まじい衝撃にサジンの意識が黒に沈みそうになる。
意識を手放しそうになるサジンに声が響いた。
「奴に伝えておけ」
宣戦するように、草薙はサジンに誓いを叩きつける。
「俺の国民に手を出すな」
彼の宣言は日の下へ響いた。
「貴様……は……いったい」
絶たれゆく意識の中サジンは最後の力を振り絞って問うた。
「言っただろう、俺は――」
そして草薙悠弥は宣言する。
「――只の日本人だ」
◆
「すご……い」
エリミナ、タマノ達。風守の守護者は一心に見ていた。
グロバシオ規世隊を倒した草薙悠弥を。
神域にはグロバシオの兵達が倒れている。
バルモワ、シグー、テグムゾ達執行者。
そして、サジン・オールギスが倒れていた。
(これを……草薙悠弥一人で……)
この神域で暴威を振るっていたリュシオンのグロバシオ規世隊。
恐ろしい力を震っていた人間達は皆、草薙悠弥という男によって倒された。
風守の守護者達が戦っても勝てなかった執行者3人を相手に、草薙悠弥は戦い勝利した。
そして隊長であるサジン・オールギスまでをも倒したのだ。
「この人はいったい……」
その事実に風守の守護者達は息を飲んだ。
改めて、この草薙悠弥という男が成した事に体が震えるほどの驚愕を覚えたのだ。
執行者達を倒した草薙悠弥、その事実は草木の力がA級神理者の域にある事を示していた。
「草薙お兄さんは……何者なのでござるか」
早綾が呟いた。
いったいこの男は何者なのだろうか。
目の前で起こったあり得ない草薙の所業を前に彼女達は言葉を失った。
だが――
「あの……」
「草薙さん」
タマノが早綾が葉月が、アゲハがくノ一達が、風守の守護者立ち上がり立ち上がった。
そして草薙の方へ歩を進める。
戦いのダメージは体に残っている。
歩くのも辛い者もいた。だがそれでも彼女達は強い意志をもって、草薙の下へ歩いていく。
考える事も疑問に思う事もたくさんある。だがそれよりもなによりも風守の人間として、人としてしなければならない事があった。
――礼を尽くす
彼女達の心にあるのはこれだった。
草薙は必死に戦い彼女達を救ってくれた。
傷つきながらもあの暴虐極まるグロバシオから助けてくれた。
それは絶対的な事実だった。
グロバシオの恐ろしさを肌身で知る彼女達だからこそ、その重さは理解できる。
彼女達風守のくノ一達は草薙に駆け寄っていく。
整理することも不可思議な事もある。
だがなによりも最優先にする事があった。
風守の人間は礼を尽くす。
草薙悠弥は彼女達を助けたのだ。その事に礼を返さなければならない。
草薙悠弥の元に集まった早綾や葉月やアゲハ達タマノやエリミナ。
風守の守護者達が草薙の下へ集まる。
「草薙悠弥さん」
彼女達は、折り目正しく頭を下げた。
「ありがとうございました」
葉月は誠心誠意礼を言った。
愛や恋といった慕情の類いではない。
純粋な感謝の心がそこにはあった。
彼女達は、深々と礼の姿勢をとった。
「ありがとうございました」
「このご恩は必ず返します」
くノ一達が草薙に口々に礼を言う。
自分達、神域を守ったという純粋な感謝の念が伝わってきた。
「……ああ」
草薙は短く、されど確かな重さを込めて応えた。思う所はあるが、まずは彼女達誠心を受け止める。その後に
「気にすんな、困った時はお互い様だ」
「そういうわけにはいかない。草薙は本当に助けてもらったんだから」
「あなたに最上の感謝を」
アゲハ達くノ一は特殊な礼をとった。
(この)
最上の感謝を伝える礼である――ある一つを除いては。
最上級の礼節より一つ前の礼だった。
一番の礼は本来彼女達が仕える「虚神」への礼だ
「客人に随分なものだな」
「命の恩、ですので」
くノ一の一人が草薙の目を見て、真摯にそういった。
「そうか」
命の恩、実際その通りなのだ。それについて草薙は何もいわなかった。
「私からも旅人はんにお礼をいわないといけないどすなぁ」
タマノが一歩進み出た。
草薙は、タマノの狐のような耳に目をやった。獣人の証である
「いいな、それ」
タマノの耳に対して草薙が鷹揚に言った。
「旅人はんはやっぱり変わってるどすなぁ」
それを聞いたタマノがクスリと笑う
「この獣人の証を嫌がる人間が大半なんどすえ」
少し嬉しそうにタマノは微笑む。
「獣人、それもまた良しだ」
草薙は鷹揚に言った。
「あのグロバシオ規世隊は風守を潰すつもりでしたどす」」
そして、タマノという半獣の少女もまた、事態を正確に見ていた。
「そこのエルフ娘も、だ」
「え、el!?」
草薙は奥で居場所がなさそうにしていたエルフの娘へ声をかけた。
輪に入りずらそうだった。だが草薙はさりげなく彼女が話をしやすいようにした。
「そうだ、風守のために。本当によく戦ってくれた」
「el……そ、そんなとんでもないです」
わたわたとエリミナは手をふった。
「あっ。その……私はエリミナといいます。理由あってこの風守のお世話になっています」
おずおずとエリミナが前に進み出る。
「風守のために戦ったんだ。もっと胸を張るといい」
エリミナを励ますような草薙の言葉にエリミナは恐縮するように頭を下げた。
「ありがとうございます。でも、結局私はあのバルモワに勝てませんでした」
エリミナはうつむいた。
「エリミナはん……」
戦いの恐怖と敗北後悔にエリミナは体を震わせる。
「エリミナはん。そう言われると私も耳がいたいどすなぁ……結局私もテグムゾにはやられてしもうたどからに」
タマノの嘆息する。
「いや……そんな事はない」
草薙はそこでタマノの言葉を切った。
「執行者達にお前達がダメージを与えてくれた」
草薙は彼女達を見回した。傷つき、疲弊した彼女達の姿。それは
「風守の人間が必死で戦ったからだろう」
それは彼女達が剛三と同じく、この風守を守るために必死に戦ったという証でもあった
「草薙さん……」
風守の守護者達達はハッとしたように草薙を見る。
体を張って戦った草薙の言葉は響いた。
タマノ
エリミナ
葉月やくノ一達の胸に深く響いたのだ。
「お前達が必死で戦ったから勝てた」
バルモワ、シグー、テグムゾ。
それぞれが強敵だった。
彼女達がダメージを与えていくれたからだ、と草薙は言った。
「それに――」
草薙が、天を仰いだ。
その時――
――シャアアアアアアァ
水が舞う。
清涼な水が出現したのだ。
「この力は……」
葉月達はその力に見覚えがあるようだった。
神理だった。
神域を覆う水。
その聖水はくすぶる火を消し、傷ついた風守の人間の体に優しく包んだ。
晴れているのに水が溢れてきた。
それは正に天の水。燻る炎を消していく。
恵みの水は闘いに傷ついた風守の守護者達に浸透していく。
「これは……」
「天代様の……」
その水が持つ効果に風守のくノ一達は声をもらした。
(あいつの加護がきいていたからな)
草薙は風に消えるような声で呟いた。
恵みの水は優しく降り注ぐ。
天の恵みのように降り注ぐ水の恵みを見ながら、草薙が呟いた。
(<命>とは真逆だが……やっている事は同じか)
降り注ぐ水は傷ついた者を癒し、浄化するように神域に
水はサジンが発生させた炎を徐々に消していった。
草薙は葉月、アゲハ、タマノ、早綾、くノ一や巫女、風守の守護者達を見ていった。
「執行者達がダメージを負っていたから、俺はその間を切り抜ける事ができた。ダメージを与えたのはお前達風守の人間が必死で戦ったからだろう」
草薙は彼女達の目を見て言った。
(それに、この神社の加護もあった)
草薙は自分の体を見た。
そして、風守の守護者達に優しく語りかける。
「風守のお前達みんなの勝利だよ」
「……草薙様……」
草薙が葉月やタマノ達を気遣って言っているのか、それとも本当にそう思っていっているのか彼女達にはわからない。
ただ、彼なりに彼女達を想っているのはわかった。
草薙の言葉は風のように彼女達の胸に入り、水の様に優しく染みこんでいった。
(彼は……)
くノ一達は、草薙に対して、剛蔵が覚えた感覚に近いものを感じた。
――もしも仕える主がいるのなら
この様な人ではないのか。
――国敵討滅
その言葉と共に表れた草薙悠弥の姿は鮮烈に彼女達の胸に残っていた。
そしてその言葉は――虚神の言葉でもあった。
彼女達は、風のように現れた草薙悠弥男に仕えるべき主の姿を見た気がした。
(彼の風は……)
――まるであの伝説の――
そこまで考えてアゲハ達はかぶりをふった。
有り得ない幻想だ。幻想は現実になりえない。
顔をあげ彼女達は草薙に礼を言った。
風守に伝わる礼式。
それが草薙悠弥という「旅人」への最大の礼。
この恩をいつか返そうと、そう誓いながら。
◆
「さて、と……」
草薙は状況を整理する。
過剰なまでに礼をとった風守の者達は、今戦いの後始末をしていた。
グロバシオの人間は目覚めても動けないようにしていた。
魔族の襲撃、そしてリュシオンのグロバシオの襲撃。
これから考えなければいけない事もあるだろう。
彼らを倒した事について、これからの事はまずは心配しなくていい旨を
草薙は風守の守護者達に伝えた。
風守の守護者は心配そうな顔をしつつも頷いた。
最も、長い間迫害を受けてきた彼女達である。
彼女達は彼女達で対策を考えているのだろう。
グロバシオ規世隊。
彼らを倒した事。政治面の問題もある。だが普通に考えてダメージが大きいのはあちらだろう。いくらなんでも今回の彼らの行動は逸脱行為だ。この件を明るみになって深いリスクを負うのは彼らの方だろう。執行者が素性も知れぬFランクの人間に負けたのだ。
メンツを重んじる彼らにとっては明るみにしたくない事柄なのは間違いない。――現段階では。
ただ風守の立場は弱い。よって草薙はある者に声をかけておいた。
(北条の奴も、そろそろか)
既に草薙はここにくるまでに手はうっている。
だが根本的な命題と向き合う必要があった。
草薙は天を見上げる。
(勝てるか……あいつらに……)
命題は原始的なものだった。
闘争に勝てるか。強い者を相手に戦って――勝てるか。
シンプルな命題だ。それ故にごまかしようのない、現実の重さがあった。
(だが、負ければ終わる)
乗り越えなければ終わる。自分ではない
(この日本が)
手に汗が流れた。
執行者達と戦った熱がまだ微かにのここっている。
(今の俺の力、か)
戦いを思い出す。
バルモワ、シグー、テグムゾ。そしてサジン・オールギス。
力のバルモワ。
技巧のテグムゾ。
速度のシグー。
そして全てに秀で、爆炎の闘技をふるうサジン・オールギス。
執行者達は強敵といっていい相手だった。
様々な条件が重なっていた。そして傷つきながらも、勝利した。
しかし――
(まだまだ、だ)。
これからくる者に比べれば。
(勝てるか、今の俺に)
草薙悠弥は考える。これから日本に来る化け物達に――
(勝てるか……あいつらに……)
今の自分の力と、これからくる存在を草薙は思った。
(あの戦争の化け物達に)
一瞬、天がざわつく。
夜が来る……やがてくる嵐にそなえるように草薙は天を見据えた。
◆
「――そろそろ話してくれないか、草薙」
周りの状況が落ち着きを見せ始めた頃、葉月は草薙に問いかけた。
当分起きる事はないであろうグロバシオの人間は全て拘束している。
これから風守がどう動いていくか。その上でも草薙の事を聞いておくのは必須といえた。
「お前が、草薙悠弥という男が何者なのか」
葉月は草薙に問う。
草薙がやった事は尋常のものではない。
グロバシオ規世隊を倒したという事実。草薙の強さ、そして傷つきながらも
風守を守った重さを、その意味を彼女達は重く認識していた。
だからこそ葉月は聞きたかった。
「聞かせて欲しいんだ、草薙悠弥がどんな人間なのか」
葉月の問いに草薙はしばらく考えた後
「あぁ、わかった。任せておけ」
堂々とそう答えた。
(よし、やるか)
痛む身体を引きづりながら草薙は決意した。
戦闘により、グロバシオの人間が草薙へ注意を向けていた間に、グロバシオに傷つけられた風守の守護者達は治療、救命措置を行った。今では動ける者もいる。
(なんとか守れたか…………)
良かった、と草薙は素直に思う。
必死で戦った、そして守れた。
改めてその事を良かった、と思った。
そして
「皆、来てくれるか」
草薙が風守の者達を呼んだ。
「は、はい」
弾かれたように、くノ一達が草薙を見た。
タマノやエリミナも草薙を見る。
くノ一や巫女、風守の守護者達も草薙の下へ再び集まってきた。
「草薙が話をしてくれるんだ、その……彼が何のためにここにいるのか……私達を助けてくれたのかを……話してくれる」
葉月の言葉に、くノ一達は重々しく頷いた。
(不思議、ですね…………)
アゲハは自身の胸に芽生えた感情に戸惑っていた
(彼の声に従ってしまう。この胸の感情はいったい)
草薙に従属するような心地だった。それが不思議と心地がいい
それを感じていたのはアゲハだけではない。
風守のこの場にいるくノ一達が草薙に対して感じた事だった。
それは恋慕などの甘い慕情の類いではない。胸の中にあるのはもっと硬質な感情だ。
強いていうならそれは信仰。
グロバシオ規世隊から風守の人間を守った救いの旅人。
それは彼女達の信仰する神の姿が重なった気がした。
――日本人を助ける神の姿と。
「今から大事な話をする」
草薙がゆっくり言葉を紡いだ。
「はっ!!」
反射的に彼女達は膝をおった。
まるで草薙の言葉に従う事が彼女たちの使命であるかのように。
(彼は……いったい………)
くノ一達は戸惑った。
――■■に従おう
名伏しがたい衝動があった。
それは風守の守護者達が一様に、草薙に感じている事だった。
風守の守護者達は従うように草薙の言葉に耳を傾けた。
「それは――」
天の雲からさす光の様に――草薙が箴言を紡いだ。
そして――
◆
「どうか風の導きを――」
清廉な祈りの声が響く。
風守の最奥。
祭壇の場所に一人の女が立っていた。
天代は立っていた。
彼女は神域の異変を感じている。
そして風守の最奥、中央に掲げられたモノに視線を向けた。
――天には剣があった。
天のむらくものような神気の中央に、朽ちた剣が安置されている。
峻厳な場に掲げられた朽ちた剣。輝きもなく神気もない。
(伝説の神剣)
嵐を呼ぶ伝説。
これが伝説に謳われた神剣とは思えない。
錆びて朽ち果て、とっくに力を失ったもの。それは――
(まるで……象徴じゃな)
朽ちて力を失った神の剣だった。
その在り様は自分が信じる神の姿と重なるものがあった。だが――
「それでも…………わしらは信じておるのじゃよ」
虚空に響いた声。それは長い時の間に秘めし想いの切なさがあった。 彼女は待つ。この国の英雄を。
真の英雄を。
「虚神を――草薙悠弥という英雄を」
◆
嵐が起こっていた。
――そこはおっぱいだった。
「はい?」
揉んでいた。
草薙悠弥が――びっくりするくらいの馬鹿が――揉んでいた。
「ふえ?」
女達の呆けた声が響く。
草薙の動きに反応できない。
まるで嵐の前の静けさの様に一瞬時が止まっていた。
揉んでいたのだ。
草薙悠弥が――
まるで嵐のように――
――乳を――揉んでいた