風ノ者(上)

悠久ノ風 第13話

第13話 風ノ者(上)

「ハアアアァァ!!」
ラムの雷撃が明滅する。

放たれた雷撃が戦場を駆けぬけた。

「グガアア!!」
「ギギギギッ!!」

ラムの雷撃が法兵達を打ち倒す。
爆ぜて荒れ狂う雷撃はラムの激しい気性を体現するかのようだった。

同時に、ラムが雷を纏い――疾る。

「!?」
「速いッ!?」

雷速の如きラムの速度に法兵は瞠目した。
「くたばれっ!!」

恐るべき速度で接近したラムが法兵の頭を乱暴に掴んだ。

「なめってんじゃないわよおおおぉ!!」

雄叫びと共に法兵を一気に地面に叩きつける。
「ぐがっ……あっ……」
頭蓋を揺らす衝撃に呻き声とをあげ法兵の一人が気絶した。

「はぁっ!」
ラムが再動。
返す刀で追撃する法兵に回し蹴りを見舞う。

「貴様ぁ!!」

吹き飛ぶ仲間と交差するように複数の法兵がラムに殺到。
法兵を倒したラムに攻撃を浴びせる。いくら強くとも一対複数の戦いでは
どうしても隙が生じる。法兵の攻撃がラムにあたる。
「ぐっ……」
法兵の攻撃を受けてラムが一瞬揺らいだ。
しかし――

「ざっけんなよぉぉ!」
狂ったような猛りの声。
自身のダメージにも構わずラムが神理の法定式を起動した。
雷が周囲に沸き上がった。

「あんた達なんかにぃぃ!!」

雷撃が疾る。
彼女の怒りを内包するが如く、荒れ狂う雷撃が残った兵達を打ち倒す。
爆ぜて荒れ狂う雷撃はラムの激しい気性を体現するかのようだった。

「この風守をやらせないっつってんのよおぉぉぉ!!!」

猛り雷の神理を解き放つ。
痺れ吹き飛び、法兵達が倒れていく。雷の神理を以て兵達を薙ぎ倒すラムの姿はさながら狂った雷だった。

『狂雷』の異名を持つラムの真骨頂。
この神域の乱戦においてその力は遺憾なく発揮されていた。

「全員ぶっ倒してやるっ!!」

電光石火、開幕から出し惜しみなしの全力でラムは攻め抜いていた。
周囲の法兵達を倒したラムは真っ直ぐに、シグーを見据えた。

「ほぉっ……」
部下をやられてもシグーに焦りの色はない。

対峙するラムにシグーは問う。

「なぜ私と戦う事を選んだのかね」

「あんたが一番やばそうだからよ。あの怪力野郎も技巧の奴もヤバイけど……
あんたからは特にいやな血の匂いがする……」

「なるほど。観察眼には優れているようだ……」

シグーは奇怪な形の鎌のような武器をとりだした。

「……やな感じの武器使うわね、あんた」
歪な形状にラムが眉をひそめる。

「私は純血の『魔女狩り』でね……貴様らのような異端を狩る義務があるのだ」

異端弾圧組織でもあるグロバシオ規世隊は、魔女狩りを行った異端審問官の系譜を継承した側面がある。

彼らの弾圧が正に魔女狩りさながらの苛烈さを有するのもある意味当然のものであった。
「わっかりやすいわねあんたら。ようは風守の人間は魔女同然ってわけか」

「ある種それ以上の異端だよ貴様らは。
虚神とゼクスの対立は根深く、複雑だ。魔女狩りともな。
この風守が奉じる虚神は、過去異端を粛清してきた我らに因縁がある。
『時』がくるまでに不確定要素を潰しておくのは当然の事だ……虚神がリュシオンの計画をどれほど狂わさたか知らないわけではあるまい?」

「ハッ、バカじゃないのあんた達。弾圧だけじゃなく、虚神への恨みも入ってるってわけ」

「復讐ではないさ――」
シグーが静かに息を吐き

「――粛清だよ」

シグーの姿が――消えた。

(――!?)

瞬間、ラムの背後に殺気の塊が出現する。
ラムが反応で来たのは本能によるものだった。
シグーの鎌の一撃――首もとを狙っている。

「な、めるなぁぁ!?」
こみ上げたのは怒り。
ラムの体が雷気を帯びる。ラムの雷理法<覆雷>が発動。

拡散する雷が背後のシグーに襲いかかった。

「ちぃっ」

シグーが回避と同時に理力の盾をはる。雷が激突し明滅。
拡散した雷撃は広レンジ、高命中率の代わりに威力を犠牲にする。

それでも強い威力を誇るラムの理法はシグーの盾を軋ませるにいたった。

「うっとうしいわね」

血が流れる感覚にラムが毒づく。
かわしきれなかった。鎌がかすめた頬から血が滴り落ちる。

「避けた、か……」
不快さと驚きを交えた表情でシグーが鎌を構えなおす。

「やるものだな。先ほどの攻撃で死ぬ者が殆どだが」

「……チィッ」
ラムが猛るように毒づく。

グロバシオ規世隊。
アゲハによるとシグーは速度、バルモワは力、テグムゾは技術に秀でている。
このシグーという男が総合力でも上位にきている事は理解できた。

恐らく、今の風守でシグーの速度に対抗できるのは剛蔵以外では自分だとラムは考えた。
「随分消耗しているようだな」
シグーが息をきらしたラムを見る。
ラムの体からは――血が流れていた。
グロバシオ規世隊の法兵達は決して弱くない。倒されるだけの駒ではありえない。
戦いの過程でラムに傷を刻み、ダメージを与えていた。

「ハッ、なめてもらっちゃあ困るわね。
ハンデよ、ハンデ。あんたみたいなキザ男には丁度いいわ。ここで……ぶっ倒す!!」
だが、ラムは猛々しく吠えた。不利も不足も知った事か、彼女にあるのは戦いの気概。
分泌されるアドレナリンはそのダメージさえも興奮によって塗り替え、自身の力に昇華していた。

――雷が爆ぜる。

「――痺れるわよ」
ラムが雷気
(私が……このシグーが怖れているだと……)
シグーは
ラムが雷気を帯び――駆ける。
シグーはラムの狂気に怖気がはしった。

雷速でラムが敵手をとりにいくべき疾走する。
ラムの精神は強靭であった。

傷が開くのも構わず強力な雷撃の神理をふるい、血をだしながらも雷速で戦場を駆けて敵を討つ。
血化粧を重ねて敵をうつ姿は正に『狂雷』の名に相応しい。

「面白い やってみせろ狂雷!!」

空気を切り裂きシグーが疾走。
鎌のように錬磨された体が速度を帯びる。

雷速と高速の戦いが開始された。


「グァハハハハ」

巨漢の男が地を踏む。
バルモワが立つ。

強いプレッシャーが周囲を圧倒した。

葉月と下忍達、エリミナはこの巨漢の男と対峙していた。

「グァハハハッ 俺の前に立って逃げ出さない事は褒めてやるかァ。
だがあぁぁ俺と戦ってまともな体でいられると思うなよぅ」

バルモワが神域の地を踏み砕く。
圧倒的な膂力をもって神域を蹂躙する巨漢の男。
神域を守るくノ一達はその暴虐の姿に痛憤を抱いた。

「ッやああぁぁ!!」
「行くわよ!!」

神域を犯させない、そのくノ一達の義務感が恐怖を上回った。
バルモワに対抗すべく、下忍達が四方に散る。円陣を組み一気におそいかかった。

「フンッツ」
その時、バルモワの鋼の肉体が暴威を震う。
――ブオン
凶暴な風切音。
バルモワが蚊を払うように、腕を振り払った。
轟音と共に腕が何人かのくノ一達にめり込む。

「おごおぉぉぉ」
「クハァッ!?」

二人のくノ一が腹を打たれた。
くノ一達がもんどりうって、のたうちまわる。
その肢体をまたぐような形で、後方のくノ一がバルモワに殺到する。
倒れたくノ一達が時間を稼いだ隙に、バルモワへクナイの攻撃を繰り出した
――ガン
ズシュりと、バルモワに攻撃が直撃する。
しかし――
「フハハハハハ」

大男に突き刺さったくノ一の法具。
しかし、バルモワは一切動じなかった
「血が出ない!?」

くノ一達の顔に驚愕が浮かぶ。
理力を編み込んだ攻撃。
銃弾を弾き返す魔物にも通る攻撃だ。
リーチが短い代わりに理力電導率の高さを実現し、少ない理力でも高い攻撃力を発揮できる。
その攻撃が通らない。

「思ったより悪くねぇ攻撃だぁ。だがなあぁ――!?」

瞬間、バルモワの鋼のような筋肉が膨張し、衝撃がはしった。
「キャッ」
「くぅ!?」
くノ一達の武器が弾き返された。
そして――
「グハッハァ!?」
バルモワの巨体が旋回した。
野太い腕がバルモワを攻撃したくノ一へ迫った。

「キャアアアァ」
「あぐうぅ……」
まるで雑魚を扱うかのようなぞんざいさ。だが肉をすり潰すような暴性を有していた。
ラリアットの様な暴撃を受け、またも一人二人とくノ一薙ぎ倒された。

「くっ……」
「強い……!?」
なんとか回避したくノ一達がバルモワから距離をとる。
「グァハハハ、いいもんだなぁ。全滅してないだけほめてやるぜぇ」

グロバシオ規世隊、力のバルモワ。その剛力の前に、くノ一達はせめあぐねていた。

「命拾いしたなぁ……お前らの攻撃で傷をおってなきゃあ、何人かは間違いなく死んでいたんだろうぜ」

見ればバルモワの腕に刻まれた複数の傷跡から血が滲んでいた。
確かに効いている。
「!?」
これに驚いたのは当のくノ一達自身でもあった。
大半の攻撃はバルモワに届いていなかったが、特定のくノ一達の攻撃は届いたという事。
「風守の緑くノ一の力は平均化されていたはずだが……何人かのくノ一は動きがイイィ。これは思ったより楽しめそうだあぁぁ」

「お前達、なにか特殊な行でも詰んだのか?」
葉月は動きがいいくノ一に問うた。

「わかりませんが……体から……力がわいてくるのです」
「まるで風守の神様の……加護が強まっているような」

くノ一達は呟く。
バルモワの強さは圧倒的だ。
攻撃も通じないこの状況、相手の動きも上手だ。だからこそわずかでも攻撃が通じた彼女達は活路となりうる。

「力が強まった心あたりはなにかないのか!?」

「そ、そういわれましても」
「わ、私め達はなにも……」
各々も戸惑っているようだった
彼女達自身に特別な資質が有していた記憶はない。

「心あたり……」

葉月は力が強まったくノ一達を見回した。
特に共通点はない、と最初は思った。それぞれ、力を増したくノ一達の面々は――

「えっ……」
くノ一の一人から声があがった。
共通点が――あった気がした。
「……これは……泉で」

――草薙様の
何かに思い当たりそうだった
そういいかけた時だった。

「ご託はいいかぁ!?」
思索を断ち切ったのはバルモワの胴間声だった。
「くっ……」
葉月はバルモワに向かって構える。
バルモワが地に腰を沈めた。
放たれる轟々たる圧力。
少しでも気をぬけば潰されるだろう。
思索をこうじる暇もない。

(私の……あの理法を使うか……でも……安定しない法を使うのは)
葉月の中で選択肢が駆け回る。
その時――

「はぁ!!」

そこで一閃の矢が飛来した。
「おおぉっっと!?」
高速で迫る矢をバルモワは太腕で受け止める。
「こいつはぁ……」
矢の衝撃にバルモワは顔をしかめる。

「みなさん、大丈夫ですか」

緑の、森の色のリアリスが舞った。
続いて矢がバルモワに向けて飛来する
一射、二射、三射。
その射手はエルフの少女、エリミナであった。
「ちぃっ!!」
矢を受け、バルモワが後退。

エルフの射手の姿にバルモワが鼻梁を歪めた。

「まさかガルディゲンにやられたエルフの民とはなぁ……」

「虚神に仕える陰のくノ一に……エルフか…」
虚神はエルフとも共に戦ったっていうがよ……てめぇは虚神義理立てでも
してんのか」

「――el!! ……私達は救族の恩に報いる……あの時代に……世界に踏みにじられた私達の故郷を救った虚神との契約だけです」

ピンクの唇に力を入れ、
エルフの少女がバルモワに再び弓を向けた。

「大戦時に虚神はエルフや獣人とも積極的に協力したってあるがぁ……」

そこでバルモワがにかぁっと笑った。

「クカカカ、こりゃマジだったか。虚神がエルフや獣人と共に戦ったって話はよ。さしずめ、てめぇはその眷属の関係者かんなんかか。ぎゃはは、本当にこの風守は見境がねぇぜぇ」

一神教であるゼクスを国教としたリュシオンにとって、異なる神を崇めるエルフ、獣人は異教徒である。そしてそれ以上に、彼らの聖典では獣人やエルフは人間と同じカテゴライズではない。家畜と同列なのだ。聖典では殺生を禁じられている。だが当然ながら家畜は殺す事を許されている。教義上の建前はあるものの、そうしないと人間の生活が成り立たないという極めて現実的な背景がある。
リュシオンにとって獣人やエルフを認めるという事は自分達の信仰、ひいては生活を脅かすことに繋がりかねないのだ。

「……リュシオンにくりゃあ……家畜で使う位はしてやるぜぇ……ガルディゲンの奴隷よりゃあましだろうぉ」

「!!」

ガルディゲンの奴隷、その言葉を聞いてエリミナの顔が引きつった。

「el――私、は……」

エリミナが唇をかむ。彼女の記憶に焼き付いたガルディゲンの恐怖の記憶。
(駄目、気をしっかりもたなきゃ)
「大丈夫だ、エリミナ!!」
「っつ葉月さん……」
葉月がエリミナの手を握った。
葉月の手から優しさと暖かさを感じた。

「私達は日本の為に尽くす……日本の為に尽くす人間を守る……日本のために尽くすならエルフであろうと異郷の者であろうと。私達が守る」

葉月はエリミナを真っ直ぐ見た。
サジンは言った。虚神は異端だと。弾圧されるべきものだと。
だがそれでも、葉月は日本人を守る、そして日本の為に頑張る人間を守る。
その虚神の思想が邪悪なものだとは思えない。

虚神を信じる葉月の言葉はエリミナの迷いを振り払った。

「el――古の契約により……虚神の眷属として戦う……妖精族の役目です」
エリミナは決意と共に矢をバルモワを見た。

「そぉぉかい……じゃあ……」
バルモワの気配が殺気を帯びた。

「――屠殺するか風守のくノ一、奴隷エルフウゥ」

家畜のように挽き潰す事になんのためらいもない。
バルモワの大きな体が更に一回り膨れあがった。
膨大な圧力が吹きすさぶ。

「ここの皆様に手は出させません」
再び矢を放った。
恐怖を押し殺しエリミナが前を見据える。

エリミナがふっ…ふっと吐息をもらす。
豊かな胸が上下する。

「下がっていろ、エリミナ」
疲労し緊張したエリミナを気遣うように、葉月が声をかける。

「私達も盾となりましょう」
加護が強まったくノ一達も並ぶ。
葉月、くノ一達は、エリミナを庇うように前に立つ。
役目のために皆のために……彼女達の想いはエリミナの胸を熱くさせるものがあった。

「わかりました……みんなで……戦いましょう」

――でなければ……勝てない。
それが皆の総意だった。

神域を犯さんばかりに膨れあがるバルモワの凶気の前に、彼女達は決意を固める。

「おいおい勘違いしてるなぁ……」

だがそんな風守の守護者達を嘲笑うように、バルモワが巨大な口を開けて笑った。

「勝つとか負けるとか……バァカバカしいじゃねぇか……これは勝負じゃねぇ…」

捕食者を彷彿させる凶悪な口が凶気に歪む。

「――狩りだ」

瞬間バルモワの気が更に膨張。
巨体の圧力が増す。

「!!」

葉月やエリミナ、くノ一達は一様にバルモワの鬼気に気圧された。
グロバシオ肉食獣の狩りの時間が始まろうとしていた。

「キケケ、オィオイオ~イ~この神社は美女がいっぱいいんなぁ……まぁ家畜っての
残念な所だけどなぁ~~」」

テグムゾが男が下卑た声をあげる。
だが微塵も容赦する気配はない。

「やるしかないどすなぁ……」

タマノがテグムゾに問うように真っ直ぐ前に出る。

「タマノさん……」
心配するようにアゲハがタマノに声をかけた。
「心配しなはんな。いつも万全な状態で戦うなんて贅沢期待しとらんどすえ」
痛む体を押し殺し、タマノは優雅に微笑んだ。

アゲハもまた、万全の状態ではないのをタマノは知っている。

「どうやらあの男は危険どすえ。私のあの理法で対抗する事も考えないといけないどすなぁ」

「ですが……タマノさんも決して本来の力は」

「!? ッ来ますえ……!?」

「オォーイィ!!」
気づくとテグムゾが接近してきた。
予想以上の速い接近。音を消し地を縫うように動くテグムゾの
歩法に距離感が狂わされたような感覚がアゲハにはしった。
「くっ……」

ギリギリの所でアゲハが反応した。
隠していたクナイをテグムゾへ投擲した。

しかし、テグムゾは最小限の動きで投擲された武器をたたき落とし、減速する事なくアゲ迫り来る。

「オルゥイッ!!」
迫るテグムゾの一撃。
テグムゾの一撃は鋭く、的確に急所を狙ってきた。
「くっ……」
アゲハは小刀で辛くもテグムゾの暗器を受け止めた。
一撃二撃とテグムゾの攻撃を受け止める。
「やあぁぁぁ!!」
アゲハの危機を助けるべく、くノ一達が突っ込んできた。
素早い斬撃を繰り出すが。
テグムゾはスウェーや首の動きだけで彼女達の攻撃をいなしていく。

「おのれ!!」
くノ一達が防御を解いて攻撃にうつる。
アゲハも同時に攻撃を繰り出すが、テグムゾに有効打を与える事ができない。
テグムゾの乱打は性質が悪いものだった。
膨大な手数。全てに力がこもってるわけではないが、乱打の中に
受ければ大きなダメージを受けるような危険な一撃がおりまぜられている。
結果、アゲハ達は守勢にまわらざるをえない。
(なんとか……しないと……)
アゲハが攻撃へ転じようと次の動きを行おうと腕をあげようとした瞬間、

「う!!」
「あ゛ぉっ!」

くノ一達が首を押さえて倒れ込み、ビクビクと臀部を上下させる。
ビクビクと痙攣する姿は只のダメージではありえない。
(まさか……毒を打ち込まれた……でも、いつのまに!?)

アゲハの胸に暗雲が覆うその時

「ッツ」
アゲハの腕に鋭い痛みがはしった。
(これ、は……毒入りの暗器……)
腕になにかが打ち込まれていた。

テグムゾが繰り出していた乱打は、膨大な手数の中に
強力な一撃をおりまぜるというだけのものではなかった。

そらら攻撃とは更に別に、知覚が困難なほどの小さな暗器の攻撃を仕込んでいたのだ。
先ほど倒れたくノ一達は、乱戦の中急所に暗器を打ち込まれたのだろう。

アゲハのようなくノ一でさえも防ぎきれない暗闘の戦理は、テグムゾがグロバシオ規世隊随一の技巧者という証左であった。
(くっ……やはり……まずい)
反撃しようとしてもうまく腕が上がらない。
蹴りで牽制しようとしても攻撃の出鼻をくじかれた。
「キケケェ!!どうしたどうしたぁぁ!!」
心臓が痛む、筋肉の筋きしむ。
攻撃の支点が壊される。
間合いを潰される。
テグムゾがアゲハの動きを先読みしたのだ。

テグムゾは彼女達の攻撃をいなしながら、アゲハ達へ急所や筋肉の支点に攻撃を繰り出している。その狙いは正確そのもの。

タマノ達の攻撃の出鼻はくじかれ、テグムゾの攻撃はタマノ達の体力を削っていく。
テグムゾの戦闘スタイルは爬虫類じみた奇異な外見とは裏腹に練達の技量を有していた。

下忍くノー達がテグムゾに殺到する。

テグムゾの攻撃がくノー達の急所を狙った。
「あ゛ぅんっ!!」
「ひぐうぅ!!」

テグムゾに急所をつかれ、くノー達が苦悶の声をあげた。
ビクンとくノ一の豊満な肢体がしなり、ビクビクと泡をふいて痙攣する。
「あ……」
くノ一達の桃色の厚唇から泡や唾液が吹き出した。

「みんな、しっかりしなはれ」

テグムゾの急所突き。
急所を突いたさいに、テグムゾ自身の理力を流し込んでいる。
肉体に流れ込んだ理力はくノ一達の体の中に流れ込みのたうった。

「はぁっ!!」
攻撃を逃れた、数人の下忍がテグムゾに殺到する。。

「キケッ!!」
テグムゾが恐るべき回避力を発揮する。

くノ一達の蹴りを交わし、突きを掻い潜り攻撃を交わす。
「「「なっ!?」」」
全ての攻撃がかわされる。
想像を越えたテグムゾの技量にくノ一達が驚愕する。
交差する連撃を回避。

「キイィケケケ!!」

そして一息にくノ一達の急所へ一気に攻撃をうちだした。
――ギュズボ
――ズドン
テグムゾの攻撃がいっきにくノ一達へ突き刺さった。
まるで料理をさばくように、テグムゾが恐るべき技量でくノ一達の急所へ攻撃へ打ち込んだのだ。
「うぅっ!!」
「あぁっ」
「くおっ」

テグムゾの攻撃が終わった後、くノ一達がダメージに呻く。
くノ一達の動きが一瞬静止した、その後、どさりどさりどさり、と豊満な肉体を地に沈めていく。

(ッツ!! コイツ!! やはり……強いどすなぁ)

一気にやられたくノ一達。
くノ一達を有象無象のように倒していく執行者の姿は、タマノに強い危機感を抱かせる。
執行者の実力、それはタマノ想像以上だった。

(やはり……無茶してでも……あの技を使うしかあらへんなぁ……)
バタバタと倒れゆくノ一達姿にタマノは決意する。
まだ終わっていない。ならば今の自分に出来る事をするだけだ。

 

「イィーヤッハァ!?」

「くっ」

防御に専心したアゲハの腕すらすり抜けて、テグムゾの一撃がアゲハの肺に打ち込まれた。
「くほっ!?」
生き物が潰れるような声を出し、アゲハの膝が折れかける。その隙を逃さずテグムゾが接近。

「化かしもうすえ!!」
タマノが身を呈して横から、テグムゾに攻撃をしかけた。体をなげうつような体当たりにテグムゾが一瞬怯む。
狐火が舞い上がった。

「ハアアアァァ!?」
勢いのままアゲハが渾身のハイキックをテグムゾの延髄に叩き込む、が咄嗟に間合いを詰めたのか芯を捉えきれていない。そして――
「ぐっ……」
アゲハは激痛を感じる。右腹部にナイフが刺さっていた。
「がら空きだったぜぇ……」
テグムゾは嘲笑し、タマノとアゲハの間合いから遠ざかる
「くっ……」
アゲハの渾身の攻撃もテグムゾは読んでいた。葉月がハイキックを放つ直前にナイフを投げ込んでいた。
ボクサーの試合でもそうだが、攻撃は予測しなかった攻撃がより強いダメージを与えられる。どちらが深刻なダメージを受けたかは明白だった。

「う、く……」
「ハァッ……ハァッ……」

テグムゾの想像以上の技量を前にタマノとアゲハは自身が敗北の沼に引きずりこまれている事を自覚した。
。魔族のような魔的な強さとは異なる、人間が練磨した戦闘技術を基点とした恐ろしさだ。
「あまり長引かせるのは、いけないどすなぁ」
敗北の沼にひきづり下ろされる前に――タマノは賭けに出る事を決意する。
「三式――」
タマノが誓言を紡ぐ。
「タマノさん、その技は」

「下がってなはれ、怪我人がかなう相手じゃないどすえ」

タマノの体に常となる異なる理光が湧出し始めた。
「キヘェっ……」
テグムゾが後ろに下がった。グロバシオの技巧として培った経験が、タマノの神理に警鐘を鳴らす。

異質な力の流れ。タマノからそれを感じる。その時

「ギガッ」
潰れるようなうめき声。タマノの法撃がテグムゾの顔面をうった。

「!!てめぇ」
不可視の攻撃。戦場の曲者として名を馳せたテグムゾをしてその攻撃の軌跡が見えなかった。その由来も判然としない。
それはこのタマノという少女が、テグムゾでさえわからない異質な力を有している事のしょうさであった。

「はぁっ!? アアァァァ!!」
力の反動に苦しみながらもタマノが獣の矯声じみた声をあげる。技巧と妖技。
決着へ向けて一撃がこうさしようとしていた。

◆ 

「ハアァァ!!」

勝負をかける。雷速と高速の戦いが一気に
決着へ向かっていた。

「――弾けくだけろ」

ラムが力を開放する。

ライトニング・モーション

ラムの速度が上がっていく。
フルスロットルで回るラムの速度は
雷速の域に達していた。

「なに!?」
ラムの速度にシグーが息を飲む。
速度に重きをおく彼だから理解できる。今のラムの速度は自分を大きく上回る。その瞬間
「と!? ったああぁぁぁーーーーーー!!」

瞬間、雷を纏ったラムがシグーの背後に現れていた。

「ぶっとべぇぇーーーーー」
ラムの掌から超級の雷撃が発動する。
神域が震撼する。
咆吼するような狂雷が
「ぐがああぁ!?」
雷撃がシグーを蹂躙する。雷の勢いそのままに轟音を立てて吹き飛んだ。

ラムの理法発動の瞬間に高速で体を反らしわずかに直撃を避けていたのだ。

「貴様よくもぉぉーーー」
シグーの美しい顔が凶暴に歪む。発露され広がる凶の波濤。
ラムの強力な攻撃で体は甚大なダメージを受けたシグー。だが、シグーは弱るどころか
戦気を漲らせラムを見据えた。

「ハッ!?なめてんじゃないわよ」
少しでも弱気になれば一気に飲み込まれると、ラムの本能が警鐘を鳴らしていた。
必殺を込めて打ちはなった理法はラム自身の激しい消耗も招いていた。
シグーを、自身のピンチである事も理解していた。
(まさかあれで倒しきれないとはね……グロバシオ規世隊……ほんとヤバイやつらだわ。まぁでもあいつに比べれば……)

ラムの脳裏に浮かんだ存在。それは黒髪黒目の一見、なんの変哲もない
男の姿だった。
(……こんな時に何考えてんのよわたし)
Fランクの零能力者の草薙がなぜ、目の前のシグーより異質に思ったのかラムは理解できない。

「――」
シグーが何か異質な声を出した。
何かの合図にも見えたが、消耗したラムにはそれを斟酌する余裕はなかった。
その時だった――
シグーが――消えた。
「!!」
ラムの側面に殺気。
加速する感覚でギリギリの所でラムはそれを近くする。。
「チィィッツ!?」
ラムが避けられたのは殆ど勘だった。
咄嗟に体を投げ出す。回避などという上等なものではない。ライトニング・ムーブをでたらめに発動しランダムに回避した。運は悪くも良くもない。
背中に殺気。
シグーの追撃だ。
(なめるなっての!?)
ラムが全方位に雷撃を飛ばす。
「甘い!」
シグーが回避する。やはりシグーはスピードを維持しながら移動している。
あの速度で柔軟な方向転換を可能としているのは驚異としかいいようがない。
(だから、なんだってのよ!?)
逆境なんて蹴り飛ばす。後悔なんて微塵もない。
そう生きる――雷光のように――駆ける

「ライトニング・ムーブ」

言葉は静かに。
動きは激しく。

ささやきと共にラムの体が消失した。

「なに!?」
シグーが驚愕の声が出た時、ラムは既にシグーの眼前にいた。

「くらっええぇぇぇぇ!!」
烈しく光る雷撃。
極大の雷光がシグーの眼前に広がる。
「ガアァァァァァ!!」

シグーの速度でなければ完全に灼かれていただろう。
かすっただけでも全身が痺れ燃え上がるような衝撃にシグーが後退する。

 

(私はコイツを倒して、皆を助ける!!)

執行者は危険すぎる。
通常の法兵なら、呪毒が解かれ加護が強まったくノ一で相手はできるかもしれないが、
だがバルモワ、テグムゾ、そしてサジン達執行者を倒す事はできないだろう。

(だけど――私がコイツを倒せれば)
ラムが力を振り絞る。
更にラムの速度が上昇。
(私があいつらを叩ける)
ラムが一気にシグーに近づいた。
その時――
「きゃああぁっ」
――ピキリ、と
張り詰め、先鋭化されたラムの意識に亀裂がはしった。それは――
(こどもの叫び)
加速されたラムの意識の中で、耳をうったのは引きつった子供の声だった。

「!?」
声へラムが顔を向ける。

――子供
――風守の巫女
――法兵が武器を
――振り上げて
――このままじゃ

(――殺され、て)

ラムの視線の先には子供――首もとに鋭利な刃を法兵からつきつけられた少女がいた。
――駄目だ。
ラムの総身が警鐘をならす。

「やめっろおおぉぉぉ!」

ラムが叫ぶ。兵士に向けて体を反転させる。雷気をぶつけ
加速状態での急激な方向転換、膨大な負荷がラムにかかった。

(くっ……あああぁぁぁぁ!!っ)
だが負荷を耐えきり方向転換、ラムは子供の救命に向かった。
「!!」
巫女少女に武器を振り上げていた法兵がラムの方向へ向いた瞬間
「くたばれえぇぇぇ!!」
ラムが一撃を振り下ろした。
――ガァァァァン
はしる雷撃。
ラムが一撃の下、法兵を打ち倒す。

「ラ、ラムお姉ちゃん」

「!!あんた早く逃げ――」
――なさい
そう言いかけた時だった。
ラムの後ろに膨れあがる殺気。

「すまないが――異端を狩るのに手段は選ばん」

隙をさらしたラムにシグーの声が聞こえた。
「しまっ――」
気づいた時は既におそかった。少女を助けた結果、ラムは致命的な結果を晒してしまったのだ。
「――終わりだ」
短いシグーの言葉と共に法撃が放たれる。
背中が切り裂かれる。
そこに理力が流し込まれる。

瞬間、ラムの意識が焼かれた。

「ぐうぅぅぅぅ……」

締め上げられ失神したくノ一が沈む。

「ぐぅっ……」

胸に突き刺さるようにバルモワの一撃が下忍の胸に突き刺さった。

「ザコの下忍にしちゃあよーーーくもったがよぉ。」

「くっ……めっ……命癒!!」

早綾が回復理法を放つ。しかしバルモワの火砕流の如き激しい攻撃の前には
焼け石に水だ。次々とくノ一達が戦闘不能状態に陥っていく。死なないように
必死に応急処置をするのが精一杯だった。

「お、おのれえええぇ!!」

向かっていくくノ一の腕をバルモワが絡めとる。

「なっ!?」

バルモワの野太い凶腕がくノ一を抱えあげた。

「いい声で鳴けよぉ!!」
凶悪なベアハッグ。
ギリギリと音をたて、力任せにバルモワの凶碗が締まる。

「あがあああぁ」
絶叫が響く。

くノ一が折り畳まれるように体が圧迫されていく。

ゴキゴキとくノ一の骨が折れる音が鳴り響く。

その時――
「ハアアァ!!」
葉月が襲い掛かった。

常の気合を上回る迫真の力でバルモワに迫る。
「てめぇも、終わりだぁぁぁぁ!!」
バルモワが腕の中で昏倒したくノ一を投げ捨て、葉月に向かっていく。
そして、
「ハアァァァ」
葉月が理法を解放する。
瞬間、葉月の視界が反転する。
「チエエエェ!!」
バルモワの攻撃が空を切る。
らちがいの動きにバルモワは対応できない。

「な、なんだと!!」

バルモワは思いもよらない攻撃を回避された事に驚愕する。
「今の私は……こんな事もできる」

理光を纏った葉月の姿。物理法則を無視して動き回る。ラムのような速度をひたすら追求したものとは異なる。
理法による飛行とも異なる動き。バルモワの正面にいたかと思えば次の瞬間は斜め後ろに飛翔しているのだ。らちがいの葉月の戦法にバルモワはせめあぐねていた。
慣性の法則を無視した移動手法。上に下に右に左に。
「ちぃ、なんなんだてめぇはぁ……」

「てめぇもしやあぁぁ!!」
縦横無尽に飛び回り、斬りつける葉月をバルモワはとらえられない。

さか向きになった葉月がテグムゾを見下ろす。
理法による飛行とも異なる動き。テグムゾの正面にいたかと思えば次の瞬間は斜め後ろに飛翔しているのだ。らちがいの葉月の戦法にバルモワは攻めあぐねていた。

バルモワの攻撃が空を切る。
葉月がいるのは上空。軌道も動きも条理を無視した移動に
バルモワは完全に虚をつかれていた。
完全なる意識の慮外からの攻撃。この鉄壁の男に対抗できるのはその攻撃だと葉月は確信した。
それは常の戦闘なら生じるのが困難な弱点をさらけ出す。
「うて!!」

エリミナが一矢を放った。それがバルモワの右胸に突き刺さる。
「ぐがっ」
バルモワがのけぞった。
意識を葉月に集中していた所のエリミナの渾身の一矢。
そして
「やああぁぁぁぁ!!」
「やらせません!!」
常よりも加護が強まったくノ一達が追撃する。
通常の下忍よりも鋭い動きでバルモワの体表を切り裂いた。
「はあぁぁぁぁ!!」
面目躍如、仲間の仇。加護が強まったくノ一達がバルモワを押す。
バルモワが防戦する。
この肉食獣がさらしたはじめての後退。

(――今だ)
その隙に――葉月が食いついた。

決意と共に葉月が更に特殊理法を発動。
慣性の法則を無視した移動だった。
「どこだぁ!!」
葉月が更にバルモワの攻撃をかわす。
完全にがら空きとなった、
バルモワの背後をとる。
(これで――倒す)
葉月が理法を駆動させる。
バルモワは完全にこちらをとらえきれていない。
この力は反動を強くつけられる。
体当たりするように一点に向けて突撃しようと進路を変えようとしたその瞬間。
(うっ……)
瞬間、葉月の理法が途絶えた。動きが明確に遅くなった。
(しまった……)

不完全な技だ。だから使うべきでなかった。不完全でも強力ならば活路になりえるという考え。それは失敗だったのだ。

葉月の体が制御を失う。失速した。

「はっ……馬鹿が、身の丈にあわねぇ技を使うからそうなるのよぉぉぉ!!」
「!?」
バルモワが迫る力は。
だが失速した力は元に戻らない。
そしてバルモワが失速し接近してしまった葉月へ重撃を繰り出した。

「ぐううぅぅぅ」

葉月の体に重い一撃が突き刺さる。
弓なりにしなる葉月の体。
強力だからと、不完全な技を無理に使った判断は、痛烈な結果として返ってきた。

(!!?やはり……まだ実戦で使えるものではなかった……のか!?)
「おもしれぇ技だか……だが危険だなぁ……」
倒れた葉月をバルモワが見下ろす。
「……ホムンクルスの素体にでもすりゃぁさぞいいだろうが……正直……腹ただしいいぜ……俺とした事があんな不様をさらしちまった……これは汚点だ……だから――」

バルモワが巨腕を掲げた。
「葉月ぃぃ」

加護の下忍が止めをさされそうになった葉月をかばおうと覆い被さった。
「ぐうううぅ」
複数で覆い被さった下忍達。
だがその下忍達にバルモワは容赦なく腕を振り下ろした。
「きゃあぁぁぁ!!」
「くああぁぁ」
複数でその衝撃を止めようとした下忍達だがそのバルモワの豪腕に打たれ吹き飛んだ。
「みんなっ!!」
加護を受けたくノ一達がやられてしまった。
制御を失った葉月へバルモワが一撃を大きく振りかぶった。

「el――葉月さぁん!!」

――ビュウウゥゥ!!

一矢が葉月の横を駆け抜ける。
矢は軌道を描き、バルモワの肩に命中した。

「グァハハ……エルフの矢か。
なかなかいい射だ。だが噂ほどの威力じゃねぇなぁぁぁ」

「くっ……」

弓矢を持つエリミナの顔に冷や汗が伝う。
バルモワが一気に動いた。
「!!」

迫るバルモワ。
渾身の一撃をうち、動きが鈍ったエリミナに容赦なく迫る。
「くっ……」

バルモワの技を発動させまいと、葉月が動く。
しかし、その動きは焦りがあった。
仲間を思ってのとっさの動きによる間隙。
――それが葉月にとって致命的な隙となった。

「へっ……あせりすぎだぜ、お嬢ちゃん」

「!!!」

葉月の顔には驚愕に浮かぶ。
バルモワの間合いだった。とっさに回避しようとするがもう遅い。

「あうァァ!!」
強烈なバルモワの一撃が葉月の肢体にめり込んだ。
弓なりに葉月の体がしなる。
ドン、という衝撃に葉月は狂い出しそうな痛みにかられた。

「葉月さん!?」
エリミナの叫びがこだまする。

「か!? は!?」
葉月のしなった体からかすれた息が漏れた。

「おしいなぁ……」

バルモワの打撃が葉月の肢体を突き刺していた。

のたうちまわりたくなるような痛みの衝動。
葉月の全身を痛みが犯すように駆け回った。

「お前ら雑魚のくせにやってくれたじゃねぇか」
このバルモワ様をここまで手こずらせるとはよおぉ。

実際の所、バルモワは葉月とエリミナの能力に対応策をもてなかった。
だが、ダメージを受ける事を前提としてバルモワは動いた。
くノ一達の攻撃も、葉月、エリミナの攻撃も決して生易しいものではない。
本来なら彼女達の攻撃で倒せていた事だろう――通常の耐久力の敵ならば。

「コホッ……あっ……」
倒れる葉月にエリミナがかけよった。
(el――早く助けないと)
完全にエリミナの頭が倒すべき敵から、助けるべき仲間に向く。
だが彼女は気づくべきだった。それがこの戦いは決定的に負けたのだという事を。
エリミナはその優しさ故、この優しき風守の者達が倒れるのを見捨てる事ができなかった。故に
「――はっ!?」
既に彼女達に勝ちの目はなくなった事をエリミナは知ってしまった。
エリミナに覆いかぶさるように、巨大な影が蠢く。

「でもよぉーー」
バルモワがエリミナをかかえあげる。
そして暴力的な圧を加える。
「くあぁッ……!?」

エリミナが苦悶の声をあげる。

骨が軋む。ギリギリとバルモワがエリミナを締め上げた。
ベアハックがエリミナをしめあげる。

折りたたまれるような衝撃と圧迫感。

「あぐううぅぅぅ」
「お前らは徹底的に犯して蹂躙してやる。このグロバシオが……バルモワがなぁぁぁ!!」
救いなき結末の幕開けのように、
エルフの少女の叫び声と、
怒りと嗜虐に満ちた巨漢の男の雄叫びが神域に響き渡った。

 


タマノの攻撃がバルモワを捉えた。

「はあぁぁぁ!!」

タマノが構える。
限界を振り絞り理法を
一身にリアリスを集中させる。

「――いきますえ」

タマノが――動いた。

列しい気合いと共に溢れる理力がタマノを震わせる。
ここが勝負、とタマノは確信する、
真っ直ぐに打ち込む。
テグムゾの体の中心にむかって、薙刀を降り下ろす。
技巧による真っ向勝負。

「――シン、ウツロ ソワカ 」
タマノが一気にバルモワへと近づいた。
集束する理光。

「キシャアァァ!!」
テグムゾが歪んだ軌道の攻撃を繰り出した。
早い、しかし今のタマノは半入神の域にある。
故に――
(集中するえ)
タマノはテグムゾの一撃を回避した。今までタマノはテグムゾの攻撃を
受けてきた。
受けてきたという事は攻撃を体で識っているという事だ。
一撃、二撃、テグムゾの攻撃をタマノは防御する。
果断無く続くテグムゾのラッシュ。
そしてテグムゾの攻撃にタマノのガードが解けた。それを見た瞬間テグムゾは一息溜ををつくった後――
「キシャ!!」
渾身の一撃を繰り出した。
短いうなりをあげてテグムゾがタマノの急所めがけて攻撃を繰り出す。
急所への攻撃クリーンヒット。
勝負を決める一撃を確信したテグムゾの顔が愉悦に歪む。
しかし――

「――化かしもうすえ」
理力を載せたタマノの声と共に――
力の流れが反転した。
テグムゾの一撃がタマノに直撃した――はずだった。
「ぐ、おぉ!?」
――ギシャ
瞬間――テグムゾの腕がひしゃげた。
「!!」
さしものテグムゾもこの事態に驚愕を禁じ得ない。
タマノから噴出する理力がテグムゾの攻撃の流れが狂う。攻撃の衝撃をそのまま返されたような感覚だった。
(なに、い!?)
テグムゾの総身が震える。己の体が己のものでないような、奇妙な感覚がはしったのだ。瞬間――

――ガシィ
理力衝撃がテグムゾを突き抜ける。
「なにいぃ!!」
自身の力が自分に返ってきたのがわかった。
テグムゾが地を噴射するように天に舞い上がる。
(――決まった、どすえ)
タマノが法技の成功を確信する。
その技の本質は合気道に近い。自分の力ではなく相手の力を利用して相手に
返す。威力を抑え返してなお漏れ出た衝撃はタマノの体を揺さぶった。
一寸の針を通すような練達の技巧。
テグムゾが高々と天に舞う。
「終わり――どすえ」
獣のような気合いと共に、タマノが飛んだ。
完全な無防備状態となったテグムゾに止めの一撃を食らわすべく飛翔した。
「これで――」
理力を編み込んだ一撃をテグムゾの心臓に向かって撃ち放つ――しかし――

「――ガキィン」
「!?」
勝負を決めにかかったタマノの顔が驚愕が張り付いた。
これで終わりと繰り出されたタマノの一撃は
「嬢ちゃんよぉ。完全に一本とられちまったぁ。綺麗なお手本のよおな一本ぉだぜぇ」
テグムゾがギリギリの所で防いでいた。
受け止めた手からダラダラと血が流れている。
(急所を外した……いや外された)

タマノはテグムゾの動きに驚愕する。
タマノの技に対抗できないとさとったテグムゾはその手を捨てた。
技を受ける事、致命傷を受ける事だけを考えそしてタマノを捕らえる事に注力していたのだ。

テグムゾの爬虫類の様な顔には歪な笑みが張り付いていた。

「うっ……」
明らかな凶の気配にタマノの背がざわめいた。
「試合ならお前の勝ちだぁぁ……ああ間違いねぇ。
だがよぉ――これは殺し合いなんだ」

瞬間、タマノは自分の体がちぎれるような衝撃が横腹をうった。
呼吸ができない。
グシュッという不吉な音と共に、
テグムゾの急所への一撃のような豪腕が旋回し、激しくタマノの体を打ち据えたのだ。

「ああぁぁぁぁ!?」

タマノが絶叫する。
ふりおろされたテグムゾの腕が、タマノの肉を更に抉った。
技が決まりダメージを与え、空に浮かせた状況でなおテグムゾはタマノの急所を打ち据えたのだ。
「くっぁ……」
呼吸器官に法撃を打ち込まれたタマノから息がもれる。
体中から力が抜けていく。
空から落下し地にタマノの体が墜ちた。
ドンという衝撃と共に体中を
「くほっか……」
身体中を駆け回る激痛にタマノは膝を折る。
腹腔が鉛のように重く感じた。

「くっ……あっ」

タマノの技は完全に決まっていた。完全な一本。
試合では勝っていた。
だが、殺し合いではこのテグムゾが上手だった。

彼女とて獣人。戦いにおける本能的な勘は普通の人間よりも上だ。
しかし、その戦闘本能においてもこのテグムゾは上回っていたのだ。
相手が生半可な使い手ではないことを意味している。
「かはっ……あっ……」
ダメージにタマノが咳き込む。もはや次の理法を繰り出すことはとうていできそうになかった。
(これは本当に……)

周りを見る。戦場となった杜が理力の波動に激しく震撼している。
バルモワの他にも、テグムゾ、シグー。そしてサジン。
この強者と同等、それ以上の使い手が他にも三人いるのだ。
その事実にタマノの胸に敗北が広がる。

「これはかなり……危ない……どすなぁ」

暗くなる意識と視界……タマノは最後の一言を呟いた。

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