第8話 戦の残滓
「戦争でもあったの……」
凄惨な光景にラムは呟いた。
葉月達くノ一が襲われ、魔族の力を味わった場所。
そして、"漆黒"が魔族を討滅した場所でもあった。
地に転がる魔物達を見たラムは茫然と呟く。
葉月達に連れられ、ラムは魔物達との戦闘があった場所に来ていた。
「正直、私達ではあまり戦いにならなかったが……」
ラムの疑問に葉月が力無く応えた。
戦闘の余韻が生々しく残る場所。赤黒い血が大量にぶちまけらた血の戦場跡だった。
「予想以上の化け物だったようね……こいつらガルディゲンの魔物じゃないの……」
死骸となった状態でも肌を灼くような魔物の凶の気にラムが唇を噛んだ。
「正直、ここまでの規模だと思わなかったわ……葉月、あんた達よく生きてたわね……」
「…………」
「ごめんなさい、無神経だったわね」
「いいんだラム。私達も正直、何故助かったのかわからない位だからな……」
葉月はかぶりを振る。心によぎる魔物の恐怖に葉月は自分の体をゆっくり抱いた。
「魔物達は強かった……その中でも、ケグネスという魔族の凶悪さは群を抜いていて……私達は負けたんだ……あの"漆黒"が現れなければ……私達は殺されていた……」
――それもどうしようもなく無惨に
言葉の続きを飲み込んだ葉月の体に寒気がはしった。
ケグネスの力を思い出す。
力も速度も理力も、そして悪辣さを。
アレは真性の魔族だった。殺されるのならまだ良かっただろう。
更に魂を弄ばれるような事までされていたかもしれない。
「子供や老人達が疎開を始めて正解だったってことね……それで、ケグネスって奴は」
そしてラムが一番激しい戦闘跡が残っている場所に目を向けた時――
「っ……」
ラムの表情が引きつった。
暴風に抉られた場所、そこに
滅びたナニカが転がっていたからだ。
「こいつが……ケグネス……」
滅びた魔族の残骸があった。損傷が激し過ぎて形状は判別できない。
だが半身以下の質量となった今でも放たれる禍々しき力の残滓はラムを戦慄させるには
十分なものだった。
「これが……敵だっての……」
「あぁ……私達では歯が立たない力を持った魔族……だったものだ」
葉月の目には悔しさと恐怖が入り交じっていた。
「……この規模の戦力をガルディゲンがここに寄越してきたって事?」
「信じたくはありませんが……そういう事でしょう」
アゲハはそれが何を意味するか知っていた。
彼女達風守の人間は、あるものを隠している。
それは絶対に守らないといけないものだった。だがガルディゲンはそれを本気でとりにきている。ガルディゲンは超大国リュシオンと対立している。ケグネスの様な強大な力を持った魔族を差し向ける事。それは彼女達を皆殺しにしてでもそれを奪いにくるという事は、この魔族から窺い知れた。
「……状況を整理しましょう……この魔族や魔物をやったのはあんた達がいってた"漆黒"って奴なんでしょう」
「うん……あの"漆黒"さんが私達を助けてくれたんでござる」
「……でも……その"漆黒"は行方不明ってわけか。こんな化け物すらぶっ殺した災厄が今どこうろついてるってるかわからないってわけね……」
「ラム! あの"漆黒"は私達を助けてくれたんだぞ」
「じゃあ葉月、聞くけどこれをやったのがまともな奴に見える?」
ラムは周りの惨状を見回した。血だまりに濡れた凄惨な光景に葉月は言葉を返す事ができなかった。
「味方だったらとっくに名乗り出てるはずよ。言い方は悪いけど、恩を売るって事もやるでしょ普通は」
「それはそうだが……」
「バーサーカーの類かもしれない。災神級のバーサーカーが消息を絶ったって事件があったでしょ。魔物も人間も見境なく襲うバーサーカーも増えている。その一種かも知れない」
バーサーカーとはその名の通り、敵味方区別なく襲いかかる存在だ。
強い理力に引き寄せられるという説があるが、あくまで傾向に過ぎない。
魔物とは似て非なる存在として扱われている。
前大戦経ても尚、危険な存在がひしめいているのが今の世界だ。
ましてや今の風守の立場からすれば、警戒をもってあたらなければならない。
「確かに……普通じゃなかった……でも……」
葉月がいい淀む。彼女達におちる一瞬の沈黙。その時――
「――国敵討滅っていってた」
沈黙を割ったのは早綾だった。
「……今なんて言った早綾?」
ラムが射抜くような視線を早綾に向ける。国敵討滅、その言葉がさす意味をラムは知っていた。
「……あの"漆黒"さんは、国敵討滅っていってたでござる」
「ちょっと待って。その言葉って……」
ラムはその言葉を知っていた。忘れるはずがない。だってそれは――
「この神社が尊崇している神――虚神の言葉です」
アゲハの声には重い緊張があった。
虚神。その存在は風守にとって大きなな意味を持っていた。
「あのケグネスという魔族も……"漆黒"を虚神と言っていました」
「有り得ない!!」
強い否定の言葉がラムから出る。
「ラム……」
「じゃあ何? 虚神が助けにきてくれたっての?」
「…………」
「今更!? 冗談でしょ?」
「それは……そうかもしれないが……」
しかもあんたの見た風は、黒でしょ。伝説にある虚神とは全く違うじゃない。
それに――」
ラムは葉月とアゲハ達を見回した
「だったらとっくに名乗り出るはずでしょう。あんた達はこの風守は虚神をずっと崇めていたんだから」
「私だって普通じゃないとは思ってる……でも…………命を助けられたんだ……」
葉月も、アゲハも他の下忍達にも、"漆黒"に対する確かな感謝の心があった。恐ろしかったし不可解だ。だが彼女達は命を助けてくれた感謝も強く感じていた。
「……わからない事が多すぎるわ」
ラムは髪をかきあげ話題を打ち切る。
(駄目ね、私……)
ラムの内心には葛藤があった。
救出に間に合わなかった自分を恥じていた。
葉月達の命を助けた"漆黒"を危険視しているのは、自身の嫉妬も含まれているのかもしれないとも思う。しかし――
(それでもやっぱり……これは……)
不吉な予感を抑えられない。
魔物も魔族も凶暴極まりない。同様に、この所業を成した存在も危険である。それもまた、確信に近いものに思えた。
「最優先は"漆黒"の正体を突き止める事でしょうね」
「まぁ…こんなのが私達を攻撃してきたらぶっ殺されるでしょうね」
「それに……もし彼の"漆黒"が、私め達の味方をしてくれ下されば……」
「希望的観測なのは……言わなくてもわかってるみたいね?」
ラムの言葉に、くノ一達は重々しく頷いた。
希望的観測とわかっている。
だが圧倒的な力を持つ魔族と相対したくノ一達だからこそわかる圧倒的な力の差。
自分達が、いやこの風守が生き延びる為に、あの"漆黒"を知る必要があると理解していた
。実際ガルディゲンの侵攻がさっきので打ち止めと決まったわけではない。
最悪の事態を想定して動かないといけない。
「本当に戦争でもする気かしら……ガルディゲンの奴ら」
ラムの言葉には深刻な響きがあった。
「だったら私達は……」
くノ一達が押し黙る。
――全員殺される
ケグネスの死骸から敵の規模を目の当たりにした。
ラムもまた、安易な励ましの言葉をかける気にはなれない。
沈黙。重い空気が空間を支配した時――
「――まぁ、戦争は避けたいよな」
風のように軽い言葉が響いた。
「草薙……」
「草薙お兄ちゃん」
くノ一達の視線が草薙悠弥へと向いた。。
重苦しい空気を全く読もうとしない飄々とした態度。
草薙が何を考えているのか。葉月にはわからない。
この戦場を見つめる草薙の目には何も映ってないように見えた。
「誰でもそうかもしんないけどな。戦いたい奴なんていねぇだろ。いてぇし疲れるし。ま、あんま重く考えすぎるなよ」
草薙は、何のてらいもなくそう言った。
その様子にラムは胸に棘がささるような違和感があった。
それに――
「あんたさ、さんざん私の攻撃食らったはずだけど……なんで動けんの?」
ラムが疑問をぶつけた。結構殴ったはずである。
「あぁそこの葉月の乳を揉んだからな。いつもより元気なんだ」
そういって草薙がぐらっとした。こけそうになる」
「あ、足にきてるぞ草薙ぃ!!」
「ふふふ、乳もみは死なんよ」
「まずいですよ!!」
早綾が草薙を止める。何故か若干嬉しそうだった。
「大丈夫だ……なにせ揉んだからな。元気なんだ。揉んだからな。乳を」
草薙が価値ある者を尊ぶような目で葉月を見た。主に胸元を。
「お、おぉい草薙。そんなに揉んだ揉んだいうんじゃないぞ草薙!!」
葉月が赤面していった。年相応というには大きすぎる胸が揺れる。
早綾の手前、お姉さんぶっている節はあるがあどけなさの残る顔立ちと反比例するような大きな乳が揺れるのだ。その魅力に一瞬意識が遠くなるような錯覚を覚えた。
(これは逸材かもな)
葉月もくノ一なら、くノ一の中でポピュラーなスキルである、「魅了」を有しているは可能性が高いが、それを差し引いても葉月は実に魅力的だった。
「そうね、まぁ葉月の乳をそれなら当たり前……なわけあるか!」
ラムがぶち切れた。
「む、なにか問題あったか?」
「全部問題よ、なんであんたそんな適当なのよ!?」
「はいはいわろすわろす」
「死ねぇ!!」
ラムの大降りの攻撃を草薙は交わした。
「当たらん。俺は小中高をぼっちで暮らし、社会人になってからもぼっちで暮らした男よ。鍛え方が違う」
「そ、そんなわけないでしょ!理由になってないわ」
「ぼっちは強いぞ。百万倍だ」
草薙はラムの怒りも柳に風と受け流している。
先ほどの重々しい雰囲気はどこへやら、ラムは草薙を張り倒そうとする。
ラムの雷撃を受け気絶していたはずだが、草薙は平然と立っていた。
今の様な状況でなければ更に怒りは続いていただろう。
「まぁどっちでもいいけどよ……いるかどうかもわからない奴の事議論する前に、やる事があんだろ」
「やる事?」
「まずは体を回復させたらどうだ? この先にあるんだろ、癒しの泉が」
癒しの泉はその名の通り、肉体を治癒させる効果のある泉である。希少
草薙は葉月、アゲハ下忍達を見回した。満身創痍の様子だ。
「どっちでもいいってあんた、今大事な話をしてんのよ」
「どっちになっても大丈夫なようにするって事だ」
なるようにしかなんねぇんだからな、っと付け加える。
「優先順位だ。考えても仕方ない事は無視しよう。
人間できる事しかできねぇんだから。自分の力でどうにもならん事考えても仕方がない」
あっさり言い切った。そして草薙が辺りを見回す。
「全員の傷も治ってないだろ。やばい状況にあるんだったらそこから対応したらどうだ。俺みたいなパンピーにとりおさえられたんだ、さっきの動きも本調子じゃないだろ」
「……」
草薙の言葉に、アゲハや下忍は黙り込んだ。
アゲハと下忍は曲がりなりにも草薙に取り押さえられた。
一般人にあのような行為を許したとあっては、怪我でもなければ訓練を受けた者として立つ瀬がない所もあった。
「……草薙悠弥さん」
ゆっくりとアゲハが口を開く。真剣な眼差しで草薙を見る。
「あなたの言うとおりです。ですがその前に一つ質問を宜しいでしょうか」
「あぁ、言ってみな」
草薙に促され、アゲハは草薙を見据える。
。
「――あなたは何者なのですか」
「…………」
真っ直ぐにアゲハは問う。
アゲハの視線は射抜くような鋭さがあった。
張り詰めた空気をフォローするように葉月が口を開く。
「……魔物が現れ魔族が襲ってくる。老人や子供、戦えぬものは疎開する………草薙、今の風守はこういう状況なんだ……だから何故お前がこの場所にいたのか、私達はそれが知りたい」
「もう一度聞きます……あなたはここで何をしていたのですか?」
アゲハの問いは韜晦を許さない厳しさがあった。空気がはりつめる。
曲がりなりにもラム達の攻撃を避けたのをアゲハは忘れていない。
「俺が来た目的、か」
「早綾も、草薙お兄さんがなぜここにきたのが知りたいでござる」
「私もだ草薙……お前が何故ここに来たのか聞かせてくれ。お前からは……」
――何かを感じるんだ、といいかけて葉月は言葉を止めた。
葉月も何か思う事があるようだ。
それを見て草薙は深く息をついた。
「…………やはり話さなきゃいけないか」
「………」
「話すさ、俺が呼ばれた理由を」
「草薙さん……」
重々しい口調の草薙にアゲハ達の身が強ばった。
「時が……いや、時代というべきか」
滔々と草薙悠弥は語る。
「……時代? それはどういう意味……」
「葉月さん、ここは彼の言葉を待ちましょう」
「……時代が俺をこの神社に呼んだ」
ただならぬ雰囲気に誰もが押し黙る。
真剣な草薙の雰囲気にラムも口を挟めなかった。
「時代が……草薙さんを……でござるか?」
「あぁそうだ。お前達も知っているだろう。この混乱した世界を。人が人として生きる。それができない時代だ」
草薙の言葉は重い響きがあった。
「これから恐ろしい事が起こる。俺はそれに、時代に対抗するためにやってきた」
「時代にそれはいったい…………」
「教えてくれ、それはなんなんだ」
葉月が問い詰める。
草薙は重い口をゆっくり開いた。
――そして
ぐううぅぅ~~
腹の音が鳴った。盛大に――鳴った、草薙の腹から空腹の音が。
「…………」
空気が凍った。一同が押し黙る。
パキリと幻聴めいた音が聞こえた気がする。
シリアス一直線の空気が壊れる音だ。
しかし草薙は全く動じずに
「…………不景気だ」
ぽそっと草薙が呟いた。
「…………」
「…………」
「…………」
「…………」
ラムが早綾が葉月が黙り込む。
不景気という言葉に。
「貧乏だ……」
「…………」
「…………」
「…………」
「…………」
ラムが早綾が葉月が黙り込む。
不景気という言葉に。
ひゅーっと空しい風が吹く。
アゲハも春咲も何もしゃべる事ができない。貧乏という言葉に彼女達は痛いほどの共感があったからだ。
草薙はパンパンとくたびれたジーパンを叩いた。財布をとりだす。中身は紙不足だった。
「金が……無くてな……」
「…………」
少女達が押し黙る。
パタパタと財布を叩く音が虚しく響く。
哀愁に満ち満ちた
誰もしゃべる事ができない。
鎮守の杜に響き渡った。
「食べ物を……分けて欲しいと……」
草薙の哀切の言葉が神社に静かに響いた。
◆
「頂きます」
草薙悠弥は手を合わせる。
「…………」
葉月、早綾は黙って草薙を見た。
その姿が違和感を感じるほど自然に思えた。
手を合わせた草薙悠弥の姿。
なんでもないその姿がやけに印象に残った。
食事は感謝して食べるもの、彼女達はそう教えられてきた。
恵みに感謝せよ、彼女達の教義が思い出された。
時間は一瞬、その後に彼は箸に手をつける。
ご飯を食べる。
「うまい!!」
心底うまそうにいった。
全く持っておいしそうに食べる。
「白米をそこまでおいしく食べる人は初めてです」
「実際おいしいからな。仕方がない」
「有名なブランドの米を使っているわけではないですが」
「日本の米はどこでも素晴らしいものだ。コンビニであれスーパーであれ関
北海道であれ、秋田であれ、全国各地どこのものでももうまい」
「
「うまい、うまいのぉ!!」
草薙はおいしそうに飯を食べていた。
こだわりがないのがこだわり、という風だった。
置かれた茶を飲み、ご飯をまた食べる。お茶もまたうまそうに飲んでいる。
ほぅ、と早綾は白米を食べる男を見た。
葉月もまた、目を細めて見ている。
次々と白米をたいらげていった。
「ごちそうさま」
手を合わせる草薙。
食事に対する感謝の心。
当たり前といえば当たり前。
その当たり前の心が、確かに彼から感じられた。
「うまかった」
白米とお茶だけの食事。質素極まるものだったが、草薙はそのご飯に
心から感謝しているようだった。
「本当に……ずっとご飯を食べてなかったようですね……」
アゲハがしみじみと言った。心からおいしそうにご飯を食べる草薙の姿に、彼女は少し毒気を抜かれた感は否めない。
「腹も減ったし金も無いしでどうしようかと
思ったは」
「それ悲惨すぎるでござる……」
「そうだな、タイトルは『ひんこん☆』でどうだろうか」
「なんのタイトルよ!! やめて生々しい!! 最後に☆がついてるような言い方もやめて」
「一億総貧困だからな。ハッハッハ、死ねーー税金を取り立てる富裕層は死ねーーー公務員も死ねーーー」
「ねぇねぇどうするアゲハ。あいつやばいわよ。早々に永遠に黙らせる事を提案するわ」
「で、ですがまだ彼の疑いが晴れたわけでは」
「ちっ。だからひんこん☆だっつってるやろ!? それともなんやおっぱいおっきな姉ちゃん? ひんこん☆は神社にきちゃいけねぇってのかい」
「そ、そういうわけでは……」
「ガラ悪!? あとひんこんの発音だけかわいくいうのやめなさい!!」
ラムが軽くきれた。そしてうまそうにご飯を食べる草薙をみやった。
「でっ? それで神社から食べ物を恵んで欲しいって。あんたどんだけ貧乏なのよ」
「神社とは本来そういうものだろう」
古来から神社は人々を支える側面を持っていた。
農作物を育む水脈と近しい所に拠を置き、人々の生活を支えてきたのが神社が持つ一側面だ。特に風守はその傾向が強い。駆け込み寺的な所が強い。西欧の教会が近いだろ
この神社はかつて、困った日本人を助ける駆け込み寺のような役割も果たしていたのだ。「なんであんたそんな貧乏なの」
「仕事をクビになった」
「……」
ラムの疑問に草薙はこれ以上なく簡潔に答えた。
「ま、待ちなさい! 草薙!! 雇用保険が!! 雇用保険があるでしょう。」
「失業保険の事か?」
「そうよ!! 雇用保険はいいわよぉ~~!! 何をしなくてもお金が入ってくるもの」
「黙れ小娘! 貴様に雇用保険の何がわかる!!」
草薙の烈しい反駁にラムが気圧される。
「わ、わかるわよ」
「雇用保険を満額で受け取った後な……1ヶ月で仕事をクビになってな」
「なん、ですって……」
衝撃の事実にラムは押し黙った
「そうだ……雇用保険を満額で受け取った後、一ヶ月でクビになったのだ……
「つまり……その後に支払われない」
「満額受け取った後、再就職する。しかし、その後余りにも早く首になると
受け取れないのだ」
「くっ……なかなか悲惨じゃないの!? 燃えてきたわ」
「ラム、その感性もちょっとわからないぞ!! 」
「つまりあなたの状況は……その……」
アゲハの口調が淀む。悲惨だからだ。
「職を失った」
「うっ」
草薙の言葉にラムがたじろぐ
「月3万の安アパートを追い出された」
「うぅっ……」
草薙の言葉に早綾が引く。
「頼れる友達もいない」
「や、やめろ……」
草薙の言葉に葉月が耳を塞ぐ。
「こ、恋人に頼るというのはいかがでしょうか?」
反駁するようにアゲハが質問した。
「いると思うか?」
「…………」
問いかける草薙悠弥の目は完全に据わっていた。
「うっ……」
アゲハが押し黙る。
「いると思うかと!!そう聞いているのだぁ!!!」
「も、申し訳ありません」
一喝する草薙悠弥の殺気にアゲハは恐怖してあたまを下げた。
「えーと、草薙お兄さんはちなみにどれ位いないのでござるか?」
早綾が草薙の彼女いない問題に更に深く踏み込んだ。もちろん地雷原である。
「馬鹿!! 早綾そんな事聞くんじゃない」
危機を悟った葉月が早綾を止める、が遅かった。
「俺は戦争反対だそれを言ったら……戦争だろう?」
「ひっ」
草薙の目は据わっていた。
「戦争だろうがぁぁ!!」
「す、すまないでござる」
早綾が土下座する。本能的な危機を感じたのだ。
「さて、俺の境遇は以上だ。故に、食べ物を恵んでもらおうと。かつて「とりあえず困った日本人はここ頼ったけ」と名を馳せたこの神社に来たというわけだ」
「ふふ、すがすがしいまでに底辺ねあんた……!!やるわね!!世間体は!? あんたに世間体は無いの!!」
「俺は世間体を気にしない男だ」
「うっ…!?」
ラムが引く。
草薙の言葉は問答無用の説得力があった。
「金なし職なし彼女なし。今更世間の目など気にするなどない」
「……確かに……草薙殿はそうかもしれないでござる。世間とかオール人生とか社会的評価とか捨ててる感じがするでござるど」
早綾が神妙にうなずいた。
「……そんな事ないよって言ってくれてもええんやで?」
草薙はちょっと切なかった。
「でも許さない!!あんだけおっぱい揉んで許されないわよ。まだ147発しか殴ってないの。足りないわ!!」
「いやその、ラム、それだけ殴ればさすがに十分かと……」
揉まれた当人の葉月がドン引きしていた。
「駄目よ私の友達の乳揉みまくった事についてもっとコミットなさい。そしてねっとり私に感想をいうのよ!見逃さないわ! 意識高いの、私!」
ラムが勢いよく草薙に詰め寄った。顔が近い。
「ったく女の乳もむたぁとんでもねぇ野郎だな!
よし、晒して炎上させちまおうぜ旦那!!」
「あ・ん・たの事だ、あんたのぉぉー!!なにが『よし』よしかもやり口が陰険!!」
「ま、待ってください!!…」
(また)脱線しそうになった話を、
アゲハが呼び止める。
「その……草薙さんが貧乏というのはわかりました……空腹というのも間違いないでしょう……二つも嘘でないのもわかるのですが……」
「あぁ……ゆえにおっぱいをもませてもらった」
「ねぇよ!!そこに繋がる文脈がどこにも存在しねぇよ!!」
ラムがキレた。
「そんな事はない。餓死する人間にとって乳を揉むという事は命を繋ぐ行為である事は明らかだ」
「ど、どういう事よ草薙」
葉月がおそるおそる聞いた
「……聞きたいか?」
「い、いやいい。言わないでいいわよ」
「わかった、そこまで言うなら説明するのもやぶさかではない。第一にまずはえいよ――」
「いうなっつってんだろうがぁぁ!? 越えてはいけない柵をガシガシ踏み越えてきてんじゃねぇぇーーーー」
ラムがまたもや草薙の首根っこをふんづかまえて激しくシェイクするが、草薙を鼻をホジホジしていた。
あまつさえ、ほじくりだした鼻くそを差し出して「いるか」などと聞いてくる。
「あーもうキレそう。駄目よ私。また衝動殺人は駄目!!二年前とは違うんだから!!?」
ラムが理性を必死で抑えようとしている。
「ラムさんがおかんむりだぞ☆」
「うざうざうざうっざーーーい。死ね死ね死ねここで死ね草薙ーーー」
ラムが(また)帯電した。
本当にやり取りが酷い。
だが、そんな光景をよそにアゲハは草薙を真っ直ぐに見ていた。
「本当にそれだけなのですか………」
真っ直ぐにアゲハは草薙に問う。
アゲハ納得はしきっていないようだった。
「俺の境遇に何か問題でも?」
「……」
問題がない箇所がねぇ……
それがくノ一達の総意だった。色々な意味で
「でも…………この混乱した状況で一般人であるあんたが倒れてるのは確かよね」
ラムが変態を強調する。
「……この風守を守る者として……問わなければなりません」
「まぁ無理もねぇわな。葉月達も気づいてるだろうが一応、他にも目的はある……」
「目的、なによそれ?」
「まぁその前に……」
草薙が辺りを見回す。
周囲を見回す。葉月や早綾達やアゲハ、そして他の下忍くノ一達を見る。
やはり万全の状態ではない、と草薙は思った。
「もう少し回復させた方がいい、途中で癒しの泉もあるだろう」
「癒しの泉を知っているのですか?」
「俺について調べたかったらそこでゆっくりやればいい。どうせ、俺の事を信じ切ったわけじゃないだろう?」
「…………」
それについてアゲハも葉月は否定できなかった。
確かに、草薙が腹が減ったのも金が無いのも嘘ではないだろう。
しかし、だからといってこの状況でここにいた草薙悠弥という男を信用しきる理由には鳴らない。
この目の前の草薙悠弥という男が、自分達の命の恩人である"漆黒"と、無関係とは思えない。
「癒しの泉にいく。お前達もついてこい。まずは自分を優先しろ。癒しの泉で体調を整える。俺が気になるんだったら、そこで調法でもなんなりすりゃいいだろ」
「草薙……」
草薙の言う事を葉月はかみ砕いた。確かに、魔族達との一戦でくノ一達は致命傷を負った。回復理法によって命は拾った。しかしいかんせん、魔族や魔物から負ったダメージが大きすぎる。まずはそれを優先しろと、草薙は言っていた。
「それは確かにその通りですが……あなたは風守の癒しの泉につかりにきたという事ですか」
「ここは神社だ。する事なんてだいたい決まってる」
そういって草薙は山の奥へ目を向けた。
「参拝だ」
「参拝?」
あぁ、と頷き草薙は微笑んだ。
涼風のような微笑みの底に郷愁めいたものがある。
「――」
葉月が一瞬目を奪われる。
この不可解な旅人が一瞬素を見せたような、そんな気がした。
草薙は視線を山の方へ向けた。鎮守の杜の枢要、祭壇が眠る地へと。
「少し、挨拶したい奴らがいるんでな――――」