神罪人

悠久ノ風 第12話

第12話 神罪人 

「――神罪人、久世零生」
剣の神域に冷徹な声が響いた。

言葉を引き金に爆炎の理光が輝き爆ぜる。
爆発の衝撃に風守の封印の場が荒れ狂い、震撼した。

「きゃあああぁぁッ!!」

悲鳴が上がり、巫女達が地に倒れ伏す。
理法を扱うための法装に身を包んだ巫女の少女達。
だが可憐な顔立ちは苦悶に歪み、たおやかな肢体には目を背けたくなるような
痛ましい傷がつけられていた。
そして傷つき倒れているのは巫女達だけではなかった。

「……あっ……これはまずい……どすなぁ」

狐人の女が倒れ――

「el……です、が……私達が……踏みとどまらなければ……」
エルフの少女が苦悶に喘ぐ。

巫女や風守の眷属達は皆、襲撃者によってダメージを受けていた。
戦場となったのは神社の中枢。

荒れ狂う法撃。
爆炎が地を抉り、柱が倒れていく。

失われし剣の神域と呼ばれる場所。
神域の中央には剣の様な『十』の紋章が刻まれている
紋章はまるで、魔物を倒す剣にも、神に祈る十字架にも見える。
神を祭る場所として清廉でありながらどこか異質な場所。
風守の「失われし剣の神域」。
その場所で、風守の守護者は襲撃を受けていた。

「汚らわしい眷属共が……」

爆煙から姿を現したのは冷然とした男だった。
その男に付き従うように法装をまとった兵士達が続く。

法撃により暴かれた地が抉られ、隠されたものが姿をあらわした。
そこには札があった。結界の媒体となる札だ。

だが隊長の男はそれを見て嘆息するだけだった。

「理力反応はこの結界札だったか。外れを引かされたな」

結界札を踏みつぶし、男のトレーサーが解析活動を再開する。

「隅々まで調べろ。いくら破壊しても構わん」

「了解しました、サジン様」

付き従う男の部下達は能面のような顔を浮かべ、神社を暴いていく。

彼らは法兵。理法という超常の力を持つ者達で構成された兵士だった。

男達がトレーサーを起動し、風守の周囲を観測する。
トレーサーは理力反応を検知する力を持ったものだ。
数々の法兵、最新鋭の解析法器。
それをもって法兵隊は風守の地を暴いていた。

「サジン様、北の方に目的の反応は確認できませんでした」

「ふん、教会本部ももう少し細かい情報を突き止めてもらってもいいのだが……まぁいいだろう。全部暴けばそれですむ……なぁ、そうだろぉ?」
サジンは視線を倒れた巫女達に向けた。

「あなた達は……この風守を潰すつもりですか」
倒れる巫女装束の女が、気丈な決意を込めて男達を見据えるが
返ってきたのは嘲笑だった。

「グァハハそんな目で見られると心が痛むじゃねぇか姉ちゃん。
あんたらは十分やるもんたぜぇ。俺たちが強すぎたのよぉぉ」

「キケケケェ、良くいうぜバルモワよぉぉ。てめぇあんだけ楽しそうにやってたじゃねぇか~」

「よせテグムゾ、我らは家畜を狩るだけだ……それにしても風守神社、本当に汚らわしい者を飼っているものだな」

三人の男が前に立つ。
「キケケ、仕方ねぇぜぇシグー。こいつらの教えは頭がおかしいのさぁ。『日本人に奉仕する』って思想なんざぁいかれてるとしか思えねぇ。なんせよぉ」
テグムゾと呼ばれた爬虫類のような男が取り押さえた巫女の一人を蹴りあげる。

「ぐぅ…………」
巫女はうめき声をあげたが、テグムゾという男は潰れた虫をみるようになんの迷いもなかった。

「キケケ、なんせゴミクズみてぇに弾圧されてんのによぉ、それでも日本のためなどなんだのイカれてるぜぇぇ」

「確かになぁ。狐人族やエルフみてぇな亜人までいるたぁなぁ。この日本に忠を尽くす者なら亜人でもいいってかぁ!? 見境がなさすぎるってもんよぅ」

倒れている巫女達とは異なる容姿を持つ女達にバルモワは目をつけた。
タマノと呼ばれた狐人の女。
耳には狐の耳、豊かな尻の上部には狐のような丸みを帯びた尻尾が生えている。

もう一人の女も他にはない特徴を持っていた。
長く尖った耳、グラマラスな肢体には精霊の印が刻まれている。
それぞれ、人間とは異なる亜人に属する者だ。

「虚神様は日本を愛するならどんな人間も受け入れる……今も昔もその教えは変わりません……あなた達の偏った価値観ではかれるものではありませんっ!」

苦しく息を吐きながら巫女の一人がバルモワ達に言った。

「キケケケ!! いいねいいねぇ……異端同士仲良くやってるってわけかぁい……なあぁ!?」

「うぐぅっ!?……」

抗議の声をあげた巫女をテグムゾがけりつけた。嫌な音を立てて、巫女の一人が
完全に気を失う。

「el――やめて!! この風守の方達に手をだす事は――」
エルフの少女、エリミナがテグムゾを止めようとした時
「うぐぅっ!?」

エリミナの背中に強い重圧がのしかかった。

バルモワがエリミナをふみつけた。外人の基準をも軽々と越えた体格がエルフの少女の体を圧する。

「あぐっ…かはっ……」
痛みにエリミナが苦悶の声をあげた。

「魔女狩りも我らの大事な任務だ……なんらかの、理を絞り出されるかもしれんしな」

シグーの美しい顔立からは鋭利な瞳からは歪んだ嗜虐心が覗いていた。

「……目的を忘れるな、貴様ら」

鋭い声が彼らを制した。サジンの一言にバルモワ達が押し黙る。サジンが
倒れた風守の守護者達を見回す。

「風守の下忍『日ノ影』のくノ一と巫女、狐人族……そしてエルフか……この風守は我らグロバシオが裁定を下すには十分すぎる穢れだがな……だが我らの目的を忘れるな。こいつらの処理は後から執り行う……今はコイツらから情報を聞き出す事を考えろ」

瞳に冷徹な光りを宿した隊長の男が地を踏み砕く。

「ハッ、申し訳ありませんサジン様」
風守の戦巫女達を排撃したシグー達三人が恭しく膝をつく。
サジン・オールギス。爆炎の理法でこの風守の地を暴き、法兵を率いる隊長の男だった。

「ひっ!?」
近づいてくるサジンの姿を見た巫女が恐怖の苦鳴を漏らす。目を見開きしゃくりあげるような声を漏らし、ガタガタと恐怖に体を震わる。

法兵達の中でもシグー、バルモワ、テグムゾの三人の力は群を抜いていた。

しかしこのサジンという男からはそれをも上回る理力が放たれていた。
今倒れ地に伏せている風守の守護者をやったのは彼らなのだ。
サジンが巫女を蹴り上げた。

「ぐぅっ……」
肋骨が折れる様な痛みに巫女は咳き込むが、サジンは容赦なく侮蔑の言葉を被せる。

「吐け、家畜」

サジンは有無をいわせぬ威圧をもって巫女達を踏みつけた。
瞳には冷酷な光りが宿り、行動には躊躇いがない。
サジンは巫女達を心底侮蔑しているようだった。
「!? あなた達……やめて…ください……こんな……事はっ」

巫女は健気にも必死の抗議をあげたが、兵達はそれを歯牙にもかけない。

「黙れよ、奴隷如きが」

サジンは踏みつけた足に更に力を込めた。

「貴様らは虚神を奉じる邪なる者だ……」

ゴキリ、と骨が折れる嫌な音がした。

「あぐぅ……」

巫女がくぐもった呻き声をあげる。

激痛に昏倒しそうになる巫女の髪を引きつかみ叩きつけた。

「意見する資格があると思うな、汚らわしい神罪人の眷属が」

巫女の頭から血が流れる。薄れる意識に巫女の目が焦点を失った。
だがそれに頓着する事なく、頭を何度も打ち付ける。

「ひっ……」

人を人と思わぬような行為に、巫女の少女達から恐怖の声が漏れた。
その時――

「ふざっけるなあぁぁぁ!!」

地が震撼するような怒号が響く

――ドゴオォォ

瞬間、激しい雷撃がはしった。
雷撃は複数の法兵を貫き、サジンへ向かって一直線に向かっていく。

「――防理よ」
サジンが法の言葉を紡いだ。その瞬間、白銀の壁が展開し

――ズガァン

高速で飛来した雷撃と盾が激突。
強大な余波が空間を震撼させる。

「サジン様!?……」
雷撃の余波に法兵達が怯む。だが雷撃を防いだサジン動じる事なく、雷の方向へと顔を向けた。そこには怒りに震える戦闘服の少女。

「あんたら……この風守でなにやってんのよ」
底冷えする怒りの声。
轟々たる雷気を迸らせたラムがサジン達の前に立っていた。

「みんな、大丈夫か」
「しっかりするでござるよ」

法兵達にやられた少女達を庇うように葉月、早綾が怪我をした巫女達にかけよる。
サジンがラムや葉月達を汚らわしいものを見るよう目で見る。

「貴様らは……風守の人間か」
サジンはラム、葉月、早綾、そして風守の下忍達の姿を見る。

「なんで……こんな事をするでござるか…………」

惨状に血の気が引いた早綾が悲痛な声をあげた。。
荒らされた神域、倒れ伏す守護者の巫女達、目の前に広がる焦土。
自分達が守ってきた風守の神域が法兵によって荒らされている事実に恐怖と怒りが湧いてくる。

「フン、それなりに集まってきたようだな」

睥睨するようにサジンは、風守の人間を見回した。

「奴隷のエルフに、卑しい獣人、虚神の眷属たる巫女……くノ一達」

罪人を裁定するようにサジンは集まった風守の人間を見回す。

「まさに貴様らは魔女――そして家畜だな。底辺の似た者同士群れるとは、実に醜悪な事だ」

「あんた……どうやらブッ殺されたいらしいわね」

「わめくな家畜……この乱れた地を我らが規世してやろうというのだ……」
サジンの言葉に少女達がおののく。

「規世、だと……お前達やはり……」
「……グロバシオ規世隊ね、はっホントタチの悪い奴らがきたもんね」
葉月の顔から血の気が引き、ラムが唇を噛む。最悪の相手が出てきてしまった事を悟った。

「タマノちゃん、大丈夫!?!?」
早綾が亜人族の少女に駆け寄った。

「大丈夫、どすえ早綾はん……タマノウレハ、まだやれますえ……だけど……」
タマノは悔しさをにじませながら、辺りの惨状を見回した。
焦土となった美しい地、苦しげにうめく守護者達の姿が目に映った。

「くっ……」

葉月は苦鳴を漏らす。
サジン達は魔族とは真逆でありながら、もたらすのは「惨劇」という点で
共通している。

葉月達が奉じる神を貶める法兵達の行為に、胸底にドロをぶちまけられた様な怒りと不快感が沸き上がってくる。

「ここは日本を守った神が眠る地です。この様な冒涜は許されません」

「フンッ……馬鹿が。勘違いするな」
アゲハの必死の抗議もサジンは意に介さない。
焼き払われた大木がミシミシと音をたてて地に崩れ落ちた。

「神罪人が死に腐った地だろう、間違えるなよ淫売が」

「……あなた達……」
サジンの呵責ない言い様にアゲハは戦慄する。

「気をつけてなはれアゲハはん…………彼ら…………強いどすえ……」

タマノに言われてアゲハの視線がサジン達に向く。

「シグー、バルモワ、テグムゾ……あの三人は速度、力、技巧に優れているとアゲハめは覚えがあります。タマノさん、アゲハめの認識に間違いないでしょうか?」

諜報を得手とする風守のくノ一は様々な情報に精通している。
悪名高いグロバシオ規世隊の力は有名だった。
「間違いあらへんよ。それぞれ相当の使い手……でも、あのサジンとかいうのはそれ以上の実力を有してはるぇ……正直に言って……打倒は難しいどすなぁ」

「ッ……」
突きつけられた現実に葉月は呆然とする。

「そこの畜獣は現実が見えているらしいな」

「お前達は……この風守を潰そうとでもいうのか?」

「不要なんだよ、世界の基準から外れたものは。リュシオンの定めたルールに準拠しない存在はな」

「それだけではないでしょう。あなた達の狙いはなんですか!?」

魔族、そしてグロバシオ規世隊。
彼らの強襲が短期間で重なったのが偶然とは思えない。
日本に、迫りりつつ脅威を知るアゲハ達の中に、嫌な音を立てパズルが繋がっていく感覚があった。

「答える義理はない。神罪人の奴隷如きが、人の言葉をしゃべるなよ
貴様らからは素晴らしき人間の香りが感じられんのだ、虚神の奴隷共」

サジンの法撃が破壊を続ける。爆裂理法の破壊の奔流が神域を犯す

彼女達が守ってきた神域が壊れていく。

他の法兵達も、暴くように山々に法撃を加えている。

(なにかを……探してる……)

サジンに飛びかかる衝動を必死に抑えながらも、葉月は彼らの行動を見る。
武力を持って止める、それは当然ながら彼らに勝ち目のない戦いを仕掛ける事を意味していた。しかし――

「ぶっ殺してやる……」
ラムは抑えは限界のようだった。

怒りの余りを顔に激らせたラムが前に出る。

「ラム!!」
「!!?」

葉月の言葉にラムが止まった。ラムが激しく噛みしめた口からは血が滲んでいる。
全面衝突は破滅の道を辿る事は理解できる。
ラムは強いが、グロバシオの力は強大だ。
しかし葉月達は魔族との戦いで消耗した上、後遺症も残っており、正直戦える状態ではない。
、葉月達では今仕掛けてもずば抜けた力を持つ四人はおろか、他の法兵達も相手にできるか疑わしいだろう。
戦いを仕掛けても勝負にならない事は火を見るより明らかだった。
同時に、彼らは世界の二大勢力であるリュシオンに属する者であり、強大な権勢を有しているのだ。
全面衝突になれば、風守は跡形残らず消し去られるだろう。
ある意味、先ほどの魔族よりも性質が悪い相手だ。
(どうする……どうしたらいいんだ……)
追い詰められた状況に葉月達は逡巡する。
しかし次の瞬間――

「やめて、やめてなんだからぁ!」

悲痛な声をあげ、一人の少女がサジンに向かって走り出した。
葉月達に危機を知らせに来た少女は怪我を押して
「これ以上、ここに眠っている人達に酷い事したら許さないんだから!?」

巫女の少女がサジンを止めに入る。
子供ながら強い意志が込めた決死の覚悟。しかし。サジンは全く意に介していない。

「雌ガキか。ここは第六等神罪人を祀った邪悪な社だ。何をしようが知った事ではない」

「う、虚神様は神罪人なんかじゃ…………悪い人じゃないよ、この国を救った英雄なんだからぁ」

早綾は体の震えを押し殺し訴える。

「神罪人さぁ。それも最も悪辣なものだ。当時五等までしかなかった神罪人の等級を引き上げたほどの存在だ。その悪辣さは推して知るべしだろう最も――」
サジンが腕を掲げた腕に紅の理光が収束する。
「――神罪人を崇めているような、人非人共にはわからんだろうがなぁ!!」

法光が凶悪な光りを帯び――爆ぜた。

「っ!?」

法撃の撃震が早綾を襲った。
理法の衝撃に少女の体が吹き飛ぶ。

「!?うぁぁぐっ!?……」

顔をおさえ、少女は痛みに呻く。
少女相手にも男は弾圧を弱める事はない。それも道理だ。
前大戦後、この風守の民への弾圧は未だもって続いている。

十数年前は風守の人間の多くが殺された事件もあった。その事件の結果、風守は主な働き手を失った。

それからも彼女達は公非問わず弾圧され続けてきた。特に彼らのようなエリート階級にいる人間にとっては侮蔑の対象でしかない。
風守の人間を人非人と言い放ったように風守の者に向ける目は不出来な家畜を見る目だった。
それは女子供老人でも例外ではない。

「お前達!? 子供を平気で……」
葉月の怒りの声にも、サジンは冷淡な視線を返すだけだった。
「貴様らは神罪人の眷属だろう。何をやってもかまわんのだよ。雌のガキだろうが関係などない」

グロバシオ規世隊。『異端の弾圧』を目的としたリュシオンの武力組織。
リュシオンはゼクス教を国教としている。
ゼクスは異端には容赦しない。
グロバシア規世隊はその中でも魔女狩りを前身とした面もある弾圧の部隊だ。

苛烈な思想で知られているが、ゼクスの教えを後ろ盾に強い権勢をふるっている。リュシオンに逆らえない日本政府も手が出せない。リュシオンという戦勝国によって作られた機構だ。
戦勝国が敗戦国の正義を歪め堕とすのは世界の歴史の中で繰り返されてきた事。
その論理に従わない風守神社に彼らは苛烈な敵意を向けている。

「貴様らは家畜だ……人間の勝手で生かし、人間の勝手で……殺す。自分の立場をわからせるためにも……」

「ひっ」
膨れあがる男の殺気に、少女の表情が引きつる。

「見せしめが必要だな……」
サジンの掌が凶悪な光りを帯びる。

――ドガアァァァァン

烈しい雷撃がはしった。

「――!!」
子供とサジンの間をはしる雷撃がサジンの攻撃を止める。
理法による威力の標準を大幅に超えた烈しい雷撃にもサジンは
動じず、雷撃の射手を見た。
「ガキに手ぇ出してんじゃないわよ……」
狂戦士じみた顔でラムがサジンを見ていた。
ラムの瞳の怒りは危険な域に達していた。
風守への蛮行の数々、子供まで平気で殺そうと事実に
激しい怒りをラムは抱いていた。

殺気だけで相手を殺しかねないラムの視線を受けてもサジンは動じず侮蔑の言葉を投げかける。

「虚神は絶対的な悪であり異端……それを信奉する雌ガキなんぞどうなろうが構わん……自覚しろよ屑共が……貴様らはそういう存在なのだよ、そうあるべきなのだ」
「ッ」
彼らの価値観に葉月は押し黙る。そうだ、これがリュシオンの虚神に対する見方なのだ。
リュシオンにとって、久世零生――虚神は絶対的な悪である必要がある。そうでないと彼らの正義が保てない。敗者の正義など勝者にとっては邪魔でしかないのだ。

その時――

「――出てけおめぇら!!」

野太い怒号が響き渡った。
現れたのは一人の老人。年の重ねは感じるもの、
その体躯からは確固とした力があった。

「剛蔵さん……」

剛蔵と呼ばれた老人がサジン達法兵達の前に立ちはだかる。
老人とは思えない気迫だった。
彼は前大戦、虚神と共に戦った人間。
老いてなお壮健、年齢に似合わない荒々しい雰囲気を纏っている

周囲を圧する巌の様な鬼気を真っ向に受け何人かの法兵は一歩たじろいだ。

「これはこれは剛蔵老。壮健そうでなにより」

剛蔵の鬼気を受け流すように、サジンは慇懃無礼に会釈する。

「去ね、馬鹿野郎ども。ここはおめぇらのようなものがくるところじゃねぇ」

「そういうわけにもいかないんだよ、こちらも仕事なんでなぁ」

サジンが風守の人間に向けるその冷淡な態度は女子供、そして剛蔵のような老人にも変わる事がなく、侮蔑を以て剛蔵と対峙していた。

「貴様らは神罪人を崇める異端の身だ。拒否権などありはしない。」

「ケッ。なにが人類平等だ。差別の固まりじゃねぇか」

「当たり前だ。貴様ら汚らわしい虚神の眷属には何をやっても構わん。それは差別ではない。俺達はリュシオンだ。それがどんな意味を持っているか貴様らの鈍い頭でもわかるだろう?」

ゼクスは神の正義を盾に、教義に合わぬ存在を弾圧してきた。
歴史上で最も人間を殺してきたのは悪ではなく、
大義名分を掲げた正義である事は歴史が証明している。
そして現在、その苛烈な弾圧の意志が風守に向けられていた。

「そんな事、リュシオンの勝手な理想でしょう。それを私達に押しつけないで」

「それは野蛮な理想だ。貴様らは世界の価値観にそぐわぬのだ。わきまえろよ」

瞬間、サジンの周りから理力が沸き上がる。

「――虚神の眷属共が」

その声が法撃のトリガーだった。

「キャアアアア」

法撃が巫女達を襲い
巫女達が吹き飛んだ。

(なんて……力……)
葉月の背に氷塊が落ちる感覚。
その理力の波濤、力の凶悪さは並々ならぬものがある。
これがグロバシオ規世隊が権勢を振るっている理由の一つ、強い理力を有した法兵達。その頂点に立つ隊長の男の存在にある。

「A級神理者……サジン・オールギス」

圧倒的な力を持つこの男がグロバシオを恐怖の象徴たらしめてきた。

「抵抗は無意味だ。家畜ども」
サジンの物言いに葉月達は愕然とする。彼らに理論は通じない。

葉月達虐げられる者の言葉は彼らには届かないのだ。
そして――
「――ケグネスが……あの魔族共が……この程度の家畜等をなぜ殺し損ったか、理解できんな」
サジンの言葉が重く響いた。
一瞬葉月達は何を言われたか理解できなかった。
「えっ……」

「それ、は……それはどういう意味ですか」
頭に浮かぶ疑問。リュシオンにとって、魔族もまた、不倶戴天の敵であるはずだ。
だがサジンから続けられる言葉は最悪の予感を想起させるもおだった。
「――貴様らがまだ生きてここにいる事がおかしいのだと、そう言っているのだ」

「えっ……」

ざわり、と。少女達の背に大量の虫が蠢くような感覚がはしる。

言葉の意味する所、その言葉には不吉な響きがあった。

「ここには魔物がいるはずだったな。お前達を殺すには十分な規模の魔物……魔族がここの住人達を襲う。お前達の環境ならありがちな事だ。それこそ今日にでもそのような事がおこってもおかしくないほどにな」

「なっ……」

サジンの言葉にアゲハ達は絶句する。体が小刻みに震え、止まらない。

「まさか、あの魔物と……魔族はあなた達が……」

魔物と戦い、死に瀕しかけたくノ一達の唇が震える。
にわかには信じがたい事態。
有り得ない。リュシオンとガルディゲンは対立関係にある。
あの規模の魔物の統御などいくらこの者達でも行えるわけがない。だがなぜ体の震えが止まらないのか。

「さあなぁ。ただそれよりも大事な事がある。ここで今貴様らが全員死んでも何も不自然な事ではないという事だろう?」

「くっ……」

苦々しくもアゲハ達くノ一はサジン達を悔しげに見つめる。認めざるをえない。
サジンの言った事『自分達がいつ殺されてもおかしくない』そ言葉が真実なのは誰より彼女達が理解していた。むしろ今生きてここに立っている事が希有な事態なのだ。
あの『漆黒』の存在がなければ自分達は魔物に殺され、無惨な末路を辿っていただろう。
自分達が死んでも何もおかしくない。それはつまり――このグロバシオ規世隊が彼女達を皆殺しにしても魔物の事件として処理する事が可能な事実を意味していた。

「フンっ、むしろここで消すのがあるべき帰結だろう」
「グハハいい事いうじゃねぇかシグー」
「キケケ、全くどこの誰だか知らんがいらん事してくれたぜぇ」
シグー、バルモワ、テグムゾが前に出る。
彼らの権力、彼女達の迫害の現実を考えれば、十分にソレは可能だろう。

「……もういい、おめぇらの主張はわかった」
剛蔵が怒りの声を絞り出した。

「必死に我慢してたんだがなぁ……だがよぉ……もう駄目だ……もう抑えられそうにねぇ……」

「同感ねぇ、剛蔵じぃさん……私もいい加減プッツンきてっから……」
狂戦士じみた瞳を爛々と滾らせ、ラムがゆらりと前へ出る。

「あぁ……限界だぁ」
怒りと共に、剛蔵の体から理力が膨れあがる。

「今すぐ去れ!!」
剛蔵の大喝が響き渡る。

老人は巌の如く、サジンの前に立ちはだかった。

「相容れないもの同士を無理に共生させれば歪みを生む。だからこそ断絶という共存がある……全く、久世隊長の言葉が身にしみらぁ」
「神罪人 久世零生の言葉か。大戦で世界相手に戦っただけはある。言葉が排他的で邪悪だ。もっと人間の可能性を信じ外へ門戸を開くべきなのだよ」

「上っ面だけの綺麗事が惨事を招いた例をたくさん見てきたよ。綺麗事だけ無責任に煽ったてめぇらの様な人種がまともに責任をとった試しがねぇ。
地獄への道は綺麗な言葉でしきつめられてるっていうがよ。
あんたらを見れば見るほどそれが実感できらぁ」

「……所詮は偏狭な国家主義者。底辺の敗残者か……この素晴らしき人道を理解できんとは。だから貴様らは大戦で負けたのだよ」

「先人への敬意を欠いた馬鹿者があの戦いを語るんじゃねぇ!!」

剛蔵の大喝が神場に響く。

「あの地獄で戦った人間をよぉ」

剛蔵の重い一言、それは。禁断の扉を開けるような重さを感じられた。

「数十年前の、日本とリュシオンとの大戦か……なぁじいさん、あんたならよく知ってるよなぁ、真暦史上、最大の戦いの事を」

剛蔵は重々し頷く。

「――真の戦争だ」

老兵は断言する。彼もまた、大戦で死に者狂いで生き抜いた男である。
大戦の悲惨さは知っていた。

千万を越える死人を生み出した戦い。それだけでも戦いの規模、凄絶さが尋常でない事がわかる。

リュシオンと日本を中心とした、戦い。

「多くの……本当に多くの犠牲を出した戦争だった…それはワシも認める」

奥歯を噛むように剛蔵は重々しく息を吐いた。
「あの時代ほど神理者が力をふるった時代はあるめぇ」

神理者とは人域超越の力をもつ者。

神理とは――

己の『心』の理

世の『真』の理

心と真を合わさった『神』の理と成る。

三位一体のシン、己の理で世の理を書き換え限定的な新世界を現出させる。
それが超常の力『神理』。
そして、その力をふるう者を――神理者と呼ぶ。

十三帝将はその神理者の中でも凄絶極まる理をもっていた。

「十三帝将――久世零生」

虚神。大戦を境に、英雄雄から神罪人に墜ちた者。
そしてそれが現在の虚神の決定的な評価だった。

「そうだ、この風守が崇拝している化物だ。大戦において、殺戮の嵐をふるった神理者。他の罪人とは訳が違う」

第六等戦罪人。
十三帝将十三位――久世零生。
その正体は遥昔の日本を襲った元軍から日本を守った英雄。
元世戦争と呼ばれた日本最古の国難。
その国難から神風で日本を救った英雄「虚神」であったとされている。
国敵討滅の風をふるいし虚神。
その力はリュシオンとの大戦において絶大な力をふるった。

「十三帝将。当世、屈指の神理大国として君臨した日本帝国の中でも
規格外の強さを持った神理者達だ。そして虚神もそこに名を連ねている。
当時の名前は……久世零生。
あの男の破格さ、知らんはずがない」

「……十三帝将……確かに本物の化け物だった……神理者の中でも桁が違ったさ……だがその中でも……隊長は完全に異なってやがった……」

剛蔵の声は苦渋の色が混じっていた。

「久世隊長は十三帝将としても異色だった。所属も立ち位置も……力もな……正直あんな在り方が有りえたのが一種の奇跡さ……ワシ自身今でも久世隊長を本当に理解してたのか、あの人の理を解していたのかわからねぇ……」

独白の中には老兵の苦悩があった。耐え続け生き残った者が背負う苦しみを追体験するかのような慚愧の色が巡るかのようだった。

「理解できぬ者のために全てを水泡に帰する事はあるまい」
冷然としたサジンの問いに、

「……だがなぁ!!」

確信と強い意志を込めて剛蔵は宣言する。

先人の尊厳を守るように剛蔵は生き残ったのだから。

「己の理を信じろ、あの人はそう言った」

――負けても、敗北してもいい。
――己の心を、己の真を信じる事。

虚神の言葉は今もこの老兵の胸にあった。

「誰が否定しようが、自分の信じる事を捨てて生きたいとは思えねぇのよ……」

「剛蔵さん……」

誰に否定されても、自分の信じるべきものを信じる。それはこの風守の人間が大なり小なり抱いてきた思いだった。そして、老人であり、生き残った者である剛蔵という男はその想いに殉じるために立つ。

「出ていきな、ここはおめぇらのような不心得ものがいるところじゃねぇ!!」

老兵の決意を込めた不退転。
岩のような厳粛な理が広がる。
「死を覚悟するか」
「譲る訳にはいかねぇのよ。久世隊長との……男と男の約束なんでなぁ!!」
激しい檄を飛ばし剛蔵は構えた。
理力の波動が広がり、帝国法定式が理法を組み上げていく。
峻厳な波動に法兵が後ずさる。
老人の周りに滾る理法。法兵隊長のそれにも劣らぬ力強さを有していた

理解しきれぬものがあった。成されぬ想いがあった。無念があった。それでも、戦った人間達の想いを信じ、彼らはここに立つ。

その剛蔵の様子にサジンの表情が消えた。

「……俺達はわたしてほしいだけなんだ」
サジンが一歩踏み出す。

「――ここに……あるのだろう…」

サジンは確信を口にした。

「――神器がなぁ」

「っ――」

葉月達に動揺がはしる。
衝かれた言葉は核心で、そして彼女達にとって致命のものだった

「神罪人久世零生の神器 。元世戦争時代に使われた伝説の剣」

冷たく睥睨する瞳が少女達を捉えた。

「――神剣を渡せ」

瞬間その言葉に――時がはぜた
「カアアアアァ」
激しい気合いと共に剛蔵が
一撃をくりだした。

「「「――ヤアアァァァ!!」」」

ラムが
タマノが
エリミナが動いた。

――創世神器を渡せ
サジンの言葉は、我慢に我慢を重ねた彼女達の最後の一線を越えた。
触れてはいけない所に触れたのだ。

もはや交渉の余地はない。
我慢に我慢を重ねたがこれ以上は有り得ない。
ここが限界。臨界点。
交渉の余地も譲歩の可能性も1%として残ってない。

サジンに向かって一直線に駆ける。
彼女達の一撃が四方からサジンを襲う。

――ガキィィン!!

しかし次の瞬間、鳴り響いたのは攻撃を受け止め響いた音だった。

「うっ」
「くっ」
「あっ」

ラムの攻撃はシグーが
タマノの攻撃はバルモワが
エリミナの攻撃はテグムゾが

剛蔵の攻撃を受け止めたのはサジンが。

グロバシオの筆頭が、風守の守護者達の攻撃を弾いていた。

「フンッ」
「グァハハ!!」
「キケケ!」

怒りと共に放たれた攻撃を止めたシグー、バルモワ、テグムゾが
嬲るように笑う。
そしてサジンが――

「――対象の完全な敵対行動を確認」

裁きを宣言する。
ゾッとするほどの底冷えした声。

もはや止まらない。

先ほど覗かせていた嘲りも遊びもない

「あっ……」

その力の気配に少女達の背に死の予感がはしる。

彼女は多くの迫害にあってきた。
だからこそわかる。彼らの害意が紛れもない本物である事を。

「――ここで死ねよ、神罪人共」

戦いが――始まる。