無能力者

悠久ノ風 第9話

第9話 無能力者 

――蒼生安寧

陽光が射す泉で、少女が祈りを捧げている。

――あなたの国が永遠でありますように。

少女の歌が流れる。山麓から降りる流水のように優しく
水面が揺れ波紋が広がっていく。

白い粒子がわきだした。
それはリアリスと呼ばれる神理の光。
彼女が発するリアリスは水のように透き通っている。
なにものにも染み込み、癒しを与えるように。
彼女が持つ水の属性が優しく世界を包んでいく。

――誓いましょう。
――あなたの愛したこの国へ寄り添う事を

彼女の詠唱が流れていく。

風ノ歌が響く癒しの泉で、
少女のリアリスが虚空へ昇っていった。


木々の隙間から射す日の光が眩しい。
森を抜け、草薙達は一つの目的地に到達しようとしていた。

「そろそろ癒しの泉だな」

「ええ、ここまでくれば、目的地までは目と鼻の先です」

この先には癒しの泉がある。

古来から神社と水は深い繋がりを持っている。
農作物をはじめとした水の恵みは昔の人間にとっても生命線だった。
水が豊富な所はそれだけで人々の拠り所となったのだ。
明確な実利は信仰がない人間をも自ずと引き寄せる。
癒しの泉は風守の求心の象徴の一つだった。

その恵み故親しまれ、その神秘故尊ばれてきた。
正式名称は別にあるが「親しみ安いから癒しの泉でいいのじゃ」
と理由で俗称が定着している。

「早綾達が言ってた様な魔物との遭遇も無かったわね、杞憂だったかしら……」

「だぁーから言ったろうラムちゃ~ん。そんなやばいのでないって。心配しすぎよ反省なさ~~い」
「くっ……あんたねぇ~~」

草薙の煽りにラムの怒りゲージが上がる。
しかし――

「!?」

瞬間、草薙の顔色が変わった。
牙のような殺気が一同を包む。
森の奥で膨らむ気配があった。

「待てッ!?」

草薙がラム達を制する。
次の瞬間、思いもよらないものが姿を表した。
姿を表したのは――
「なっ!?」

狼と酷似した魔物――魔獣だった。
「陰狼……」

それも一体ではない。
ぞろぞろと大型の狼のような魔獣が姿を現した。

「これは……」
「そんな……こんな数の魔獣がいるなんて……ありえないでござる」
アゲハの声が上ずり、早綾の声が引きつる。
陰狼と呼ばれる魔物の群れ。
「ガルルルル」
中央に一際大きな個体もあった。
陰狼。
狼がしょうきを浴びて変異した生物であると言われるが、その凶暴性と
力は通常の獣とは別次元の域にある。
普段のくノ一達でさえ、集団をもってあたらないと被害が出る様な難敵である。

完全に魔の領域である魔族達と比べられるものではないが、
防刃の衣さえも容易に切り裂く、巨大な爪牙は人間にとって十分すぎるほどの脅威だ。

「……風守に出る魔物の中ではかなり強い部類に入ります」

アゲハが息を飲んだ。

そしてその巨大な陰狼の前方と後方に控えるように別種の魔物がいた。
それも人型の魔物である。
「なっ!? あれは……!?」

「獣人……」
「魔物……」
それは獣人とも魔物ともいわれるものだった。
姿を現したのは四足歩行の女性型モンスターだった。

見ようによっては愛らしい容姿をしている。
四足で体勢を低くする。
臀部が発達しているのがわかった。くノ一ほどではないが、魅了の
スキルを持ってそうだと草薙は思った。

ハッハッと荒い息を吐きながら小刻みに体を上下に揺らす。
ブルンブルンと胸尻が上下に揺れる。

「月兎族……」
「フェアリーバニーか」

そう言って草薙が一歩前に出た。
「――」

月兎族。
フェアリーバニーとも呼ばれる兎人である。
獣のように四つん這いにポーズをとっている。
狩りの姿勢だ。
「ウー! ウーッ!?」
フェアリーバニーがこちらを見ている。常にはない血走った目からは本来この種が持つ範囲の獣性を大きく逸脱していた。

「危ないでござるよ、草薙お兄ちゃん」
「下がってください、この辺りの魔物も凶暴化しています……」

一番前に出た草薙を早綾とアゲハが静止する。
しかし草薙はくノ一達を庇うように前に出た。

「ちぃ!?……やっぱり何かおかしいわ……魔族の出現とやらと関係があるっての」

ラムは歯がみした。
陰狼とフェアリーバニー。
この森で出くわす魔物としては、異常な敵戦力である。
一命を取り留めたとはいえ、移動するのがやっとの下忍達では分が悪い。
ラムの雷理法による広範囲攻撃を使えば対応も可能だが、
その場合は味方の何人かも巻き込む事になるだろう。

「――」

先頭の草薙が前に出た。
歩くような速さで悠々と。
陰狼達に向かって行く。

一瞬、空間が歪んだ。

「えっ――」

葉月が一瞬言葉を失った。
草薙から感じたのは、生理的な嫌悪だった。

葉月は草薙の背に風を幻視した。
赤と黒。
黒い旗のようなものがはためいた気がする。
だがそれも一瞬の事、草薙は何も纏っていない。

陰狼達が一歩、後ろに下がる。
魔物達は生物としての本能が強い。
ソレが持つ異質な気配を魔物達は感じ取っていた。

「グルルルルル…………」
魔物の群れの中央に鎮座する一際大きな陰狼の威嚇音が響く。

一触即発の雰囲気。
下忍達が構える。
しかしその時、フェアリーバニーがビクンと体を震わせた。

「!?」

獣人の女の瞳が見開かれる。
フェアリーバニーの視線が釘付けになる。
視線の先には草薙しかいない。
フェアリーバニーの美しい顔が歪む。
ナニかに怯えるように体をこわばらせた。

次の瞬間、フェアリーバニーが体を反転させた。
「グルウウウ!!」
フェアリーバニーを従えてたであろう陰狼は、逃げる配下に対して
威嚇の声をあげる。フェアリーバニーは一瞬恐怖に
びくりと体を震わせる。しかし、最後にちらりと背中ごしに
草薙へと振り向いた。
そのまま大きな臀部をゆらしながら獣らしく、文字通り脱兎の如く逃げ出していった。

「えっ!?」
「獣人が……退いた」
意外な事態に葉月は驚きの声をあげる。
陰狼の支配下に置かれていたであろうフェアリーバニーが逃げ出した。

陰狼の支配力を退けるような何かを感じたという事である。

残ったのは、陰狼である。
依然として十分すぎるほどの脅威は健在だ。
「ガルルルッ!!」
陰狼達が一歩前に近づいた。

「ちぃっくるわよ!!」
ラムが身構える。
しかし、陰狼の視線はくノ一達から草薙へと変わっていた。
「ガルルルル……」
獣がくノ一達の集団の先頭をいく、草薙を見据える。
「随分、やる気満々だな」
草薙は視線を飄々と受け流す。

「っ!?」
早綾は圧迫した空気に思わず苦鳴を漏らした。

殺気だった圧力に息が止まりそうになる。

しかし、次の瞬間――

「グウゥッ……」

陰狼が後方へと下がった。
最後に草薙へ視線を激らせると、
フェアリーバニーが走り去った方向へ体を反転させる。
そのまま陰狼は疾風のように走り去った。

「陰狼が……去っていった」
「……いったようで……ござる……」
へたりと早綾が座り込んだ。
緊張が解けたのか足が震えている。前の魔族とは比べようもないが
肝が冷えたのは事実だった。

「そう、ですね」
早綾ほどではないにせよ、アゲハやくノ一達も心境としては早綾と
似たようなものだった。

「ったく、やるんならくればいいってのに全く」
ラムが髪をかき上げる。彼女には全く気後れした様子はなかった。

「でもなぜでしょう、正直戦闘になると思っていました。
最近、陰狼や月兎族は凶暴化しましたから……」

「細かい事は気にすんな。無駄な戦いが無くてなによりなにより」

「なぁーにが無駄な戦いよ草薙。わかってるあんた!! 命拾いしたのよ!あんた前にでちゃってさ!! あんたまっさきにぶっ殺されてたわよ!残念ながらそうはならなかったけど!!!」
ラムがまくしたてる。

「はっはっは。いや正味な話死ぬかと思ったぞ」
「なんであんた先頭にいったりなんかしたのよ!!滅茶苦茶危ないでしょうが!!」

「お前、こんな美人な姉ちゃん達が後ろにおるんやど!!格好つけて
前に出たら好感度爆上がじゃろうが!!」
「おい!?下心しかないじゃないの!!」

草薙の理由がとても俗物だった。

「ウハウハも夢じゃないんやで!!! 彼女いないクロニクルとSARABAも
夢じゃないんやで」

「あんた欲望全開ね!!もうちょっとオブラード包みなさい!!君達を護りたかった的な事いいなさいよ」
「じゃかぁしい!そんな器用な事いえるんだったら彼女いないクロニクル築いとりゃせんわぁ!」
草薙はあまりにも直球だった。そして俗っぽかった。

「わ、私が代表して礼を言おう草薙。その気持ち嬉しいぞ」
「じゃあウハウハOKか?」
「い、いやそれはどうだか……」

草薙が葉月達とそんなやり取りをしている中、草薙の背を見る視線があった。

「…………」
「…………」
(草薙悠弥……やはり私め達が調べる必要がありますね)
(はい、手筈通り。私め達で深いところまで……いかせてもらいましょう)
しかしその草薙の後ろで、数人のくノ一達が訝しむ様な視線で草薙を見ていた。

「ん、どうしたんだ!?」
何事かを話をしていたくノ一達へ草薙は向き直った

「……いえ、草薙様の勇気ある行動に私め達も感服していたのですよ」
「御礼申し上げます。またご恩ができてしまいましたね。このお礼も必ずや」

「お礼か、それは期待してええのんか!」
草薙がずいっと迫った。
「ええ……もちろんでございます草薙様」
草薙のずいっと迫った行動にも、ニッコリとくノ一達が艶然とした笑みを浮かべた。
「お、おう……」
女達があっさり頷いたので草薙は逆に困ってしまった。へたれである。

「まぁあのホームラン級の馬鹿はともかく……陰狼か……やっかいなのがいたわね。それに……獣人まで」
「珍しかったですね、月兎族がまたこの辺りにでるなんて…………」

「あ、でもやっぱり兎っぽかったでござるよ~~ピョンピョンピョーンって跳び跳ねていったでござる~~」

そう言って早綾がピョンピョンと跳び跳ねた。
「あぁ~~●がピョンピョンするんじゃ~~」
うさぎの様に飛ぶ早綾を見て、草薙は何故かテンションがあがった

「よし、葉月ちも跳び跳ねてみてくれ!!」

草薙がずいっと葉月を指差した。

「えっ私がか? なんで……」

「いいから!!」

「こ、こうですか?」

ピョンピョンとアゲハが跳び跳ねる。
ここで
グラビアアイドルが縄跳びをイメージビデオを想像してみてほしい。
ピョンと跳ぶと揺れる。
胸の大きな女の子が縄跳びをした時のように、ブルンブルンと大きく胸が上下した。
「う~~んマンダム」
眼福である。

「あんたさっきから見事にセクハラしかしてないわね! 好感度とか考えないなさい!! もう少しフェミニンな時代に合わせなさいよ」

「好感度など知らぬ存ぜぬ顧みぬ!さぁ今度はアゲハさんも一回跳ねてみて!ぴょんっと」

「えっアゲハめもですか!? ま、まぁ構いませんが……」

ピョン、ピョン。
ブルン、ブルン。
草薙はアゲハの揺れる乳を堪能した。
草薙の疲労が10回復した。

「それにしてもなんでこんな所に獣人がいたのかしら?」
「恵みが強い場所だからな。獣人達が近づいているのも道理かもしれない」

癒しの泉。その力の源はリアリスだ。
癒しの泉があるという事は、リアリスの加護が強い場所である事を意味している。
リアリスは、魔物や獣人にとっても恵みなのだ。

「襲ってこなかったわね……戦闘になればあんたが真っ先に襲われるだろうに……
惜しかったわ」

「マジに残念そうにいうのやめてくれませんかねぇ」

草薙が襲われなかった事にラムは大層残念そうだった。

「陰狼は高い戦闘力を持つ魔物っていうが、本来見境無く人を襲うってわけじゃないだろう」
「その通りだ草薙。ただ最近では魔物が凶暴化していてな。私達も警戒していたんだ。」
「天代様は、負の波動によって、理が凶性を帯びてるって言ってたでござる
やっぱり最近本当に何か起こる予兆があるってのは本当だと思うでござる」
「……なるほどな……でも、怪我がなくてなによりだ」
確かに凶暴な魔物は出た。
ただ、早綾達に被害が出なかった。
それは素直に良かったと草薙は思う。
自分の余計な所も見せずにすんだ。
そして――

「到着だな」」
草薙は前を見る。視線の先に森の出口が見えた。


「わああぁ~」
開けた場所に出る。
目的地に到着したのだ。
早綾が喜びの声をあげる。
森を抜けた先に広がる水の風景。、
生命力に満ちた蒼の景色だった。
その輝きは泉が持つ癒しの力を証明するかのようだった。
聖水とも呼ばれる癒しの水にみちみちたその場所は――

「癒しの泉……」

無事たどり着いた泉で、くノ一達が安堵の吐息を漏らす。
道中色々あったが無事たどり着いた事に胸をなで下ろした。

草薙は乳揉みの礼という事で一番危険な先頭を歩いていた。
くノ一達は心配していたが、草薙はそんなものもどこ吹く風である。

「あんたも、生き残ったようね」
心底悔しがるようにラムはつぶやいた。
「ああもちろんだ。そしてここに至って俺は中々ハイテンションっすよ」
草薙も泉についた事が嬉しい。マジで嬉しい。
なんせ水場だ。水着が見れるのだ!!

「よっしゃー!ついたーーついたどーーーーーー!!」

草薙が万歳、万歳と手をあげた。

「ござる~~」

早綾がひっついてバンザイした。

怪我人だらけのこの状況で癒しの泉の存在は心からありがたかった。

「よかったー!! よかったぞーーー」

葉月がつられて拍手し、アゲハも穏やかな笑みを浮かべた。

周りを元気づけようと意識してはしゃいでみる。
その優しさをくみ取ったのか周囲の下忍達わその光景を微笑ましげに見つめる。
「いいわぁ!! テンションがアガってきたわよ!!!」
なぜかラムは草薙を狙うかのように、折れた木でブンブンとフルスイング素振りをしている。
皆テンションが上がって若干おかしくなっていた。

目の前に広がる癒しの泉。

太陽の光を浴びて、水が煌めいている。
光に照らされた湖底には魚が泳いでいた。

「早く泉に入るでござるよ~」

早綾が足早に癒しの泉に向かおうとする。
「ふふ、これで早綾が漏らしたおしっこも洗い流せるぞ」
「へっ!?」

ふいに放たれた葉月の爆弾発言に早綾の体が凍るように静止した。

「は、葉月さん駄目ですよ! そこは言わないのが優しさです」
「ア、アゲハちゃん!?」

ビクッとした早綾に、アゲハが『しまった』という表情をしてハッと口をつむぐ。

「アゲハちゃんも……早綾がちびったの気づいていたのでござるか!!」

早綾が涙目になった。

「えっ!? いえ、その……まぁあの魔族は恐ろしかったですし……粗相をしても
無理はないかとアゲハめは思いますよ?」
「そ、そうだぞ、早綾」
早綾は魔族達との戦いに心底恐怖した。その時失禁していたのだ。
あの後色々あり、早綾はそれを隠していたのだが……

「なるほど、お漏らしの事実を水に流そうとしていたのだな。文字通り」
「も、もうお嫁にいけないでござる~~」

早綾が崩れ落ちた。女の子座りで目をあてて泣き始める・

「まぁ気にすんな早綾。おしっこで汚れた分、おしっこに濡れた布も洗い流せるさ。
むしろ水につかれる気持ちよさが倍増って奴だ」

「で、でも早綾のおしっこがまじっちゃうのでござるよ!いいのでござるか!」

「――それもまた良し!!」

草薙悠弥は断言した。

「美幼女のおしっこ付き。むしろご褒美ではないか。社会的にはアウトだがそんなのは知らぬ俺が正義だ!!」

「エクセレント! 今回はそこの変態の意見に同意してあげる。気にすることないわ早綾。むしろ風守のパンフレットに、幼女のおしっこが飲める泉という煽り文句をつけてあげるわ。経済貢献よ!」

草薙とラムが全力で早綾を励ます。全力で方向が間違っていた。

「ありがとう草薙お兄ちゃん、ラムちゃん。とってもアウトなので是非ともやめてほしいでござる」

「ふふ、大丈夫だ早綾。この風守は日本人を受け止める優しさに溢れている。
早綾の粗相も許してくれると思うぞっ!!」

葉月がお姉さんらしく早綾をはげました。
下忍達も早綾に暖かい微笑みを浮かべた。

空気が柔らかくなる
そこにはある種、あの悪夢のような戦いの後心が折れないようにするための心遣いもあった。

「んじゃまぁ……」

草薙は太陽の光を受けて輝く蒼の泉を真っ直ぐ見る。

「入るとすっか」


「あ~気持ちいい」
回復の泉に飛び込んだ早綾が喜びの声をあげる。
少女達が無邪気に水と戯れていた。

「それにしても……癒しの泉の力……今日は特に調子がいいみたいだな」

湖水を確かめるように葉月は水の感触に身を委ねた。
体の傷が癒えていく感覚。
聖水が優しく体に浸透していく。
傷だけでなく、戦闘による緊張や疲労までがとれていくようだった。

「よっと」

草薙も泉に入る。
泉に入った瞬間、清らかな水が体を流れていく。
山中でかいた汗が洗い流され、心地よい感覚が体中に浸透していった。

水温はどちらかというと高い。泳ぎやすい環境といえるだろう。
長い間、川で遊ぶと数時間後には鳥肌がたったりするものだが、この水に至ってはいつまでも浸かっていられる気がした。
そして――

「いい光景だな~」

しみじみと草薙は呟いた。
草薙は周りを見た。眼福である。
美女達が水浴びをしている。

最も、法装のまま入っているので、裸ではないのだが、十分である。
水場で多くの美女達が水浴びをしているという事実が、大変目に優しかった。

「ぼかぁ~~幸せだな~~」
ゆるゆるゆるゆる。
草薙はリラックスしきっていた。

葉月や早綾だけでなく他の下忍達も、湖に体を浸している。
命を拾ったとはいえ瀕死の怪我を負っていた事にかわりはない。
下忍達の顔には助かったという安堵があった。

鎮守の海。山の海と呼ばれる風守の湖。
山中にある湖としては異例の大きさだった。
この泉を更に奥に、山の最奥に到達できる。山全体を覆う水源もあるのだ。
風守にある水の理が実現した特殊な箇所の一つでる

「良かった……癒しの泉が機能しているか心配だったんだが、杞憂だったな」
「最近泉の加護が弱まっていたのも、あのケグネスという魔族達が関係していたのでしょう」

魔族は侵蝕の力を持つ。自然であれ人であれ、犯し、魔に染め上げる力を上級魔族は有している。染め上げる事ができなくても、対象が持つ性質や力を減じさせる事も可能だ。

「魔族が鎮守の杜全体の結界を乱していた、という事でござるか?」
「おそらくは……あのケグネスが滅んだ事で結界の浸蝕が止まったのでしょうか……」

「漆黒さんに感謝でござるね」
「でも少し解せないな。泉や結界の修復もあの漆黒がやったというのか」

「それは……少し考えづらいとアゲハめは思います」
彼女達に疑問が浮かぶ。
基本的に、結界の浸蝕が止まっても今まで破壊された結界がすぐに元通りになるわけではない。
山中を歩いている時にも、この癒しの泉に来ている今も感じている充溢した風守の加護。
確かにあの漆黒は強大な力を持っていた。
だが結界の修復の類とは違う質の力だというのが彼女達の共通認識だった。
あれは破壊の力だ。もっといえば死の力である。
だが結界を構築するのは、創造――生の力である。
それはあの漆黒とは相反するもののように思えた。
(あの漆黒とは真逆の力、か)

「まぁ、いいんじゃねぇの」

思索の沼に嵌りかけていた葉月達の耳に、気楽な声が入ってきた。
「草薙……お前は随分気楽そうだ」

「そりゃそうだ。こんなにいい所なんだ。今は今だ。
自分にできる事だけやってりゃいいさ」
気楽に水に浸かりながら草薙は言った。

「そう、だな……うん、私達に今出来る事をしないとな」
ほんの少しだけ、葉月は自身の心の靄がはれた気がした。

「癒しの泉に祈りを捧げよう。アゲハ、早綾大丈夫か?」
「もちろんでござる~~」
「喜んで」
葉月と早綾アゲハ達が結界に祈りを捧げる。
「私め達も手伝いましょう」

下忍達もそれに続いた。
彼女達が並び円環を作った。
各々が構えをとる。
そして少女達の体に理光が浮き上がった。

「「「――蒼生安寧」」」

少女達が誓言を紡ぐ。
大気が巡り、理力が渦巻いた。
無色の結界が光りを帯びた。

夏の太陽が聖泉を照らす中、泉に半身を浸からせた中少女達が、護りの歌を詠ずる。
神秘的な光景の中、
癒しの泉に斉唱が響いていく。

祈りに呼応するように蒼の海に舞うリアリスが明滅。
光が集束し、加護を更に充溢させていく。

草薙は何も言わず彼女達の様子をじっと見ていた。

――我らの祈りは蒼生の安息
――蒼生に幸あれ

少女達の斉唱が続く。
結いの言葉と共に、一層泉に迸る理が波濤のように広がる。

――あなたの国が永遠でありますように

リアリスが立ちのぼり泉が浄化されていく。

時間が経ち少女達がゆっくり目を開けた。

「終わったようですね」
「あぁ……」

「それにしても……この詠唱……似ていますね」
「……そうだな」
彼女達は自身の傷があった所に目をやった。

「魔族と戦って、もう駄目だって時にこの言葉が聞こえた気がしたんだ」
「やはり、葉月さんも聞こえたのですか……」
「蒼生安寧の言葉……やっぱり、皆も聞こえたのか?」

葉月の問いかけにアゲハを初めとした下忍達は首を縦に振る。

「意識はハッキリしてないが、誰かが傷を治してくれた時にもこの歌が……聞こえたんだ」
葉月が思い出すように語る。
「神に祈るような、歌が……」
其れは風ノ歌。
日本を守る神。虚神の歌だった。。


「お疲れ様。まだ怪我も直りきってないだろうに、真面目だな」

一仕事終えた彼女達に草薙がねぎらいの言葉をかける。

「それほどでもないさ。私達はこの結界の維持を誇りに思っているんだ」

「それに終わったらそのままばしゃーーんって休めるんでござるよ~~」

そういって早綾が、ダイブした。

「その格好でそのまま入れるってのはやっぱ便利だよな」
草薙は葉月や下忍達の法装を指さした。

「私達の様なレオタードタイプの法装は神理者なら珍しくはないだろう」

女性は男性に比べて肌からリアリスを格段に多く取り込む事ができる。
「女性の周りの調和を重んじる気質を表してるというのは、古代の神理者の言葉よ。
男でも調和を重んじる奴はいくらでもいるけど、まぁあんた見てると調和もクソもないって気がしてくるわね」
ラムが遠回しかつ直接的に草薙をディスってきたが草薙は鼻をほじって返した。
「特に風守の法装は水はけがいいからな」

葉月が自身の法装を指さした。
葉月は他の下忍と異なる法装をしているが、基本構造は共通していた。

「風守は元世戦争時、海上での戦いが多かった。
水になれるための法装が作られていったんだ。必然それを受け継いだ私達の法装にも反映されているというわけなんだぞ」

「葉月、部外者にそんな情報教えなくていいわよ……」

「いいんだ。少しでも多くの日本人に風守の事をを知ってもらうのは大切だ」

「ラムさん。草薙様はこの風守に久しく来てくれたお客様です。
是、日本人歓迎すべし。風守の教えですよ」

「……わかったわよ。まぁ今は私も部外者だしね……黙ってるわよ」
「そんな……私はラムが部外者だなんて思ってないぞ」

部外者という言葉にラムの言葉に少し陰が落ちた。
葉月もどう言葉を返していいかわからないようだった。
一瞬きまづい空気が流れるが――
「すねんなよラム。後でパンツめくってやっから」
しかし草薙が空気を読まない発言をした。

「いらないわよ!! しかもあんたスカートじゃなくてパンツ!! わかってんの?
パンツめくったらもう抜き差しならんわよ!!」
怒りのラムが蹴りをかまそうとするが、草薙がさっとよける。
「あーもうなんかもういいわ。ほんと気にしなくていいわよ葉月」
フンっと毒づきながらラムが泉の浅瀬に腰をつけた。
「それにしても、ここまで癒しの泉の調子がいいのって久しぶりじゃない?」
「ああ、これなら皆もかなり回復できるぞ。きっとこの神社の神様が私達を見てくれているんだ」

魔物との戦いの後、彼女達は高位の回復理法を受け一命をとりとめたものの、いかんせん限りなく致命傷に近い傷を負っていたのだ。
この泉の癒しは天の恵みというものであろう。

「いい感じでござる~~葉月ちゃ~ん~~」

早綾が葉月に抱き付いた。

「うあぁ、こ、こら早綾ぁぁぁ」

ばしゃりと早綾に抱き付かれた葉月が転倒した。

「あ、危ないですよ。早綾さん」

葉月と早綾が泉に沈む光景を見てアゲハが頭を抱える。
「あんま硬い事いってんじゃないわよアゲハ。もっとリラークスしなさい」
「そうかもしれませんがラムさん……まだやる事は……ってわあぁぁ」
「どーーん!!」
ラムもアゲバに抱きつくように体当たりした。
少女達が絡み合い水中に沈む。

「あはは」

「こ、困りますよラムさん」
アゲハがラムに抗議する。
「いいじゃないのアゲハ、あんたも真面目すぎるんだからちょっとはエンジョイなさい」

「仕方ありませんね……全く困ったものです」

アゲハが抗議の声をあげる。
しかし、その顔には穏やかな微笑みがあった。
少女達が水場で戯れる。

「ぼかぁ~~幸せだなぁ~~」

若干百合である。その光景を草薙ゆるーーく見守っていた。
自分が輪に入らずとも、女の子同士の絡みを見ているだけで幸せな時は
確かにあるのだ。

癒しの泉に、穏やかな時間が流れていった。


「えへへっ、どう!?どうでござるか草薙さん。風守の癒しの泉のお力は」

早綾がやや前のめりになって聞いてきた。
「あぁ、ええよ~ええでよ早綾はん~~」
草薙が適当に手をふって返す。

「へへーー、そうでしょう~~。さすが草薙お兄ちゃん、見る目あるでござる~~」

早綾が顔を近づける。
ちょこまか動き回ったりしてる子供っぽい印象とは、
異なり大人っぽい顔立ちをしているなと、草薙は思う。

「ふふ、草薙お兄ちゃん。私達の歓待が風守の日本人手当でござるよ~」
風守の日本人手当とは、日本人であれば無条件で受けられる手当であるらしい。
早綾の姿勢は意図が感じられていた。
それは、グラビアポーズ。
哲学的にいうなれば、古式ゆかしきおっぱい強調ポーズだ。
早綾1●歳とか、タイトルがつきそうである。

「お前、絶対仕込まれてるだろ」
早綾のプロポーションは小学生のそれとは思えない。
小慣れていますね、この少女くノ一。

「今の早綾のくノ一力、初段でござるよ~~」

グラビアポーズでパチリ、と早綾が大きな瞳をウインクする。
年よりも大人びて見えるので少しドキッとする。

(くっ!あざとい!!だが可愛い!!)
草薙は認めざるをえなかった。

「早綾、お客様をあまり困らせてはいけませんよ」

アゲハがやってきた。魅惑的なポーズでこちらを見下ろしている。
こちらもこういう事に慣れている気がした。

早綾がぷーーっと頬を膨らませた
「アゲハちゃんは、ずるいでござる~~特に何もしなくてもくノ一力二段位ありそうでござる~~今のポーズもあざといでござるよ!!この清純小悪魔!!」

「ご、誤解です早綾さん。アゲハめは普通にしていますよ」

早綾の言いがかりにアゲハが驚く。

「早綾、風守のイメージアップ貢献するのは実に結構な事だ。独身の日本人男性
の癒しになるのは、風守の求心力に繋がるのだが……刺激がやや強くないか」

「そういう葉月ちゃん普段くノ一段位低いよね? 3級位?」

「ちょっと待て早綾よ、なぜ私が早綾より低いんだ。お姉さんだぞ私!!」
「えっ!? あっ……うんっごめんね」

葉月が割とマジに食ってかかってきた。早綾が若干引き気味である。
あまり大人っぽく見えない、
特に『お姉さんだぞ私』の部分は失笑ものだ。
ぷっ。
「なぁ草薙、今失笑しなかったか? ぷってしなかったか?」
葉月が真顔で聞いてきた。少し怖い。

「してないしてないしてへんよ。でも、まぁお前はくノ一段位高いと思うから安心していいぞ」

草薙は、はち切れそうな葉月の胸に目をやった。

「そうか、高いか、そうだな、私はお姉さんだからな」
葉月が安心したような笑顔を見せる。
こんなにちょろくてくノ一としてやっていけるのかしら、心配だわ、草薙は若干心配だった。

ただ、下忍やアゲハのスタイルを見るに、そういう点では皆くノ一段位は
高いといえよう。
「諜報がお仕事ですもんね、女スパイですもの」
草薙は神妙にうなずいた。

「ござる~~いっぱい私達は日本人を癒すでござるよ~~」

「そ、そうです早綾さん。草薙様、と、とにかく……風守は多くの日本人を助けるための組織なのです。おわかり頂けましたか?」
コホンと若干顔を赤くしたアゲハが咳払いをする。
こういう話題は意外に弱点なのかもしれない。
「あぁ、よくわかったとも」

やや強引な話題転換だが、草薙はのってやる事にした。

「この泉は、たくさんの日本人を助ける泉なんだよ」

そう語る早綾の顔はどこか誇らしげだった。
風守の人間、日本の民に手を差し伸べてきた人間としての
自負がどこかにあるのかもしれない。

「いい場所だろう、ここは」

葉月は広大な泉を見回した。
静かに流れる水や、仄かに浮かんでは消えるリアリス。
そして、傷や疲労が癒えていく回復の理を含んだ水。
癒しの場所といっていいだろう。

「確かに、疲れた心と体に効くな。ここは」

「あんたもやばかった感じ?心に悩み抱えている系?」

「疲れてたんだよ……」
「何に疲れてたのよ?」

「……人生、かな」
「お、おう……」
草薙の言葉にラムがなんともいえない顔をする。
人生にという言葉が若干重かったらしい。

「むしろ今の日本、疲れてない奴の方が少数派な気がするぞ」
「まぁ……確かにね」
珍しくラムが同意する。

「みんな……日本人疲れてるからな……だからまぁ……」
そこで草薙は空を見上げる。
日ノ本の地を照らすように燦々と照り輝やく太陽が見えた。
「――日本人の気持ち楽にしたいよな」

ふと、草薙悠弥は心からそう呟いた。

「えっ……」

その言葉に女達ははっとした。

「どいつもこいつも疲れている。憂鬱な気分になる事がまぁ多いわな。
めんどくさい世の中だけど、楽な気持ちにしてやれりゃあいいんだけどな」

なにげない一言だった。
葉月とアゲハはその一言を聞いていた。
あの魔族の戦いの場にいたという点で彼女はいまだ草薙を注視している。
ある種突拍子もないような言動。

だが、このつかみどころのない草薙悠弥という人間がふと本音をもらしたような気がした。

「ねぇあんた……」

ラムは少し首をかしげた。

「自分が楽になりたいんじゃなくて、周りの人間を楽にしてやりたい、なの?」
「いったっけ?」
「いったわよ!」
「そうでしたっけうふふ」

草薙は柳に風と受け流した。

「草薙、それは風守の心だぞ」

気づけばアゲハと葉月が少し近づいていた。
アゲハも草薙の真意を測るように見ていた。ただアゲハの視線はどちらかというと疑問の目に近かったが。

「今の世の中日本人の味方ってのは中々いない。
だから風守はこの日本人の為にある。それは昔から変わらない」
葉月が蕩々と語る。
日本人の為にある。その言葉は神罪人の社として弾圧された葉月達にとって重いものがある。
それは弾圧されても尚、信仰を貫いた人間としての覚悟だった。
内心には葛藤があるだろう。しかしそれでも葉月達は風守の信仰を良しとしているのだ。

「信仰だな」
「ああそうだ。信仰だ。私達は風守だからな」
使命、と語る葉月達の顔には確かな決意があった。

「そうでござるよ草薙さん、風守マジ半端ないんだから。だからおもてなしでござるーーーーーーーーーー」

早綾が抱きついてきた。

「風守は日本人の為の神社でござるよ~~」

早綾が真っ直ぐに草薙を見る。

彼女達は戦っていた。
信仰を信じて。
使命を信じて。

――日本人の為に
その言葉が草薙に反響していく。

「日本人を救う、か」
草薙の呟きは虚空に消えた。

◆ 

「さて、そろそろか」
草薙は立ち上がる。

癒しの泉に入ってしばらく時間が立ち、葉月達の下忍達もある程度
回復している。
「やるんだろ、調法?」

草薙は葉月達に向かって手を差し出した。

「えっ……」

「わかってたさ。お前達ずっと俺を疑ってただろう? まぁあんな状況であんな所にいたんだ、疑うのも無理はない。ハッキリさせた方がお互いスッキリするだろう」

相手の理力を探る調法。大まかではあるが相手の力を把握する事ができる。
最新鋭のアナライザーを使えば「視る」事も可能だが、相手に接触する調法が古式ゆかしき方法である。
接触する事で調べるのが調法。
そして接触により相手への干渉も可能な法も存在する。

「あ、あぁ」

葉月達、諜報を活動を主とする人間はこの手の力に長けている。
要は魔族を倒した人間が草薙ではないかと、葉月達が疑っているという事だった。

「ではアゲハめがやりましょう……」

「いや、アゲハ。私がやろう」
アゲハを手で制し、葉月が名乗りあげる。

現在、彼女達は理法がうまく使えない状態になっている。
ケグネス――魔族の侵蝕を受けた影響だ。幸い侵蝕されきる前に、漆黒が魔族を滅ぼしたので魔墜ち、侵蝕はされずにすんだが、短期的な後遺症として理法が安定して使えない状態にあるのだ。

現在葉月のみはほぼ万全の状態で使用可能との事だ。
アゲハと何人かの下忍は若干マシだが、葉月の回復具合に比べれば弱い。
必然的に葉月がやることになった。

「目が覚めた時はまだなんかこう……違和感があったんだ……多分アゲハ達がいま患ってるような違和感だと思うんだが……何故かいつのまにか消えてたんだな……」

「考えても仕方ありません……私達のは時間が解決してくれるでしょうし」

「ともあれ、私がやるのが最適だろう……」

そう言って葉月が草薙の前に立った。
「じゃあ、よろしくな、葉月」
「あ、あぁ。任せておけ草薙」
葉月は明らかに緊張していた。

葉月がひょこ、ひょこっと手をだそうとしている。
手を握ろうとしているのだろうが明らかに挙動不審だった。
「申し訳ありません、草薙様。葉月さんは男性にあまり慣れているのです」
アゲハが申し訳なさそうに頭を下げた。

葉月が男慣れしてないのかかなりの迷いが感じられた。

「緊張してるのか?」
「うっ!?」
「男が苦手なのか?」
「あ、あぁ……すまない」
「そんなに性欲が強いのにか?」
「あ、あぁ……って違う!! 別に性欲強くないぞ」

「またまたぁ~~」

「やめろ、そんな哀れむ様な視線をむけるなぁ~誤解だーーー!!」

「……葉月さん、アゲハめがかわりましょうか? 今ならアゲハめも多少はできすし」
いたたまれなくなったアゲハがポンと葉月の肩をたたく。

「だ、大丈夫だあぁーーーー」

気づけば葉月の緊張も消えていた。若干やけっぱちだったが。

「じっとしててくれ」

葉月の口調が真剣みを帯びる。
葉月が草薙の手を握ってくる。

本当に苦手なのだろう。
ブルブルと手が震えているのが草薙の手から伝わってきた。

「おめぇ大丈夫か、てんぱりすぎだろう常識的に考えてぇ!」
「おっ……おおうぅ」

葉月が変な声をあげた。
アゲハは少し頭を抱えている。
他の下忍達は「葉月さんは仕方ないですね」と涼やかな顔をしていた。

(仕方ないな)
だから草薙はリラックスする言葉をかけるようにした

「お前乳でかいな」

「ぶっ!?」

草薙は精神攻撃をしかけた。
葉月の精神が削られた

「……やはり変わりましょうか葉月……」

「い、いやぁ……だ、大丈夫だぁ」

割と限界だったが、職業意識がギリギリで勝ったのか葉月が手をぎゅっと握る。

「ほい、きゅっとな」
草薙が、葉月の手を握った。
「ひゃんっ」

葉月が変な声を出した。
うん、君はいちいちエロいね。悪用されないように気を付けてね。

「――大丈夫だ」
「えっ?」

「自信持て。真っ直ぐ相手を見るんだ。お前見たいな一途な奴は相手を見る事だけを考えろ」

「相手を……見る」

「大丈夫だ、お前ならできる」
「あっ、あぁ……」

葉月が目を閉じる。ゆっくりと、葉月の体に光りが纏われた。
調法が展開される。葉月の中に草薙の理が流れ込んでくる。
「ッン……」

葉月へ流れ込む草薙の理。
しかしそれは意外な情報を葉月にもたらしていた。

「えっ……」
葉月から驚きの声が漏れた。
「うそ……何も……」
――全く何も感じない。何も力が無いのだ。

(草薙は……理力が……)
「無いのだ」
草薙はあっけらかんといった。

「無能力者って奴だな」
「あっ……」
葉月は一瞬言葉に詰まる。彼から、草薙悠弥から何も感じられなかったという事実。
それは紛れもなく――
「俺はFランクだ。Fラン底辺でもなんでも好きなようにいってくれればいい」
Fランクは無能力者のカテゴリだ。
理法使いとしての力が全くないものが、あの魔物を打倒できるはずがない。
そして、それは無能力という証明。

「能力階級Fランク。無能力――只の日本人だ」