道中にて

悠久ノ風 第8.5話

第8.5話 道中にて

草薙達は森を歩いていた。

鎮守の杜は、鎮守の『森』でもある。
緑豊かな山々。
初夏の陽射しが森を照らし、
優しい風に木々が揺れている。
流れ出ずる山水の音が耳に心地よい。
時折休憩を挟みたい時はちょっとした水場がある。中にはリアリスの密度が濃い
場所もあった。
風と水の理が緩やかに森に息づいている。
魔族の気配はない。。
先ほどのような、凶暴な魔物が出る気配もなかった。

穏やかな森を彼と彼女達は進んでいく
様子は三者三様。

葉月は警戒しながらも、自分達の命を助けた漆黒の存在が気になっているらしい。

アゲハはやはり草薙の事を探るような気配があった。
日本人である、という事意外出自不明の草薙に思う所があるようで、やたらと色々な事を聞いていた。
葉月は草薙が“漆黒”の関係者でないか、という疑問を捨てきれていないようだった。

そして当然ながら、ラムの草薙に対する態度は刺々しいものだった。。
そして――

「――うむ、そこで大妖怪もみ乳が現れたのだよ」
「ほへ~~草薙お兄ちゃんは物知りでござる~~」
そして草薙悠弥は全くその空気を読んでいなかった。
『大妖怪もみ乳乱を起こすの巻』「というタイトルの
妖しげな昔話を早綾に語り聞かせている。

「あ・い・つ・は~~」

ラムの血圧が軽く上がった。だが草薙は構わず話を続ける。

「大妖怪揉み乳は、昔から風守に不定期的に表れるものだ。
魔物との伝承があるが俺はそうは思わない。そう、揉み乳の想いは人々の暮らしの
営みの中で、今も静かに息づいているのだよ」

「えぇーーでも大妖魔揉み乳はかなり前に討伐されたでござるよおーー。なんかすんごい戦いだったらしいでござるよ」

「知、知っているのか? 早綾」
葉月が早綾におそるおそる聞いた。
「大妖怪揉み乳。風守に時折出没した存在でござる。
凄い勢いで、風守の女の乳をもんだらしいでござる。
最初は『別にええやん』ってレベルの揉み方だったらしいんでござろうが、
ある事件をきっかけに『もうあかんやん』ってレベルになったらしいでござる。
死闘だったみたいでござる~~」

「時折出没してはは、風守の女の乳をもむ大妖怪よ。狼藉し過ぎて
外部の協力を得てガチでボコにしたという噂よ」
ラムもやたら詳しかった。
「へ、へぇーそうだったのかぁ~~」
「っていうか葉月ちゃんもその話知ってるでござるよね。
別に無理してカマトトしないでいいでござるよ?
葉月ちゃんがムッツリスケベなのは早綾ちゃんとわかってるでござる」
「おい早綾しれっと、既成事実を作るんじゃない!!」
「退治される際に『揉み乳は死なんよ、乳もみてーーと思う理がある限り何度でも蘇るさ』って言い残したらしいわ」

「……ちょっとモミ乳討伐戦が気になってきたぞ……」
ごくりと葉月が息を飲んだ。

「揉み乳か。実に興味深いとも。俺もかくありたいものだ」
「あらないでよ!絶対かくあらないでよ」
「はっはっは」
ラムの叱咤を無視し、草薙が前を歩いていった。
その様子を歯がみするラム。

「ねぇあいつ大丈夫かしら。消した方がよくないかしら?」
ラムがしれっと物騒な事を言った。
「大丈夫でござるよ~。草薙さんはご飯をおいしそう~に食べてたでござる~
米をあんなに美味しそうに食べる人に悪い人はいないでござる~」
早綾は嬉しそうにピョンと跳ねる。
風守のおにぎりを美味しそうに食べた事がうれしかったらしい。
そんな後ろの女性陣の会話をよそに、草薙はあくまで気楽だった。
「いい気分だ~~」
木漏れ日を受け、草薙は大きく伸びをした。

「あんたこの状況でよく暢気にしてられるわね」

「太陽の光は鬱病を軽減する効果がある。ハイテンションなのも当然だ」
「そうなのだ草薙!! 日の光は素晴らしいぞ。」
葉月にとって嬉しい話題だったらしい。鬱病という言葉に反応した気がした。
触れないでおくのも優しさだろう。

「ふふ、でもその理論だと日の本民オールハイテンションよ!!
ビバ日の本!! 矛盾してるわ」
「小賢しいぞ小童!!」

そんな感じの糖分低めの会話をしながら、山中を進んでいく。
そこで草薙があるものを見つけた。
見つけた、といっても雑草である。その雑草の名前は
「ナズナか」

ナズナはどこにも群生している野草である。
止血効果もある。
薬草にもなるものだ。
「ふふ、これぞ風守の神秘がなせる草でござる!!さすが神秘の山でござるーーーーーー」
鼻息を荒くして早綾が言った。
「普通の山にもあるけどな!ナズナ!」
正直どこにでもある草だ。ぺんぺん草とも言う。
ペンペン草も生えないという言葉があるが、それだけこのペンペン草こと
ナズナはどこにでも生えるという事だ。

「うっ!? まぁ確かにどこにでもある野草でござるが」
目をそらし指先をちょんちょんとさせた。
「それもまた良し。どこにでもあるという事は誰にでも嬉しいって事だ」
どこにでもあるものが健康成分を含んでいる、それはいいことだと草薙は言った。

「止血効果もあるしなある。戦いの中でも使いやすいだろう」
鎮守の杜ではナズナが多く見られる。
元々生えやすい草であるが、それを考えても数が多い。
自然に発生しているのにプラスして、栽培もしているようだった。

「戦いに従事する者が多いですからね。少し栽培もしているんですよ」
ナズナとよもぎは栄養価も高く、止血効果もある。
彼女達のように戦いに従事する者が多い中で、生育する野草としては適しているといえた。
「ナズナは俺も好きだな。食えるしな。あと健康にいい」

「どこにでもある雑草だけどね」
「雑草だからいいんだ。どこにでもあるって事は誰の役にも立つって事だ」

話を聞いていたアゲハが草薙を見る。
「天は世を捨て暮らしている人の為にナズナを生じた……そういう言の葉もあります。
天は私達を気遣ってくれているのかもしれませんね」

そう語るアゲハの言葉は少し複雑そうだった。
彼女達下忍は神罪人である虚神の眷属という立場にある。
世を捨て暮らす彼女達だ。自身は虚神の眷属としてこの日本という国へ尽くしたいという思いがある。それが彼女達の信仰だからだ。
(あなたに全てを捧げます、か)
草薙はナズナを見て、思い出す言葉があった。虚神に仕える者達が残した言葉。
その者達同様、彼女達も己の主神に自分を捧げているのかもしれない。

「おらあぁぁぁ!おしりぺんぺん草ぁぁ!!」
「ひゃうん!!」
唐突に、草薙が早綾の尻をペンペンした。
「な、なにをするでござるか草薙お兄ちゃん」
「すまない、ナズナの話が続いたのでお尻をペンペンしたくなったのだ……」
「お尻ペンペン草、ふふ……」
葉月が妙にツボに嵌ったらしい。
コイツのツボはよくわからない、と草薙は思った。
「ちょっと草薙、突発的に変態行為をするのは控えなさい!! ムラムラするじゃないの!」(また)草薙の
ラムが軽く切れた。
「ラムがムラムラするわけか」
「まぁだいたいそんな感じよ!!わかってるわねあんた!!」
ラムも中々電波である。
「安心しろ、俺もナズナを愛されてるとも。よって誰が相手だろうとお尻ペンペン草する事にためらいはない」
「あんた世を捨て過ぎよ!! もし平和ボケ世界だったら、あんた捕まる勢いよ!」

「そうほめられたら、てれるやん」

イマイチ突っ込み不在のまま、彼らは山中を進んでいく。

癒しの泉への道程は順調だった。そして草薙がまた野草に目をつけた。

「よもぎか」

草薙が山中に群生しているよもぎに目をつけた。
よくよく雑草に目ざとい男である。
「いいところに目をつけるじゃないか草薙。よもぎはいいぞぉ~~」

葉月が好きなアニメをオススメするような勧め方をしてきた。

「天ぷらにするとうまいな」
塩をつけるといいのだ。
「本当に日本は健康野草の宝庫である」

「わかってるじゃないか草薙」
どうやら葉月のお気に召したようだ。
うむ、と言って草薙はよもぎを口に運ぶ。

(うん、いいな)
冷えた飯も、賞味期限の切れた納豆も、だいたいのものは有り難がって食べるのが草薙という男である。

草薙はもしゃもしゃとよもぎを食べる。
「い、勢いよく食べるじゃないか草薙。体力とか回復するか?」
「あぁ、悪くないとも」
やはり風守の地は野草が豊富だ。豊かな地に育まれたナズナやよもぎ、
その他食べられる草も多数生えている。
「ふふ、草薙お兄ちゃん、何も今食べなくてもいいでござるのに」

「実際に触れてみないとわからない事があるからな」

草薙は小川の水を手ですくって口に運んだ。
冷たい感触が喉に広がっていく。
野草と水の組み合わせは中々に悪くない。

「あそこにも、面白いのがあるな」
木を指さした。
木に面白いものが生えていた。
「あっ猿のこしかけでござる~~」
早綾が目を輝かせた。
「猿のこしかかけも、薬の素材になるな」

「お、よく知ってるでござるね草薙お兄ちゃん」

「あぁ、昔金に困った時に森にとりにいったもんだ。ってもその時は結局売らなかったけどな」

「そうなのでござる~~引き取り手が中々見つからないでござるが、
薬の素材だからひげ爺に売れるでござるよ~」

「ひげ爺?」
「薬を作ってくれるお爺さんでござる~~。色々な素材を混ぜて怪しげなお薬を作ってくれるでござる」

「調合スキル持ちなのか」
「そうでござる~~。色々な素材を混ぜて色々な素材を作ってくれるでござる~
だから、ひげ爺薬局でござる~~」

「なるほど、なんとなくわかった」
なんとなくだが。
「マムシやムカデを持っていってもいいでござる。
薬やお金に替えてくれるでござるよ~~」

「まぁ、ムカデとかだとお小遣い位にしか換金できんがな……うん、あまり私達の本業ではないな。くノ一らしい仕事しないとな! うん!!」
葉月が若干必死に主張してきた。
「葉月ちゃんは虫苦手だからそういってるだけだよね。嫌な事やりたくないだけだよね。性根が腐ってるござる」
「そこまで言われる筋合いがねぇ!し、しかもそ、そんな事はないぞ、お姉さんだからな、ムカデ位余裕だぁ余裕!」
そんな感じで葉月がムキになって怒った。苦手なのだろう。
そうして草薙は、早綾達から、さるのコシカケやマムシやムカデなどの素材から様々な薬を作るひげ爺の事を聞いた。
他にも様々な話を聞きながら、草薙達は森を進んでいく。
草薙は前を見ていた。
視線に映る桃のような物体に目を奪われる。
「……やはり素晴らしい」

視線に映る下忍達の後ろ姿。
大きな尻がプルプルと左右に揺れる。
その肢体は彼女達のくノ一としてのスキル「魅了」の効力を引き上げる力があるだろう
うん、間違いないと草薙は思う。
風光明媚な山中を歩きながら、前方の下忍達の揺れる尻を見れるのは中々に
眼福だった。

ぶるぶる、ぷるぷる。
下忍達の桃の様なお尻は自然の豊穣の恵みを感じさせた。
だが……
(ふむ……)

だが彼女達が本調子でない事に草薙は気づいていた。

微妙に足をひきづっている。足取りは重く無理に足を動かしているような印象だった。重心の偏りも大きく、彼女達本来の歩法が崩れている事が容易にわかる。
それはずっと彼女達の尻を、歩きを見た草薙だからわかる微細な変化だった。

「俺が先頭に行こうか」
草薙は前を歩く下忍達に声をかけた。

急に声をかけられたのか、下忍達は少しびくっとなる。一様に「えっ!?」と振り返った。「…………」
この反応は似ている。
クラスでぼっちの男子が、何かの用で女子に声をかけた時の反応というべきだろうか。
或いは職場で普段めったに話をしない
職場の男性社員が業務上の理由で女性社員に話かけた時の反応だ。

それは草薙にとって中々胸が苦しい反応に近いものがあった。う~ん軽い黒歴史といった所である。

ただ違う点があった。くノ一達の表情からは、戸惑いはあっても嫌悪の表情が含まれてないように見えないのは精神衛生上よろしい。

「あなたが、いえ、草薙様がわたしめ達より前を進んでくださるという事でしょうか?」
下忍達はスムーズに取り繕い草薙に柔らかくほほえみかけた。日本人の味方、という訓戒を守っているだけある。

「あぁ、あんた達怪我が完治してないだろう?」

「ていうか草薙、あんたこの娘達の尻をガン見してたでしょ」
「うむ、その通りだ。正直ずっと見ていたい気もする。その桃の様な尻を」
「……草薙お兄ちゃん正直でござるね」
淡々と答える草薙に早綾は若干の狂気を感じた。
お尻を見ていたいという正直な草薙の答えに、くノ一達は「あっ、あはは……」と愛想笑いを返した。
お手本のような愛想笑いである。よく教育されていると思いながらも草薙は言葉を続ける。

「怪我の時位は無理しなくてもいいんじゃないか?」
「私め達を気遣ってくださいありがとうございます……でも草薙様が危ないかと存じますが……」
「そうよ、あんたパンピーでしょう。先頭に立つって意味わかってる?。もし魔物が出たら一番危ないわよ。まぁあんたは一刻も早く死ぬべきだけど」

「おいラムこう最後本音漏れてんぞ!! まぁ先頭が危ないって話なら、なおさら男が体を張るべきな気がするが」

「危険を承知で、ですか?」

「俺はぼっちだからな結構強いぞ」
メンタルとか、といって、草薙はむんずと前に進む。
「え!? ぼっちだから!?」
ぼっちだから強いという謎理論を展開する草薙にくノ一達は驚く。

「……あんたもぼっち族か。そう言われちゃ仕方ない……命拾いしたわねこんちくしょう!!」

「え゛っ、そこで納得しちゃうのでござるか!?」
早綾が突っ込む。
ラムの電波も中々のものだった。
先ほどの強力な魔物が出たばかりだ。
万全でない状態で魔物の奇襲があった場合、一番リスクを負うのは一番先頭である。

「お気持ちはありがたいのですが……」

苦しい状態にある下忍達とはいえ、草薙が彼女達に代わって先頭にいくという提案に下忍達は逡巡した。その迷いの源泉は彼女達の信仰に依拠する部分が大きい。
「私め達は日本人に尽くすものです。お客人である草薙様を危険な位置に晒すわけにはいきません」
普段ならともかく、凶悪極まりない魔族の襲撃があったばかりである。そんな時に客人である草薙を一番危険な先頭ににおくわけにはいかない、その意見は彼女達の立場にとってはしごく真っ当と言える。
そんな真っ当な意見に対して草薙は
「男だからな。女の代わりに危険を買うのは、役目みたいなもんだろ」
ごくごく単純な理由で返した。
「しかし……」
「先ほど葉月の乳を揉ませてもらったからしな。その礼だ。礼ならあのおっぱいに言うといいぞ」
「こ、こらぁ草薙、思い出させるんじゃないぞ!!」
葉月の声を背に受ける形で草薙は前に出る。
「てゆうか正直な所、あんたらが戦った様なやばい魔物は今でねぇと思う。だからまぁ、そんな大げにとらえなくていいいさ。安心してついてくりゃいいんじゃね」
彼女達を先導するように草薙は前を歩き始めた。

草薙が少し歩いた後、後ろからついてくる足音がした。
ラムと早綾である。

「待ちなさいよ草薙」
「おーラムこうか、どした?」
「私も先頭にいくわよ。あの娘達に頼まれたしね」
「あーそりゃいい落としどころかもな」
「てかこれがベストかもね。魔物がでてきて、あんたは魔物にぶっ殺されて、私はその隙に魔物をぶっ殺す!! 素敵!エクセレント!!」
「悪意を隠そうともしねぇ!! 」
「乳揉んだり乳揉んだりあんだけご無体ぶちかましておいて、厳しくならんわけないでしょう!!あの娘達が優しすぎんのよ」
「そりゃあ反論できねぇな」
草薙が頭をカリカリとかいた。

「いーい!? あの娘があんたに優しいのは、あんたが日本人だからってだけだからね。勘違いしないでね」
「貴様、ガチの非モテをなめるな」
「なん、ですって?」

「優しくされたらコイツ俺の事好きかも?って思って勘違いして騙された数すなんざ半端なくいってるぜ。勘違いをな雲十回と繰り返すとな……枯れちまうんだよ…………心とか口にいえない事とか色々が……なめんま!」
草薙の自身の傷を抉る様な独白にラムの顔が引きつった。
「お、おう……」
悪い事をいったと思ったのかラムがどう言葉に詰まった。
ふふ、この生意気な娘を黙らせてやった。心はなぜかうちひしがれたが。
「うぅ、おいたわしいでござる~~」
早綾がよよよと泣く動作をした。
目頭を押さながら草薙にもたれかかる。上目遣いの可愛い瞳が草薙を見つめた。

「いつでも風守に来ていいでござるよ。日本人なら誰でも大歓迎でござる。アゲハちゃん達美女もついてくるでござるよ」
パチリ、と早綾が可愛くウインクした。
「おいこのロリあざといぞ!! いいぞもっとやれ!!!」
草薙は辛抱たまらなかった。
「きゃーー早綾、◯されるでござる~~駄目でござる駄目でござる。そういう事していいのアゲハちゃんだけでござる」
「あの……早綾さん。アゲハめを前面に押し出すのはどうかと思うのですが」
賢さ遊び人クラスの会話をしながら先頭組は先へ進んでいく。
その少し後ろで葉月は下忍達に手を貸していた。草薙達が前を歩いてくれている
おかげで、彼女達は気を張らなくてすんでいた。少し安心したのか、下忍の一人の
足がもつかれかかる。
「大丈夫か、私が手を貸そう」
葉月が足取りがおぼつかない下忍に肩を貸した。
「ええ、私めは大丈夫です。葉月さんこそ大丈夫ですか? 随分と……その、揉まれたようですし」
「そ、それはまぁ……」
葉月は草薙の事を思い出す。あの揉まれっぷりは半端ではなかった。思う所がないわけではない。しかし。
「まぁこんな時だしな。子供のように優先順位がつかないわけでもないぞ」
傍らに手を貸しているくノ一達を見て葉月は笑いかけた。
現実的な話、死ぬか生きるかの状況で
乳を揉んだどうだの言っている暇はあまりなかった。今支えてる仲間。
生き残った仲間達はギリギリの状態だ。奇跡のような高位の回復理法によりギリギリで生存を得たに過ぎない。
死にかけの仲間に手を引いてる状態で騒いではこの状況でいっていたら、かなりの平和ボケだ。残念ながら葉月達は平和ボケが許されるような幸せな状況にない
葉月はよろめく下忍に手を貸した。
「とにかく、大変な時はお互い様だ。遠慮無く私も頼ってくれ」
「私め達のために申し訳ありません。ですが……大変なのは葉月さんも一緒ではないのですか」

「気にしなくて大丈夫だぞ。何故かはわからないが私は魔族の呪毒が殆ど残ってないらしい。体は楽なんだ」

「それはまた……葉月さんの理法の力でしょうか。葉月さんは私め達にはないものを持っています故」
「う~~ん、それはどうなんだろう」

確かに葉月は他の下忍にはない力を持っている。だがそれとこれとは無関係な気がする。
別の何かが、葉月の体から魔族の呪毒を消してくれたような不思議な感触があった。
それが何かはわからない。だから、
「強いていうなら……虚神の加護がかもな」
苦笑し、でてきたはそんな当たり障りのない言葉。
手を貸した下忍も痛む体をよそに力無い笑いを返した。

「あの……」

その後方でアゲハは別の下忍達に随行し、先頭の草薙達を見ていた。好意や恋慕の類いの乙女めいた感情では断じてない
その目は冷静にじっと観察するように草薙に視線を向けている
「アゲハ、彼をどう見ますか?」
「アゲハめとしては、調べる余地があります……疑う事はしたくありませんが……」
「大丈夫ですよアゲハ、私め達も草薙様の事をを調べねばと考えておりますので……まさか彼が先頭を歩いてくれるとは思いませんでしたが……」
下忍達の声にはわずかに安堵の響きがあった。怪我の影響が色濃い。その状態で先頭に立ち緊張感を保つのは負担が大きかったのだ。
「アゲハめも驚きましたよ。ただ、皆さんが了承したのも少し意外でした」
「そう、かもしれませんね。私めも不思議なのですが…」
そこで下忍達は先頭の草薙達を見た。
「彼からは…逆らいがたいものを感じるのですよ」


草薙達は更に奥へと進んでいた。小川のような小さな水場が点在している。
水場がおおいのは風守の特徴だが、それにしても数が多い。
そして水の煌めきは常のものより強い。

「癒しの泉、近くなってきたな」

徐々に近づいてきた。だが後続の調子はあまり宜しいものではない。
距離を下忍達が後ろから少し遅れてやってきた
息が荒い。彼女達も自身がここまで消耗しているとは思ってなかったのだろう。
ついに足を折り倒れそうなった。

「申し訳ありません、私め達が遅いばかりに」

「いんや、気にする事ないっすよ」
「まさか……ここまで怪我の影響があるとは……」

「し、仕方ないでござるよ。魔族、本当に強かったんでござるから」
少し疲労の色が濃い下忍達を早綾が慰める。
「できるだけなんとかしないとな」
そう言って草薙は再び前を歩き始める。その言葉にはくノ一達を心から憂慮する響きが含まれていた。

しばらく歩いていく。後ろから視線を感じた。
草薙を監視する意味合いもあるのだろう、しかしその視線も
どこか心もとない。

やはり体力の消耗が激しい。
彼女達は大人数で動くため、平然を装っているが疲労を押し殺しているのが見て取れた。癒しの泉も近づいてきたが、まだ距離はある。
休憩をとるのに加え別の対策をとる必要があるだろう。
そう思い歩き続けていた草薙の視界の端に、森の中に一際輝リアリスの光りが目に入った。
「……ラム、少し待ってろ。後ろの下忍達が追いついたら適当に休憩していいから」
「えっ、あんたどうしたのよ!?」
「お前達に役立つものを見つけたかもしれない、そこで待ってろ。後ろの下忍達も楽にしてやれるかもな」
「ちょっ!? どこにいくのよ」
怪訝そうな顔を浮かべるラムを無視して草薙は脇道に入った。

足を速める。
木々を縫うように一歩二歩。そして脇道に入る。
脇道はリアリスが多く舞っている。草薙は改めて森を見る。
ここまでリアリスが充溢している森は稀だろう。それはつまり――
(いいもんがあるって事だ)
単純な結論だった。リアリスは空間に干渉する。それによって特殊な場所が発生するのだ。
草薙が獣道に入る。人が進んでいくような道ではない。
だが草薙は構わず進む。
獣道の中で更に、抜け道があった。

(ここか……)
リアリスが一層強い場所。草薙が感じた違和感の源泉はそこにあった。
この先になにかある。

その道を真っ直ぐ進む。
抜け道を抜けた先に、綺麗な空間が広がっていた。
そこは隠し部屋の様な場所だった。
その空間には、一層輝くリアリスが光り舞っていた。

そこで草薙はあるものを見つける。
そのリアリスが中で少し光が強いところがあった。そこにある草に目をつける。
そこに目星をつけていたものが生えてあった。

「癒草か……」

理力を含んだ特別な草である。
質のいいリアリスがある地に生えるものだ。
「松茸ばりに貴重なものだな」
神秘の草を前に、割と身も蓋もない感想を口にした。
草薙はそれに手を伸ばし、掴んだ。
「よっと」
草の手触りを感じながら、ゆっくりと薬草を引き抜く。

引き抜いた薬草を見た。

太陽の光を浴びた深緑は生命の力に満ち満ちていた。
草薙は癒草を手にし、道を引き返す。

「これで、元気になってくれりゃいいんだけどな」


脇道から戻れば葉月達がいた。
怪我と疲労から木に体を預けている者が多い。やはり怪我の影響は濃いようだ。

「あんた何してたのよ?」
ラムが草薙を問い詰めてきた。
「こいつを取ってきたんだ」

草薙はとってきた薬草を見せる。
「? なによそれ? そんな草……って……」

「それ、薬草じゃないの……それも理力を取り込んだ特別なものじゃない……あんたそれとってきたの?」

「凄いでござる、草薙お兄さんは「探索」と「採取」スキルでも持っているでござるか」
「あぁ「貧乏」スキルを持っている」

「そんなスキルないわよ!!」
草薙の適当な言葉にラムがつっこんだ。

「あるとも、不景気の今多くの日本人が持っているものだ」

「あんたホントビックリする位に適当よね……びびるわぁ……」

草薙の適当っぷりにラムが若干戦慄した。

「スキル『貧乏』。効力は金になるものにめざとくなる事だ」

「うわ~駄目っぽーーい」

「だまらっしゃい!! あふれるわよ!!」

自慢のスキルをけなされ、草薙が軽くキレる。

「……まぁ、でもいいんじゃない。ギルドに持っていけばそれなりに売れるわよ。」

「あぁこれで貧乏脱出だ。というわけで早くこれをそこの姉ちゃん達に飲ましてやれ」
草薙が葉月達に薬草を差し出した。

「えっ……」

葉月が目を丸くする。葉月の瞳には薬草を差し出した草薙の姿が映っている。

「草薙お兄ちゃん、早綾達にこんな貴重なものをくれるのでござるか?」

「お前一人じゃないぞ。そこでしんどそうにしている姉ちゃん達にもだ」

木に体を預けているくノ一達に視線をやる。このまま泉まで歩く事は厳しいだろう。
「私め達に……ですか?」
下忍の一人が驚いたように声をあげた。
「そうだ、あまり表にだしてねぇが、あんた達、実はかなり辛いだろう」
草薙の言葉に下忍達は目を伏せた。
「……申し訳ありません草薙様。私め達が遅れてお気を使わせてしまったようですね」
「女性は大事にする主義なんでな。これは、俺のエゴだから気にしなくいいですぞい」
草薙はそう言って持ってきた薬草を下忍達に手渡した。

「貴重な薬草ですよ……良い値で売れるはずですが」

「コミュ障でな、売りにいくのも面倒だ。
泉までのつなぎと考えれば十分だろ」
「……ありがとうございます」
下忍の一人が笑みを形づくった、柔らかい笑みだ。表向き感謝の心を十分に伝えるような微笑みである。実際本当に感謝はしているのかもしれないが。
「んっ……」
下忍達が口に薬草を含んでいく。
薬効が体内を循環しているのか女はピクンと体を震わせた。
「はぁっ…………」
ほぉっと女が暖かな吐息を漏らしす。
ハッ……ハ……と弾むように胸が上下する。その度にユサリ、ブルンと大きな乳がゆれる。
仕草一つとっても艶めいた赴きがある。
「草薙、ガン見しすぎだぞ」

「どうでござるか草薙お兄ちゃん。風守のくノ一ちゃん達は!?くノ一段位高いでござるよ~~」
早綾がなぜか誇らしげだった。
「あぁ、ムッツリスケベは幸せでごわす!!」
「くっ!? あんた中々のムッツリスケベじゃないの」

しばらくすると女達の顔色がよくなってきた。
ほぅっと息をつき、下忍達が草薙に頭を下げる。

「ありがとうございます、草薙様」
「この山の恵みのおかげだよ。ここに自然を守って育ててきたのはあんたら地元の人間だろ。俺はあんたらが育てたものを見つけただけだしな」
この山を歩いていて実感した。ここの自然はとても豊かである。
リアリスの純度も高い。ここに住む者達がこの地を大切に思い自然と接してきた事がわかる。自然の恵みを彼女達が受けとるのは当たり前だと、草薙は思う。
「感謝するんならこの山にすればいいんじゃね」
「草薙様……」
「あんた……まともな事いうのね」
「てっきりお礼におっぱいを揉ませてとかいうと思ったけど」
「そんな事はいわない。挟んでくれというだけだとも」

「もっとひでぇ!! やっぱド畜生ねあんた!!!」

「はっはっは、まぁそれは機会があればでいい。今は先を急がないとな」

薬草の効果かくノ一達の顔色がいい。
これなら、癒しの泉まで問題なく到着できるだろう。
だが……

「あの……僭越ながらお願いがあるのですが」
下忍が口を開く。
「お願い? 」
「はい。草薙様。この薬草が生えている場所を私め達に教えてほしいのですが」
「あぁ……別に構わないが」
草薙少し疑問はあったが細かく追及はしなかった。彼女達なりに考える事があるの
だろうと考えた。
草薙は薬草の生えてあった場所に彼女達を案内する。獣道を抜け、草薙が薬草をとった場所に到着する。
「こんな所に薬草が生えてるなんて……」
「それにリアリスもたくさんあるでござる~」
淡く輝くリアリスが舞い、太陽の光を受けた薬草が生えている。

彼女達は急いで薬草をつみはじめた。
あまり時間をとらないよう、少し急いで薬草を摘んでいるようだ。

「ここに連れてくるのは正直意外だったな。薬草、足りなかったか?」
そういって草薙は薬草をつんだ。
「いえ、そんな事はありません。私め達のものではありませんよ。風守から疎開する方達のものです」
「疎開する奴らの?」
「風守の人達は疎開するでござる……その人達のおみやげにしたいのでござるよ」
「この薬草は、おじいさん達の病気にきくんです。それに……彼らはここを離れるのを寂しがっていましたから」
どうやら自分達の為につんでいるものではないらしい。
それも同郷の老人のために彼女達は薬草をつんでいるのだ。
「風守の薬草を持って行って……元気を出してくれればいいんだが……」
葉月が呟く。
「きっとこれで元気出してくれるでござるよ」
「……なるほどな。
確かに、病気の身に聞く薬草。それも慣れ親しんだ、自分達が育てた地から生えた
ものだ。この豊かな山々から住人達が愛情を持ってこの地を守ってきた事は草薙にも
理解できる。だから――
「なるほどな……ええ心がけやないの」

草薙は素直にそう思った。こんな状況でも隣人達を気遣う彼女達の心遣いに感じ入るものがあった。
「ただ、あの様な強力な魔族が表れた後。この地に何かしていたようですから、しょうきが含まれている可能性もあります。おじいさん達に飲ませるのはないかが心配です」」

「なるほど……」

「私達なら微量のしょうきも問題ないのですが……」
草薙があげた薬草は何の気なしに食べていたが人にあげるもの、それも老人という事で特に気を使ってるようだ。
なんにしろ、彼女達が自分より他人を気遣う性質である事が見て取れる。

そういって草薙も薬草をいくつかとりる。
しょうきにおかされてないかを判断するため、はしっこの一部をとり、口に含んだ。苦い味が口中に広がった。租借するようにゆっくりと味わう。
「……問題ないな」
草薙は毒味の感想を下忍達に言った。

「だ、大丈夫ですか草薙様。しょうきがはいっているのかもしれないのに」

「貧乏人だからな。賞味期限過ぎたくいものを食うなんてデフォだぞ。ん、大丈夫そうだ」

草薙が毒味を終える。その薬草を
「よいのですか?」
「ああ、じいさん達。大事にしてやんな」
そう言って、薬草をくノ一達に手渡した。
「ですが……」
「俺が渡したいんだよ。そいつらに……まぁ美人の姉ちゃんが渡した方が嬉しいだろうしな」
「……ありがとうございます」

下忍達が丁寧に頭を下げる。
ふと、視線を感じて振り向くとラムがじっとこちらを見ていた。
「なんだよ?」

「……別に」
髪をかきあげラムが不機嫌そうに顔をそらす。
「あいよ」

草薙は引き続き風守の老人達に渡す薬草を見繕う。

「よし早綾、私達もがんばるぞ」
「ござる~~」
早綾と葉月も神社の人間のために薬草をとっていく。
太陽の光さす空間で、穏やかな時間が流れていった。

「じゃあ、そろそろ先へ進むとすっか」

薬草の件が終わった草薙達は再び元の道へ来ていた。

癒しの泉へ続く山道を見据える。

「草薙」

「ん?」

声をかけられ、振り返ると葉月が立っていた。
「草薙すまない、色々気を使ってもらったようだな。礼を言う」
「揉ませてもらったからな、礼だよ」

くノ一達も休憩が終わったのか、次々に立ち上がっていた。顔色はさきほどよりよくなっていた。これで癒しの泉へ浸かれば、魔族に受けたダメージはほぼ回復するだろう
(呪毒については……まぁ葉月みたいに軟化できればいいか)
「く、草薙、なんでまた私の胸を見るんだ」
「あーいや、なんでもない。じゃあまぁ……」
草薙は恥ずかしがる葉月から視線を外す。そして癒しの泉へ続く森の道をみやる。
太陽に目を向け前を見る。
「……行くとすっか」

泉は近い。

陽の光が神秘の森を照らしていた。
広がる山道に、リアリスが湧出している。
ふと、草薙が視線を向けると、ナズナが陽光を受け照り輝いていた。

(あなたに全てを捧げます、か)
神秘の森の雑草を見ながら――草薙悠弥はその言葉を思い出していた。