76話
「――悠弥様」
<命>は祈る。
少女の祈りが天に通じる。
少女の祈り。
天に昇っていく。
<命>は想う。
<命>の祈りが
(悠弥様……)
<命>もまた、限界だった。
既に立っていられる状態ではない。
草薙や風守の者達を救命のために癒しの神理を使い続けた。
なにより、草薙へ使った癒しの神理。
風守が生き残っているのも、彼女の癒しの神理が大きな役割を果たしていた。
(かっ……くぁ……)
血を吐く。既に体の感覚はない。
だがそれでも
(悠弥様……)
彼女は祈る。祈り草薙に応える。
想いを、力を、草薙悠弥に奉じる。
――あなたの体が健やかでありますように
――あなたの心が穏やかでありますように
結いの言葉と共に彼女は祈りを捧げる。
あなたの国が……
――悠久でありますように
少女の想いが天に昇っていく。
◆
「来たね――神ノ風」
歓喜をもって、カイリ・ユダは彼方の蒼光を見ていた。
魔神の座を一時的に制圧した虚神。
それだけでも驚嘆に値するが、本質はそこではない。
国体を持たない自分達、十神族がもたないもの。
国という概念。
草薙悠弥という男。
あれほどの「個」。
あれほど孤立した男が。
あれが絶の公。
他者に理解されず。
孤立を辞さず。
孤独でありながら――公の為に戦う個。
「やはり……君だけだよ草薙悠弥」
真面目に生きて誠実に国に尽くす愛国者者は何人も見てきた。
自分勝手に生きて暴虐のまま生きる個人主義者も見てきた。
たくさんの種類の人間を見てきた。
だが草薙悠弥、彼の在り方は見た事がない。
端的にいってあり得ないのだ。
誰よりも『個』。
誰よりも『公』。
彼ほど個人主義で
彼ほど国家主義者はいない。
「さぁ見せてください!! あの時見せた風を!! 」
満天を仰ぐようにカイリは手を広げた。
神殺しの槍を持つ者、カイリ・ユダが
神を仰ぐように喝采する。
「――神ノ風を!!」
◆
草薙悠弥が立つ。
天が震える。
迫りくる百万の軍勢。
今立つはその最前線。
「――国敵討滅」
紡ぐ。国敵を滅ぼす風を。
体中から血が吹き出す。
強大すぎる神理の発動は尋常ならざる負荷を草薙に与えていた。
限界を越えた駆動。
百度死ぬようなダメージ。
だが草薙悠弥は神理を紡ぎ続ける。
嵐が吹く。
――第零法定起動。
「――来た」
掲げた手に集まる風の力。
この力が――
(国敵を滅ぼす)
全ての神理をぶちこむ。
神理を投入していく。
神ノ風が吹く。
「「「グゴオオオオオオオォォ」」」
全方位から迫り咆哮する百万の軍勢。
その総軍が膨れ上がる。
空を覆う魔の軍勢
正に空前絶後。
正に桁違い。
絶対的な戦力。
どんな戦士でも、絶望を浮かべざるをえない百万の敵。
だが――
「何人……」
草薙悠弥の浮かべた顔は絶望ではない。
「貴様ら国敵は何人殺した!?」
怒りだった。
彼は只の日本人。
恐怖はある。絶望もある。だがそれを上回る――国敵への怒り。
「罪なき日本人を!!」
故に討滅許さない。
「滅びろ――国敵」
「おおおぉるぅッ!!」
虚神の獅子吼が響きわたる。
百万と一がぶつかる。
神と神がぶつかる。
「――風よ」
ここで殺して滅ぼし尽くす。
(俺はクズだ)
国敵を滅ぼす存在でしかない。
英雄にはなれない。
だがそれでも――
「俺は――」
信じるものがあるから。
「俺は――」
託された想いがあるから。
「俺は日本を守る!」
己のシンを貫き通すのだ。