34話
ーーそして最奥にたどり着く。
草薙の前には扉があった。
「……」
目を閉じる。
草薙の手が蒼い光を放つ。
それは神理の光だった。
仄かに扉が光る。
「――」
草薙が詠じる。
――
――
――
――
――
それは詠神歌。
――祈る。
ここではないどこかに
――誓う。
ここにはいない誰かに
――戦うために
(――力をこの手に)
この日本を守るために。
草薙悠弥が結いの言葉を紡いだ。
その時、扉が動いた。
時が軋むような音を立てて、扉が開いていく。
開かれた扉の先には望んだ光景があった。
「……久しいな」
この先は――神域。
◆
「…………」
草薙はそこに踏み入れた。
――創世神域空間。
端的にいって、その空間は特殊だった。
神域にあって神域に非ず。
空間にあって空間に非ず。
そこは神の境界。
始原の時から変わらずそこにあるかのような在り方。
ここは人の世ではない。
神域から隔絶された空間。
時間が停止した虚の場所。
空間/神域はどこまでも広がっている。
その先に――剣が在った。
「…………」
その剣は錆び付いていた。
その剣はボロボロだった。
その剣は――死んでいた。
「――創世神器」
伝説の剣。
数多の国敵を屠ってきた。
――国敵討滅
時を経ても不変。
――蒼生守護
悠久の真。
悠久の理を内包した伝説の剣。
草薙は剣と正面から向かい合う。
「――」
邂逅は一瞬。
だがその一瞬は永遠にも感じられた。
なぜなら草薙悠弥はある意味で――
(この時を――)
――待っていた。
――
微かに、微かに風が吹いた。
朽ち果て、錆び付いた蒼生神器の周囲に
中空に鎮座する風のクリスタル、日本とリュシオンの破世の戦、その時に預けられた理の結晶。
最古の国――日本。
最古の剣――■■。
日本を守った無道の剣がそこにある。
「……」
ゆっくりと、草薙は手をかざした。
瞬間――
「――」
漆黒がたちのぼった。
生命の息吹がない全きの黒。
それは無色。
無色の闇だ。
「……」
草薙は停止する。
答えを出せずにいた。
草薙は無表情。
懊悩、葛藤とは無縁の無貌。
「……」
だがその心は揺れていた。
一瞬、草薙の手から顕現した漆黒。
漆黒の力は目の前の蒼生神器を破壊する事も可能だ。
創世神器。
伝説の剣。大戦で数多の国敵を屠った神器。
「―――」
漆黒の闇。
命めいたものの一切が感じられない。
零の生。
「――久世零生」
名を紡ぐ。
それは神罪人の名だった。
破世の戦において絶大な力をふるった反神。
滅びの風と呼ばれ、日本の国敵を滅ぼした神理者。
滅びの風が――創世神器を破壊しようとしている。
「……」
草薙悠弥の掌には漆黒があった。
一点に凝縮された漆黒の嵐。
全てを飲み込む力
創性神器を破壊する事を可能とする滅びの風。
「――」
時が流れる。
――錆び時計が動くのを待つような。
――死者が動きだすのを待つような。
そんな時間が刻まれていく。
静止する空間。伝う心臓の音。
生きている事を証明する錯覚。
長い、長い時間。
「………………」
破壊するか――。
――それとも。
時が止まる。
創世神器。
伝説の剣を前に――
草薙悠弥/虚神は風を掲げる。
そして――
時が――動く。