33話
「――太陽も明るい」
草薙は答える。
天代巫礼。
現在の風守をにおいての上位存在。
流れる銀の髪。
神秘的な少女の姿。
年齢は見た目通りではない。
「……長殿も…………相変わらずじゃな」
「あぁ、久しぶりだ」
草薙と天代の視線が交錯する。
「……彼女達は、どうじゃ?」
天代が草薙に問うた。
草薙の脳裏に、風守の守護者達の顔が浮かんだ。
「実力はわかったよ」
草薙の答えにそうかと天代はたんそくする。
「では……何かあった時の指揮は任せられるの」
天代の誘うような、見透かすような神秘的な瞳。
「…………」
答えず草薙は奥の部屋を見た。
「封印は……できているようだな」
最奥に眠りし、伝説の剣。
「そうじゃな、危うい時は幾度もあったが……これも虚神のご加護かの」
天代は草薙に微笑んだ。
「……」
◆
「ガルディゲン……」
――奴らがくる
「絶望が始まっている。この風守にもだ」
「……」
「お前は……お前達は……」
「なぜ逃げない、かの?」
天代は瞑目する。
「同じ事を、わしは長殿に問うたよ」
そして目を開ける。
「――虚神はなぜ逃げないのか。
――虚神はなぜ戦い続けるのか……とな」
天代は問うように草薙をみた。
虚神、その存在を問うように。
「……神ノ風は日本を守る」
――それだけだ。
草薙は答えた。
「……そうじゃな」
天代は微笑む。寂しさと喜びが混ざったような複雑な微笑みだった。
「そしてお主は最も現実的な手段で守ろうとしておる」
天代はいった。
草薙は答える。
「敵側が戦争をおこす理由を消失させる
何もしないできっとなんとかなるという希望的観測を持つのではない
味方の劇的な変化に期待するわけでもない。
敵の慈悲に期待するわけでもない」
淡々と草薙は続ける。
「――神異を消失させる」
草薙の言葉には決意があった。
「この日本の神異を消せば……ガルディゲン、リュシオンが日本を狙う理由は消失する」
言葉を継ぐ。
「――奴らは戦争をしかける理由を失う」
「そうじゃな……正しい」
天代は言葉を継ぐ。
「じゃが……」
それ以上、天代は言わなかった 。
「蒼生守護、だからな」
草薙は言った。
ガルディゲンの魔族。
リュシオンの神族。
強大な力を持った存在だ。
尋常な存在ではない。
そして草薙悠弥もまた、全うな存在ではない。
「ッ…………」
巫礼の表情が苦痛に曇る。
「――そうなのか?」
天代巫礼は思う。
日本を襲う万魔軍。
圧倒的な魔の力。
草薙悠弥はそれでも日本を守るために全身全霊をかけて己がやれる事をやろうとしている。
「それは理解できる。信じられる」
(お主は……どこまでも守ろうとするのじゃな)
天代はまるで親友の死骸を確認するような痛ましい表情を一瞬見せた。
「ガルディゲンの……魔軍の力は……」
天代は問う。
「強い……あの時よりも……」
「……」
「奴らは本気で日本を滅ぼす気だ」
「……お主はこの日本を守るためにずっと戦ってきた。
そのお主がいうなら……そうなのじゃろうな」
ガルディゲンの魔軍。
圧倒的な規模。
圧倒的な強さ。
その脅威に天代は息をのんだ。
日本を滅ぼすべく進軍する恐るべき魔の軍勢。
それは日本を覆う巨大な絶望。
「絶望だ……」
一言、草薙悠弥はそうあらわす。
「来るべき時が来た。そういう事じゃな
今まで日本がもちこたえてきたのが奇跡のようなものだったのじゃ……
お主が守っていた」
「……違う。この日本を守ろうとした奴ら全員だ」
「そうじゃな……」
だが破滅の時は迫っている。
ガルディゲンの戦力に今の日本では対抗できない。
(それでも……草薙なら)
――草薙ならきっとなんとかしてくれる。
彼はそう言われていた。
軍主として皆を率い国敵と戦った過日。
彼の元で戦った者達がいっていた言葉だ、天代自身もである。
――草薙悠弥ならきっと――
そんな事を考えてしまうモノが目の前の男にはあったのだ。
「天代、お前には話しておく事がある」
天代巫礼は草薙の言葉を待つ。
この日本を守る者の言葉を。
◆
「……長殿はそれでいいんじゃな」
草薙の言葉を聞き、天代は口を開いた
「覚悟の上だ」
「…………」
天代は瞑目する。そして一言。
「無茶苦茶じゃな」
正直な感想を漏らした。
「長殿の破天荒さは十分知ってるつもりじゃったが……相変わらず滅茶苦茶じゃな」
天代は嘆息する。
「道を選ばず手段を問わず……無道じゃ」
「それもまた良し」
草薙悠弥は信じる。
己の理を。
◆
草薙と天代はしばらく二人みつめあう。
沈黙の中に幾重にも言葉を重ねているようだった。
沈黙が続いた後
――
風が吹いた。
この風守の主を誘うように。
「……風が吹いてるな」
その風は奥から来ていた。
風守の最奥から吹く風。
草薙は奥を見た。
風守の最奥――剣の神域。
「どんな手を使っても」
再認するように
「……日本を守るだけだ」
響く決意の言葉。
狂いし守護者。
「日本を守る、誰よりも何よりも強いその在り方。
それがお主のシンリじゃ」
天代の言葉には真の響きがあった。
草薙悠弥、この風のように掴み所のない男。
だが……
「日本を守る……その思い」
「なぁ長殿……」
天代は草薙をみる。
「わしは…………いや」
天代の瞳には誓いのような真摯な光があった。
「風守は虚神……只の日本人の味方じゃ」
誓いの言葉。
「何があっても……どうなっても」
虚神を奉じるの風守の者の理の言葉。
「…………」
草薙は天代を真っ直ぐみた。
「――風の導きを」
只一言、草薙悠弥はそう言った。
草薙は歩き出す。
法神殿の最奥――創世神器の間へと。
天代は瞑目し、草薙を送る。
――風の導きを。
虚神の言葉が月の間に響いていた。
百万の魔軍が迫る。
この日本の命運が決まる。