32話 月と太陽
剣が在った。
世界の理を創造する力を有した器。
風守最奥の神域。
封印の空間にそれは眠っている。
創世神器――
その剣の理は――
――国敵討滅。
日本を守り、国敵を滅ぼす。
その神理を象徴する神の器。
大戦時代、日本はリュシオンと戦った。
この剣は大戦時に絶大な力を振るったものでもあった。
大戦の虚神――久世零生。
数多の国敵を滅ぼした伝説の神理者。
久世零生がふるいし――伝説の剣。
――――――――
風が吹く。
剣が動いた。
静謐なる空間を揺らす波濤。
魔が来る。
神が来る。
日本に空前絶後の破滅が来る。
いや、既に来ているのだ。
万を超える死者。
破壊される都市群。
それをもたらすのは最悪の国敵。
日本を滅ぼすガルディゲンの万魔軍。
絶望と破壊は始まっている。
――破滅を前に
創世神器は待っている。
日本を守り、国敵を滅ぼす者を――
――虚神を
◆
「…………」
草薙悠弥は神域を進む。
もうすぐ、最奥の間につく。
ここから先の神器が封印されている場所とは目と鼻の先。
――風が吹いている。
草薙は部屋に出た。
(風月の神域か)
それは正式な名称ではない。
ただそう呼ばれているだけだ。
月の光がさしている。
月の光が満ちている。
空間に月光が踊る。
床は神秘的な光を発している。
光はまるで水中を照らす太陽光のようであり、
地に照らされた月光のようだった。
水面が太陽に照らされている綺麗な様子を彷彿させる。
――月の光踊る神秘的な空間。
透徹の神気、神秘の理が満ちている。
そして……
(この奥に……剣がある)
それは最奥にある存在の強大さを示していた。
そして――
「……あれは」
草薙は見た。
その部屋の中心に――少女が立っていた。
白い巫女装束。
透き通る様な銀の髪。
均整のとれた肢体に、女性的な曲線。
女性の黄金比をあらわしたかのような体。
その神秘的な美しさは天の御使い、天女を彷彿とさせる。
銀麗の少女が歌を紡ぐ。
「――日の光」
銀の少女が詠じる。
「――月の影」
声には深い感情の響きがあった。
「――日の本守りし、守護の神」
民を守る者への尊崇を。
「撃ちてし止まぬ……撃ちてし止まぬ」
敵を滅ぼす者への哀悼を。
銀の少女が歌うのは久世歌。
虚神の歌だ。
「――蒼生を守るため」
虚神の国を守る誓いをあらわしている。
「――国敵を討つため」
虚神の国敵を討つ誓いをあらわしている。
虚神の歌を少女は紡ぐ。
それは虚神への歌だった。
銀の少女は月の光に照らされ歌う。
――まるで天の使い
少女の雰囲気は荘厳さすら感じられた。
「――日本を守りし者よ」
そして歌は結われた。
「……」
草薙は神秘の少女を見ていた。
――数多の感情が浮かぶ。
過ぎ去りし記憶。
かつての仲間達との日々が――浮かぶ。
「――――」
「――――」
「――――」
回想される昔日の光景。
仲間がいた。
信頼があった。
懐かしい風景。
血が流れた、数々の死があった。
多くの人間の想いを受け取った。
蜃気楼のように浮かんで消える。
「――」
草薙と少女が対する。
そして少女が口を開いた。
「――月が綺麗じゃな」
時が止まったかのように。
彼を想わぬ時はないかのように。
世間話をするような気軽さで少女は言った。
「…………」
少女が草薙を見る。
「ああ……」
何度目だろうか。
この問いは。
草薙は答える――