26話 魔獣戦――風の洞窟
草薙と魔獣が対峙する。
(――災厄の魔獣)
魔獣
対峙する魔獣、その名前を反芻する。
災厄の魔獣。その先端。何人もの人間を、日本人を殺す魔の者。
故に――
(――国敵)
故に国敵ここで殺す。
出し惜しみも引き延ばしもない。
ここで戦いここで殺す。
草薙の総身から迸る殺意。
魔獣もまた、草薙の尋常ならざる殺意を受け真っ向勝負の意を見せる。
彼我の距離が縮まる。
(実行、殴殺、実行)
草薙の頭に鳴り響くシグナル。
「クックカカカカ!?」
ガルディゲンの魔物が吼えた。
「愚カだな!貴様」
――うるさい。
こちとら馬鹿野郎だ。
草薙は集中する。
音が消失する。
目の前の魔獣しか見えない。
「自ら死地にクルとはな!!」
響く魔獣の大音声。
魔獣が草薙に問うた。
魔物の中には人語を操る者が多い。
特に強い力を持つ魔物はその傾向が強くあった。
「貴様、ナニモノだ!!」
「――」
草薙と魔獣の――目が合う。
互いの撃圏に入る。
視線が交錯。
邂逅は一瞬。
決意は瞬刹。
「――只の日本人だ」
瞬間、撃ち放たれる一撃。
突風じみた高速の一撃は魔獣をもっても回避不能。
草薙の風の拳がガルディゲンの魔物を殴り飛ばした。
「グッオオオオォォォ!?」
うなり声をあげ、吹き飛ぶ災厄の魔獣。
これに驚いたのは魔獣に襲われていた一組の男女だった。
「うああぁぁっ」
「あ、あんたは」
後方から、人の声。
魔獣に襲われかけていた男女が声をあげた。
今にも魔獣に殺されかけていた二人の男女、その声には安堵が滲んでいた。
「下がれ、今すぐに!」
草薙が男女の安全を優先。
二人は戸惑いながらも素早く後ろに下がった。
「ヤッテクレタナ……日本人」
そして響きわたる凶の声、草薙の風の拳に殴り飛ばされた魔獣が
怨嗟の声をあげる。
草薙は災厄の魔獣を見た。
魔獣もまた、草薙を見る。
災厄の魔獣の異形の瞳を向ける。
常人なら気失しかねないほどの
恐るべき殺気を魔獣はぶつける。
だが――
「――」
だが草薙は構わず災厄の魔獣を殺しにかかった。
「俺の国民に手を出すな」
草薙は対峙する。
幾人もの人間を、日本人を喰らってきた災厄の魔獣。
魔獣
目の前の国敵を討つべく草薙悠弥が疾走した。
巨漢の魔獣が草薙を見据えた。
「GRRRRRRR」
魔獣が怒りの叫びと共に総身を奮わせる。
「ガアアアアアッ!!」
魔獣が本能のまま襲いかかってきた。
魔的な速度で草薙に一撃をふりおろすが、草薙が回避。
草薙は野獣のように迫り拳打を浴びせる。
魔獣の迸る魔力から放たれる一撃――を草薙はかわす。
触手のようなものが伸縮、草薙の肩をえぐった。
「――」
傷に構わず草薙が前進。
野獣の如く勢い、そして
「――風撃」
放たれる風の拳。
突風の如く一撃が魔獣に叩き込まれる。
「GYYYYYYYY」
大きく揺れ吼える災厄の魔獣。
会心の一撃も魔獣を倒すには至らなかった。
魔獣のカウンターが草薙をかすめた。かすめるだけで
体が揺らぐ。
(強いっ――)
草薙が心中で毒づいた
魔獣から繰り出される重厚な一撃が草薙の体をかすめた。
衝撃、構わず繰り出される草薙の蹴り。
交差する暴力。
その戦いの激しさたるや並みのものではない。
魔撃が石を割り
風の拳が空間を震撼させる。
「なんだ……あの人は……」
魔獣に襲われていた中年の男はゴクリと息をのんだ。
疲労でもはや一歩も動けない。
それは傍らにいる女も
草薙は思う。魔獣は強い。たぐる人語は恐怖を身をすくませ
ふるう力は破壊を呼ぶ。
――これから何人も罪なき日本人を殺すであろう、恐るべき力。
(あぁ許せない)
草薙は魔物の目を見た。
(何人殺してきたんだろうな、ガルディゲン)
ドロドロと濁った魔獣の凶悪な目。それを見て草薙は思う。
凶悪獰悪、見ただけで心胆が凍るような恐怖の存在。
対峙するだけで恐怖が込み上げてくる。
しかし――
だから――殺す。
草薙にあるのは只怒りだった。
――ドゴオオオオォ
風の拳を叩き込む。
魔獣の骨が軋み折れる音。
魔獣がゆらぐ。
そしてその隙に追撃を叩き込む。
一撃、二撃、三撃。
草薙が魔物に攻撃を叩き込む。
「GIGAAAAA!!」
ドロドロとした悪意に燃えたぎる瞳、破砕された肉体。
魔獣が魔力を絞り出した。
「――ヴォオオオオオオオオッ」
咆哮する災厄の魔獣。
魔獣から暴走し物理化した瘴気が放たれた。
「ぐっああぁ――」
粉塵爆発の如き大衝撃に
草薙は吹き飛ばされる。
「チイィッ!!」
草薙の総身に激痛がはしる。
恐るべき魔力攻撃。
結界により大きく減衰しているとはいえ、彼の者は災厄の魔獣。
その出力は尋常ではない。
草薙が吹き飛び叩きつけられた。
「GYYYYYY」
草薙が吹き飛ばされた隙をつき
魔獣が男女の方に向かっていく。
「チィッ!?」
草薙がはしる。
彼我の距離は絶望的。
ただはしる。
がむしゃらにはしる。
「GAAAAAAAA!!」
「ひいいっ」
魔獣が中年男と連れの女に
接近する。
男達から恐怖の声が漏れた。
魔獣が発する超弩級の殺気に
一撃をふりおろした。
男が連れ合いの女を庇った。
一撃が草薙に叩き込まれた。
単純に草薙がやった事は男女の前に立った事だけだ。
――ガゴオオオォォ
直撃した。
男でも女でもない。
草薙悠弥だった。
「ッぐっ」
噴き出す血、軋む骨。
草薙は二人組をかばったのだ。
草薙からドクドクと血が出る。
だが――
(……日本人は無事か)
後ろの日本人は無事だ。
間に合った。
血が出た。
骨も危ない。
だがこの目の前の国敵から日本人を守れたのはよかった。
それはそれとしておっぱい揉みたい。
それはそれとして――
(コイツを殺そう)
魔獣を――国敵を討つべく草薙悠弥は力を込めた。
草薙に止めをさそうと魔獣が凶腕を振り上げる。
草薙は回避――ではなく前に進んだ。
「――倒す」
「ググッ」
魔物が驚愕する。
避けるのではない。
草薙は前に出たのだ。
そして――
ガツン
頭突き。草薙が一撃を撃ち放つ。
(――撃ちてし止まぬ)
総身から力が励起する。
それは解放の引き金だ。
草薙はダメージを受けていた。
血が流れていた、体も軋んでいた。
だが――
(――構わない)
草薙が一歩を踏み出した。
殺気が魔物を圧する。
「GYAAAAAAA」
異形の魔物がまるで恐怖するように
硬直。
それが災厄の獣が――魔獣が生涯はじめていだいた恐怖だった。
躊躇は一瞬一刹那。
つまりは――十分。
「――風よ」
瞬間、一撃が叩き込まれた。
魔物の半身を砕く一撃。
魔物が何本も風の洞窟の岩を破砕しながら
何十メートルも後方に吹き飛んだ。
草薙がはしる。
魔獣。
災厄の獣に向けて草薙悠弥が疾走。
ここで殺す、滅ぼす。
嵐のような殺気の奔流が魔獣の全身にふきつける。
だが――
「ふるふるふるフル」
瞬間、魔獣が蠢いた。
そして――
「――災厄が降る」
不吉な禍言が魔獣の
裂けた口から響いた。
「ひぃっ」
中年の男が気失しそうな声をあげる。
総身が浸蝕される様な凶兆めいた暴力の波動。
地が侵食される。
どす黒い力と波動がド級の破壊の衝撃波。
それが爆発的な勢いで広がっているのだ。
異空間じみた凶気が空間を圧倒する。
「ガアアアアァァァ」
鋼鉄に勝る獰悪な肉体がたわみ、負の凶念が奔流となって空間を駆けた。
魔獣が瘴気の嵐をふきつける。
黒い穢れの奔流。
肉片すら残さないほどの衝撃と圧力の負の奔流。
草薙を飲みこみ覆い尽くす。
「ハッハハハハハハ!!」
災厄の魔獣が勝利を確信する。
人間がこの攻撃を受けて生き残れない。
リュシオンの神族すら塵殺するほどの魔技。
「馬鹿ナ男ダッ!人間が魔獣に勝てるはずがなイッ!?」
草薙を覆いつくし、広がり続ける瘴気の波を
前に魔獣は諸手をあげて哄笑する。
「ダガこれは慈悲でもアル、ここで死ねるという慈悲ダ!!」
魔獣の目は破滅の未来を見ていた。
「この国は亡びる……クルノダ……絶望が……」
魔獣の口は絶望の未来を紡いでいた
「その絶望を知らずに死ねるのだからな。この国を襲う絶望を知らずに死ねる
それが幸福な事ダロウ!!」
魔獣の瘴気が膨れ上がる。
「ひいいぃっ」
「うぅっ」
後方に避難していた、中年男と女はその様子を見て絶句する。
絶望が支配しようとしたその時だった。
「――国敵討滅」
瞬間、風が吹いた。
風は魔獣が放った膨張せし瘴気の塊を吹き飛ばす。
「ナ゛ッ!?」
魔獣が衝撃を受ける。
膨張していた必殺の瘴気は、その中心にいた者の――
草薙の風によって爆発するように霧散した。
「――あまり汚くねぇな」
霧散するドロドロの瘴気をみて草薙はつぶやいた。
「ガッ!?」
災厄の魔獣が漏らす驚愕の気息。
風が魔獣の体を薙ぎはらったのだ。
吹き荒れる風。
それは嵐。
風が瘴気の奔流を霧散させた。
瘴気の奔流を受けた草薙は不動。
「Gッ!!!?」
絶句した。
魔獣が。今度こそ災厄の獣が固まった。
「馬鹿ナッ!!」
恐怖を感じないはずの魔物が、絶叫する。
草薙が疾走。
全身が痛い。
無敵ではない。
魔獣が必殺の力は今も草薙を蝕んでいる。
それでも動く。
草薙に在るのは怒りだった。
今現在日本を蹂躙している数多の国敵。
そのどうしようもなく巨大な
総体に対して草薙悠弥は怒っていた。
自分の小ささは理解している。
自分の弱さは理解している。
自分の屑さは理解している。
だからこそ今日本を蹂躙している
国敵を許せない。
その怒りを宣誓するように、草薙は
魔獣に向かって討滅の意志をかかげた。
「――国敵」
草薙悠弥がはしる。
目の前の国敵を――滅ぼす。
振り下ろされる一撃。
草薙悠弥の無道の一手が魔獣の頭を掴んだ。
「――討滅」
蒼い風が吹く。
「ガッアアアアアアアッ!!!?」
響く魔獣の断末魔。
討滅の神撃が魔獣を穿ち砕いて霧散させる。
国敵を討ち滅ぼす風が――魔獣を滅ぼした。
断末魔をあげ、災厄の獣が崩れ落ちた。
◆
勝敗は決した。
草薙が裂傷を負っている。
そして魔獣の命は尽きようとしていた。
だが――
「ガッ……ガッ……」
魔獣は生きていた。
だがそれは「ただ息がある」というだけに過ぎない。
草薙は魔獣を見下ろし問うた。
「……言え、災厄」
怜悧な声が響く。
韜晦を許さぬ静かで刺すような声だった。
「ガルディゲンのヤツらは……いつくる」
草薙は聞いた。だが返ってきたのは別の答えだった。
「ツヨイ…ツヨイナ……貴様は」
魔獣は笑った。
皮肉げに口を歪める。
魔獣は毒々しい目を見開く。
死に瀕していながらも魔獣の様子は凄絶そのものだった。
「だが無意味だ無意味だッ!いくら強くとも勝てない……ガルディゲンには」
「ひいぃっ」
助かった男と女は身をすくませた。
死に際にあって魔獣の声は生理的な恐怖を覚える。そしてその言葉は。
「奴らがクル、クルゾ!!絶望がクルゾッ!」
血を吹き出しながらも魔獣は狂喜するように笑った。
「ハハハハハハ……クルゾクルゾ
ガルディゲンが!!」
生を呪い破滅を祝うように災厄の魔獣は吠え猛った。
「死ぬっ!死ぬっ!!何人もシヌ!!何人もだ!!」
笑う、魔獣が嗤い続ける。
けたたましい笑いはまるで悪魔だった。
「結界を張ったのは貴様だろうっ!
あの度外れた強化。狂人の所業だ」
貴様の結界で数万は助かったろウナッ!」
魔獣が吠える。
「だが無駄だ!!何百万も死ぬ
この風守もっ!日本人も皆――」
瞬間、災厄の魔獣が砕けた。
草薙の一撃が獣を半身を砕いた。
――激しい災厄の獣の声が洞窟に反響する。
「…………」
草薙は黙って災厄の獣の死骸を見下ろしていた。
――ガルディゲンが
――絶望がクル
魔獣の残響が洞窟に響く。
真の戦いの時が迫っていた。