24話 無道の守護結界
「――悠久の時よ」
響く神理の詠唱。
沈みゆく太陽を背に彼は詠唱を紡ぐ。
――草薙悠弥。
場所は風守の枢要へと繋がる道。
草薙はそこで詠唱を紡いでいた。
黄昏のせいか、草薙の顔は昼のそれとは異なるように見える。
風守の山の中枢。そこに草薙悠弥はいた。
この風守の地における大まかな理力の流れを彼は解した。
昼の経験、なによりこの地について彼は誰よりも知っているのだから。
「解け!」
黄昏に照らされた結界に陣が浮かび上がる。
陣からは強い理力が漲っている。
その理力の波濤は吹きすさぶ嵐を思わせた。
結界が励起する。
「――心」
集中し構成される。
心を集中する。
「――真」
腕にはしる激痛。
侵入者を拒むその結界の力は体を砕きかねない。
しかし彼は詠唱を止めない。
「――神」
明滅、結界が強大な力を発揮するように。
「風守の――日本の守護結界よ!」
「――我が命に応えよ!」
草薙が詠ずる。
叩きつけるような口調と共にかざした。
草薙の腕と陣が共鳴しするように明滅。
「結界よ!!」
理光が膨れあがる。
「強化!」
風が吹く。
「守れ――日本人を!!」
蒼く光る風。
視界を覆い尽くした光はゆっくりと霧散していく。
結界の光が強くなった。
日本を覆う防衛結界が一時的に強化された。
(今の俺にはこれくらいか)
だがこれは一時しのぎだ、草薙悠弥は思う。
風守の結界が強まった。
「…………」
草薙は無言でそれを見やる。
体には激痛が走り肉体に重い疲労がのしかかる。
「がはっ……」
草薙が血を吐いた。
身体にかかる負荷は尋常ではない。
のたうちまわるほどの激痛。
こういった事は自分の本来の属性ではないのだ。
似合わぬ事をして、そして不様にはいつくばる。
その草薙に声をかける者がいた。
「――いつもの事ながらなんでもやるね、君は」
声がした。
「――いつもの事ながらどこにも出るな、お前」
ペッと血を吐き、草薙は声の主を見上げた。
「君が日本の結界を強化するとは、ね。」
怜悧な声が響き
碧の光が明滅する。
「いい事も悪い事も平気でやる。自分に合う事も合わない事も」
碧の光と共にあらわれたのはカイリだった。
「でもこういう結界の強化は君の得意分野じゃない……反動は凄い事は凄い事になるよ……」
カイリは血を吐く草薙を見下ろした。
「もうなってるけど」
草薙の体からは血が噴き出していた。
「君は私と同じですね。人間として何一つ信用できない。でも……この日本の人間を
守る事……それだけは……たったそれだけは真実なんだろうね」
「……」
草薙はカイリを見た。
緑の光と共にあらわれたカイリ。どこにでもいる男。
誰の敵でもあり、誰の味方でもある男だ。
「これで数万は……この国の人間が助かりましたよ」
カイリの淡々とした口調は事実だけを伝えている。
「あぁ、だが夜には幾万が死ぬ」
草薙は応えた。血を吐きだし立ち上がる。
体の負荷はかかる。休んでいる暇はない。
カイリはその言葉に頷いた。友を案ずる態度ではない。
「ディヴォドゥームが放たれました……大量破壊兵器が既に何人も放たれていますよ」
カイリのいう事は正しい。
「恐怖している、絶望もしている。だけどそれ以上に……怒っている」
「当たり前だ……」
草薙は決意を込めた。
「――俺の国民を殺す国敵を殺す」
確かな決意を込めたその一言は、
「さすがは草薙さんですね。では改めて、今の戦況を話しましょう」
カイリが集めた情報を話した。
◆
「……ではご武運を……虚神」
緑の光を残して、カイリは立ち去った。
(奴は……既に味方じゃない)
その考えは愚考だと自覚していた。
(今さらだけどな……)
だが今更だった。カイリ、ユダ。
裏切りの徒。
彼が本当の意味で味方となる事はない。
それもまた良し。
恐らく今のカイリは相手国と通じ、そしてこちらにも通じている。
だが利用はできる。
そう割り切り、草薙は目的の地へと向かう。
「さて、と」
しばらく、草薙は歩いた。
森を歩く。
結界のあった場所から更に奥。
眼前には大きな穴が空いていた。
――そして理光が収まった後、岩壁には大きな風穴が開いていた。
これほどの力を持つ陣が一切の力を感じさせない隠行をなしていた事から
この陣が内包する理の力が尋常でない事がわかる。
「風の洞窟……」
風の洞窟、それは風守神社のにある洞窟である。
東京迷宮や富士山麓に続く風穴は各地に存在する。
だが、この風穴はそれらとは趣が異なっている。
「風の洞窟、相変わらずだな」
風の洞窟と呼ばれる場所。
強い力を持ったものを封印するための場所である。
ただこの規模の封穴は希少だった。
「結界の強化もあまりもたない、か」
ここにくる途中で結界の要を強化させた。
結界を強化させた事で、日本全体の防衛結界も強化されている。
ある程度の魔族も弱体化されたはずだ。
だが所詮は一時しのぎだ。
中に満ちているのは風守の理力波濤。
暗闇に浮かぶ理力粒子は道を示すよう淡い光を放っている。
その輝きは外の理粒子よりも一層の密度が感じられた。
それはこの先にあるものが法外の力を持っている事を示していた。
痛みも先ほど感じた苛立ちも既に草薙の頭にはない。
目的を為すために速やかに行動を開始する。
――悠弥様
ふと草薙は一人の少女の顔を思い出した。
あの少女が何処にいて何を想っているか。
草薙悠弥は考えた。
(……行くか)
体をひきづり草薙悠弥は歩く。
今起こっている国難を乗り越えるため。
創世神器が眠りし場所へ至るために。
風の洞窟へ、草薙悠弥は一歩を踏み出した。
◆
――其れは創世神器。
中枢に剣があった。
風守の中枢。
朽ち果て錆びて力を失っている。
国難を救いし風剣。
大戦で使われた――伝説の剣。
彼は主を待っていた。
創世神器の剣。
その剣は待っている。
国敵討滅の――無道の英雄を待っている。