22話 魔軍来寇
それは昔日の記憶。
色あせた風景。
虚神の腕の中で、一人の若者が死に瀕していた。
若者の体中からは、夥しい量の血が流れている。
「……俺達は英雄になれません……」
俺達只の人間は……只死ぬだけなんです」
死相を浮かべ若者が血を吐き呟いた。
「そんな事はない……」
見送る男――虚神は言う。
国敵討滅の意志を宿した虚神。
虚神は死にゆく若者を看取ろうとしていた。
「……俺は……なにも成せませんでした……怖れるだけで……戦場で何も……出来ません……でした」
若者は志願兵だった。国を守るという志を持ち戦場にきたの。だが死と暴力が支配する戦場の現実に恐怖し、
そして何もなせないまま、致命傷を負ったのだ。
「……俺だけじゃありません……
何人も死んでいった。恐怖に怯え屑みたいに……何もなせずにっ!_……
何人もの日本人が死んでいったんです」
悔やんでも悔やみきれぬ悔恨が死にゆく若者の顔に浮かんでいる。
其れは只の現実。
戦争で人間は死ぬ。
戦争で人命は無為に浪費される。
その現実の一つでしかなかった。
「……俺は役に立てませんでした」
血が流れている。中身も殆ど失われた若者の体から悔恨の声を絞り出した。
「……無駄死に……です。何もできませんでした……何の役にも……たてませんでした」
志があっても屑みたいに死ぬ。
何も成せずに死ぬ。
只の人間は英雄のように雄々しく活躍する事もない。だが――
「俺は……只の日本人だ……」
虚神は言った。
「えっ……」
虚神の言葉に若者が一瞬呆けたような表情を見せた。
「俺は只の日本人だと……そう言っている。故に俺の活躍はお前達の活躍だ。俺と同じように数々の日本人の活躍だ」
死にゆく若者の目を見て真っ直ぐに、草薙悠弥は言った。
「は……ははっ!?それは……おかしいですよ……ごほっ……道理も何も……ありません……無茶苦茶です」
血を吐きつつ腕の中の若者は笑った。
「でも……あなたらしい…………」
微かに若者は微笑んだ。
若者は真摯に虚神を見た。
「……虚神……神理の風をふるうあなたなら……俺達のように無駄死には……」
「違う!」
虚神は叫んだ。
戦い散る人間に対して生に留まらせるように。
「お前の死は無駄ではない」
真剣に虚神は言った。
――お前の死は無駄ではない、
陳腐な言葉。歴史上幾たびの人間がいってきた事だ。
だが陳腐という事は、誰しもが思い求めたという事でもある。
事実、若者はの目には僅かな希望の光が宿っていた。
死に瀕したする若者へ、虚神は只真剣に訴える。
今死んでいく普通の人間――只の日本人達。
戦った、この日本を想い戦ったのだ。何の戦果もあげられなくても、誰に認められなくてもそれが無駄などあるわけはない。
心から虚神はそう信じている。
なぜなら、自分はその想いを受け取ったのだから。自分はその想いを
受け取り戦うのだから。
「お前達が無駄死だとはいわせない……俺がお前達の想いをもっていく」
「それは……幻想ですよ……俺達は何の戦果もあげる事はできませんでした。だから……俺達の戦いは……無駄でしかなくて……」
「知らん!お前達の戦いは無駄でないと、俺の心がそう決めたのだ!」
「虚神……様」
「道理など知った事か、俺は無道者だ。
矛盾で結構。それもまた良し。
俺がそう在りたいと思った。
俺がそう感じたいと願った。
誰が何といおうと関係ない!
お前達の死が無駄ではないと!この俺が言っているんだ!
」
強く強く強く。
真摯に虚神は訴える。
その訴えは死に往く若者の意識をつなぎ止める
「ぁっ……」
若者の瞳に微かに力が灯る。
虚神の訴えは男の心に一陣の風を吹かせた。
「だから俺が言う。お前達の戦いは無駄ではない……俺が無駄になど
させはしない!!」
「っ!?」
喝破のような虚神の激しい感情が死相を浮かべし若者の顔をうった
――俺が無駄になどさせはしない。
強く訴える虚神の言葉は死にゆく若者の魂に生の証を刻み込んだのだ。
「虚神……あなたはその風で多くの民を助けてきました……ごほっ……あなたの活躍の中に……俺たち……只の日本人の想いが少しでも入ってるのなら……それはとても…………良い」
若者の願いに応える虚神は強く手を握った。虚神の手から伝わる確かな感触に、若者は微かに涙を浮かべうなずいた。
「……あぁっ…そうですか……俺達の戦いは……無……では」
手の中の若者が虚神を見た。
若者の顔には、暗闇に迷った人が、救いの光を見いだしたような感情があった。
「虚……神……あなたこそ……」
若者は虚神を見上げる。悔恨と怖れに満ちていた顔に、微かな安らぎが宿っていた。
「あなたこそ……この……日本の……」
そこで兵士の言葉は途切れた。息が止まる。永遠に。
手の中で若者は死んでいた。
「……お前達の想いを受け取り、日本を守るために戦う。日本を守る風となろう」
虚神は強く手を握る。
虚神は握る。若者の手が生の力を失ってもなお、虚神は手を強く握っていた。
散っていた日本人の想いを芯からくみ取るように。
無駄な想いなどありはしない。
彼は日本を守るために戦う。
この国を想い戦った人間の想いを無駄にさせないためにも。
故に諸人から非道と罵られ恐れられようと虚神は
日本のために戦うのだ。
それは理由。
幾重にも積みあげられ織り重なった
虚神の戦う理由の一つ。
――そして時は遡る。
数多の光景が通り過ぎた
――悠弥様
命の声が響いた。
虚神の目の前に
風の様に儚げに
一人の少女が立っていた。
あなたの国が悠久でありますように
あなたの民が平和でありますように
少女は祈りの言葉を紡いでいく。
一音一句彼女の言葉が水のように染みこんでいく。
あなたは戦っています。
この日本を守るために。
<命>の表情には切なさがあった
少女が紡ぐ祈りの言葉。
日本が平和であるように
日本人が健やかであれるように
この国のために祈った命の言葉。
その祈りを守るために。
只の日本人たる虚神は誓う。
「――」
草薙が言葉を紡ぐ。
草薙の言葉は風に消えた。
だが<命>には確かに聞こえていた。
虚神の誓いの言葉が。
「……悠弥様……」
<命>は祈りの言葉を捧げた。
「あなたこそ――この日本の――」
◆
「――神ノ風を」
神ノ風。その言葉が北条時継が風守の地に響き渡った。
「古の時代、魔軍を率いて日本に迫った元軍。
圧倒的戦力を持つ元軍を相手に日本はかつてない危機にさらされた……鎌倉幕府は総力を結集し戦いを挑んだが圧倒的力を持つ元軍の前に蹂躙された……だがその中で日本を守るために戦った者達がおった」
「神ノ風で外敵を倒した虚神様の伝説……」
風守の守護者は虚神を奉じている、北条が語る歴史は風守の歴史でもあった。
「虚神……そして虚神と共に戦う仲間達……虚神率いる神理者達は
魔軍を退けた。多くの者を失いながらも、虚神は元軍との決戦に挑んだんでござる」
「そして、虚神様は……伝説の神理……神ノ風で元軍を退けた」
早綾やくノ一達が口を開いた。
「さすがに詳しいもんじゃな、風守の者達は」
「私め達風守の人間は虚神の救国の伝説を聞き、日本を守るという教えを信じています……北条様が神ノ風に理解があるのは歴史から理解はしているつもりです」
「……この風守神社は神ノ風を起こした伝説の神理者……『虚神』を奉じいる」
葉月が訴える。
「私め達、風守の守護者はそうやって生きてきました」
アゲハ達風守の守護者達の言葉には信念があった。ここに残った彼女達はその教えに殉じる心持ちだった。
彼女達は外敵の脅威を知る者達でもある。
元軍によって日本の歴史上最大級の危機を最前で経験した事実を知っている。故に、外敵の脅威、その厳しい現実は理解していた。
「万軍の国敵を倒す風……それが神ノ風じゃ。その力が今求められておる」
「きっと……虚神様は……国難から守ってくれます……虚神は……日本を守護する英雄だから」
葉月の言葉には信念があった。あのケグネス。ガルディゲンの魔族と
戦った時も葉月は虚神を信じた。
死んだと思った。文字どおり、あの悪魔のような
そして今こうして自分達は生きている。
それは葉月の心に虚神の実在を感じさせるものだった。
しかし――
「虚神は英雄ではない……」
静かに響く声があった。
草薙悠弥であった。
草薙悠弥が言った。
草薙は真っ直ぐに北条を見た
「手段は選ばない
道を知らず。
恥を知らず。
善を成し悪を成す。
国敵を殺すためなら全てをなし全てを肯定する」
言葉が響く。
「――あるのは国敵討滅、只それだけだ」
語る草薙には一切の熱がない。
草薙が虚神に対する評価は淡々としたものだった。
国敵討滅。
グロバシオ規世隊を倒した時、草薙悠弥が言った言葉だ。
そして――虚神が残した言葉でもある。
「草薙……」
「草薙様?」
「草薙お兄ちゃん……」
葉月やアゲハ、風守の守護者達はそんな草薙に
違和感を覚えた。
くノ一達はまた一つ、草薙悠弥という人間が理解が遠のいたように
思える。同時にこうも思うだった。
いったい、草薙悠弥という男は何者なのだと。
武宮京士郎が持つ正宗。北条時継が背負う北条家。
正宗と北条。それぞれが国の守護を象徴するものだ。
風守の人間は草薙武宮と北条を見た。
かたやあの元軍から日本を守ったの北条家。
そして、国を害する敵を斬るために作られた刀「正宗」をふるいし侍、武宮
京士郎。
護国という概念を体現したかのような者達。それは日本の歴程が証明している。
彼ら二人の真剣な圧に、風守の守護者達は中々口を挟めずにいた。
(じゃあ、その人達と対等に話している草薙お兄ちゃんはいったい何者なのでござるか)
草薙悠弥。彼の姿は、ガルディゲンの魔族ケグネスを倒した『漆黒』の存在を
彷彿させた。そしてリュシオンのグロバシオ規世隊と
国敵討滅という言葉と共に
北条、正宗。それ以上に国を守る何かの意志を纏ったように思えた。
(北条がいっていた……あの……)
神ノ風。
「……あれは伝説でしょ、北条」
ラムが鋭い声で口を挟んだ。
「時継、あんたの顔立てて黙ってやってたけど……
その言葉聞いて黙ってられるほど人間出来てないわよ私。伝説は伝
説……自分の身は自分で守るしかない」
「それは当然の事じゃ。当時の鎌倉幕府は元軍を相手に身命を賭し全霊を尽くして戦った。人事を尽くして天命に祈る。神に祈る昔の人間が生きるためにどれほど頑張ったか、力を尽くしたかヌシもわかるじゃろう」
「それは理解できるわよ……ただ、神頼みできるほど今の状況は生易しいものじゃないって事」
「ラム、ヌシは風守であろう。だったら神ノ風が実在は理解しているはずじゃろう
奴らが来るとこの日本は終わる……故に今の日本に求められている事もな」
「……奴ら……あの敵達の事をいっているの、北条?」
奴ら、あの敵達。北条もラムは言葉を濁す。
強者である彼等をして具体的な言葉にする事が禁忌のように思えた。
「神ノ風は人では無い者が使う……この日本を守る意志のみを宿している」
武宮が言う。
侍の目線は草薙悠弥をとらえて離さない。
「真に国を想うなら人間の感覚は持てない。否、持ってはいけない」
時継の言葉には透徹した響きがあった。
くノ一達は時継の峻厳な言葉に気圧された。
草薙は答えない。ただ黙って北条時継の目を見ていた。
北条時継もまた、草薙の目を見ている。
その言葉をなによりも実践している存在へと。
「そうじゃろう、草薙悠弥」
沈黙が流れる。
草薙悠弥と北条時継の政治を、武宮京士郎が刃の瞳で見据えている。
「神ノ風の本質とはなんだと思う草薙よ」
只真っ直ぐに、北条時継が草薙悠弥に問いかけた。
「挙国一致」
「……ほぅ?」
草薙の言葉に北条は真剣に頷いた。
「挙国一致の想念だ。神ノ風、その本質は嵐だ。日本のために戦った人間がいた。
そういう人間達がいたからこそ嵐は日本を救う神ノ風となりえた」
草薙の言葉に、時継は首肯し武宮は瞑目した。
「その通りじゃ草薙悠弥。神ノ風の本質は嵐。嵐を神ノ風たらしめたのは
日本を守るために戦った日本人達の必死の努力に他ならぬ」
挙国一致、草薙の言葉に時継、そして武宮を納得させるものだった。
(あの人は……)
語る草薙の姿を、葉月や早綾、くノ一達は草薙を見ていた。
国体、その想いを語る草薙悠弥の言葉には透徹した碩学の響きがあった。
端的にいってあの『おっぱいおっぱい』いっていた草薙と
同じ人間とは思えないのだ。あの俗悪の極みである草薙悠弥の顔と
目の前で、あの北条相手に対等に国論を語る草薙悠弥。
同じ人物とは思えない。
「草薙……わしの先祖は、元と戦う際に神仏に祈った。
この日本を守る奇跡を祈り、そして戦ったのじゃ」
北条の瞳は、先祖が日本を守るために戦った遙か古を見ていた。
「わしもまた北条。奇跡という救国をなすために神に祈り現実に戦う」
「ご先祖様が日本を救う奇跡を願ったように、わしも日本を救う神ノ風を
おこす助けとなろう――」
北条は胸ポケットから何かを取り出した。
「故に……ヌシにこれをたくす」
北条が取り出したのは一つの石だった。
「北条、お前も風を起こす日本人の一人という事か」
「ワシの理力をつめこんでおる。……ヌシが風を起こすためにやってきた事を知っておる……この石には歴史の重みがある」
「ご先祖様と同じじゃ、ご先祖様も奇跡を願った。そして鎌倉幕府を率い戦った
奇跡を願い起こすために為す。現実を前に戦いこの国を守ってみせようぞ」
強い意志が北条時継の目に宿っていた。
「俺は国敵を討つだけだ……お前はもっと真っ当なものを信じるべきだ」
「ワシは北条に生まれた時から既に覚悟を決めておる」
草薙は真っ直ぐ返した。北条が持つ石が確かな力を秘めている事がわかる。
極端な思想だ――だが
「――それもまた良し」
草薙悠弥はそれもまた良し、と肯定する。
「北条、お前の想いは受け取った」
草薙が北条の法石を受け取る。かすかに草薙の体が光りを帯びた。
「北条……それまさか……神理の石よね……あんたなんでそんな重要なものを」
ラムが言う。胸の奥底からせりあがってくる嫌な予感。
「……大量破壊兵器」
武宮京士郎の刃の様な声が響く。
その単語に風守の人間達の息が止まる。
北条時継の声は真剣そのもの。
重く悲壮な覚悟が時継の顔に宿っていた。
「……来たか」
草薙が静かに問う。
その声には確かな覚悟が宿っていた。
「……あぁ」
北条時継が応えた。
「ガルディゲンは大量破壊兵器を首都に墜とそうとしている」
「っ!」
「なっ!?」
北条時継の言葉に風守の人間が震え上がった。
大量破壊兵器、それは鋼鉄の爆弾や破壊の飛翔物ではない。
「百万の日本人が人間が死ぬであろう」
万民を殺戮する大量破壊兵器――破壊の神理者達。
魔族……世界の敵、破壊の神理者。
数多の名前が紡がれる。一人で万の人間を殺す世界の敵。
闇の超越者。
「奴等の戦力は絶大じゃ」
それこそが大量破壊兵器。
爆弾の類とは比較にならないほどの殺傷力を秘めたガルディゲンの破壊の能力者達の来襲なのだ。
衝撃的な言葉に、風守の人間達が絶句する。息が止まり体が震えた。
草薙悠弥一人を除いては。
草薙悠弥はその事実を前に――
「……始まるか」
草薙悠弥は既に覚悟を決めている。
は只真剣に問いかける。
世界を席巻する、圧倒的な力が日本を襲おうとしている。
数百年前より大きな力で――
「ゲンの再来…………いや…………ガルディゲンの来寇じゃ」
歴史の重みと共に北条時継の声が風守の神社に響きわたった。
◆
――ガルディゲン。
世界最大の魔大国。
魔族を中心とした最凶の戦闘国家。
強大な力を持つ魔族を数多く有し上位には魔神クラスの力を持つ者も存在する。
最凶の魔軍。
その総戦力たるや絶大の一語に尽きる。
神族を中心としたもう一つの大国リュシオンと双璧を成す力を有している。
同時にリュシオンとは不倶戴天の敵同士。
世界に覇を唱える巨大な魔の軍勢。
それが魔大国ガルディゲンであった。
そして古の時代から魔軍はずっと狙っている――日本という国を。
そして今正に彼の国牙は最悪の形で結実の時を迎えていた。
「あれは……」
――黒い海があった。
ここは日本海。本来ならさざ波凪ぐ蒼く美しい海。だがその美しい海が犯されたように、黒く染まっているのだ。
黒の正体は生物。
海に膨大な黒の異形がひしめき、海を黒く見せているのだ。
その正体は――魔物。
日本海を覆いつくすような膨大な魔物だった。数多の異形の魔物が、さながら海を黒く染めているようだった
「ッ!? これは………」
男達は海に臨んでいる。ここは日本の防衛線。
この先の国土を防衛するための神理者部隊だった。
精鋭である。だがそれでも目の前の者には脅威を覚えざるをえない。
恐怖する隊員達の目の前に、その驚異が姿を表す。空間全てを埋め尽くすような絶望
大海に並ぶ異様。
魔が来る。魔が立ち並ぶ。
――GOOOOOOOO!!
――AAAAAHHHH!!
魔物の叫びが空間を圧壊させた。
海が荒れ狂う。
雷が降り注ぐ。
その叫びだけで、待機していた隊員数人が絶死した。
「あっ……」
隊員は理解してしまった。
この海を、日本をおおうガルディゲンの魔の存在を。
「なんて……数だ……」
防衛にあたっていた男達。数々の修羅場をくぐってきた。
だがそれでもこの光景は恐怖を覚えざるをえない。
ガルディゲンの魔軍があった。
そして――
――日ノ本死すべし
そして呪いの言ノ葉が響く。
――殺せ
――殺せ
――殺せ
万民絶殺
全国征伐。
悉く殺し
須く滅せよ
恐ろしい言葉が日本の空に響き渡った。
喜びとは殺戮である
喜びとは死である
生あるものの喜びは人間を殺しその持てるものの全てを奪う事である
その人間の絶望を眺め
その人間の妻娘を犯す事である。
全ての絶望を与えよ
全ての慟哭を与えよ
殺し犯して穢れ堕ちよ
死んで腐れて爛れ堕ちよ
血よりも赤く
死よりも深く
邪悪を煮詰め作られし呪いの言ノ葉。
悪を讃え魔を称揚するように、魔軍の嘶きが日本海に響き渡る。
邪悪なるかな
邪悪なるかな
黙示録の言葉が響きわたる。そして――
――人よ全て死に絶えよ。
瞬間地獄が顕現した。
海が割れ空が震える。
世界で最も人間を殺した魔軍がその異様を表した。
「ひっ……」
絶句する。
巨大な骨格。禍々しいシルエット。
隊員達の生存本能が警鐘を鳴らす。
魔物達の風貌はまるで絶望を懲り固めて作ったよう禍々しさに満ちていた。
その凶貌はあらゆる生命を脅かす「魔」そのものだった。
そして驚愕すべきは魔物の膨大な数。
その数およそ日本の十倍以上。
対峙するだけで自殺衝動を覚えるほどの凶貌
その異様を前に男の意識は断裂した。
戦争規模の、ガルディゲンの魔の来寇が始まろうとしていた。