54話

悠久ノ風 第54話

54話 


「草薙……様」

数多の守護者達が草薙を見上げた。
その目に宿るのは確かな光。
総身を支配していた絶望は薙ぎ払われ希望が灯る。
だが――

「AAAAAAAAAAAAAHHHHHHHHHHHH」

咆哮が轟く。
醜悪で剣呑極まるその主は――

「ジネジネ死ね! 肉片一つのこザぬゥゥ!」

――ヒブラヒル。
数多の人間に幾多の絶望を与えし醜怪なる魔生物がその牙をむく!

「殺せヒブラヒル!
ガルディゲンに仇なす無法を地獄で
後悔させてやれ!」

魔戦将クロフヴァンテが赫怒を以て魔生物に塵殺の命を下した。

「ガアアアアアア」

赫怒するヒブラヒル。

「――」

草薙とヒブラフルが対峙する。

魔生物ヒブラヒル。高位の魔物。
発せられる邪悪な魔力はヒブラフルの高い戦闘力を示していた。
そして――

(――!?)

草薙は感じとる。ヒブラフルの腐臭じみた魔力を!
ヒブラフルの魔力に染み込んだ血と絶望。

「……」

それは常人なら心胆を凍らせるおぞましさ。
だが草薙悠弥が感じたのは恐怖ではない。

(――殺す)

怒りだった。
多くの日本人の血肉と絶望を喰らいし魔生物に真実怒りを抱いていた。

「ガアアアア!」

ヒブラフルが突貫する。
獣の殺戮本能と魔の狡猾が融合した強襲――だが――

「風撃ィィィ!!」

風を纏いし肘の強撃が、ヒブラフルの顔面を叩きわる。

「ぐがあああぁ」

流血するヒブラフルが吹き飛び地面に叩き伏せられた。

「ぎさ、まああああ」

ヒブラフルが血を噴出させながら、烈火の如く怒り狂う。

「人間がぁぁ、魔大陸のエサでしかない日本人ごときがあぁぁ!!」
魔生物としての矜持が本能が叫ぶ。

「このヒブラフルをおおぉ!」

人間ごときに倒されるなど許さないと
ヒブラフルが猛り狂う。

歪な巨腕を振り下ろすが草薙が回避。
草薙が超高速で拳を叩き込んだ。

「きさっまああぁぁっ」
ヒブラフルが魔力を励起させた。

「し、ねえぁアアアァ!」

魔的な速度で再生された尻尾が、草薙を襲う。

「撃ちてし止まぬ」

瞬間、風が爆ぜる。

「ば、があああああぁぁっ!?」

神理の風がヒブラフルの吸収尾を粉砕した。

幾多の命を貪り呑み込んだ尻尾が粉々に撃ち砕かれ消滅する。

//
「!?」
「!?」

ヒブラフルに苦しめられた女達が目を見開らいた。

「きさまあぁぁぁ」

ヒブラフルから更なる怒りの咆哮が猛る。

「人間ごときがあああああぁぁ」

烈火の如く怒り狂う。喰らい蹂躙する存在としての矜持がこの屈辱を許せない。

「オオオォォォ!!」

繰り出される破壊の一撃。
総神経を破壊に凝縮した一撃は、風守の守護者を十度塵殺して余りある。

ズゴオォ!

爆発が如き轟音が響き草薙がヒブラフルの一撃を受けた。

しかし――

「!!?」

ヒブラフルの動きが停止する。

「ガッ、うごかなっ!」

草薙はヒブラフルの攻撃をあえて受ける事でヒブラフルの動きを封じ込めたのだ。

「――滅びろ」

ヒブラフルの急所に拳を打ち込む。
魔生物の総身を撃ち砕く。
そして――放たれる討滅の神理。

「〈虚〉撃ち放つは――」

国敵討滅。

「蒼生の風」

蒼生守護。

無式――虚空。

蒼風が刃となりて撃ち砕く。
一閃に圧縮されし暴嵐がヒブラフルの醜怪な巨体を粉砕した。

「グ、おおおおおぉぉ」

断裂するヒブラフルの半身。
空間が断裂される。

「なにっ!?」
「!!」
「ありえん!」
「狂ってますね」

驚愕する魔戦将。
そして――

「!!」

風守の守護者達もまたその瞬間、信じられない者を見た心地だった。
そして――

パアアァァァン!

解放される人間。

ヒブラフルに吸収された風守の女達が散らばった。

「あっ、あっ……」
「けほっ、けほっ」

女達の息はある。

絶望を染み込ませてから吸収しようとしていた事、草薙悠弥が早期に打倒した事、そして数々の吸収の魔物と戦ってきた草薙が、吸収の魔物であるヒブラフルの急所――吸収をつかさどる箇所を撃った。

「馬鹿、な……」
粉々に砕かれ、宙を飛散するヒブラヒル。
信じられないと、ヒブラフルが目を見開く

「蒼生守護……」

風が舞う。

国敵を討滅し蒼生を守る蒼の風。
それが魔生物ヒブラフルが見た最後の光景だった。