53話
◆
「――只の日本人だ」
風が吹く。
草薙悠弥は只の日本人。
草薙悠弥の活躍は只の日本人の活躍。
虚構であろう。
無法であろう。
だがそれを通すからこそ――草薙悠弥
蒼の風が敵を圧倒する。
ヒブラヒルの魔手が断たれた。
スパグナーの魔鋼糸を断ち切る。
マジハールの魔触手を切り裂く。
ザンカイになぶられていたものは解放された。
そして、クロフヴァンテの魔気が霧散する。
蒼の風が魔族に苛まれた者達を解放したのだ。
「!」
「!!」
「!?
「!??」
「!!!」
驚愕する魔族達
ヒブラヒルが
ザンカイが
スパグナーが
マジハールが
クロフヴァンテが
魔の者達が瞠目する。
風の主に。
――草薙悠弥に。
◆
「国敵――」
風が吹く。
蒼の風。
魔を滅ぼす――風だ。
「ギュゴオオオオオオオオ」
魔が猛る。
それは魔の生物としての本能的な警鐘。
――殺さなければ殺される。
魔物達は本能的に感じていた。
危険危険危険危険危険
日本を犯し殺そうとする魔の者。
その魔を――滅ぼす
今の草薙悠弥からはソレが感じられる。
「――討滅」
宣誓と共に疾走を開始。
颶風となり駆ける。
禍が怒涛の勢いで迫りくる。
同時に草薙が詠じた。
「――風よ」
紡がれる風の神理。
蒼の風が禍を薙ぎ払う
――轟ッ!
大気を砕き豪速でふりおろされる凶撃をかわし、神理を解放。
「<滅>――撃ち放つ」
詠じ紡ぎだされる神理の波動。
蒼の光芒が集束し―
「――蒼世の風!!」
討滅の蒼風が放たれる。
「GAAAAAAAAAッ!!」
滅裂する魔の軍勢。
国敵討滅の風が禍を一気に薙ぎ払った。
「なっ!?」
凄絶な威力にくノ一は息を飲んだ。
高い耐久力を持ち、彼女達の攻撃をしのいだ禍を一撃で倒したのだ。
「なんて理法……いえっ」
理法ではなくあれは
「神撃……」
くノ一の一人が呟いた。
理法の更に上の領域。
彼の風が神理領域にある事を理解した。
「Gggg……」
魔が嘶く。
魔の戦闘本能は草薙を明確な怨敵として照準を定める。
「Gaaaa!!」
魔軍が恐るべき勢いで突進をかける。
塵殺を目的とした禍々しき者達の力は一体で千の人間を屠りえる。
それも一体ではない。
四方八方から魔が同時進撃を開始。
その質量と速度、一体一体が尋常ではない。
草薙が抜けられれば、周囲のくノ一達さえもズタズタに轢殺するであろう。
大気を震わせ、地を破砕し進撃する
魔軍の突進に向けて草薙は――
「――」
草薙は正面から突進した。
「<空>切り放つは――」
あるべき怖れや恐怖が欠落した、国敵討滅の存在が。
「――虚ろなる刃!!」
神理<虚刃>発動。
蒼き風の刃がマガを切り裂く。
直撃した刃は毒々しき魔の体表を両断。
鋼の強度を誇る体が飛び散った。
マガの突進速度はマガ自身のダメージとして乗算され、瀑布の勢いで血風が舞う。
「gaaaaaaa」
両断された上半身は毒物の血を撒き散らす。
その上半身をためらいなく掴み投擲。
豪速投手もかくやの勢いで巨大質量の半身が舞う。
「ギガアアァァッ!?」
魔物が粉々に砕け散り大量の血が飛散。
血濡れの戦場が新たな血で洗われる。
――號っ!!
新たな禍が戦闘不能になった仲間を食いちぎり草薙へ接近する。
「うるっせえぇぇーー!!」
野獣の様な荒々しさで草薙は頭突きをぶちかました。
「Gyyyyy」
うめき声をあげ。魔物が砕けた。鉄の耐久力をもつ魔物が膝を折る。
「うっ――とぉしいんだよおぉ!!」
勢いをのせ半身を回転回避。
至近距離でふりおろされた肘の降り下ろし魔の頭蓋を破壊する。
魔の前衛と後衛のを瓦解。
その戦陣を俯瞰し、神理を高速展開。
「<虚>撃ちてし止まぬ――」
紡ぐ。
「――葬討の刃」
瞬間、顕現する破壊の嵐。
嵐が吹きすさぶ、禍を吹き飛ばす。
虚神は神理を紡ぐ。
紡がれる風の神理は風守の守るたてとなり、敵を討つ刃となる
「GAGAッ!?」
蒼の風が禍を両断した。
鋼鉄に勝る肉体が紙のように切断される。
くノ一達に止めをさそうとしていた禍が血だまりに沈んだ。
「なんて戦い方……」
くノ一達は驚きの声をもらした。
草薙の風はくノ一達が歯が立たなかった禍を次々と倒していく事実。
そしてその戦い方だ。
――正に無道。
手段を選ばず道を問わず。
敵を滅ぼすという事にのみ専心している。
「――風よ」
迅雷一閃、駆動する機械のような迅速さで草薙は神理を紡いだ。
禍が吹き飛ぶ。
風を纏い超高速で禍に接近し両断。
禍が叫喚と共に禍が凶手を振り下ろすが。
――ザン
疾風音と共にマガの片腕が吹き飛ぶ。
「<空>放つは――」
――殺す。
「――異正の刃」
放たれる風がもう一体の禍に止めを刺した。
「あぐっ……あっ……」
葉月がゴキゴキと体が砕かれる。
一層大きなサイズの禍だ。
「俺の国民に――」
風が集束し――
「――手を出すな」
風が爆発する。
怒りの刃風は鋭く速い。
烈風と共に禍が両断。
葉月を捕らえていたものがを両断した
「ガアアアアアアアア!!」
狂乱の魔が草薙に迫る。
「<虚>放つは――」
交差する草薙と大渦の一撃。
紙一重で交わし、最後の一節を紡ぐ
「蒼生の刃!」
極限まで研がれた蒼風の刃。
禍を一刀の下に、両断した
「GYAAYAAAAAA」
激しい断末の叫び。
そして草薙は至近する。
「――死ね」
零度の宣言と共に放たれた拳は大禍
のように禍を消し飛ばした。
葉月の体を抱いた。
「ぁぁ…うつろっ…たすけ……に」
「安心しろ」
抱き止めた体重はゾッとするほど軽い。光の消失した目。
他のくノ一同様、重傷というにも生ぬるい状態。
その傷の深さは彼女達を襲った絶望の深さをあらわしているかのようだった。
通常だったらとっくに死んでいる。
彼女の中枢に光る理がなんとか命をつなぎ止めている状態だ。
「あ……」
朦朧とした意識の中、葉月は虚神を見る。
辛い時に
悲しい時に
助けが欲しいその時に。
神ノ風を以て人を助ける存在。
「虚……神……私達を助けて……」
「神風は人を助ける風だ……そうだろ?」
歴史が証明する真実。
日本を助ける神風。
故に己が在るのは当然だと、草薙悠弥は言った。
「う……ん……」
少しでも気をぬけば永遠に意識を手放してしまうだろう、だからより鮮烈に
葉月はその姿目に焼き付けた。
「ありが……と」
感謝の言葉を彼女は口にした。
「天代、こいつらの治療を頼む」
「じゃが、彼女達はもう……」
天代は言葉を切る。
手遅れだろう。天代は高位の神理者だ。
回復理法にも精通している。だがここまでやられてる所から治すのは至難だ。
(<命>ならば可能かもしれないが……の)
天代は希望的観測をたちきり、虚神に向き直った
「何より、わしが回復に回れば結界の復活はできん…………避難区域まで入られてもっと多くの犠牲が……でるのじゃぞ」
「大丈夫だ……」
「魔の攻撃を一ヶ所に集中させればいい」
「お主、まさか……」
天代は戦慄する。
それは軍の長が決してとってはいけない戦術だ。
論外にもほどがある。
長が末端のために攻撃を一手に引き受けるなど、論外にもほどがある。
「勘違いするなよ天代。俺は国敵を滅ぼすだけだ」
「……ああ、そうじゃな」
だがこの男が躊躇なくとる事はあの元軍の戦いで証明ずみだ。
こういった所は変わってない
「…………生きる可能性が零でないなら、治してやってくれ」
「長殿……」
(やはりお主は……心底から日本人を守る者なのじゃな)
天代は自身の胸に熱いとものが灯るのを感じた。
「わかった……長殿」
巫礼は長の決意を受けとる。
そして草薙は手を掲げた。
「――明証」
響く虚神の誓言。
瞬間、蒼の風が吹きすさぶ。
蒼の柱が屹立し天へあがる。
全てを染めるような鮮烈な蒼。
戦場に在ってそれを無視する事など誰にもできない。
何よりも早く敵の目に止まり、誰よりも敵の攻撃が集中するような
敵の攻撃を一手に引き受けるような蒼―――蒼生守護の風
「……GGG……」
「……VAgaga……」
風守中に放たれた禍が動きを止め、その風を見た。
「あまり調子こいてんじゃねぇぞ、ガルディゲン!!」
響く虚神の大音声。
「俺はここだ!!虚神はここにいる!!」
獅子吼が響きわたる。
「GAAAAAAAAAAAA!!」
全ての禍の戦闘本能が敵を知覚する。そして目的である創世神器がどこにあるのかも知覚した。
この瞬間、敵の標的は風守神社ではなく、この蒼生守護の神理使いし者だと全霊で知覚したのだ。
そして目的の蒼生神器をもっているのもこの男だと
「相変わらず、正気でないな長どの」
「正気の有無など些末な事はどうでもいい」
欲しいのは結果、一人でも多く、そう一人でも―――
「俺の国民が生き残ればそれでいい」
これで結界はなくとも避難した人間への攻撃はマシになる。
なぜなら禍の攻撃は今この瞬間、草薙悠弥に絞られたのだから。
「俺の国民だ。死なせんよ」
決意を込めた不退転。
「こいつらの救命を頼んだぞ、天代」
「……全力を尽くすよ、我が長殿」
天代は首肯した。
「GAAAAA 」
響き渡る禍の絶叫。
地獄から響くような声に草薙は相対する。
「行くぞ」
疾走を開始した。
「GYAAAAAA」
激しい禍達の怒りの絶叫。
死体にわく蛆がわくように、周辺のマガが、神社中に広がったマガが集まる。
「まずい……」
その数、その鬼気。禍の群れが放つ圧力にくノ一は恐怖する。
「<虚>放つは――」
一層強く草薙が詠じる。
第三式とも第二式とも違う、異質な泳法。
しかしその詠唱に呼応し爆発的に理力が高まる。
今までの規模の法撃とは一つ上の領域――殲滅法定式。
「――壊乱の嵐」
嵐が吹きすさぶ。
蒼の衝撃波はマガの半身を粉々にした。
風が集束し殺到する禍を一掃する。
「なんて強さ……」
風守のくのいち達は茫然と呟く。虚神は自分達を蹂躙した禍を倒していく。
安定した強さというわけではない。
その戦い方は不安定でいつ壊れてもおかしくない危うさをもっている。
だが不思議と安心できるものがあった。
「国敵討滅…」
湧出し、空を席巻する蒼の理粒子。意志を感じ取った。
「あれは……日本人を守る意志よ」
蒼生守護の確かな意志がそこから感じ取れたから。
彼女達は思う。
自分達の信仰は間違っていなかったのだと。
「砕けろ」
その腕が敵を砕く。
その風が敵を払う
「Ggg」
食らいつく禍を蒼風の拳打で叩き伏せる。
「風よ」
詠唱が始まる。法定式が理力を固定し、理法が形成される。
「Ggg」
禍達が一気に殺到。
円形に囲み逃げ場も隙もない水も漏らさぬ布陣。
――潰す。
草薙から強大な波動が吹き荒れた。
周囲がスローモーションとなるような世界で草薙は神理を紡ぐ。
「無式――壊嵐」
瞬間、顕現する壊の嵐。
嵐が殺到する禍をズタズタに切り刻み壊滅せしめる。
「虚神……様」
絶望の戦場を嵐のごとく壊乱する。
その光景は圧倒的な破壊の風ではあったが、彼女達にとっては希望の風だった。
「明証」
掲げられる風の御手。
「Gaaaaaaaa!」
敵の残った禍達が総力をあげて殺到する。
古来から他国を蹂躙してきた禍々しき本能は鉄壁の防護壁を展開し圧倒的質量で押し潰すという荒々しき最適解を選びとった。
進撃する殺気の塊。
だが――
「――撃ちてし止まぬ」
絶対の殺意があった。
(お前達は日本人に手を出した)
殺意の風が吹く。
殺気に魔物が一瞬停止する。
(――だから殺す)
討滅の神理が解き放たれる。
「―――国敵滅尽」
終決に向かい紡がれる詠唱。
虚神の嵐が解放された。
それは力。
怪物達の総力を集めた猛攻を打ち砕くほどの―――圧倒的力。
荒れ狂う蒼の風塵乱舞に魔軍が滅裂。
血の嵐が吹きすさぶ。
響く撃音、天を覆う蒼風の余波。
それが収束した頃、残ったのは大量の禍の遺骸と――
「虚神……」
蒼の風の中心に立つ虚神の姿だった