49話
「あぁっ……」
「うぅっ……」
「くぁぁっ……」
激しい戦いにくノ一達が地面に転がる。
矢尽き、剣折れ、絶望に染め上げられていく。
絶望を
絶望を
絶望を
絶望を
称揚する魔軍。
ラムなど局所的な勝利はあろうと全体の趨勢は変わらない。
ガルディゲンは最凶揺るぎなし。
「絶望せよ日本。この国に神はいない」
魔大国ガルディゲン。
イビル・ジェネシス・ジェノサイド。
災厄の魔星は絶望の光景を展開する。
ただ殺すだけではない。
絶望で心を汚し
絶望で肉体を犯し
絶望で魂を堕落させる。
それはさながら料理の下ごしらえのようだった。
この神■の地を堕とすために。
「絶望を捧げよ」
「魂を捧げよ」
「絶望に染まった魂を捧げよ」
「貴様らの絶望は最高だ」
「ゲハッ! ゲハハハハハハ!
ウマイ、うまいうまヴィイイイイイ!!」
魔が咆哮する。
魔戦将の狂笑が響き渡る。
絶望を糧とするガルディゲンの魔族。
特に風守の人間の絶望は、絶望の中でも極上のエサだった。
「あぐううぅぅっ」
魔戦将スパグナーの糸に絡めとられたくノ一。
ザンカイに狩られた守護者達。
「死よりも苦しい絶望を与えられ、負の理を吸い上げ
犯され、苦しめられ、絶望を絞り切った後に殺す」
「一切の尊厳も希望もなく死ぬ」
「思いしれ風守。貴様らが信じた虚神はいない。
弱きを救い、危機を救う神風など存在しない事を、その身に焼き付けろ」
「あっ、あっ、あっ……」
「あぐ、あがっ、かはっ」
風守の女達が苦しみに喘ぐ。
痛い辛い苦しいそういった域を超えた――絶望。
「ひぐっあぐっ……」
「あ゛ああぁぁぁぁぁぁ」
直接流し込まれるかのようだった。
「んむうぅっ!?」
「あくぅっ!?」
ズボズボと守護者達の口に触手が挿入される。
「ふぐっ……あぐっ……ふぁっ……!?」
魔気が入ってくる……肉体が
どうしようもないほど苦しい。
地獄のような苦しみが風守のくノ一達を襲う。
天に鎮座する地獄が笑うように震える。
日本の絶望を喜び
日本の苦しみに喜ぶ。
もはやここに希望らしきものはどこにもない。
絶望に染め上げられ堕ちていくだけだった。
◆
「こんちくしょうがあぁぁぁぁ!!」
剛蔵が武器を掲げて突貫する。
「ここは大将の地だ! こ地をお前らんなんぞにいぃ!
やらせるかってんだよおおおぉ!!」
剛蔵は既に満身創痍。
無理に無理を重ねた肉体には裂傷がはしっている。
かつて尊敬した虚神の地を守るために、剛蔵は一心に駆ける。
狙うは大将首。
この四魔戦将のリーダークロフヴァンテ。
「らあああぁぁぁ!!」
槍を繰り出す。
だが――
「遅い!」
クロフヴァンテの大剣が剛蔵を激しく打ちすえた。
「うがああぁぁっ!?」
魔戦将の一撃を受け吹き飛び、剛蔵が地にたたきつけられる。
「ぐがっごほっ、ごぶううぅぅっ」
激しく咳き込む剛蔵。
内臓が破裂し、口から悪夢めいた量の血を吐く。
「剛蔵様!!」
「剛蔵様、剛蔵様!」
己が傷つけられているにもかかわらずに剛蔵を呼ぶ守護者達。
いっそ両断された方がよかっただろう。
死にも勝る苦しみを剛蔵は魔戦将にたたきつけられていた。
「ちっ、きしょうぅめぇぇ」
「お前の絶望はいいな。老戦士よ。貴様が長年想い見守ってきたこの地が
醜く墜ち果てる所を見届けるがいい。それがガルディゲンにとって良き供物と
なろう」
そしてクロフヴァンテが魔物に指示し、守護者達への蹂躙を再開した。
「きゃああぁぁぁぁぁ」
「あうううぅくっ」
苦悶の声をあげる風守の守護者達。
「やめろおおぉぉ! やめてくれええぇぇ!!」
老戦士の絶望が風守の響き渡る。
◆
「あまり好き勝手は……させませんわよ!!」
アリサが駆ける。
孔をいの一番に潰した騎士は、最速で戻ってきた。
生きて孔をつぶせたら他の孔のサポートに回る予定、それは中央に座するあまりにも
巨大な力を捨て置く事はできなかった。
「魔戦将!」
「ガガガガガガッ!」
ザンカイが魔大剣をかかげた。
アリサの聖剣がザンカイを斬りさく。
裂帛の気合いでアリサが一つ目の巨人を切り裂く。
彼らは魔戦将。
桁違いの存在。
一人一軍に匹敵するといわれるその力は――
(伊達じゃ――ないっ!?)
巨大質量が迫る。
恐るべき力の塊。
(かわさないと)
アリサはザンカイの必殺の突撃をかわそうと試みる。
正面からの力押しでは絶対的に不利。
かするだけでも致命傷。受けるなど論外。
だが――
「っ!?」
魔戦将ザンカイの突進
その進軍先の後ろには――傷ついたか風守の人間がいた。
(かわせば自分は助かる)
どちらにせよ、ここで自分は負ければいずれ皆殺しだ。
それだけではない。
ありとあらゆる苦痛を味あわされ絶望を引き出される。
魔気を流し込まれ、自分が自分でなくなる。
(ここはかわしても……)
後方の彼女達を見殺しにしてでも自分が生き残るのが最適解。
だが――
(そんな事、できるわけ――)
「ありませんわあぁぁぁ!」
アリサが光をまとい正面からザンカイの壊潰撃と激突する。
無謀。サイクロプスの魔戦将と正面から力押しで挑むなど愚の骨頂。
だがアリサは貴種として、人を見捨てる事ができなかった。
巨大な存在に正面からぶつかる。
――ドゴオオオオォォォ!!
轟音が響き渡る。
アリサが地に倒れ伏した。
ザンカイの必殺を正面から受けている。
ボロボロの体、放っておくと
「おもじろいおもじろいおもじろい! それにイ゛い女だ」
「おまえ、ながまになれ。いがしてやってもいい。
ゾウダナ……そこに転がってるやつらにとどめをさせば……お゛
まえだけはいがしてやる。どうだ?」
「…………」
ザンカイの言葉をアリサは黙ってきいていた。
命だけは助けてやる。既に逆転の目はなく助かるならのむしかない。
「ふっ……ふふふふふっ……」
血にむせびながらも、アリサはザンカイにつばを吐きかけた。
「糞喰らえ……ですわ!」
「!!」
「お断りしますわ魔戦将!
貴種は誇りのために命を燃やすんですの。
人の絶望を悦とするあなた達には理解できないでしょう」
「その汚らわしい魂に刻みつけなさい」
「きざまあぁぁぁぁ!」
ザンカイがアリサを地にたたきつけた。
◆
「あっ!?」
エリミナの限界がきた。
「あぐううぅうっ!?」
絶望がひしめく。
苦悶と
魔気が流れ込んでくる。
「いたいいたいいたいいたい」
心が折れそうだ。
だが恐怖がある。
雄々しく戦うなんてできない。
「くっ……ああぁぁっ」
恐怖を押し殺し、エリミナは弓をひきしぼった。
(それでも、ここでがんばらななきゃみんながっ……!)
「クヒャヒャヒャハ!」
醜悪な笑みを浮かべた魔戦将スパグナーの魔鋼糸がエリミナをとらえた。
「ひっ」
やだやだやだやだ。
エリミナが必死で魔鋼糸から逃げようとする。
雄々しさも気高さも既に恐怖と痛みで霧散した。
魔鋼糸はエリミナの抵抗を嘲笑うようにエリミナの足を折れんばかりにくいこむ。
痛い痛い痛い。
足をとられエリミナの足がひしゃげ――
――ボキリ
骨がへし折れる音がした。
「ひぐううぅ」
激痛にエリミナは絶叫する。
「ゲホゲホォ」
エリミナが血を吐く。
激痛と恐怖が肉体を駆け巡る。
そして――
「くひゃははは」
魔鋼糸が伸び四肢が拘束される。
そして異様な力で締め付けてくる。
(いやっいやああぁ)
痛みと生理的嫌悪がせりあがってくる。
エリミナの心を絶望が支配する――
◆
「いい加減……許容できんどす!」
タマノの炎が魔物を焼いた。
孔を封じたタマノが中央に戻ってくる。
不意打ちでエリミナをとらえていた魔鋼糸を焼き払う。
「ヘイル・バインドゥゥゥ」
スパグナーにとらわれたエリミナを助けるべく、
「クヒャヒャハ……! あなたかなり消耗していますねぇぇぇ」
「いわれなくとも承知の上やわぁ……あんたを倒してから――休ませてもらいますえ!」
激しい炎がスパグナーを襲う。
炎がスパグナーを包み込むが……
「ハーーーハハハハハ!!」
魔鋼糸に幾千も編み上げた魔鋼糸が魔力を帯びた。
その魔力総量は
「あんた……性質が悪いどすなぁ」
深く息を吐く。
「言動は小悪党を極めたようにしおって……こない力……ほんに性質が悪いどすな」
「クヒヒヒッお褒めにあずかり恐悦至極……といいたいところですがぁ……あまり
魔戦将をなめないでもらえないないですねぇ」
展開した魔鋼糸に宙づりにした風守の女達をさらす。
「我らは魔戦将! はじめからあなた達が勝てる相手ではないのですよぉぉ!!」
さらされた守護者達の数は膨大だ。
生きながら絶望を引き出され、苦痛ひしめつけられている。
「むしろ……ここまで持っている事が奇跡ですよぉ……あなた達……エサでしかない
存在がまがりなりにも戦闘がなりたっているわけですからねぇ……たいしたものです」
「おほめにあずかり……今日恐悦……といいたいところどすが……」
瞬間、タマノの姿が揺らぎ――消失。
瞬間狐炎がスパグナーに吹き上がる。
「!!」
魔鋼糸を展開し、狐炎を切り刻む。
その瞬間、タマノがスパグナーに接近する。
(殺った!)
隙をさらしたスパグナーの首をかききるべく、狐炎をまとった
爪をふりあげる。
だが――
「くひっ」
スパグナーが笑った。そして次瞬。
「!!」
「逃げ、て」
スパグナーの糸にとらわれたエリミナがスパグナーの前に――タマノの眼前に差し出された。
(ッ止まれ!?)
タマノが停止する。
エリミナを手にかける事を全霊で拒否したタマノ。
結果攻撃を止め、エリミナを手にかけずにすんだ。
だがその刹那の制止は――この魔戦将を前にあまりにも致命的な刹那だった。
「ヘイル・バインドォォォォ!」
「っ! あ゛あぁぁぁっ!」
タマノをとらえる幾多の魔鋼糸。必殺の力をまとった
魔鋼糸がタマノをしめつける。
「ひっひひゃははははははは!!
あぁやはりイイ! 仲間のために散る姿……実にイイ!全く理解ができないクヒヒ
クヒャハハハハハ」
スパグナーが狂笑する。
魔戦将の興奮と比例するように、タマノをとらえた魔鋼糸が
締め付ける
「ああ゛あ゛あ゛あ゛っ……!」
「タマノさん! タマノさん! いやああぁあぁぁ!!」
絶叫が響き渡る。絶望が深度を深めていく。
◆
絶望は続く、いたぶられ傷つけられ、辱められる風守の守護者達。
「も、もう……」
傷ついた、ネーニャがとびかかった。
魔戦将ザンカイは歯止めがきかない。
既に殺戮衝動は臨界点。
ネーニャがザンカイを止めるべくとびかかるが。
「うっどぉしいいィィ!」
ザンカイが巨腕をふるい、ネーニャをうった。
「ぎゃにゃっ!?」
ゴキリと、嫌な音が響いた。
全身の骨が砕かれ、ネーニャがぼろ雑巾のように転がった。
「あがっ、あがっ……」
激しく痙攣し失禁するネーニャ。
それは致命的なものを思わせる動きだった。
「ひっ!?」
元気で天真爛漫なネーニャ。
周囲を明るくする猫の少女が見る影もない。
――焦点の失った瞳
――死に瀕した虫けらのように痙攣する四肢
失禁し、繁殖に敵し育った肉体の穴からドバドバと汚らしい小便を垂れ流す。
悪夢のような非現実的な光景だった
「ね、ネーニャっ?」
ショックのあまり目にキツミの目から光が消える。
傷つき嬲られながらも抵抗していたキツミの心が決壊しそうになる。
「ネーニャああぁっ」
混乱したキツミがネーニャを助けようと駆けつけるが……
「ひひっ!?」
「っ!?」
ズオオオォ!
魔触手がわきだす。
マジハールの魔触手がキツミに絡みつき――
ごきり!
鈍い音が鳴り響いた。
「あぐううううぅぅっ!?」
魔触手がキツミの腕をへしおり、キツミが絶叫する。
大事にしていた腕がボロ雑巾のように変形する。
そして、それをあざ笑うかのように魔気を流し込んだ。
「あっ、あっ、あっ」
折られ、傷つけられた腕が変色している。
病原菌とは比較にならない悪性を持った魔気を流し込まれ
傷つけられた腕に激痛がはしった。
「そのままの自分で死ねると思ったか?」
戦って死ねるならまだ我慢が出来た。
だが尊厳の全てを剥奪され、自分でなくなった上で
魔になって永遠に墜ちるなんて!
「やっやだ……」
女達が涙を流した。
「やだやだやだやだ」
死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい
死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい。
自分が自分である前に、絶望に墜ちる前に。
「クカカカカ! だめじゃ、まだ死なせてやらん。
命を大事に、貴様らも好きな言葉じゃろう?
あぁ全くもってその通りじゃよ。生きているからこそ絶望を吐き出せるんじゃ。
もっともっと絶望をささげておくれぇ」
◆
絶望が奏でられる。
――ちゃんと尊厳を踏みにじってから
――ちゃんと絶望で心が染まってから
――ちゃんと心から死にたいと思ってから
何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も
絶望して絶望して絶望して絶望して絶望して絶望して
死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたい死にたいと
そう魂に刻み込んで。
「――無惨に死ね」
魔大国ガルディゲンの絶望宣言が響き割った。