31話 やられる女達
多くのくノ一達が倒れていた。
そして――草薙の一撃が疾る。
「あ゛ぅんっ!」
「うぐうぅっ」
下忍くノ一達は倒れる。
これで殆どの下忍くノ一がやられた。
倒れ伏し、荒い息を吐いている。
弱々しく呻く者、倒れ伏す者。
一人とてダメージををおってない者はいない。
法兵達のように顔面を砕かれるような怪我をおったものはいないが、
すぐさま反撃に移ろうという者はいなかった。
「め、命癒っ!」
早綾の詠唱が紡がれた。
早綾の周りから理光が沸き上がり、ダメージを受けた
くノ一を包んだ。
気付け位にしかなってない、苦しみながらも早綾はやめなかった。
倒れ伏した、ダメージが重いくノ一へと光は伸びていった。
「ふっ…くっ」
気絶していた何人かくノ一の瞼が動く。
だが意識が回復するのにやっとで到底動けないままだ。
命癒、回復系理法の最も基本となる法だ。傷を治す効果がある。
早綾は開始からずっとその法を練っていた、
未熟ながら彼女は自分にできる事をやった。
「命ゆ――」
あっ……
手を伸ばしそうになった所、早綾はその手を慌てて引いた。
思わず、早綾は草薙にまで命癒をかけようとした。
昼間の事が印象に残っている。
だが早綾にはその衝動が、本能めいたものに感じた。
「早綾、下がって!」
葉月は悲壮な表情を浮かべていた。
昼間自分達を助けた草薙悠弥と顔と今ここで戦った草薙悠弥。
その齟齬に迷っているのは葉月も同じだ。
しかし――
「――ここで!!」
葉月達は気勢をあげた。
彼女達は思う、草薙は強い。
――自分達の力を引き出さねば勝てない。
だから
――ここで勝負を決める。
決意する。
葉月とアゲハ、風守の守護者達は
残った全員で一気に仕掛けると。
葉月が動く。
葉月の体が燐光を帯びた。
「っハッ!」
能力が発動。
葉月が草薙の斜め上に高速移動。
死角から草薙を狙う。
しかし――
「――っ!」
葉月の能力発動を潰した。
「あぉっ……」
葉月が声にならない声を漏らす。
「アゲハ、舞います!」
アゲハが攻撃に入る。
「なっ!?」
距離をつめられ草薙がアゲハの腕、そして脚を打った。
「あぅっ!?」
それは力の支点。攻撃を繰り出す前に打つ事で
草薙はアゲハの攻撃を即座に潰した。
体勢を崩すアゲハ。
そして、草薙の高速の一撃がアゲハの胸にのびた。
「くぁっ!?」
アゲハが崩れ落ちた。
アゲハを倒す。
だが終わりではない。
「はああぁぁっ!」
凛々しい声をあげ、襲いかかるものがいた。
巫女の守護者と目が合う。
草薙を見た時、守護者は感じる。
(彼は……まるで……あの風)
守護者の巫女に感応するような感覚があった。
草薙悠弥の風に。
自分達に迫っていた死の影――
災厄の獣が消えた時の風に。
(――信じる)
彼女の頭に浮かんだのはその言葉。
何を信じるのかはわからない、だが信じるという言葉が電撃的に胸を駆けた。
彼女達が奉じる神。
そのために、ただ全力で駆動する。
「はあぁぁっ!」
守護者から振り下ろされる高速の一撃。
だが草薙が――回避。
「っ!?」
守護者の一撃が空をきる。
交差する形で草薙の一撃が、守護者の巫女の肉体の中心に打たれた。
「うぐぅっ!?」
衝撃が全身に広がる。
守護者が膝をついた。
「――終わりだ」
勝負はついた。
草薙悠弥は倒れ伏した者達を見る。
弱々しく喘ぐ者、ピクピクと小刻みに体を震わせる者。
既に戦える者はいない。
「うぅ……」
「あぁっ……」
倒れた葉月やアゲハ、くノ一、風守の守護者達。
彼女達は弱々しく息を吐きながら、草薙を見上げた。
「お前達……」
草薙の声にビクリとくノ一達は反応する。
草薙の力で屈服させられた者達。
その目には恐怖と複雑な感情があった。
弱々しく顔をあげて草薙を見る事しかできない。
草薙は問うた。
「お前達は…なぜ戦う」
「!?」
「なぜそこまでする?」
「なぜ……って」
草薙の問いに風守の守護者達は一瞬、答える事が出来なかった。
草薙の目には何の感情も浮かんでいないように思えた、
「そんなもの……、当たり前の事、です」
「ここにあるものがどれだけ大事なものか理解していますわ。ここにいる皆はそれが――」
「そうだな……重要なのは間違いないさ」
「あなた……」
「この国にとっては、な」
「っ!?」
草薙の冷徹な声に
「だが、お前達には関係ないだろう」
「…………」
草薙が問いかけているのは根源的な問いだった。
「ここの蒼生神器が奪われる。確かにそれは混乱を引き寄せる
かもしれない。だが、お前達は逃げればいいだろう」
「この国がどうなろうと、関係ないのだから」
「なっ」
くノ一達は一瞬言葉を失う。
反駁の言葉は喉にでかかって止められた。
目の前の男の目には一切の虚偽を見透かす鋭い光が宿っていた。
「風守の義務を捨てて逃げればいい。お前達位の力であれば
もっと良い環境の所で生きていく事もできるだろう」
「っ」
「――日本のために尽くしてお前達に何になる?」
草薙の問いには一切の感情が欠落している。
それは根源的な問いだった。
「そんな事っ……」
草薙の迫真力に気圧される。
「それは……違う!!……」
震えながらも、声をあげたのは葉月だった。
「それは私達が、この風守が奉じてきた道じゃない!」
「ここの神様は、日本のために戦い尽くした者です、私達がそうあらねば
誰がやるというのですか」
くノ一達もその言葉に同意するしていく。
彼女他達の言葉には葛藤と似て非なる感情が宿っていた。
長い葛藤の末、苦しみながらも乗り越え至った答えを信じる心だ
「信じてる、私はっ!!」
葉月はいった。
「たとえ神罪人といわれても……関係ない」
守護者達は力の限り宣言した。
「……私達は……信じてる!」
信じる心で――震える魂で。
「この国を守るために戦った人を――虚神様を!!」
虚神を信じていると、彼女達は決意の限り宣した。
「…………」
誠心の言の葉が神域に響く。
彼女達は草薙を真っ直ぐに見据えた。
サジン・オールギス達の脅威から守った草薙へ。
そして――
(あの漆黒も……)
風に救われた者達は草薙を見た。
静謐。
そして――
「――虚神は屑だ」
零度の言葉が響いた。
「っ!」
絶対的な恐怖を葉月達は感じた。
草薙悠弥から発せられる零度の気配。
畏怖に支配されたかのように竦み動けなくなる。
「本当の虚神を知らない。虚神の何を信じている?」
草薙の声は冷徹そのものだった。
「あっ!?」
女達が静息する。
「それは……」
葉月は何かをいいかける。
虚神――日本を守る神。
神罪人、反神。
虚神を奉じる彼女達にとって虚神を信じる理由は数多ある。
だが
――本当の虚神を知らない
だが草薙悠弥の問いは心の芯にきた。
風守の守護者も、アゲハも答える事ができない。
沈黙。
しかし
「……理でござるよ」
沈黙を破ったのは早綾だった。
「……蒼生守護の理」
それは原詩だった。風守の理念。
日本人を守るという虚神の真理。
「わたし達は信じているのでござる……虚神のやってきた事を!!」
「私達の奉じる神は……虚神は……戦ってきた!
何を犠牲にしてでもっ!!誰を犠牲にしてでもっ!!」
「この日本のためにずっと戦って……手を汚して……
でも……それでも多くの日本人を助けてきた」
「今は神罪人……反神となっていても……」
「わたし達は……虚神が救ってきた多くの命を……
虚神を……信じてるでござるよ」
思い思いに口々に。
風守の守護者達は必死の想いで草薙に伝える。
意識も絶え絶えになっている。
このまま殺されるかもしれない。
それでもいわなければならなかった。
「私達風守の人間は……虚神を信じる」
「苦しい時に……悲しい時に……絶望している日本人を助ける……」
「日本人を助ける神様を……」
「――虚神を」
心の底から彼女達はいった。
神殿に響く誓いの言葉。
静謐、そして――
「……馬鹿だな」
草薙の声が響いた。
感情の色がわからない声音。
その言葉は、誰に向けたものなのか。
草薙自身もわからなかった。
そして……
「――それもまた良し」
風が吹く。
その風に包まれ、葉月達の意識は塗りつぶされた。